心身徒然話

治療家から観た心身や日頃感じた事柄を書きとめました。
(左にあるブックマークの「創健整体治療室」から概要に飛びます)

治療家から見た眠りについて

2024-04-11 10:50:41 | Weblog
   眠りは弛み現象そのものです。しかし、何時間眠らないといけないというような、努めて眠ろうとする緊張の眠りは質が悪く、眠っても疲れるだけで身体は弛むことはありません。眠りは量の問題ではなく質の問題で、長さの問題ではなく、深さが問題です。眠ろうとしてもなかなか眠れない人は、眠ろうとすることを忘れると眠れるものです。
 眠りの問題は後頭部に現れます。質が悪いうえに、いくら眠ろうとしても眠れない人の後頭部は、飛び出し頭皮がピタッとくっいています。また眠りの質が悪い状態が続いている人は、後頭骨の片方の骨が下がっています。その片側を上げてあげれば深く眠れるようになります。
 眠りに中で、よく夢を見るという人がいますが、夢を見る場合は、胸の左右の厚さ薄さが極端に不揃いな場合に、暑い側の腸骨が上がって、薄い側の腸骨が下がっている時に夢を見ます。そして胸の厚さが、左右違う人は色のついた夢を見ます。また左の胸の厚みが薄い人は、襲われるような夢を見ます。 

「和」

2024-04-04 11:19:42 | Weblog
私達は太古の時代から、自然の恵みを頂き自然に守られながら生活して来て、自然に対して慈しみの感情を持っています。このように、私達は自然と共存しているわけでそこに、人間と自然の「和」が成立します。時として自然は荒れ、人間に損害を与えることもしばしばあります。しかし私達は決して自然を敵として恨んだりすることはありませんでした。自分自身の身体に置き換えて考えてみて下さい。自分の体についてコンプレックスを感じたり、病気を恨んだりしていませんか。そこでは、自分と自分の体の「和」が崩れてしまっていて、体に対しての慈しみの感情が持てなくなっている状態です。そんな状態では、体は本来持っている力を発揮できません。私達も自然の一部です。「和」が大切です。

先達の言葉

2024-04-03 12:10:24 | Weblog
眼は見る道具である。しかし眼があるが為に見えないことは、見ることよりさらに多い。口は言葉を言うが、その為に言えない真実を見失う。食べる道具として口は、しばしば胃袋の能力を無視する。そして噛むことを忘れる。

他人の幸せ

2024-03-24 10:22:54 | Weblog
 自分が至らないから、まだ人を救えないとか、教
えられないとかいう人があるが、至った人間など昔
から一人もない。ただ至らないままに人を導き、教
え、救っていると、だんだん至る道に近づいてゆく。
 他人の幸せを羨んでいるうちはその人は幸せでは
ない。他人の幸せを喜ぶようになると、その人も幸
せになる。世界の幸いを自分の幸いと感ぜられるよ
うになって、人間が世界と一つの息に生きているこ
とになる。
 三人の幸せを喜ぶものより、百人の幸せを喜べる
人は大きい。しかし世界の全部の人の幸せを、自分
の幸いと感ずることのできる人は、どんなところに
いる一人の不幸せな人にも胸を痛めるものだ。
                     晴哉

先達の言葉

2024-03-13 16:37:22 | Weblog
電球を割って光源を探しているが
今までの病理学と解剖学だ。
しかし、体は影、実在してはいない。
無いものが病んでいる訳がない。
体にこだわっていてはいのちは見えない。
慧可は腕を切った。
南泉は猫を斬った。
いのちは体にあるのではない。
               晴哉

PSラインアクセスの役割

2024-02-29 12:04:05 | Weblog
人間は皆、千差万別であり、個々動作や感受性そして能力が違って当たり前です。

コーヒーを飲む動作一つを見ても、片肘ついて飲む人、両肘ついて飲む人、取っ手をつまんで飲む人、カップの縁を持って飲む人、カップに口を持って行く人のように、微妙に各自各様の飲み方をしています。

その動作を見ても、それぞれ偏った動きをしています。その偏った動作で作られた、歪んだ体が原因の腰痛、肩こり、頭痛を改善するために薬を飲んでいる人がいますが、肝心な自分の体の歪みの原因である偏った動作をする習慣をそのままにしているのは、やはりおかしいことです。
 
また体の歪みをそのままに、丈夫になるために体を鍛えようとしてスポーツに励むことにより、偏った動作を繰り返しその偏りを助長させて、それが原因で体の変調をきたしている人も多々います。

人間は、与えられた環境や置かれた状況によって、体を変化させ適応する能力を持っています。スポーツや職業によって動作が違うように、使用する筋肉もおのずと違い、それによって体型も違ってきます。
 
そのようにスポーツや職業によっての偏った体の使い方は仕方ありませんが、偏り疲労が積み重なり体の歪みが固まった状態になると、いろいろ不調をおこすことになりかねません。
 
それから偏り疲労は、運動からくるものだけではなく、内臓の働きからくる場合もあります。その疲労が積み重なっていくと、それに関連した椎骨の歪みが現れます。歪んだ椎骨に弾力があるうちは良いのですが、その弾力がなくなって硬直してくると痛みを伴って来ます。

そうなる前に、自分でPSラインアクセスをすることによって、偏り疲労を早い段階で処理し、持ち越すことを避けることで、後の大きな体調不良を回避することができます。

すでに体の歪みが原因で、痛みが出現している状態でもPSラインアクセスは有効ですが、そうなる前の日々の健康管理が大切と考えます。

特にこの調律は、大事になる前に自分自身や友人または家族同士で、お互いの体をチェックして、その日の偏り疲労を取り除いて、健康管理に役立てていただきたいのです。

その他にも、偏り運動をしているスポーツ選手や舞踊家の方達にも、偏り疲労の積み重から来る体調不良を避けて頂き、整った体で技を高めて頂きたいのです。

それにはバランスチェックが必要です。治療は自分と自分の体との共同作業であると前にもお話ししましたが、体を壊したのも自分であり、それを治すのも自分です。「自分の体は自分で治す」の精神を忘れずに、先ず自分の現状を知るためと、体にも自覚してもらうために、バランスチェックが大切になります。

最初は慣れない作業で分かりづらいかもしれませんが、じきに分かるようになります。それが、自分の体との対話の始まりであり、自分の体との信頼関係を結ぶきっかけとなるのです。

とにかく自分自身や多くの人のバランスチェックをして経験を積むことが上達の秘訣です。

世界的に猛威を奮っている新型コロナウイルスのように、私達の周りはウイルスや細菌でいっぱいです。それに対する対策として、自身の免疫力の向上が不可欠です。一人でも多くの人に読んで頂き、日々の健康管理に役立て頂きたいと願っています。


人を許すためには、まず自分を癒す。

2024-02-22 16:33:26 | Weblog
「タオ人間医学」(謝明徳=マンタク・チャ 著)の中に、内笑瞑想が紹介されています。

この瞑想を使い、否定的な感情を肯定的な徳のエネルギーに変容させて行くと言うもので、具体的には目を閉じて、内蔵と腺(甲状腺・胸腺など)中枢(脳下垂体・松果体など)に上から順番に、微笑みを送るという内容です。

この瞑想で大事なのは、鮮明に内蔵・腺・中枢をイメージすることです。ただイメージすることにより、気はそこに届いています。瞑想=気です。

ただしこの瞑想は、前もって各内臓や腺中枢の位置を確認しておかなければなりませんし時間もかかり大変という方には、自分を癒す意味でもっと簡単に出来る方法をお知らせします。

これは、寝る前と朝起きたときに、鏡に映る自分にその日の一番良い笑顔を送るというもので、最初は、ぎこちない笑顔ですが、続けて行くと素直に自分に微笑み掛けることが出来てきます。その頃には平安な心になっていることに気づくでしょう。

自分を愛せなければ、人を愛することは出来ませんよね。
是非お試し下さい。


ハチミツの効果

2024-02-15 13:25:31 | Weblog
 私はビールのつまみに柿ピーをよく食べますが、最近ピーナッツを食べるときに歯が痛くなるので柿ピーを避けていました。妻にその話をすると、同じ症状だったのが寝る前にハチミツを小さじ少々口に含み、口の中で転がしそのまま眠りに着くことを続けていたら、歯茎が締まってきたのか硬いものを食べても痛くなくなったとのこと。ハチミツの効果はそれだけでなく、口臭予防と喉のケアにも良いとのこと。それを聞いて私も試してみたら、本当に歯茎がしっかりしてきたのか、ピーナッツを食べるとあれほど痛かったのが、今ではバリバリ食べても大丈夫になりました。
 そこで蜂蜜の殺菌効果を知りたくて調べてみました。
ハチミツに高い殺菌効果、抗生物質に代わる可能性も カナダ研究
2008年9月27日 16:13 発信地:オタワ/カナダ [ 北米 カナダ ]
ハチミツに高い殺菌効果、抗生物質に代わる可能性も カナダ研究
イタリア・トリノ(Turin)で行われたスローフード協会主催による味覚の博覧会に出品されたイタリア産ハチミツの瓶(2006年10月26日撮影)。(c)AFP/FILIPPO MONTEFORTE
【9月27日 AFP】カナダでは昔から、のどの痛みを和らげるために紅茶やお湯にハチミツを入れて飲んでいたが、ハチミツは治りにくい耳鼻咽喉(いんこう)の感染症の治療で、抗生物質に取って代わる可能性もあることが、今週米シカゴ(Chicago)で行われた米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAOHNS)の年次会議で発表された研究結果で明らかとなった。
 研究を行ったのはカナダ・オタワ大学(Ottawa University)のチームで、実験の結果、一般的なハチミツが副鼻腔感染症を引き起こす細菌を殺し、さらに大半の場合において抗生物質よりも効果があることが判明した。
 チームのジョセフ・マーソン(Joseph Marson)氏は、花のみつを調合し、効果があるとみられる薬に変えるというハチの説明の付かない能力について驚きを示す。
 今回の予備実験では、人体ではなく実験室の培養皿で行われ、非常に強い耐性を持つ「スーパーバグ」のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に対する効果も試された。
 マーソン氏はAFPとのインタビューで、次に行われる臨床実験では、副鼻腔からばい菌を洗い流す「ハニー・リンス」が導入されることを明らかにした。
 チームはこれまでに、ニュージーランド産のマヌカハニーとイエメン産のシドルという木から取れるハチミツで実験を行ったが、この2種類のハチミツは液体に浮遊する細菌はすべて殺し、また菌膜では63-91%を殺した。菌膜は、副鼻腔、尿道、カテーテル、心臓弁で防御層を形成することもある微生物の集まりで、通常の薬物療法では細菌を保護してしまい、慢性的な感染症を引き起こすことも多い。
 ただし、すべてのハチミツに同様の能力があるわけではなく、カナダ産のクローバーやそばの実のハチミツはまったく効果がなかったという。これまでのところ、ハチミツのどの成分が細菌を殺すのかは不明で、殺菌のメカニズムを解明するにはさらなる研究が必要だという。(c)AFP
またこんな研究発表もありました。
純粋ハチミツに必ずしも殺菌効果があるわけではなく、マヌカハチミツなど一 のハチミツにのみに抗菌効果があることが明らかとなった。この結果は、マヌカハチミツが抗生物 の代わりとしての民間医療や代替医療として使用できることを示している。また、純粋ハチミツだからといって、必ずしも抗菌効果があるわけではないことも明らかとなった。次に、マヌカハチミツをどのようにして看護や医療技術に応用できるかという研究を進めていきたい。          福岡県立大学看護学研究




いのちの動きとしての病

2024-02-06 12:47:03 | Weblog
   いのちに依らずして真の治療はない筈です。自分のいのちに対する無理解が、今日のように疾病ということを恐怖せねばならない世の中にしてしまったのではないでしようか。
 吾々の体は時々刻々に新しくなり、健やかになりつつあるのだと、本当に解っていたら、疾病というものを害のあるもの、悪くなるものと決めてかからなかっただろうし、又心の中でそう決め込まなかったら、疾病はそんなに有害なものでも、悪化するものでもなかったであろう。
 一般に体を個体視して、有限なるものと考えていたが、代謝作用や血液その他の循環作用によって生きているのだから、本来、個体でなくして「動き」であり、有限ではなくして無限なものであるということを悟るべきではないでしょうか。無限更新の体は、外部的に冒されるとは考えられないし、たとへ冒されたとして、それは自然に快復し、新生するものであることは、決して想像に難くはありますまい。疾病は医薬にたよらねば治らないとか、適薬がないから不治であるとか、そういうふうに考へ込むのがすでに一種の迷信ではありますまいか。どんな薬物よりもいのちはより尊く、より強い働きであって、いのちの発展は人間の体や心をドンドン創り上げてゆくことが出来るのであります。
 疲れれば欠伸が出て自ずと眠気がさすように、もし体の動きに少しでも無理があると、自然にその調節をする働きが生ずるのであります。蛇や蝉が皮を脱いだり、蚕が眠りに就くのも同様な働きではありませんか。腐ったものを食べて吐いたからとて、眼の中に煙が入って涙がこぼれたからとて、山葵を食べて泣いたからとて、それが疾病であるとは言えない如く、体に何らかの異常状態が現れたというだけの理由で、疾病に罹ったのだから直ぐ治さねばならぬなどと考えあぐむのは、余りにも恐病の度が過ぎるのではないか。
 悪いものを体外に排泄することや、良くなるための自然の体の休養、それらは皆自然の治療法なのです。詰まり、疾病ということは新陳代謝、機能昂進に依る自然の治癒作用であって、いのちの合目的性という作用の現れであるのです。だから、疾病は健康の安全弁で、いのちの合目的性という作用の現れであるのです。だから、疾病は健康の安全弁で、いのちの自然の働きであります。熱は薬物よりも遥かに無害で有効なる殺菌剤であり、疼痛は最良の刺激方であり、興奮剤であり、病症というものは吾々の体の守護神であります。感謝こそすれ、恨み託(かこち)はしない筈のものです。病は医であると私の申す所以はここにあるのです。 
野口晴哉

澄んだ心が大切な時代

2024-01-28 11:38:32 | Weblog
全てにおいてバランスが大切と考えます。自然にとっても社会にとっても心にとっても、そして身体にとってもです。

師はよく言っていました。「治療家は、無色透明な気持で現実を直視し、その時そのように処すことが第1で、主義の為に治療を扱ってはならない」

すなわちどんな修羅場的な状況であっても、主観や常識や知識などに影響されることなく冷静に澄んだ心で事に当たることが大切ということ。

しかし澄んだ心を保つということは、なかなか難しいものです。誤った判断をしない為にも、治療家にはこの澄んだ心が最も必要なものですが、一般の人にとっても大切なものだと思います。

近年、私たちの周りはAIの発達により、言語だけでなく映像までも見分けがつかないフェイクニュースが出回っています。そこで今まで以上に私たちは、人や物事を見た目で判断したり、人の噂で判断したり、常識に囚われたりせず、仏教用語である「中道」の位置に立ち心を澄ませ距離を空けて冷静に眺めて見ることが大切になってきていると思います。