獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

対話ブログ・ラストステージ:獅子風蓮の登場 その16

2021-07-04 04:34:32 | 対話ブログ

●獅子風蓮(2021年1月26日 18:47)

獅子風蓮です。
元創価、法華講みかつのアラカン男性です。
たらこ唇の天使さん、コメントありがとうございました。
実は、以下の文章は、昨日作成して、「コメントを押す」のボタンをポチッとしたのですが、どういうわけか投稿できなかったものです。
本日、あらためて再送いたします。
お待たせして申し訳ありません。
昨日と今日のコメントについては、また明日投稿しますね。
………………(昨日分の投稿)……………………
たらこ唇の天使さん
コメントありがとうございました。
私は、夜型人間ではないので、コメントの返事は翌日の日中、仕事場のパソコンで書いています。
なので、コメントの返事が遅れることがあると思いますが、ご容赦ください。

〉たらこ唇の天使さんに御願いですが、相手が信じている対象について、もう少し敬意を払った
〉表現をしていただけないでしょうか。

獅子風蓮さま:
 お気を悪くさせてしまったようでごめんなさい。

いえいえ、そういっていただけるとうれしいです。
たらこ唇の天使さんって、いろいろなことに関心をもたれていて、素敵な方ですね。

あの島尾先生、島尾敏雄先生の奥様(ミホさん)の御実家(長田〔おさだ〕】家)が、一族あげてカトリッ〉ク信仰を受け容れるに際し、ノロ(女性大祭司)としての家柄に伝わっていたお経本や神具類の数々をどう〉処分したか、奄美のお友達に実情を聞いてみて頂ければと念じております。(中略)
そうです、奄美の名門で「謗法払い」がどう進められたか? ということでございます。

ちょっと誤解を生みそうな表現ですが、奄美の名門で「謗法払い」がどう進められたかというところの、「謗法払い」とは、カトリック教が行った、他宗の大切なものを棄損した行為という意味ですね。

確かに私は、転勤で奄美大島の病院に勤めたことがあります。
島には教会や、キリスト教式の墓地なども多く、なんだか異国情緒の漂う素敵なところだなと思いました。
三女の幼稚園を選ぶとき、カトリックの幼稚園にしたのを思い出しました。
娘は、十字をきって「父と子と精霊に……」などとやっていましたよ。
でも、そんな奄美大島の歴史に、たらこ唇の天使さんの言われるようなカトリックの暴力的な改宗の過去があったことは、今回はじめて知りました。
勉強になりました。
島尾敏雄の小説はいいですよね。
また、奄美の自然を描いた日本画家、田中一村もいいですね。
現地の展覧会で、生で実物を見たときは感動しました。
たらこ唇の天使さんとは、趣味の方面で、いいお話ができそうですね。

さて、戦前から戦後にかけての創価学会の折伏と「謗法払い」には、ずいぶん暴力的でひどいものがあったようですね。

昭和18年6月、東京中野の一学会員が、子供を亡くして悲しみの底にあった近所の家に行き、頭から「罰だ」と決め付けたため、怒った相手から訴えられ、逮捕されました。
https://www.beach.jp/circleboard/ad84370/topic/1100104069212
これが、牧口、戸田逮捕の直接のきっかけとも言われています。
当時の荒っぽい折伏のやり方が目に浮かぶようですね。

また、創価学会員のバイブル『人間革命』第三巻、渦中の章では、昭和22年当時の折伏の様子が描かれています。


 一年前の昭和二十二年、この地の大屋宅で座談会が行われた。それは、下田街道に面した農家の奥座敷であった。電灯も暗い小さな部屋で、友人も交えて、十人足らずの会合であった。
 この会合に、本田とみは来ていたのである。
 戦前、東京の本所区に住んでいた彼女の一家は、中山法華経寺の熱烈な信者であった。そして、数十年にわたって、鬼子母神を守護神と崇めていたのである。彼女は、法華経に関連する会合には、どこにでも出かけて行った。
 その一つに、創価教育学会の「大善生活実験証明座談会」があった。昭和十六年、たまたま本所緑町の久保宅で開かれていた会合に来た彼女は、清原かつ(モデルは柏原ヤス)から、中山の信仰が間違いであることを、文証、理証、現証のうえから指摘されると、カッとなって、食ってかかった。
 __法華経の題目に、変わりはない。誰がなんと言おうと、絶対に変わりはない。
 入会一年目の清原かつは、それ以上に意気さかんであった。戦前の罰論を表とする折伏にならって、清原は、本田に厳しく罰論を説いたのである。
 清原は、最後に言った。
 「帰りには気をつけていきなさい」
 本田とみは、憤激して座を立った。


これって、脅迫じゃん!
こんな折伏のやり方を、創価学会の「正史」に載せてしまうなんてなんともはや。
私は、昭和48年発行の聖教文庫版で読みましたが、その後、歴史改ざんで、このような表現は削除されているのでしょうか?

とにかく、たらこ唇の天使さんのおっしゃるように、これまで創価学会が行ってきた暴力的な折伏と「謗法払い」は、たんに「過去のものでなかったこと」にするのではなく、歴史に向き合い、反省して、各方面に誠実に謝罪すべきだと思います。

最後に、あなた様が佐藤優氏の創価へのすり寄りについて分析なさったお言葉、深く深く敬服しております。今後、佐藤氏の動向を見るうえで、大いに参考とさせて頂きます。

以前のコメントで、私は、こう書きました。


最近発売された佐藤優氏の「創価学会研究」も、このカテゴリーに分類されることでしょう。
佐藤氏は月刊誌「潮」にも連載を持っていて、「新・人間革命」の文章のコピペを多用して、創価学会よいしょの記事を書き連ねていて、あまり気持ちのいいものではありません。
しかし、佐藤氏は、元外交官としてソ連で勤務されたことのある方で、外交面で功績のあった池田氏を評価しているのも理解できるのです。
ただ、佐藤氏がどうして雑誌の連載や多数の著作をしてまで創価学会と池田氏の援護をするのか、その動機についてはよく分かりません。多額の執筆報酬と印税が目的なのでしょうか。それだけではない気がします。
佐藤氏には『国家の罠_外務省のラスプーチンと呼ばれて』という著書があります。
これは漫画化もされていて(「憂国のラスプーチン」)読みやすいです。
もしかしたら佐藤氏は、創価学会という教団組織の中に、ラスプーチンのように食い込んで、自分の影響力を、教団やその支配する政党にまで広げ、ひいては国家に対する影響力まで確保しようと考えているのかもしれません。
【そうでなければ、どんな肩書を持って、創価中枢の査問委員会のような会議に招かれたりするのでしょうか。】
佐藤氏については、その膨大な著作の中から、代表的なものを読んで、しっかり批判していきたいと思います。しかし、かなり時間がかかると思います。ご容赦ください。


最後の【】内の部分は、記憶に頼って書いたので、少々正確さを欠いていました。
訂正します。

「フォーラム21」2018年4月号には、「信濃町探偵団──創価学会最新動向」として、次のように書かれています。 http://forum21.jp/


●除名の正当性を佐藤優講演で担保??
3月19日に創価学会埼玉審査会が、安保法制反対の声をあげ、安保法制に賛成した創価学会執行部を批判していた埼玉県在住の活動家に、「除名」を通知した。
創価学会埼玉文化会館での「審査会」への「出頭」(通知書)を求め、「取調」(通知書)を行った上での除名処分。「出頭」「取調」などの文言からも分かるとおり、創価学会の審査会の姿勢は、極めて高圧。これに対して多くの会員の間から、批判の声があがっている。そうした批判の高まりを恐れてか、埼玉県創価学会は、除名処分通知後初の日曜日である3月25日の夜、審査会を行った埼玉文化会館で総埼玉地区栄光長会を開催。創価学会・公明党を礼賛する作家の佐藤優氏に、処分の正当性をアピールする講演をしてもらっていたのだ。
参加者がインターネットに投稿した佐藤氏の講演要旨によれば、「執行部批判者への批判」は、概ね次のようなものだったらしい。
〈公明党が推進した安保法制への批判はおかしい。自分の批判を池田先生の名前とすり替えているに過ぎない。
最近、創価学会の中に新しい種類の人たちが増えている。これまでは外に出て批判していたが、中に残って批判して批判者を増やしている。 執行部批判者は外へ出て行ってもらった方がいい。内部にあって組織を崩す新種が現れている。悪が中に留まっている。原田会長、執行部の批判を始めているが、これは池田名誉会長の否定。これはキリスト教でもあった。分派と同じ。外へ出て貰った方が良い〉
講演内容が事実であるとすれば、キリスト教信仰者であることを公言して憚らない佐藤氏に、創価学会の批判者処分の正当性を担保してもらうかのような内容であることは明らか。審査員長の南晋三氏は、潮出版社の社長であることから、月刊誌『潮』の常連執筆者でもある佐藤氏を、埼玉県の会合に招いたのかもしれないが、創価学会内部の混乱と混迷が透けて見える話だ。


どちらにせよ、創価学会の批判者処分の正当性を外部の佐藤氏に担保してもらうなんて、おかしな話だと思います。

ちなみにこの「フォーラム21」というのは、創価学会批判で活躍されているジャーナリストの乙骨正生さんが発行されている雑誌ですが、他のジャーナリズムが創価学会に遠慮して書かないような創価学会批判のするどい記事が読めるので、私も去年の9月から定期購読しています。
2020年12月号の特集は、「世界宗教の論拠を佐藤優に依存する創価学会」となっています。
読み応えがありました。
p8の乙骨氏の署名記事にはこのように書かれていました。


その佐藤氏はいまや創価学会のブレーンないしはアドバイザー的役割も果たしているようだ。というのも佐藤氏と対談した松岡氏は、昨年4月「信仰と理性の統合を目的に掲げ、創価学会の信仰の学を探求する研究機関」だという「創学研究所」を開設したが、その開所式に出席し挨拶した佐藤氏は、こんな発言をしているからだ。
〈創価学会の内部にいながら、ポスト・池田時代」といった表現を用いて、創価学会の行く末を論じる者がいます。しかし、それ自体が創価学会の内在的論理に違背していると思います。……
    (中略)
たしかに現代人にとって、寛容性と言えば、聞こえは良いでしょう。けれども、会員に大きな混乱をもたらしかねないような寛容性は認めるべきではありません〉
おそらく佐藤氏は、創価学会を掌の上で転がしている気分なのではないか。佐藤氏が池田氏(創価学会・公明党を含む)について書くことを、「至福の時間」とするのは、政権与党・公明党の組織母体として、日本の政界・宗教界に多大な影響力を持つ創価学会を自家薬籠中の物としている快感なのだろうか。


佐藤氏が、創価学会という教団組織の中でラスプーチンのように振舞って、影響力を確保したいのではないかという私の推測は、あながち間違っていないようです。
なんにしろ、たらこ唇の天使さんが、この件に反応して下さってうれしく思いました。
ありがとうございます。

あなた様の日蓮正宗を代表する知識人としての前途を幾重にも念じ上げつつ。

いえいえ、私は日蓮正宗を代表する資格もないし、代表する意思もありません。
私の考え方は、日蓮正宗内では、あくまで異端です。バレたら破門でしょう。

私がたらこ唇の天使さんへのコメントの中で、レヴィ=ストロースや森鴎外やヴィトゲンシュタインの話をしたことに対して、シニフィエさんは、「話の内容をぼかして」しまうためだと批判しましたが、それは違います。
私がレヴィ=ストロースの構造主義の話をしたのは、日蓮の「立正安国論」を原理主義的にそのまま現代に持ってくるのは危険だということを説明するのに有効だと思ったからです。
また、法主に信伏随従できず、「四箇格言」も信じられず、大御本尊すら大聖人の真筆であるとは信じられない、私のような不信心者が、それでも正宗の信徒として、心安らかに生き、大きな安心の中で死んでいきたいと思うとき、日蓮大聖人も日寛教学も大御本尊も日蓮正宗も、あたかも帰依の対象として正しい「かのように」信じていこうと思っているからです。そのために森鴎外の小説を持ち出したのです。
ヴィトゲンシュタインの言語ゲームの話を持ち出したのも、私のような醒めた信者が、宗教団体と折り合いをつけるために必要な理論づけだったからです。
けっして、シニフィエさんの言うように「話の内容をぼかして」しまうためではありません。
そこのところは、ご理解ください。

獅子風蓮でした。