いつだってワークライフバランス

「仕事と生活の調和」を意味する
ワークライフバランス。
より良いあり方を考えるブログです。

團菊祭五月大歌舞伎・第二部@歌舞伎座

2022-05-21 | 歌舞伎

今月の海老蔵は良かった!

何度も観てきた「暫」ですが、60キロを超えるゴツイ衣装に身を包んだ彼は超人的な鎌倉権五郎そのもの。

とにかく大きいっ。

終盤、太刀持ちで現れた千之助君が誇張ではなく、子供に見えたほど。

 

台詞に難があると言われ続けている海老蔵ですが、大音声で朗々と台詞を述べる様子は勇ましく頼もしく、まさしくヒーロー。

お顔もくっきりと綺麗でした。

 

最近、幕間などに「何か所帯じみてきたわね」とか客の嘆きを耳にすることもあり、それを否定できない疲れたような表情で

残念な気持ちになるのが辛くて近くで見たくない~と思っていましたが、今月は花道脇のお席で細かな息遣いまで伝わってきて、

その顔が美しいとやはり幸せな気分に浸れます。

天下の成田屋には常にこうであってほしい。

 

「暫」は荒唐無稽な内容で、初めて観る人だと何が何だか分からない様式美優先の狂言だからこそ、役者の「声・顔・姿」が大事な要素となります。

有無を言わさず、「何かカッコいい、面白い」と感じてもらう演目なので、今回は大成功といえるでしょう。

いつも辛口の劇評も好意的なものが多くてホッと安心、久々に満足。

 

もう一つの「土蜘」も素晴らしい出来。

音羽屋三代の非常に完成度の高い舞台でした。

まず、菊五郎@源頼光が艶のある伸びやかな声で聞かせます。

高齢なので動きはややゆっくりになりましたが、それさえも高貴な身分のお役にふさわしいと思わせるところはさすがの貫禄。

 

その太刀持ちの丑之助君が立派な演技で観客を引き込みます。

主君の前にいるときは絶えず膝を少し折って前傾して、謙虚さを表します。

もともと小さいのでそんなことしなくても十分なんですが、それをやる芸の細かさには驚かされました。

 

台詞も子役特有の棒読みでなく、ちゃんと気持ちを込めて発しています。

型が第一の歌舞伎では子役にそこまで求められていませんが、周囲の芸達者な役者さんと毎日接しているうちに自然とそうなったのかもしれませんね。

こんな子役を今まで見たことはなく、この先どんな役者になっていくのか、その成長が楽しみでなりません。

 

天才少年とか言うのは簡単ですが、歌舞伎ではたとえ天才でも決まった型を押さえる必要があるため、自由な演技はできず、稽古を重ねるしかありません。

子供の日に「徹子の部屋」にお父さんと出演した丑之助君が心底、歌舞伎が好きそうなのを見て、「だからこうなるのね~」と納得。

こんな神童のようなお孫ちゃんと共演できて、お祖父ちゃんの菊五郎はさぞ嬉しいでしょうねぇ。

 

菊五郎の息子の菊之助@土蜘が良いのは言うまでもなく、非常に格調高く品があり、他の人の土蜘とはまた一味違います。

お父さん譲りの口跡の良さは十分承知していますが、この人の台詞回しを聴いていると、やはり海老蔵よりもずっと先を走っているなぁと思い知らされます。

かつてはよく共演していたことが今となっては懐かしい……。

 

楷書の演技にメリハリのある台詞。

今後、繰り返し演じるであろうこの役を大切にしていることが客に伝わる丁寧な演技で、最後まで飽きずに観ることができました。

コロナ禍で大幅カットが多いなか、約一時間半を一気にというのは意外と疲れるものなので。

 

歌昇君@渡辺綱もいいし、時蔵さん三代の出演(こちらも負けず劣らず素晴らしい)もあって今月の歌舞伎座で一番の見ものではないでしょうか。

 

27日千穐楽。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フラワーアレンジメント2点

2022-05-13 | お茶ときどきお花

続けてお花を送ることになり、いつものように馴染みのフローリストさんにお願いしました。

 

ひとつは毎年恒例、お茶の師匠の誕生日プレゼントとして。

既に社中は閉じられましたが、初心者から約20年間もお世話になったので、この習慣は今後も続けるつもりです。

 

花材はオリエンタル百合、マム、ピュアブルー、ニゲラなど。

届いたときが満開でなく、徐々に変化を楽しめるアレンジを先生もお気に召してくださっている様子。

 

新たにお茶の稽古場を見つけて、お点前を忘れない程度にぼちぼち通っていますが、今さらながら

師匠のお宅での恵まれた環境をありがたく思い返しています。

 

現在はカルチャーセンター風の稽古場なので、仕方ありませんが、茶道具に無関心だった私が玩具のような茶碗や棗、茶杓で

お点前をすることにかなり抵抗を感じていて、そんな自分に驚きです。

いかにこれまで、先生が惜しげなく素晴らしい道具を出して稽古をさせてくださっていたのかが

ようやく理解できて、それは収穫ですけど。

 

立派な道具目当ての数寄者のためでなく、本物に触れて道具の来歴や禅語の意味など、茶の湯の歴史に興味を

もってほしいという先生のお考えを今頃、じんわり噛みしめる不出来な弟子……。

それをお伝えしたとき、「まぁ、それほど間違ったことはお教えしてこなかったつもりよ」と微笑されていました。

 

もう一点は供花。

ご高齢の方宛なので、冒険せず「らしく」作ってもらいましたが、隠しても隠し切れないセンスの良さ。

花材はトルコ桔梗、りょうぶ、クレマチスなど。

クレマチスの紫が効いてますね。

りょうぶは一見、雑草ですが貴重な山野草、茶花でもよく使われるものです。

こういう地味なお花を見事に活かしてアレンジするのが、この人の個性なんだよなぁ。

 

今は亡きお花の師匠ご推薦のフローリストさん。

先生のお仲間のお弟子さん、とのこと。

普段とっても優しいのに、美にはめっぽう厳しい先生が「とってもセンスのいいお花を生けるのよ」

と仰るのだから間違いない! と思ってお願いして以来、12年のお付き合いです。

 

好みのモノ、気の合う人とは細く長く付き合う質の私。

数は少なくていいんです。

いえ、むしろ少ないのがいいのよねぇ。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

空也上人と六波羅蜜寺@東京国立博物館

2022-05-08 | 美術

まるで劇画と見まごうばかりの、口から六体の仏像が飛び出している「空也上人立像」。

それぞれ、南無阿弥陀仏の念仏が形になったものだそうです。

作者の康勝さん、何だかアバンギャルドだわぁ。

 

確かに近くで見ると足の筋肉など大変リアルで、細密さは素晴らしいものです。

生きているかのような木像から、ミケランジェロの「ピエタ」を思い出しました。

ただ、あちらは堅い大理石の彫像で、実物を見た時はこの世の物とは思えず、

「天才という言葉はミケランジェロのためにある」と呟いたのを覚えています。

しばらくその場から立ち去れませんでしたからねぇ。

 

特別展はこじんまりとした規模で、展示数が少ないため空也像に客が集中して密でした。

今回、私はむしろ平清盛と伝えられる、作者さえ分からない僧形像「伝平清盛座像」の方に惹きつけられました。

巻物を読んでいるだけですが、そのぬめりとした表情や後頭部の形に不気味さが漂い、

実際に清盛を見た人の作品に間違いないとゾクリとさせるものがあったからです。

 

何にしても、ただ者ではない感じ。

特段怖い表情をしているわけでもなく、意外なほどほっそりした体つきで威圧感もありません。

眼光鋭くという感じでもなく、静かに読書しているという風情。

なのに、こんなに気味悪いのだから普通の人ではなかったことがよく分かりました。

 

特別展を見終わって、次は動物園へ。

人が大勢たかっているという意味ではパンダも同じ。

 

双子ちゃん観覧の抽選には外れ続け、園内の写真で御対面。

ふふ、可愛い。

 

お姉さんのシャンシャンも相変わらずの人気で、双子パンダの抽選に外れた人が押し寄せているようで。

最初の一周は停止も撮影も禁止で、前を素通りするだけ。

また並び直して、今度は最初の一周の後方で少しゆったり見ることができます。

そこでは撮影もOK。

 

ちなみに一周目は一度きり、二週目は何度並び直してもよいとのこと。

しかし、30分くらい待ちました。

終わると、行列の横に70分待ちとの表示。

複数回、並ぶ人いるのかしら??

 

一方、お父さんのリーリー10分待ち。

係員さんは私たちが止まっても、あまり急かさず和やか。

水飲み場で止まって「写真撮っていいよ~」とでも言わんばかりに静止して、皆さん「フリーズしてる!」と大喜び。

 

上野の森は多くの美術館と動物園、緑豊かでいつ行っても心が穏やかになるお気に入りの場所です。

 

トーハク特別展、5月8日まで。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

四月大歌舞伎・第三部@歌舞伎座

2022-04-30 | 歌舞伎

一体、いつまで綺麗でいるつもりなのか。

 

「ぢいさんばあさん」、「お祭り」での玉三郎の衰え知らずの美に見惚れました。

会話禁止の客席からも「綺麗ねぇ」とため息のような声があちこちから聞こえてきて、美しい玉さんのお姿に

一瞬現実を忘れて、夢心地になれる幸福感と言ったら!

いつものことではありますが、何年経っても美しさに翳りがないことに嬉しさと不思議さを感じます。

何でこんなに綺麗なの??

 

もちろん顔かたちだけでなく、所作が優美でお召し物もこだわり抜いたものでしょうから全てにおいて完璧。

そこに、これまたいつまでもカッコよく爽やかさも兼ねた仁左衛門が絡むと奇跡の舞台が立ち上がるというわけです。

仁左衛門もスッと背筋が伸びて後ろ姿まで美しく、何よりお若い。

これも奇跡ですよね。

 

愛妻の玉三郎@るんからの手紙に同封されていた桜の花びらを宴席の余興として、ひらひらと扇子であおいで飛ばす場面も

普通はこんなに優雅に飛ばせないでしょと思うほど、綺麗に宙を舞いました。

何をやってもやらなくても、たたずまいそのものが洗練されていて、これぞ目の保養。

 

ただ、「ぢいさんばあさん」は前回ほどは泣けませんでした。

やはり、時間を短くするために細部のエピソードを削ったことが影響していると言わざるを得ません。

 

前半のベタベタのおしどり夫婦が悲劇に見舞われ、後半は37年も離れ離れになり美しい若夫婦がすっかり年老いて再会するという展開を知っていると、

見ているほうが気恥ずかしくなるほどの若い二人のいちゃつきぶりでさえ、その後の暗転が頭をよぎり涙を誘われたものです。

 

一番の要因は悲劇の元になった、面倒な友人・下鴨@歌六とのエピソードが少なかったせいでしょう。

細部が削られて刃傷沙汰になる経緯がわかりにくいのです。

 

前回は勘三郎丈が下鴨を勤め、私生活さながらに仁左衛門演じる美濃部伊織が大好きなことが切ないほど伝わってきました。

自身はひねくれ者のはみ出し者だけど、快活で素直な人気者の伊織のことは慕っています。

友と思っているからこそ、伊織が名刀を欲しているのに代金が足りないと知ると頼まれもしないのに、ポンと大金を貸す健気さ。

 

しかし、その名刀を手に入れた祝いの宴に下鴨は呼ばれませんでした。

それを知って宴席に乗り込んでくる下鴨の悲しみと怒りを思うと、同情の余地は大いにあります。

酒に酔った勢いに任せているようで、言ってることには理屈が通っているし。

曰く、「借金している身で豪華な宴会を開くとは何事か」、「金を貸した俺をその席に招待しないのはおかしいだろ」と。

 

伊織としては他の友人たちをはばかり、嫌われ者の下鴨を招くと興醒めになるため仕方なく外したのでしょうが、それなら

宴会自体をあえて開く必要はなかったとも言えるでしょう。

 

勘三郎の下鴨は深い哀しみに満ちていて、絶望して伊織に斬られて死にたかったのかなぁと感じたのは私だけの解釈か?

彼の役に立てた嬉しさ、一転して仲間外れにされて宴に招待されなかった悔しさ、そんなに嫌いなら斬ってくれ、喜んで斬られようじゃないか

と詰め寄り挑発し続けた挙げ句に殺されました。

たったひと振りでしたが、名刀なのでバッサリ斬れてしまったのね……。

 

粘着質の自身の性格を持て余していたのは、他ならぬ下鴨本人だったのかもしれません。

この先、何の楽しみも期待できない孤独感にさいなまれるくらいなら、もう死にたいという辛さ苦しさ。

巻き込まれ、もらい事故のような顛末で、そのために遠方でお預けの身になって離れ離れになった伊織とるんにとっては災難なんですけど。

 

今回の歌六に問題があるわけでなく、こうした細部が省かれてしまったために悲劇性が薄れてしまったのは残念です。

以前、仁左さまが新聞のインタビューか何かで「一見、どうでもよさそうなことを省くと物語が小さくなる」とコロナ禍の歌舞伎のあり方を

危惧されていましたが、その問題が露呈した形になったのではないでしょうか。

 

年老いた二人が手を取り合って再会の喜びに浸りながらも、最後に「下鴨の墓参りに行こう」という会話があるのが救いであり、後味を良くしています。

 

「お祭り」は玉さん@芸者お一人ですが、白髪のばあさんから一転、ぱぁぁと華やかで粋な姿で登場すると「何て素敵なデザート!」と

会場全体がウキウキとした熱気に包まれました。

わずか13分間のために幕間30分、待ちましたが帰る人などいません。

「待ってました!」の大向こうは禁止されている現在ですが、皆さん心の中でそう叫んだことでしょう。

 

うーん、構成抜群だったわぁ。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

四月大歌舞伎・第一部@歌舞伎座

2022-04-29 | 歌舞伎

「天一坊大岡政談」は、コクーン歌舞伎からあまり間を置かず歌舞伎座での通し公演。

 

猿之助@天一坊がこずるそうな役を小気味良く演じて、適任です。

愛之助@伊賀亮は仁左さま仕込みの低音でドスをきかせ、知的な悪役がお似合いでした。

松緑@大岡越前は着装がよく、手足の長さを隠しつつ大きく見せて立派な姿でお役にふさわしい。

 

皆が丁寧に演じて好感の持てる舞台ではありましたが、見てる最中も見終わったときも「舞台が小粒」「ちんまりしてる」と感じてなりませんでした。

これは歌舞伎座でわざわざ歌舞伎として見るほどのものなのか? と自問自答。

 

つまんないわけでなく、正味2時間淡々と終わりました。

長い話をコンパクトにまとめた弊害なのか、大岡越前とのやりとりに緊迫感はないし、天一坊の変貌場面もサラサラと流れ、

筋を追っている感が否めないのは残念です。

歌舞伎鑑賞のワクワク感が沸き上がってこないのは、もしかしたら客だけでなくさまざまな制限の中、演じる役者自身も

同じ思いかもしれないなどと思ってしまいました。

 

吉右衛門丈が亡くなってポッカリ空いた穴がまだ閉じてなくて、感動がそこからスースーと抜けていくのも一因でしょうか。

いやいや、だって仁左衛門の圧巻の知盛にはこれまで体験したことがないほど心を揺さぶられたではありませんか。

 

コロナの影響もあると思いますが、最近は人気者が出ても席が埋まらない。

安い席は完売でも一等二等席は残ってる。

チケットが取りやすくなったのは喜ばしいのですが、せっかく観劇してるのに心躍るじ感じにならないのは何とも寂しい……。

 

27日千穐楽。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする