その人は骨組ががっしりして大柄な樫の木造りの扉のような感じのする男で、橙色がかったチョコレート色の洋服が、日本人にしては珍らしく似合うという柄の人でした。豊な顎を内へ引いて髭はなく、鼻の根の両脇に瞳を正しく揃え、ごく僅か上眼使いに相手を正視するという態度でした。左の手はしょっちゅう洋袴のポケットへ入れていましたが、胸のハンカチを取出すとき、案外白い大きい手の無名指にエンゲージリングの黄ろい細金がきらりと光ったのを覚えています。
その人が帰ったあと、私は母に何気なく
「あの方、結婚してなさるの」と訊きますと、母は
「してなさるが、どうも奥さんと面白くない噂でね」と云いました。
ー岡本かの子「扉の彼方へ」