脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき :京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、奈良の旅館「吉野屋」で働く
葵 松原千明 :竹田家の長女(立花家には帰らず、中之島病院で看護婦見習い中)
智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。沢木雅子の兄、帝大医学部を休学し入隊志願
弥一郎 小栗一也 :雄一郎の祖父、お常の実父
喜一 桂 小文枝 :雄一郎の父
秋子 三木美千枝:喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女となる
先生 芝本 正 疎開の子どもたちを引率してきた先生
学生 三沢淳志 吉野屋の宿泊客
八十はじめ 吉野屋の宿泊客
子供 大野 瞳 疎開してきた子どもたち
坂口弘樹 疎開してきた子どもたち
広瀬 修 疎開してきた子どもたち
福岡由美 疎開してきた子どもたち
松本 淳 疎開してきた子どもたち
池ノ内美紀 疎開してきた子どもたち
藤見ゆかり 疎開してきた子どもたち
雄一郎 村上弘明 :毎朝新聞の社会部記者、「吉野屋」の息子で「おたふく」の常連
お常 高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
葵からの電話で雄一郎は急いで帰って行きました。
悠は、心臓の悪い京都の父に何かあったのかと思いながら、
雄一郎からの電話を待っていました (とナレーション)
電話がなり、慌ててとる悠。
しかし電話はマツイ先生からで、7人の子どもの疎開のことだった。
お常はできることなら預かってあげたいのだが、喜一が反対なのだった。
悠は、自分は子どもは好きだしお世話ならいくらでもするというが、
喜一は子どものことより軍の言うことを聞いた方がええと言っているらしい。
めったに商売のことに口を出さないお人なのにな‥‥と、
あれほど働くのがイヤなお人が、毎日工場(こうば)で叱られながら働いてはると思うと、
あの人の気持ちも大事にしたいとお常。
マツイ先生には、悠が電話してお断りすることにした。
毎朝新聞の応接室には、葵と智太郎が、雄一郎を訪ねていた。
「お父ちゃんも気力なくしてしはったんやろなぁ‥‥。
桂が会わしてやってくれ言わはるんやったら、うちも黙ってることないと思って」
「お願いします。
このまま悠さんに会わずに出征することは、どうしてもできないんです」
と帝大の制服姿の智太郎
「ずいぶん勝手な言いぐさだとは思いませんか」雄一郎が話しはじめる
「‥‥」目を伏せる智太郎
「2年半も悠さんをほっておいて、自分の生き方を決めたから会いたいなんて」
「それは‥‥悠さんの居所がわからなかったし」
「今のように本気になればわかるんじゃないですか?
悠さんはね、僕にはけして言わないが
何度も何度も君に手紙を出そうとしていたんです」
「‥‥」
「東京へ君を追って行こうとしたこともあった。
その時悠さんはこう言ったんです。
智太郎さんがうちに一番してほしいことはそばにいることやのうて、
遠くにいて心のふるさとになることなんだってね。
それが愛する人の為に必死で考えた結論だったんですよ。
「じゃあ悠さんは奈良にいるんですか」
雄一郎が葵に「話したのか」というように目をやる。
「うちは何も言うてません。悠のことは吉野さんにお任せしたんですもん。
だからこうやってわざわざ来てもろたんです」
「奈良を一緒に1日歩きました。
悠さんと奈良は僕の心のふるさとだと手紙にも書きました。だから」
「軍隊に入る決心をして、死に行く決心をして、
それで愛する人に会いたいなんで勝手過ぎると思いませんか」
「いいえ。私は死にません。生きて帰ります」
「誰がそんなことを保証できますかっ。
君だって今の本当の戦況がどうなっているかわかっているでしょう」
「知っています。それでも生きて帰る!」
「‥‥悠さんに会うのは自分に自信をつけるためですか?
愛する人の為にきっと生きて帰る、そう自分に言い聞かせたいんですか。
そう言い残して出征して死んでしまった友人もいる。
その恋人は出征前の約束のために、一生ひとりで生きる決心をしている。
僕も男だから君の気持ちはわかります。
でもね、僕は待っていてくれなんて言わない。
本当にその人を愛していたらとても言えない。」
「‥‥うち、時間がないさかいこれで帰ります‥‥
吉野さん、
悠がまだそこまで智太郎さんのこと思うてるんやったら二人会わしてあげて下さい。
戦地から傷ついて帰ってきた人が言うてはりました。
死ぬ恐ろしさと戦う為には、生きたお守りが欲しい、
愛する人が自分を守ってくれてる確信が欲しいのやって。
悠、智太郎さんのお守りになってあげたいのとちがいますやろか。
うちは主人のお守りになってあげへんかったこと、ずっと悔やんでます。
吉野さんお願いします。」
そう言って、葵は礼をして出て行った。
雄一郎は、悠に自分のお守りになってほしいと思っていることに初めて気づきました。
(とナレーション)
「僕だっていつ赤紙がくるかわからない。あんまりえらそうなことは言えないな。
どこの部隊ですか」
「奈良の部隊です。僕の本籍は奈良にあるんです」
「(笑う雄一郎)やはり君と悠さんは会う運命なんですよ。
奈良の今御門町(いまみかどちょう)に吉野屋という旅館があります。
そこにいますよ」
「ありがとうございます」
奈良の吉野屋
雄一郎さんなんで電話してくれはらへんのやろ もしかしておばあちゃんが‥‥ いややわ 京都のことは忘れた筈なのに(悠の心の声)
その時、ベートーベンの運命 が流れてくる。
弥一郎が修理していた蓄音機が直ったのだ。
玄関に置いた蓄音機の前で、菜箸で指揮の真似をする弥一郎。
音を聞きつけてみんなも起きてきた。拍手する悠。
「良かったですなぁ、お父さ~ん。
でもこんな時刻やしお客はんもいはりますしな、ちょっと‥‥」とお常が言うてると、
2階から宿泊中の学生が降りてきた。
「真夜中のベートーベン、もっと聞かせて下さいよ」
「どうぞどうぞ」と嬉しそうな弥一郎
そして、「これで疎開の子も預かってやれる」と言った。
「お父さん、聞いてはったんですか」
「お常。お前はどうかしておる。
ぐうたら亭主に遠慮して、次の世代を担う子どもたちの世話を断るとは何事や、
これは悠さんの方が正しい。
何も知らん子どもたちに奈良の仏像や寺を見せてやりたいとは思わんのか!
亭主一人を守るより意味がある」
「はい」
「わては何も言うてまへんで」とぶちぶち言いながら喜一は憶へ引っ込んだ
智太郎は入隊の三日前から奈良に来ていましたが、吉野屋へは行くことができませでした(とナレーション)
奈良を歩きながら、雄一郎に言われた
‘愛する人の為にきっと生きて帰る、そう自分に言い聞かせたいんですか’
‘僕は待っていてくれなんて言わない’ と言う言葉を反芻していたのだった。
吉野屋には、「担任の田中です」と先生に引率されて子どもたちがやってきた。
ベートーベンの運命 で迎える弥一郎だったが、反応が薄い子どもたち。
担任の田中先生の説明によれば、この子どもたちは
家が立ち退きになるのだが、親は仕事で大阪を離れられない、それで校長に相談した、
ということだった。
そして、4月には春日国民学校に転校の手続きしてますとのことだった。
「よろくしお願いします」とご挨拶をする子どもたちに、お常も
「いらっしゃい」と挨拶して「こっちは、おじいちゃん」と紹介した。
おじいちゃんは、
「ベートーベンはまだ無理か。モツアルトにするか」とちょっと残念そう
喜一は、
「まさか主人のわしがこんなことをするとは、情けないわ」
とお常とジャガイモを洗う。
でも子どもを預かることで工場へも行かなくなり、よかったと笑いあう。
2階では、田中先生が悠を紹介していた。
「君たちのお姉さん。
この人の言うことを聞かないとごはんを食べさしてもらえないよ」
「みんなの家と思って好きにして、かまへんのんえ」
そして名前を聞いていく悠
さかいかずお
やまぐちきょうこ
ながいまさこ
子どもたちを連れて、奈良公園への散歩をしていると、
なんと、向こうから、智太郎がやってくるではないか!
(つづく)
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき :京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、奈良の旅館「吉野屋」で働く
葵 松原千明 :竹田家の長女(立花家には帰らず、中之島病院で看護婦見習い中)
智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。沢木雅子の兄、帝大医学部を休学し入隊志願
弥一郎 小栗一也 :雄一郎の祖父、お常の実父
喜一 桂 小文枝 :雄一郎の父
秋子 三木美千枝:喜一の浮気相手の連れ子、吉野家の養女となる
先生 芝本 正 疎開の子どもたちを引率してきた先生
学生 三沢淳志 吉野屋の宿泊客
八十はじめ 吉野屋の宿泊客
子供 大野 瞳 疎開してきた子どもたち
坂口弘樹 疎開してきた子どもたち
広瀬 修 疎開してきた子どもたち
福岡由美 疎開してきた子どもたち
松本 淳 疎開してきた子どもたち
池ノ内美紀 疎開してきた子どもたち
藤見ゆかり 疎開してきた子どもたち
雄一郎 村上弘明 :毎朝新聞の社会部記者、「吉野屋」の息子で「おたふく」の常連
お常 高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
葵からの電話で雄一郎は急いで帰って行きました。
悠は、心臓の悪い京都の父に何かあったのかと思いながら、
雄一郎からの電話を待っていました (とナレーション)
電話がなり、慌ててとる悠。
しかし電話はマツイ先生からで、7人の子どもの疎開のことだった。
お常はできることなら預かってあげたいのだが、喜一が反対なのだった。
悠は、自分は子どもは好きだしお世話ならいくらでもするというが、
喜一は子どものことより軍の言うことを聞いた方がええと言っているらしい。
めったに商売のことに口を出さないお人なのにな‥‥と、
あれほど働くのがイヤなお人が、毎日工場(こうば)で叱られながら働いてはると思うと、
あの人の気持ちも大事にしたいとお常。
マツイ先生には、悠が電話してお断りすることにした。
毎朝新聞の応接室には、葵と智太郎が、雄一郎を訪ねていた。
「お父ちゃんも気力なくしてしはったんやろなぁ‥‥。
桂が会わしてやってくれ言わはるんやったら、うちも黙ってることないと思って」
「お願いします。
このまま悠さんに会わずに出征することは、どうしてもできないんです」
と帝大の制服姿の智太郎
「ずいぶん勝手な言いぐさだとは思いませんか」雄一郎が話しはじめる
「‥‥」目を伏せる智太郎
「2年半も悠さんをほっておいて、自分の生き方を決めたから会いたいなんて」
「それは‥‥悠さんの居所がわからなかったし」
「今のように本気になればわかるんじゃないですか?
悠さんはね、僕にはけして言わないが
何度も何度も君に手紙を出そうとしていたんです」
「‥‥」
「東京へ君を追って行こうとしたこともあった。
その時悠さんはこう言ったんです。
智太郎さんがうちに一番してほしいことはそばにいることやのうて、
遠くにいて心のふるさとになることなんだってね。
それが愛する人の為に必死で考えた結論だったんですよ。
「じゃあ悠さんは奈良にいるんですか」
雄一郎が葵に「話したのか」というように目をやる。
「うちは何も言うてません。悠のことは吉野さんにお任せしたんですもん。
だからこうやってわざわざ来てもろたんです」
「奈良を一緒に1日歩きました。
悠さんと奈良は僕の心のふるさとだと手紙にも書きました。だから」
「軍隊に入る決心をして、死に行く決心をして、
それで愛する人に会いたいなんで勝手過ぎると思いませんか」
「いいえ。私は死にません。生きて帰ります」
「誰がそんなことを保証できますかっ。
君だって今の本当の戦況がどうなっているかわかっているでしょう」
「知っています。それでも生きて帰る!」
「‥‥悠さんに会うのは自分に自信をつけるためですか?
愛する人の為にきっと生きて帰る、そう自分に言い聞かせたいんですか。
そう言い残して出征して死んでしまった友人もいる。
その恋人は出征前の約束のために、一生ひとりで生きる決心をしている。
僕も男だから君の気持ちはわかります。
でもね、僕は待っていてくれなんて言わない。
本当にその人を愛していたらとても言えない。」
「‥‥うち、時間がないさかいこれで帰ります‥‥
吉野さん、
悠がまだそこまで智太郎さんのこと思うてるんやったら二人会わしてあげて下さい。
戦地から傷ついて帰ってきた人が言うてはりました。
死ぬ恐ろしさと戦う為には、生きたお守りが欲しい、
愛する人が自分を守ってくれてる確信が欲しいのやって。
悠、智太郎さんのお守りになってあげたいのとちがいますやろか。
うちは主人のお守りになってあげへんかったこと、ずっと悔やんでます。
吉野さんお願いします。」
そう言って、葵は礼をして出て行った。
雄一郎は、悠に自分のお守りになってほしいと思っていることに初めて気づきました。
(とナレーション)
「僕だっていつ赤紙がくるかわからない。あんまりえらそうなことは言えないな。
どこの部隊ですか」
「奈良の部隊です。僕の本籍は奈良にあるんです」
「(笑う雄一郎)やはり君と悠さんは会う運命なんですよ。
奈良の今御門町(いまみかどちょう)に吉野屋という旅館があります。
そこにいますよ」
「ありがとうございます」
奈良の吉野屋
雄一郎さんなんで電話してくれはらへんのやろ もしかしておばあちゃんが‥‥ いややわ 京都のことは忘れた筈なのに(悠の心の声)
その時、ベートーベンの運命 が流れてくる。
弥一郎が修理していた蓄音機が直ったのだ。
玄関に置いた蓄音機の前で、菜箸で指揮の真似をする弥一郎。
音を聞きつけてみんなも起きてきた。拍手する悠。
「良かったですなぁ、お父さ~ん。
でもこんな時刻やしお客はんもいはりますしな、ちょっと‥‥」とお常が言うてると、
2階から宿泊中の学生が降りてきた。
「真夜中のベートーベン、もっと聞かせて下さいよ」
「どうぞどうぞ」と嬉しそうな弥一郎
そして、「これで疎開の子も預かってやれる」と言った。
「お父さん、聞いてはったんですか」
「お常。お前はどうかしておる。
ぐうたら亭主に遠慮して、次の世代を担う子どもたちの世話を断るとは何事や、
これは悠さんの方が正しい。
何も知らん子どもたちに奈良の仏像や寺を見せてやりたいとは思わんのか!
亭主一人を守るより意味がある」
「はい」
「わては何も言うてまへんで」とぶちぶち言いながら喜一は憶へ引っ込んだ
智太郎は入隊の三日前から奈良に来ていましたが、吉野屋へは行くことができませでした(とナレーション)
奈良を歩きながら、雄一郎に言われた
‘愛する人の為にきっと生きて帰る、そう自分に言い聞かせたいんですか’
‘僕は待っていてくれなんて言わない’ と言う言葉を反芻していたのだった。
吉野屋には、「担任の田中です」と先生に引率されて子どもたちがやってきた。
ベートーベンの運命 で迎える弥一郎だったが、反応が薄い子どもたち。
担任の田中先生の説明によれば、この子どもたちは
家が立ち退きになるのだが、親は仕事で大阪を離れられない、それで校長に相談した、
ということだった。
そして、4月には春日国民学校に転校の手続きしてますとのことだった。
「よろくしお願いします」とご挨拶をする子どもたちに、お常も
「いらっしゃい」と挨拶して「こっちは、おじいちゃん」と紹介した。
おじいちゃんは、
「ベートーベンはまだ無理か。モツアルトにするか」とちょっと残念そう
喜一は、
「まさか主人のわしがこんなことをするとは、情けないわ」
とお常とジャガイモを洗う。
でも子どもを預かることで工場へも行かなくなり、よかったと笑いあう。
2階では、田中先生が悠を紹介していた。
「君たちのお姉さん。
この人の言うことを聞かないとごはんを食べさしてもらえないよ」
「みんなの家と思って好きにして、かまへんのんえ」
そして名前を聞いていく悠
さかいかずお
やまぐちきょうこ
ながいまさこ
子どもたちを連れて、奈良公園への散歩をしていると、
なんと、向こうから、智太郎がやってくるではないか!
(つづく)