心身徒然話

治療家から観た心身や日頃感じた事柄を書きとめました。
(左にあるブックマークの「創健整体治療室」から概要に飛びます)

手のひら感覚

2024-09-13 10:24:49 | Weblog
私の治療の半分以上は氣功が占めます。氣を送っていると、私の掌に患者さんのいろんな情報が届きます。治療でよく後頭部に氣を送っていますが、その時に今日は睡眠不足とか、今日はストレスを抱えているとか、脳のこの部分に異常があるとかいろいろ感じます。

そのような異常感をこちらが感じたときは、その異常感が無くなるまで氣を送り続けます。その過程はいろいろで、掌を当てて直ぐ異常感が現れる人と5分ないし長い人では20分経過してからよやく奥の方から異常感が出てくる人もいます。

経験上、直ぐ出て来る人程体に勢いがある人で、なかなか出て来ない人は老人ないし若くても体の免疫力が低下していて体に勢いがない人、そして体の感受性が鈍くなっている人です。当然そういう後者の人達は、治療において経過が遅くなる傾向があります。ここで、私が今まで氣功して来た治療体験談を2例ほど書いてみたいと思います。

1.胃の全摘手術直後の氣功
知り合いのお母様が胃の全摘手術をするので、病室まで来て手術直後に治療をして欲しいとの依頼を受けて私は病院に向かいました。私は、病室で患者さんが戻って来るのを待ちながら治療の組み立てを考えていました。何分にも手術直後の治療は経験がなく、ここは氣功しかないのではと決め患者さんを待っていました。

程なくして移動ベッドで点滴を付けた知り合いのお母様がウーウーと唸りながら戻って来ました。そこで麻酔が効いていて、意識は戻っていない状態のお母様への治療を始めました。

とにかく、傷口へ氣を送ることに決め掌を軽く当ててみたところ、自分でも始めての感覚で驚いたのですが、自分の手が燃えている感覚で、思わず手を離したい衝動に駆られました。そこで、この感覚が消えるまで絶対に手は離してはだめだと覚悟を決め、氣を送り続けました。

そしてその燃える感覚が消え、今度は手がビリビリと痺れ始めました。それが掌から肘の上まで徐々に上がって来るではありませんか。でもその感覚が消えれば、必ず手術後の経過回復のスピードが改善されると信じて、異常感が消えるまでそのまま氣を送り続けました。

後で、経過が良く傷口がきれいで予定より早く退院できそうだと連絡が入りました。今回、氣功をしていてあの凄まじい異常感は、回復に向けての細胞の叫びだったのではなかったのかと思えてなりませんでした。

2.脳内出血後の氣功
友人のお母様が、脳内出血で倒れ入院しているので病院に治療に伺いました。発病して大分経っており、強い片麻痺が残っていて寝たきりの状態でした。まずお母様に挨拶をしてから、麻痺の状況を観察しポイント治療をしてから患部を探るため頭部に手をかざすと、直ぐに患部が分かりました。

その患部を氣で診ると、約半分が何もなく空洞でそこにピューッと風が吹いている感じなのです。両手で診ているとその感覚はまるで別物で、完全に脳細胞が死んでいる感じでそこにあるべきはずの脳が感じられないのです。そこで、その何も感じられない患部にジーッと氣功をしていましたが、やはり反応はありません。後で、残された健康な脳に氣功をし、少しでも患部の脳細胞の働きを代行して頂こうと思い、その日の治療を終え帰りました。

後で意識が少しはっきりしてきたようで、お孫さんがお見舞いに来ると嬉しそうにしていたと連絡が入りました。体は健康な時はその存在が何も無い様に感じますし、胃が異常の時は胃を感じます。しかし氣で感じてみると健康な時はそこにはしっかりと虚ではなく実を感じるものです。

PSラインアクセスの開発のヒント2 自分自身の腰痛体験談

2024-09-07 14:17:09 | Weblog
ある朝、起きた時に体に違和感を感じました。その違和感とは、右の腰から右下腹部にかけて重い痛みがあり、立っていることが辛い状態で、少し横になりましたが症状は変わりませんでした。

そこで、重い腰の原因が知りたく近くの内科へ向かいました。病院で診察台に横になり腹部エコーで診察してもらい、診察の結果ドクターに「※腎杯が広がっていますね。」と言われました。その途端、私の体に急激な変化が起こりました。それは先生の診断を聞いて、そうなんだと思ったと同時に、瞬時に痛みがスーッと消えて行き完全に痛みがなくなったのです。その間、先生はモニターを見ながら「あっ変化している!こんなに早い変化は見たことがない。」と動揺していました。

そしてこの経験は、私が初めて裡なる力を自覚した出来事になりました。その後、あの痛みが嘘みたいに何事もなかったかのように病院をあとにし、自宅に戻り冷静になったときに新たな疑問が浮かびました。それは、先生が「腎杯が広っていますね。」と言ったとき、私は腎杯という言葉を初めて聴いたわけで、理解できていなかったのです。ましてや、モニターの画像すら見ていなかったのです。それなのに、私の脳はその状態を理解し的確に腎臓の細胞に指示を出し、瞬時に治したのです。その後、その出来事を実体験している私にとって生命の神秘というか、体はもしかしたら自分の知識の及ばない、それどころか全てのことが分かっているのではないかと考えるようになりました。

私達は、脳の能力の十パーセントしか使っていないと言われていますが、使われていないだけで脳はその能力をいつでも使えるように控えているのではないでしょうか。もしかしたら火事場のバカ力のように非常事態に際して突然、能力が発動するかもしれません。

PSラインアクセスの開発のヒント1 忘れられない人。(ガン細胞の声を聞いた人。)

2024-09-04 12:17:51 | Weblog
20年ほど前になります。乳癌の末期の人で、片側の乳房全摘と腋窩リンパ節の切除手術をし、その後抗がん剤と放射線療法を行いましたが、肝臓に転移していることが判明し、再び抗がん剤投与にふみきり辛い副作用に耐えながら週に1度のペースで治療に通ってくれておりました。
   
比較的、敏感な体質の人で肝臓に向けて足首のポイントから気を送っていると、「肝臓の癌がブクブクと沸騰しているようだ」とか「癌がお腹から外へ出ようとしているが、穴が小さいので出られないでいる」とか「癌が、小さくなってきた」とか毎回、新しい反応を示しておりました。実際、後で病院の検査で分かったのですが、正確に癌の位置や大きさを言い当てておりました。
   
治療のたびに、副作用で痺れている茶色に変色した手指の爪や膝から下が痺れ感覚がなく、一歩一歩自分の足を確認しながら歩いている状況を見聞きし、もう自分の身体をいじめるのは止めて自分の身体の声に耳を傾けて、自然の理にかなった治療に専念しませんかと話ししていました。そしてある日、化学療法は止めてこれからは身体に寄り添った負担のない治療に専念したいと言ってくれました。
   
そんな気持ちになったおり、このままでは命がありませんよと言うお医者さんの言葉に逆らえず、ホルモン療法に踏み切りました。その後の治療で、肝臓の癌細胞に語りかけながら気を送っていた時の会話です。患者さん「癌が話した」私「なんて言っていますか」患者さん「大きい方が、もう騙されないぞ。そして小さい方は、ずるいよ!と言っています。」それを聞いて、細胞は意志を持っているとは思っていましたが、実際自分の意志を伝えてくるとは思いもよらない出来事で驚きました。正直、正常な精神状態ではなく幻聴だったのではと疑いたくなりますが、長年その人を診察して来てそれは否定出来ました。
   
そして、その癌細胞の言葉が偽りのない意志だったと腑に落ちました。せっかく化学療法を止め、自然の理にかなった治療にすると決めた後です。その約束は自分の細胞にも向いていたのです。そして、その約束を自ら破ったのです。その出来事から、今まで子育てで一番大事なことは信頼関係を築くこととお母さん達に伝えていましたが、自分の身体に対しても信頼関係が大事だと言うことを私は学びました。常に、身体の細胞は対話を求めているのです。それには、怒り・不安・嫉妬・執着などのマイナスの感情だけではなく、プラスの感情も抑え心を中庸にもって行くこと、そして澄んだ心でそこに立つことです。そこから、対話が始まるとおもいます。
   
後に、PSラインアクセスの開発のヒントになりました。貴重な気づきを与えてくれたその人は、その後治療の甲斐なく旅立たれました。
                                 合掌

清らかな想念を持とう

2024-08-28 12:26:28 | Weblog
想念というものは怖いもので、こんなことわざがあります。
「人を呪わば穴二つ」といって、そういうことをやれば自分も墓場に行かなければならないという意味です。
事実、死ね!とある人に念を送り、その念が自分に返ってきて死にそうになった人を知っています。
想念も人間の気持ちで、良い想いも悪い想いもあるわけで、実際、知らず知らずにこの想念というものが世の中を乱したり、良くもしており、根本的な影響を与えているようです。
よつて世の中を良くしようと思うのであれば、想念を浄らかにしなければなりません。
それとは別に、心(気)を込めた料理は美味しくなり、嫌々料理したものは美味しくありません。これは事実です。
料理人でも最後は腕の冴えではなく、その時の気持ちが料理を決めます。
以前、気を込めた器でどれだけ味が変わるか試したくて、半年陶芸教室に通ったことがあります。
そこで気を込めて作ったぐい呑と市販のぐい呑に水を入れて、1時間ほど放置してから飲み比べたことがありました。
市販のぐい呑は変化がなく普通の水でしたが、気を入れて作ったぐい呑の方は、蜂蜜を溶かしたような甘味があり驚きました。
そこで、酒飲みの友人と馴染みの居酒屋にそのぐい呑を持ち込み日本酒で飲み比べてみました。
なんと味がまろやかになりスーッと喉を通って行き、ワンランク上等なお酒に変わっていました。
そのことから、俗に気が入るということは事実であると断言できます。
つとめて日々、清らかな想念を持って生活したいものです。

「僕に出来ること」ぬいぐるみの独り言

2024-08-22 10:33:20 | Weblog
この世に存在すると言うことは、誰かに必要とされていると言うことです。その中で物言わない存在のものが多数ありますが、その中で以前家の中のぬいぐるみを処分することになり、一つ一つ感謝を伝え手放しました。その時にぬいぐるみの使命と気持ちを考えてみました。
1. 喜びを分かち合うこと。
2. 悲しみを分かち合うこと。
3. 涙を受け止めること。
4. 怒りを受け止めること。
5. 心の隙間を埋めること。
6. 寂しさを分かち合うこと。
7. 愚痴を聞くこと。
8. 帰りを待ち侘びること。
9. そばにいること。
10. 捨てられること。
11. 忘れ去られること。
12. 現実を受け止め恨まないこと。
(私個人の主観です)







懐かしい味

2024-08-13 10:30:05 | Weblog
 お盆と言う訳でもありませんが、ある出来事を思い出しました。
それは何年か前に、姉の手料理を頂いた時の事です。小皿の何気ない料理が母の味そのもので、ここで40年前に亡くなった母の味を味わえることが出来るとは思ってもいないことでした。そう言えば、よく母の手伝いをしていたことを思い出しました。その味を味わいながら、鮮明に子供の頃の家族団欒の光景が鮮明に甦ってきて、形容しがたい感動が押し寄せてきました。母の味を受け継いでくれた姉に感謝の、幸せなひと時でした。ありがとう・・・。

無題

2024-08-09 11:03:39 | Weblog
 健康に生きる極意は、自分の身体との信頼関係を築くこと。
他人に自分を否定されるより、自分自身で否定することは、
自分の生命を傷つけることになる。
 どんな時でも自分を認めてあげてほしい。

先達の言葉

2024-08-01 12:23:44 | Weblog
 疾病現象の如きは、自然の生命の恢復作用によって発する人体の合目的的なはたらきであって、健康の敵ではないのだ。然るに、之を怖しきものの如く宣伝し、病んで一層心身の緊張を必要とする人々に、不安と恐怖による心身の萎縮を誘導して、その自然治癒を妨げようとするが如きは、不届千万のことだ。
                                野口晴哉

無題

2024-07-19 10:49:48 | Weblog
思うようにいかない時、この言葉を思う。
「我が身に降りかかる一切の出来事は、自分にとって絶対必要であると共に、
また実に絶対最善である」という事を。

PSラインアクセスは対話療法

2024-07-11 16:15:11 | Weblog
 本を読んでくれた方からよく聞くことは、体に違和感を覚えた時にむやみに頭を撫でていると言うことです。それでは効果が得られません。そこで再びPSラインアクセスについて記します。
 
 PSラインアクセスの最大の特徴は、治療に関して技術や知識を必要としないことです。ただ身体と対話をし、今現在の身体のバランス状態を自覚してもらい、それに対する対処を促すだけです。それに必要なことは、身体に対する信頼と正確に情報を伝えるということに尽きます。
 普通信頼関係とは他人の人との関係と考えている人がほとんどだと思いますが、自分自身の身体にも言えることです。声を持たない身体は、日々私たちの身体の均衡を保ち健康に生活できるように働いてくれています。そんなありがたい働きに対し、不摂生をしておきながらそれが原因で体調を壊しているのに、不平不満を言っていては自分の身体との信頼関係は崩れてしまいかねません。身体に声は届いているのです。日々身体に対する感謝を持つことは大切です。それが信頼関係を築くためになくてはならないと考えます。
 そして正確な情報を伝えるということは、バランスチェックにより骨格バランスを正確に指令室である脳に伝えるということです。正確な情報を伝えるためには、正しく比較するポイントに手を添えるということに尽きます。もしも正しくない情報を伝えたならば、間違った指令を出してしまい骨格バランスを整えることはできなくなります。
 そこで欲を言えば、正確にポイントに触れたとしても手指の感覚が鈍く、微妙なバランスの崩れが自覚できないのは完全な対話とは言えないと思います。そこで手指の感受性を高め微妙なバランスの崩れを自覚できるまでに感覚を磨き、PSラインアクセス後に変化を自覚してこそ本当の対話療法と言えるのではないでしょうか。そして整ったことが、潜在意識に組み込まれ次回から更に整えやすくなるのではと考えます。