★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

向日葵の

2022-07-10 23:17:13 | 文学


「プッ、反って小さく見えるワ、――私は何んという馬鹿でしょう、同じ毛細管の現象でも、これは凹レンズよ、穴の大きさに比べて、水が少なかったんだワ」
 もう一度その上へ水を滴し込んで、水の膜を真ん中で盛り上るようにさせた上、一生懸命十銭玉の穴から、指環の文字を覗いて居た加奈子は、思わず喜びの声をあげました。(皆さんためしてごらんなさい)
「麗子さん、今度はハッキリ読めそうよ、随分素晴らしい凸レンズね――聞いて頂戴、最初は向の字――その次は日の字――、それから葵という字――、向日葵と書いて、ひまわりと読むんでしたね、その次は、に、眼、を、与えよ――続けて読むと『向日葵に眼を与えよ』となるワ。何んの意味でしょう、指環の彫刻も向日葵だけれどなんか外に意味がありそうネ」
「サア――」
 麗子には、何んの考もありません。


――野村胡堂「向日葵の眼」