夜の部は「仁左玉」目当ての客で熱気がすごかった。
お二人が歌舞伎の本公演で共演するのはそろそろお終いかもという憶測が飛び、何としても見たい!
と願うファンが詰めかけているからです。
「土手のお六」では、玉さんはすっかり長屋のおかみさん然としたうらぶれた様子になり、仁左衛門はすさんだ様子の悪党面。
何と言っても、仁左さま@鬼門の喜兵衛のドスのきいた低い声と恐ろしげな顔つきには驚かされました。
先月、あれだけ気高く凛々しい綱豊卿を華麗に演じた役者が一転して、市井のチンピラになって全くの別人なんですもの。
劇中で相手に対してすごむと「何だよ、恐ろしいなぁ」と怯えて退散する場面が自然で、間近で見ている私まで重低音の台詞に震え上がるほど。
百両の金目当てに強請りに乗り込んだ店で出された15両を「目腐れ金」と言って突き返すときの貫禄には、海千山千の店主や番頭も腰が引けています。
目腐れ金って、すごい言葉……。
それも結局目論見が外れて帰るときにはちゃっかり拾って、店主の彦三郎@油屋太郎七が「あっ、それを」と押しとどめようとすると
目力ではねのけて懐に入れます。
肝が据わっているというか場数を踏んでいるというか、些細な言葉からこの男のこれまでの悪行の数々が分かるようで、うまい。
今月も動きが軽やかで棺桶に飛び乗り座って見得を切るなど、年齢を感じさせません。
悪党なんだけど、やっぱり「苦み走ったイイ男」って評価がピッタリくる仁左さまでした。
玉さんは普段、上品で知的なキャラクターで役柄も姫や高貴なお役が多いため、こうした悪婆といわれる芝居をすると何でもないところでも大受け。
喜兵衛が「かかぁ、帰ったぞ」と酒とツマミを下げて湯から戻ると、「あいよ」とぶっきらぼうな返事をします。
ただ、これだけのシーンなのに客席からが笑いが起きるのがスゴイですねぇ。
亭主と共に強請りたかりに乗り込む場面では先に店に乗り込み、最初はしおらしく「ええ~っ」とか何とか叫ぶのが、徐々に本性を表して
わざとらしく泣いたり驚いたりすごんだりするうちに客は「玉さんってコメディ的な演技もいいんだ」と感心させられるという流れに乗せられて。
途中、玄関先で夫を呼び込むために敷居を跨いだとき、片方の草履が脱げてしまいました。
花魁のものすごく高いぽっくりや武家の奥さまの立派なお草履とは違って、底がギザギザしたカレンブロッソのような扁平草履で不慣れなのかも。
間近で見ていた私のほうが「玉さん、どうするんだろう」と一瞬ドキッとなりましたが、ご本人は「ん?」という様子で腰を折って拾って履き直しました。
実生活でも草履が脱げたりすることはあるわけで、慌てず騒がず普通に自然に流れの邪魔になることなく、「おお~ぃ」と喜兵衛を呼びました。
やっぱり、細部までよく分かる一等席で観るのは楽しい!
仁左玉だけは必ず一等席だと今月も思いました。
汚い姿の夫婦で終わっては仁左玉ファンは収まらないことをよーくご承知のお二人と松竹は、次の幕で「神田祭」をやってくれました。
粋でいなせな鳶頭を仁左衛門、美しくこれまた粋な芸者を玉三郎。
舞台がいきなり茶色から鮮やかカラーに一変しました。
これよこれ!
二人が頬を寄せ合ったり、見つめ合うとなぜか客が照れてしまって忍び笑いが漏れます。
仲睦まじい美男美女を眺めるのはもちろん幸せですが、それ以上に仁左さまの踊りが美しい。
もともと舞踊に秀でた人で数々の名舞台を見てきました。
それがいまだに健在という事実に胸がいっぱい。
こういうお二人を見せつけられると、トリの舞踊「四季」は何だか気の毒。
私は最後まで観ましたが、気がつくと斜め後ろはぽっかり空席に。
仁左玉の二幕で帰ったということです。
私はどんなに素晴らしい内容でも1回しか見ませんが、ご贔屓さんはお目当ての役者の変化を見るために何度も足を運ぶので、
それを見終わると帰ってしまうのはよくあること。
仁左衛門ファンだと新幹線日帰りという方もいらっしゃるでしょうから、早めに退出するのは仕方ないのでしょう。
でも、「四季」で代わる代わる若手や中堅の立役、女方が登場するのにその誰よりも仁左玉が綺麗って言うのは何だかなぁ。
歌舞伎座出口で興奮冷めやらぬファンのおばさま方が「やっぱり仁左玉は最高! もうこれから全部見る!!」と叫ぶと「私も」と
呼応する声が。
なかには「もちろんそうするけど、そんなに焦らなくてもお二人はまだまだお元気そうよ」と、この先の永遠の共演を願うかのような声も。
こうしたファンの熱い思いを背負って毎月、どこかの舞台に必ず立つお二人。
私も頑張らないとなぁと発奮させられるのも観劇の効果です。
昨日、千穐楽を迎え休演などもなく、無事に終わったことに心から「おめでとうございます」と言いたい!