「通し狂言 菅原伝授手習鑑」のクライマックスは、前半にあるといってもよいでしょう。
現在、菅丞相を演じることができる俳優は、片岡仁左衛門ただ一人。
仁左さまご登場は、前半にあたる昼の部だけなので、これを目当てにという観客は多いようです。
舞台に仁左さまが現れると、場内の空気が一変するのは断じて気のせいではありません。
歌舞伎を見始めた当時、菅丞相が彫り上げた人形がご本人の身代わりになって、悪い一味の手にかかるのを防ぎます。
連れていかれるとき、舞台上手で正座する仁左さまがまるでターンテーブルに乗っているかのように、
クルリクルリと向きを変えるのが不思議で、ストーリー以上に印象に残ったものです。
何も知らずに見ても、「ああ、ここは人間じゃないのね」とわかるすごさ。
超初心者だったため、肝心なところより未知のシーンにくぎ付けになったわけですが、本日拝見しても、やはり見事に
生身の丞相と木像の丞相とを演じ分けています。
木像になっているときは、瞬きひとつしませんもの。
ただ、今回は私も少し進歩して、仁左さま@菅丞相の気高さ、格調の高さに強く引きつけられました。
その人が最後、花道で壱太郎@養女・苅谷姫との別れを悲しみ、ドッと涙を流し、人間・菅原道真の情を見せます。
このギャップ!
仁左衛門はよく泣く役者といわれますが、心底お役に入り込んでいるからこそで、それはそれは美しい涙です。
松竹配信のメルマガ「歌舞伎美人(かぶきびと)」 によると、仁左さまは菅原道真公を演じるにあたり、
わざわざ太宰府天満宮に足を運ばれ、何も願わず、ただ心を捧げてこらえたとのこと。
だから、絵馬は「捧心」。
か~っ、カッコいい!!
結んでいる木は、流罪となった道真公を追って博多に飛んで行ったといわれる「飛梅」。
子供のころ何度も太宰府に行っているのに、見てないのよね。
地元にいるとそういうもの?
いえいえ、子供だったから関心がなかったんですよ。
人は見たいものしか見えないものだとつくづく実感します。
と、いろいろな思いが湧き上がる昼の部は全体としても、やはり期待を裏切らないものでした。
大幹部など大御所の役者が出ているため、染ちゃん@源蔵や、梅枝@戸波夫婦の清新な若さが一層輝きます。
染ちゃん、伝授の試験で実際に墨で和紙に書き付けていきます。
3階席だったので筆の様子がはっきり見えましたが、なかなかのものでした。
そりゃ、菅丞相になりきった仁左さまにご覧に入れる文字が芝居とはいえ、あまりにも拙いと興醒めですもん。
毎日、結構な長文を書き続け、日に日に上達しているのでは?
楽日まで頑張れ~!
歌舞伎座の大舞台を若手だけで支えるのは、やっぱり難しく、要所要所で芝雀や魁春のような手堅い女形、
彌十郎や歌六が軽い悪役を務めるようでなくては厚みが出ません。
彌十郎は体は大きいけれど、可愛さがあり、昼の部での悪役・宿禰太郎はピッタリ!
一方、夜の部での時平公は全然合っていませんでした。
どことなく憎めない赤っ面の小悪は達者に演じても、巨悪、実悪の大物は貫禄不足の感が否めません。
愛之助もここでは自然な梅王丸で、うって変わって奴の役では滑稽味を大いに発揮し、劇場を和ませたのはお手柄です。
秀太郎も気丈な覚寿を大熱演で、ベテランならではの存在感が素晴らしい!
こういう座組だと、やはり歌舞伎は楽しい♪
久しぶりの、まさしく大歌舞伎でございます。