七年ぶりの俳優祭は予想どおり大盛況でした。
幕開けは俳優協会財務理事の梅玉さんのご挨拶。
いつもの淡々とした口調ながら、少しリラックスしたご様子で「俳優祭は39回目となりました。オヤジギャグですが、サンキュー俳優祭
と覚えてください」とおっしゃる口調は全くオヤジっぽくなく、品がいい。
「39回もあったんだ?!」と、これまで三回くらいしか経験のない私にとってはなるほど覚えやすい。
これまでは歌舞伎座で開催されてきましたが、国立劇場が11月からの建て替えで一時休館(と言っても新歌舞伎座よりも長い閉館みたいで寂しい)
になるため、「さよなら」の意味をこめて37年ぶりに国立劇場で行うことになったそうです。
昼夜同じ内容ですが、一部配役変更や模擬店販売担当が替わると知り、私は昼の部観劇で「丑之助君がいたら絶対にTシャツ買うな~」
と思っていたのが叶いませんでした。
まぁ、義務教育中の小学生だから当然か。
演目は事前に知らされていましたが、配役は分からず「菅原伝授手習鑑」は誰が何を勤めるのかとワクワクしていると、「加茂堤の場」で
幕が開き
いきなり團子ちゃん@桜丸のご登場。
今、注目の花形役者でもこんな重要な舞台に一番手で出てくるのは大変な緊張を強いられるでしょうに、落ち着いて長い台詞も完璧に入ってお見事!
お相手の千之助君@桜丸女房だって十分若いのに、團子ちゃんをリードする姉さん女房のような貫禄で、これまた素晴らしい。
若い二人に魅了されていると、現れた莟玉君@苅谷姫に客席から「ホ~ッ」とため息が漏れました。
可愛いなんてもんじゃない。
つるりと剥いた茹で卵を連想させるツヤツヤのお肌に美しい輪郭、顔のパーツ一つひとつが全て整っている。
「刀剣乱舞」で歌舞伎を観たことなさそうな女子まで熱狂させた面目躍如で「時分の花」とは、まさにこういうことなのね~。
眩いほどキラキラした若手に交じって、ちょっと気の毒だったのが苅谷姫と玉太郎@親王の逢瀬を邪魔する吉之丞@三善清行。
お声の調子が芳しくないようで、吉右衛門丈仕込みの張りのある台詞回しでなく、ややかすれていました。
そのせいなのか珍しく台詞に詰まってプロンプターさんの声が入り、会場から失笑が漏れました。
うーん、私は笑えない……。
おそらく、俳優祭のための稽古はほぼ一夜漬け。
それは皆さん同じ条件でも、名だたる名優や売り出し中の若手俳優が一堂に会するこの劇場で結構なお役を勤めるのは緊張しないほうがおかしい。
台詞に詰まるのは怠慢ではなく、緊張感の表れだと考えると私は到底笑えないのです。
プロンプターさんの声は聞こえなかったことにしよう、それは黒衣さんと同じでしょ。
続く「車引」は今月歌舞伎座でも同じ演目を観ているので、配役に一番関心がありました。
鷹之資君@梅王丸、左近君@桜丸、染五郎@松王丸って、何て斬新!
三人とも普段とはまったく違う顔、雰囲気で出色の出来でした。
鷹之資君は隈取の顔が雄々しく、小柄な身体を忘れさせる迫力の荒事を披露して立派。
左近君は最初、分かりませんでした。
「音羽屋っ!」と大向こうが掛かっているのに「音羽屋って誰?」となり、これまでは一声聞いただけで役者の顔も名前も浮かんだのに
客のほうも世代交代かと寂しくなりましたが、よーく見ると左近君。
桜丸は女方の役者が演じることが多く、松緑の息子の左近君とは思いも寄らず。
しばらく分からなかったほど美しいんです、素敵なんです、桜丸そのものなんです。
悪い意味でなく、松緑と全く似ていない(彼の桜丸は想像できないもんね)。
いやぁ~、顔をするのがお上手ですね。
まだ17歳だし大柄な松緑の息子なので、身長もこれから伸びるでしょう(同年代の染五郎君や團子ちゃんに比べると低い)。
これはいろんなお役ができそうで将来が楽しみ。
圧巻は美少年こと染五郎@松王丸の堂々たる顔、声、姿。
今月の歌舞伎座で「一本刀」のチンピラ役で出てきたのと同一人物とは思えない大きさでクラクラした~。
「これが血なのか」と唸りました。
高麗屋は松王丸を勤める家なので、幸四郎からはまだ子ども扱いされている美少年もDNAに組み込まれた勇猛な血統がにじみ出てくるのでしょうか。
時代物の大役を若手役者に勤めさせた幹部や松竹の願いのようなものが伝わってきて、いやぁ~大満足。
確かに技は伝承されています。
「模擬店」は例によって大混雑で舞台上の役者にしかあまり関心がない私は人混みを避けて二階から様子を眺めたり、空いた通路をウロウロして
早めに席に戻りました。
それでもかなりの時間が割かれていたので、客が切れたところを見計らって販売員の役者さんの姿をチラ見。
菊ちゃん、マスク越しでも優しい笑顔でやっぱり素敵~。
お隣の席の方も早めに着席されていて「菊ちゃん、Tシャツを売ってて残り2枚で客が途切れたのでお顔を拝んできました」と話しかけると
「え~、どこでですか? 夜の部も見るので買いに行きます。でも、好き過ぎて近寄れないかも」と大興奮。
そうねそうね、わかるわぁ。
と言って何ですけど、福引を終えて片づけに入っている歌昇君にはサインのおねだりとかしている人がいたのが二階から見えたんで一階に降りて
「お写真撮ってもよろしいですか」と断って一枚だけ撮らせていただきましたが、歌昇君も勿論好きなことに変わりありません。
模擬店が始まる前に司会の彦三郎が「写真をSNSにアップしても構いませんが、役者への過度の接触はご遠慮ください」と。
過度って一体?! と笑いを取ってましたね。
役者と一緒に自撮りしている人もたくさんいらしたけど、とてもそんな勇気はなく。
俳優全員お揃いのTシャツ姿で、鍛えた身体がよく分かりました。
歌昇君&種之助君兄弟の福引は大行列で、早々に売り切れて参戦できず残念無念。
模擬店終了後、国立劇場の思い出の映像が菊ちゃんの美声によるナレーションで紹介されました。
私なんぞは知らない、早世した辰之助丈や伝説の女方・歌右衛門丈など往年の役者の映像が流れるたびに年季の入った客たちからどよめきが。
新歌舞伎座ができる前後に亡くなった大勢の名優の映像には、「私もどうにか間に合った」という感慨に浸りました。
晩年の円熟した芸を観られたんですもの、幸せだよね。
最後の俳優祭名物、おちゃらけ演目もそれなりに楽しめました。
二か月連続公演を行った「新水滸伝」のパロディ(とはちょっと違う?)が最もウケていました。
白塗りの「天童よしみメイク」で登場した猿弥さんが、イケメン隼人君が勤めた林冲に扮して「誰が何と言おうと私が林冲ですっ!」と言い張るのに爆笑。
すっぽんに立つとマイクを握ってカラオケよろしく歌い出し、それが驚くほど上手で(当たり前?)客席は大いに沸きました。
本当に芸達者でお茶目な人。
ここでも寿猿さんが意気軒昂で「お歳は?」と尋ねられて「多分、93歳」というと拍手の嵐。
高齢者の希望の星ですもん。
台詞はしっかりしているし、模擬店で立つ姿も背筋が伸びで若々しく、仮に70歳と聞いても何の不思議もありません。
いつまでもお元気で澤瀉屋の皆さんと共に舞台に上がっていただきたいものです。
そうそう、特筆すべきはメイド(冥土)役の米吉君。
他のメイドを引き連れてセンターに陣取り、とてつもなく可愛く踊ります。
踊り出すと「ちょっと! 手拍子しなさいよっ!!」と客を𠮟りつけて「ツンデレメイド」そのもの。
この可愛さは莟玉君とは違うけれど、二人とも甲乙つけ難い。
純真無垢な莟玉君に対し、あざと可愛い米吉君で異なる魅力を放っていいですねぇ。
全ての出し物が終わり、再び梅玉さんのご挨拶で模擬店での売り上げが良かったようで(お買い物券を用意していたのが8割売れて
夜の部のがなくなるんで途中から現金支払OKに)「たくさんお買い上げいただき、潤いました」と。
「潤いました」というお言葉がズシリとこたえました。
コロナで大変な思いを役者も松竹もしましたからねぇ。
20頁、文字だけのペラペラのプログラム2,000円は高いなぁと思いつつ(歌舞伎座の舞台写真たっぷりの筋書よりも高い)、及ばずながら
少しでも松竹や俳優に還元されるならいいかと私も迷わず購入。
販売してくれた役者さんは多分、音羽屋の女方さんで両手で手渡しながら「楽しんでいらしてくださいね」とニッコリ笑顔に射抜かれた~。
理事長の菊五郎、常任理事の白鷗は体調不良でご欠席。
すっきり羽織袴をつけた仁左さまの音頭で、一本締めを舞台の役者さんと共に客もやって無事お開き。
何年後かに新国立劇場ができたとき、役者さんの顔ぶれはどのようになっているのか、自分自身どんなふうになっているのかと考えながら帰路につきました。
4時間近く充実した時間を過ごせた心地よさに浸りながら。
2023年9月28日