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「カウンセリング」心と器 2

2008年06月08日 | 前ブログ 心と器シリーズ

前回、私の「心の病」に対する見解を書いたが、少し書き足りないので連載形式にしてみる。

前回記事  「急増する心の病」 心と器 1

 

「心の病」といっても原因や症状は様々、と前回も書いたが、

私は、昨今の「心の病」の急増は、かなり「医者」にも責任があると思っている。

普通の身体の病気なら、検査や診断などでキチンとした数値やレントゲン、CTやMRIなどで原因や症状が確認できる。


しかし、コト「心の病」となると、様々な精神疾患がある中で、どれにも当てはまるのが、
「食欲不振」「不眠」「倦怠感」「憂鬱感」という症状。

それらを患者が訴えたからと言って、必ずしも「うつ」とは限らない。

しかし、現状は結構安易に「うつ認定」を医者側がしてるのではないかと思う。


「うつ」は未だにそのメカニズムは完全に解明されていないのだ。

今の診断と治療は、あくまで「仮説」なのだ。


なので、先の症状があるからと言って「うつ」かどうかなんて分からない。

ましてや、雑誌の特集や健康雑誌などの簡単な「うつ自己診断」みたいなモノで決めれるものではない。


しかし、安易にそうした診断を下してる医者もいるのではないか、

そして雑誌などの安易な自己診断などで、「あ~私は鬱病だ」などと決めてしまっている現状も多くあるのではないかと危惧している。

 

前回記事で、本格的になってしまったら手遅れだ、と述べました。

それは、現状から言って、医者によって施されるしかないからです。

 

どういう事かと言うと、

私は、軽度の症状なら医者にかからない方が治る確率が高いと思っている。
(私みたいな人間が周りに居たら、という限定付きで)

医者という事自体を軽視している訳ではないが、
医者は医療の専門であって、「人間」ならびに「人間界」「宇宙の法則」の専門ではないという事。

精神疾患は、当然「精神」の病気であって、その原因は「人間界」そのもので起きているのです。

医学的に、「どういう原因でどういう数値変化が現れ、結果そういう病気になる」という普通の身体の病気とは訳が違います。

「(身体の病気)物質の変化は物理的、(心の病気)精神の変化は無物質」と言いますか・・。

物質(物理)がない状態の世界での病気なのです。
(発症時の脳内伝達経路のなんとか物質がどうのこうの、という医学的検知はここでは議論外)


では、物質が無い状態での「病気」に、

ましてや解明されていない「うつ」という病気に、

簡単に「うつ」という烙印を押してしまっては、

日本人という国民性上、「医者の言う事しか信用しない」という事態に陥ります。


しかし、コト「心の病気」という無物質という特性上、解明されていない特性上、

先の軽い症状(疑い)だけの段階、ならびに軽度の病状なら、

「うつ」という烙印を押しては、治るものも治らないと思います。


根本は「心(精神)」だからです。

そして、烙印を押された患者は、

「私は病気だから」という最大で最強の逃げ場が確立されるからです。

実質、軽度なのに、「私は病気だ」と思っていては治るものも治らないとはそういう事です。

最高の「逃げ場」を確立してしまうのです。

「性格・考え方」を掘り下げる事すら出来なくなってしまいます。

 

医者は医者であり、「人間」のプロではありません。


「うつ」と簡単に診断する事で「患者」が確保できます。


心療内科では、そういう診察・診断は出来るでしょう。

しかし、治療は、「カウンセリング」と「薬」と「安静」です。


「安静」は医者にかからずとも出来ます。

「薬」は? 未解明による仮説での処方箋ですよね?

あとは「カウンセリング」ですね。

このカウンセリング、完全に思考経路がおかしくなっている人だと、その専門でないとやはりダメでしょう。

しかし、軽度の場合、

そうなったのは、この社会の「人間界」の中においてですよね?

医者本人が「うつ」になり、そこから克服した経験がおありなら分かります。
(なる兆しから、軽度な状態から、重度な状態まで、効果的な対処を知っている訳ですから)

そういう場合を除き、医者のカウンセリング能力(軽度の場合限定)について、はっきり言って疑っています。

実社会の経験がない、(大学からインターンへ、医者へ、そして医者になってからという道が実社会とは則してないと思っています)

「金銭的貧困苦痛」「おどろおどろした男女関係」「いじめ」「悪の世界」といった、

人間の「負」の部分に実際に本人が触れる機会の少なかったであろう医者に、

適切なカウンセリングが出来るとは私は思いません。

実際に通院している何人かからもいろいろ話しを聞くと、とても重要なカウンセリングとは思えません。

「安静に」 「気を楽に」 「リフレッシュして」とか、バカでも言える台詞程度です。

 

軽度の場合、その程度の治療しか出来ないのに、

患者は「病気だから」と、医者の言う事しか聞けなくなって、

自分の内側と本気で向き合おうとしない「最大の逃げ道」になってしまっているのです。


これでは、そういう病気が急増して当たり前です!


軽度なのに、「うつ」の烙印を押す事によって、医者自体が「本格的な病」へと加速度をつけているようなモンです。


どうか、安易に雑誌などの自己診断で決めないで下さい。

信頼ある経験豊富な(出来れば波乱万丈な)方が身近に居るならその方に相談し、医者には極力行かない方がいいです。


という私も、こういう「仮説」を立てています(笑)

あくまで、私の私感・仮説ですが、

この仮説に基づき、疑いや軽度なら、心療内科へ行くよりは私だ!と、

そういう方達と共に闘っています・・・。

 

といっても、そういう方はやはり医者の言う事しか聞けない様ですが・・・。(笑)


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