2006-2015 ひねくれた日常

資本主義の欲望にまみれた日常生活はとても楽しい。いつまで楽しく暮らせるのだろう?いつまでも楽しく暮らすために考えよう。

21-3 白い社会科 (菩薩の次は阿弥陀)

2007年04月18日 | Weblog
というわけで、

「私はダメなの。」

と言う人はあきらめないで阿弥陀様に頼りましょう。

ただもう全てお任せすればよいのです。

ただ、感謝の気持ちだけは忘れずに。



仏教は本当にすごいです。

菩薩行は、助け合いの精神の共有でしたが、全部の人がやれるものではないので、世の中がよくなると言っても限界がありそうです。

それに、自分ばっかり仕事をするのはヤダなどという、損得勘定も働きそうです。

仏教の基本は自分の苦しみを何とかなくしたい、と言うところから来たのでした。

自分の苦しみを取るために人の為に働いて、めぐりめぐって、誰かが私の為に働いてくれて私も幸せと言う考えは、まだ”自力”なのだそうです。

そういえば、すごい努力が要りそうだし。

あっ、ここで、新しい言葉”自力”がでました。(ちょっとチェックです)

人間は弱くてどうにもならないもので、菩薩行ができない人はどうしたらいいんでしょう。

菩薩行をしてもなんだかダメな人だっているかもしれない。

どうにもならないことはあります。

そんなときは阿弥陀様なのです。

お任せするのです。

それを”他力”と言うのだそうです。

”自力”がだめなら”他力”がある。


この”他力”と言うのは奥が深くて私にはまだ、実感できません。

要するに「何もしなくてもいいんだよ」ってことでしょうか?

大丈夫と言ってもらったようなものです。


そういえば、遠くからビートルズのレット・イット・ビーという歌が聞こえてきます。

あれは確か、困っていると、マザー・メアリーが来てささやくんでした。

「どうにかなるわ」

マザーメアリーは阿弥陀の化身でしょうか?



余談ですが、

LET も IT も BE も簡単な単語ですが、

LET IT BE は私には訳せません。意味分かりません。

訳したものを読んで、「へーこんな風に訳すんだ。」と関心する私です。



また、すごく脱線しました。

”他力”のことは、詳しい本があります。

五木寛之・著 「他力」が読みやすいと思います。

私は読んだんですが、読んだときはワカったつもりになったのですがやっぱりよくわからないというモヤッとした読後でした。

 



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