宝島のチュー太郎

酒屋なのだが、迷バーテンダーでもある、
燗酒大好きオヤジの妄想的随想録

例えばこんな【14】

2023年09月09日 10時12分18秒 | つくりバナシ
【14】

 国立駅前の公衆電話でケイに電話を掛ける。

「ケイ、これから行ってもいいか」
「送り届けたの?」
「うん」
「遅かったわね、何してたの?」
「最後だから飲ませろって言われたもので、一緒に飲んだ」
「彼女のその気持ちはわかる。でも、私の気持ちは?」
「え、だからこれからそっちに」
「来なくていい」
「なんで」
「どうしても」
「許してくれたんだろ」
「まだ許してない」
「え」
「当分来ないで」
「・・・」


 またまた堂々巡りループだ。
ま、悪いのは僕なんだから、忍耐強く待とう。

期末試験に没頭することで、ケイの気持ちが和むのを待った。
数日後、なんとか試験も無事終わり、帰省する前夜ケイに電話を掛ける。

「明日愛媛に帰る」
「え、そうなの?」
「うん、あっちでケイが許してくれるのを待つよ」
「・・・」
「でさ、もし、構わないならこれからそっちへ行ってもいいかな?」
「うん、待ってる」


 折しも、それは数十年ぶりに再開する隅田川花火大会の夜だった。
そのTV中継を眺めながら、

「泊まってってもいいか?」
「いいよ」
「許してくれる気になった?」
「それはどうかな」
「・・・」
「私も明日田舎に帰る」
「愛媛と岩手か」
「割とあるね、距離感」

 内心、その後の天野とのことを訊きたかったが、それは宿題とすることにした。
急いては事を仕損じる、ってか。
そして、その夜は柔らかく抱き合って眠る、静かに。

 翌早朝、まだ眠っているケイと書き置きを残して部屋を後にする。
『ケイ、泊めてくれてありがとう。愛してる。いつまでも。』
やがてまた、出逢った頃の二人に戻れることを確信して。

 外に出てみれば、すっきりとした青空が広がっている。
が、これから本調子になるであろう太陽のエネルギーが高まっているのが分かる。
出逢った日と同じだ。
でも、あの日より確実に夏はピークを迎えていた。
見上げて目を瞑れば、瞼の裏に線状に光のスパークが弾けた。
思えばたったひと月、後にも先にも、僕の人生においてこんな激動の7月は知らない。


 そのまま新宿駅に向かう。
そして途中、区役所通り【ウィザード】前を通過。
思えばひと月前、ここからケイとの逃避行が始まったのだった。
まだ人のまばらな新宿東口のスクランブル交差点を渡りながら、もう一度空を見上げれば、太陽が笑ってた・・・




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