脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、大阪の「おたふく」で住み込み働き始める
葵 松原千明 :竹田家の長女(立花家には帰らず、中之島病院で看護婦見習い中)
精二 江藤 潤 :「おたふく」の従業員・板場さん(お初の若いツバメ)
郵便屋 友藤秀幸
葵からのハガキを持ってきた郵便屋
キャストプラン
雄一郎 村上弘明 : 毎朝新聞の文芸部記者(姓はヨシノ)、「おたふく」の常連
お初 野川由美子 :大衆食堂「おたふく」の女将。市左衛門の遠縁
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一夜明けて悠は父への怒りを手紙に託そうとした。
お父さんに手紙を書くことなどけしてすまいと思っていた私ですが、
このお金だけはお返しします。
でもこんなやり方をなさる人だとは思いませんでした。
しかし「今さらこんなことしても何にもならへん」と、書きかけの手紙を破く悠。
階下では、お初が悠の様子を気にしていた。
「悠、どないしたんやろ、朝からいっぺんも降りてきいへん」
「女将さんの気持ちもわかるけど、ホンマのこと言うの早すぎたんと違いますか?」と精二。
「そやろか。けど思うたことパーッと言わんと気ぃのすまんタチやから」
「その男かて、東京やったらそうそう会いに来るわけやなし、
京都へは女将さんが黙っといたらそれで済むこととちゃいますか」
「わて、それはできんねん。
ヤミやったりちょこっと人騙すのはどうってことないけど、
世話になった人裏切るのはでけん」
「ま、そこがええとこですわ。
でも、やっと自分の力で生きていけると思うた所を、
お前はまだ親の手の内や言われたらこたえますや」
「そらそやな、そやな。
んもう、あんたが昨日はよ帰ってきはらへんから悪いんや~」
精二にヤツあたりするお初。
「今日ははよから行きますわ」
「また行くの?」
「米だけでもどんどん買っとかないと、店開けたらあっという間になくなってしまいしまっせ」
「一緒に行きたいけど悠一人にできんしな」
「そばについててあげんと自殺でもされたら困ります」
「えーっ、ちょっと、脅かさんといて」
「信じきってた女将さんが、親代わりのただのオバサンやったし、
かと言うて男の所に行く勇気もないし、諦めることもできひん。いっそ‥」
とタバコに火をつける精二。
「そんな!あの子は自殺するような子やないて」
「でも思い込むと何をするやわからん年頃ですかいな」
「ちょっと様子見てこ」
「そうやってなんべん様子見に行かはったか」
「今さら気にせんでもええ言うたかて遅いもんなぁ。どないしたらええねん」
そこに救世主のように雄一郎
「ボンボン! 初めて救いの神に見えた~」
「え?」
「悠連れてな、映画でも見てきて。そんでな悠のほんまの気持ち聞いてきて」
「悠さんどうかしたんですか」
「座って」といい、説明をはじめるお初。
悠は、一番最初に書いた智太郎のスケッチを見ていた。
下からお初の声がする。
「悠~、私ら買い出しいくよって~ ボンボン来てるからご飯つくったげて~」
「は~い」
「初恋の人に会ってどうかしてしまったのか? 一緒に奈良に行ったんやろ?」
返事をしない悠
「君の笑顔も言葉も初恋の人が持って行ったってわけか、
自分以外の人には見せるなって」
「‥‥もうあの人には会えひんのです」
味噌汁をよそいながら答えて泣く悠。
「おいおい、笑顔を見せてって言ってるんだよ。けんかでもしたのか?」
「いいえ、会ったらいかん人なんです。ここにいる限り会われへん」
「じゃあ、ここを出ればいい」
「今、あの人のとこへ行っても困らはるだけです。そんなことできひん‥‥
一人前にならはったら必ずうちを迎えに来てくれはります。
それまでうちは一人で立派に生きていたいんです、そのつもりやったのに、うちは‥‥ 父に操られていただけなんです。
ここの女将さんでさえ、父に逆らうことはできひんのです。
どこに行っても父の目から逃げられへんのです」
「じゃあ家へ帰るんだな」
「いいえ、帰りません。父のやり方は卑怯です。どんなことがあっても帰りません。
そやからいうて今東京に行ってあの人の迷惑にもなることもできません。
「僕がここを出ろというのは、東京へ行けってことじゃない」
「え?」
「君が本当にお父さんから自由になりたいなら、誰も知らない所へ行って、
今度こそ本当に自分を試してみるべきじゃないのか?
京都へも帰らない、東京へも行けない、
ここにいてもお父さんから自由になれないとしたら、
自分の力で飛び出すしかないじゃないか。
君はいつか勇気とは自分を追い詰めて作っていくもんだと言ったね。
今こそ、その勇気が必要なんじゃないのか?」
「(うん)」 笑顔になる悠
「いやぁ偉そうなこと言ってしまったな。
本当は君がいなくなったら困るんだ、本気にしないでくれよな」
「いいえ、ヨシノさんの言わはる通りだと思います。」
「弱ったな。頼むから勝手にここを出て行くようなことはしないでくれ。
女将さんに怒られる」
「もう自分勝手なことはしません。女将さんにもちゃんと話します」
「すまん。謝る。僕が言ったって言わないでくれよな」
「はい、もっともっと自分で考えて勇気を持って生きて行きます」
「はよ食べてください、おつゆが冷めます」
「あぁ、いただきます」 悠も一緒に食べ始めた。
「僕は一生懸命になると理屈でものを言ってしまうんだ。
実際と理屈とは違うんだよ」
「けどヨシノさんのおかげで、今何をしたらいいのか、わかりました」
ため息をつく雄一郎。
「ホントは君がここにいなくなると飯を食いにくる楽しみがなくなるのに、
出てけなんて言って‥‥僕の言うことなんていい加減なんだ。」
「うちはそう思いません」
そこに郵便屋がハガキを配達しに来た。 「竹田悠さんていてはりますか」
「葵姉ちゃん!
‥‥ この間入院していた病院で働いています。
看護婦学校をちゃんと卒業していないから見習いです。
でも人手が足りなくて休みが取れません ‥‥」
「急用か?」
「ヨシノさん」と両手をあわせる悠。
「留守番は勘弁。仕事があるんだよ」
「ヨシノさん、ホンマにどうもありがとうございました」
「僕はね、女将さんからどこにも行かないように説得してくれと頼まれたんだよ。
頼まれなくても、僕はここにいてほしいんだ。
なのにあんなこと言ったりして‥‥忘れてくれよな」
「え? 無理です、そんな」
「すぐに結論は出すな、それだけは約束してほしい」
「はい(にこっ)」
翌日、悠は葵の病院を早速訪ねた
「悠~ 」白衣姿の葵
「お姉ちゃ~ん」
「どや似合うやろ」
「白衣の天使みたい」
「患者さんもそう言ってくれはった。 ほんまは天使やのうて雑用係」
「忙しいの?」
「うん。けどな今夜勤明けの交代時間やし、ちょっとぐらいかまへんの。おいで」
「智太郎さんに会うてくれはったんやてなぁ」
「来てくれはったんやなぁ、やっぱり」
「嬉しかった。お姉ちゃんのおかげや。
こんな時代やからこそ人を愛するのが大事って言われたって」
「あはっ、あんただけはホンマに好きな人て一緒になってほしいねん。
桂の旦那さんにも会うたけど冷たい人や」
「そいでもちゃんとやってはんのやろ?」
「うーん。意地やなー、桂の。何が何でも竹田屋を守ってみせる いう感じ‥‥
うちに出てけ言うたの桂やし」
「え~っ」
「旦那さんにそう言えって言われたんやろ。
けど旦那さんの言う通りにできる桂が羨ましい」
更衣室に入る姉妹
「桂姉ちゃん、お父ちゃんのほんまの気持ち知らはったら、どうなるやろ」
「ほんまの気持ちて?」
「お姉ちゃん。お父ちゃんに言うて。桂姉ちゃん夫婦を正式に跡取りにしてほしいって」
「もうなってはるやない」
「ちゃんとまだ手続きしてないのや。お父ちゃん、うちが帰んの待ってはんねん。」
「そうか~。あのお父ちゃんならやりかねんな」
座ってお茶を飲む。
「桂姉ちゃんがかわいそうや。うちしんでも京都には帰らへんえ」
「あんたそんなこと誰から聞いたんえ?」
「女将さん。お父ちゃんな、時期が来たら京都に帰すようにて頼んではったんやて。
智太郎さんにも会うこともいかんて」
「あんた、東京へ行く気なんか?」
「できひん、そんなこと」
「好きなんやろ?」
「(うん)」
「いつでも一緒にいたいと思うんやろ?」
「(うん)」
「それやったら、行ったらええやないの。
智太郎さんかてわざわざ大阪まで来てくれはったんや。あんたのこと好きなんや」
「お姉ちゃん、うちは智太郎さんと半年にいっぺんでも会えたらそれでええのや。
あの人が一人前にならはるまでうちはただ待ってるだけでええねん」
「あんたな、今がいったいどういう時代や、思うてんねん?
世界中で戦争があって、これからどんどん広がっていくそうや。
うちなぁ、好きでもなかった人やけど、うちの人が出征して、
こんなことやったらもっと大事にしたげたら良かったってそう思うんえ。
気がついたら、うちみたいにひとりぼっちや、
あんたにはこんな思い、させとうないのや。
智太郎さんの所に行きよし。今すぐ。。な?」
涙ぐんで頷く悠。
姉の言葉で悠は智太郎への思いをガマンしていた自分に気づいたのです