昼の部は外題に「極付印度伝」とある「マハーバーラタ戦記」序幕から大詰めまで。
通しをここまで集中して観られたのは初めてかもしれません。
初演から六年経ち、満を持しての再演はバージョンアップされて長い芝居でも飽きずに最後まで観続けることができました。
幕開けの舞台は金色で華やか。
忠臣蔵を想起させる目を閉じた人形のような姿で神々が舞台を大きく使って座しているところから始まり、先ずその演出にわしづかみされます。
神々の中心にどっかと座って貫禄を見せる菊五郎。
お隣の菊ちゃんは目を閉じて髭を描いていても、表情は神秘的で美しい。
彌十郎@太陽神が役どころどおり、明るくおおらかな姿と声でお似合い。
対する彦三郎@帝釈天は戦士の守護神らしく雄々しさと不気味さを漂わせ、ものすごい気を放っていました。
この人は惚れ惚れする美声の持ち主で、個性的な彌十郎とのコントラストが際立ち、対立する二人の神の圧倒的な存在感が秀逸。
神様に見えようがない役者だと、こうはいかない。
さすが、菊五郎劇団! 役者が揃っています。
彦三郎のお父さん・楽善@大黒天も変わらぬ立派なお声で、菊五郎と揃って座っているお姿が貴重。
今回は仮花道が設置された二つ花道で、菊之助@カルナと隼人君@王子がそれを効果的に使って劇場が華やぎました。
私は遠くの三階席ですが、一階席のお客さんは一体どちらを見たらいいのか嬉しい悲鳴状態だったでしょう。
最初から最後まで舞台が非常に華やかで凝っていて、これぞ歌舞伎座本公演で披露するにふさわしい内容! と客の関心を逸らさない仕掛け。
こういう大がかりな舞台で役者も揃えてとなると、今や菊五郎劇団以外では無理かもしれませんね。
成駒屋の芝のぶさんが抜擢されていたのも、役者の育成に力を注ぐ音羽屋さんらしい素敵なチャレンジ。
この人はベテランで演技力が高く容姿も良く、なぜもっと活躍の場が与えられないのかと不審に思う歌舞伎ファンは少なくないはずです。
成駒屋の舞台では常にその他大勢の腰元役で、「これはどうなんだろ?」と気の毒でなりません。
猿之助の澤瀉屋さんの舞台でも主役級のお役を見事に勤めたのは、かなり昔の話です。
他家の舞台で主役級っておかしくない? と思っていたところ、当月は神と王女の二役を見事に演じきり
菊五郎(菊之助かも?)の期待に応えようとする姿に客の私まで嬉しくなったほど。
他のお客さまも同じ思いなのか、多くの見せ場で盛大な拍手が送られ温かい雰囲気に包まれていました。
これを機に、もっと活躍の場を与えられるように祈ります。
誰も皆、素晴らしい出来のなか、やはり主役の菊ちゃんは抜きん出ていました。
踊っているときのちょっとした所作が、ときどきハッとするほどお父さんの菊五郎に似ています。
柔らかく手を振って踊る動きでは、連れ舞いの隼人君との差が歴然。
年齢や経験の差を考慮すると比較するのは酷ですが、激しい動きでも年長の菊ちゃんは全く息が乱れず、涼しい顔をしていました。
日頃の修練の差は顕著、歌舞伎って怖いわぁ。
隼人君だって梵天と王子の二役で、どちらをとっても美しく「イケメン隼人」の時分の花を咲き誇らせてカッコいいことに変わりはないけど。
後半には丑之助君登場!
この子が出るならもっと良い席で見たかったと後悔しきりで、もう一回行きたいと真剣に悩んだほど(千穐楽二日前の観劇で続けては無理と断念)。
萬太郎@王子の幼い息子と神の二役で、これがもう奇跡のような演技でした。
相変わらず定型に収まらず、役の性根を探求する姿が泣けるんです。
顔も知らない父親の危機を救いに飛び出してきた小さな息子。
菊ちゃん@カルナにやられてしまって息絶えるまでが子役とは思えない壮絶さ。
子役は非業の死を遂げる場面が多く、台詞は棒読みが定型で大抵「あー」と言って倒れ込むだけで十分なのですが、
丑之助君は役に入り込んで果敢に挑戦します。
高音などうまく出ない部分があっても型をなぞって無難にまとめようとせず、悶絶の表情や動きは恐ろしいほどの迫力です。
小学生の演技じゃないよ。
こういう丑之助君を見るたびに、お祖父さんの故・吉右衛門丈を想って涙が出ます。
この姿をご覧になったら、どんなに喜ぶだろうかと。
生前「いかに役になりきるか」を信条とされていたのをテレビのインタビューなどで聞いていて、孫の丑之助君もじいちゃんの教えを
守ろうとしているのかなと勝手に思って涙するって変なんですが、つい……。
今月は顔見世にふさわしく昼夜とも充実していました。
帰路「お金持ちになったらしたいこと、それは観劇は常に一等席で」と、いつもの念仏を唱えた私。
新国立の菊五郎劇団正月公演は一等席を取りましょ。