古書肆雨柳堂

小説の感想。芥川龍之介、泉鏡花、中島敦、江戸川乱歩、京極夏彦、石田衣良、ブラッドベリ、アシモフ、ディック

田山花袋『蒲団』 

2006-01-08 20:55:01 | 近代文学


1.『蒲団』の特徴
 その小説的構造の特徴は、主人公竹中時雄の外面と内面が画然と分裂し、他の作中人物は夢にも知られぬ主人公内面の世界に、読者がはじめから詳しく立ち会ってゆくという叙述になっている点に、まず求められるであろう。
 
 粗筋は、妻子も社会的地位ある文学者竹中時雄のもとに、神戸の子女芳子から師事したいというファンレターが寄せられる。旧弊を脱しようとする竹中には、三児の母となりもはや女では妻に魅力を感じなくなっていた。竹中は器量もよく、「新しい女」として自立しようとする芳子にローマンスの夢をひそかに抱き、芳子の父に対しては監督者としての仮面を被り、弟子入りを認める。

 しかし芳子には若い恋人がおり、すでに処女でもなかった。竹中は終始自分のホンネを吐露できないまま、芳子は実家に返されてしまう。

 竹中の外面は若い恋人たちから見ればその考え方や生き方を理解し、指導する「温情なる保護者」、芳子の父の側から見れば分別ある師であり、信頼すべき監督者である。
 しかしその内面は、外面のきれいごととはおよそかけはなれた中年男の醜悪なエゴイズムや暑苦しい性的関心が渦を巻く世界なのであり、作者はそれを露悪的にあばき出してゆくのである

2.『蒲団』の文学的位置
 『蒲団』は自然主義の代表、私小説の先駆けとされる。
 文学における自然主義文学は、理想化を行わず、醜悪瑣末なものを忌まず、現実をあるがまま写しとるを本旨とする。花袋自身、この作品は読者を不愉快にさせようとわざと醜事実をみせたのでも、懺悔でも教訓でもない。ただ人生において発見した事実を読者の前にひろげただけである、と述べている。
 『蒲団』の新しさは、ただそれだけでなく社会的体面を損なうリスクを省みず、自己内部に向け、それを勇敢に暴露したことによってもたらされた。
  
 



最新の画像もっと見る