ひねもすのたりのたり 朝ドラ・ちょこ三昧

 
━ 15分のお楽しみ ━
 

★★ 『 都の風 』 ★★

2008-03-30 23:30:59 | ★’07(本’86) 37『都の風』


本放送  :1986年(昭和61年)10月6日~1987年(昭和62年)4月4日
BS再放送:2007年10月1日~ 2008年03月29日 

脚本:重森孝子
音楽:中村滋延  
語り:藤田弓子

ヒロイン = 竹田 悠(はるか)= :加納みゆき


「快走編」1話~48話

第 1週 10/01~01 02 03 04 05 06)
第 2週 10/08~07 08 09 10 11 12)
第 3週 10/15~13 14 15 16 17 18)
第 4週 10/22~19 20 21 22 23 24)
第 5週 10/29~25 26 27 28 29 30)
第 6週 11/05~31 32 33 34 35 36)
第 7週 11/12~37 38 39 40 41 42)
第 8週 11/19~43 44 45 46 47 48)


「愛別編」49話~102話

第 9週 11/26~49 50 51 52 53 54)
第10週 12/03~55 56 57 58 59 60)
第11週 12/10~61 62 63 64 65 66)
第12週 12/17~67 68 69 70 71 72) 
第13週 12/24~73 74 75 76 77 78) 
第14週 1/07~  (79 80 81 82 83 84) 
第15週 1/14~  (85 86 87 88 89 90) 
第16週 1/21~  (91 92 93 94 95 96)
第17週 1/28~  (97 98 99 100 101 102) 


「飛翔編」103話~最終話

第18週 2/04~  (103 104 105 106 107 108)
第19週 2/11~  (109 110 111 112 113 114) 
第20週 2/18~  (115 116 117 118 119 120)
第21週 2/25~  (121 122 123 124 125 126) 
第22週 3/03~  (127 128 129 130 131 132) 
第23週 3/10~  (133 134 135 136 137 138) 
第24週 3/17~  (139 140 141 142 143 144) 
最終週  3/24~  (145 146 147 148 149 150) 





 『都の風』 年表 は コチラ に移動しました

2010/10/14 第117回~第120回 をアップしました

 5/20(火) 第113回~第116回 をアップしました
 3/15(土) 第109回~第112回 をアップしました 
 2/27(水) 第108回 をアップしました
 2/22(金) 第101回~第104回 をアップしました
 2/20(水) 第97回~第100回 をアップしました
 2/08(金) 第107回 をアップしました
 2/07(木) 第96回 まで、第105回、106回 をアップしました
 1/31(木) 第93回 までアップしました
 1/25(金) 第84回 を アップしました
 1/21(月) 第83回 までアップしました



 新年は、1月7日(月曜日)からです
 12月28日(金曜日)は、77話・78話 の2話放送です


★★ 『 都の風 』 年表 ★★

2008-03-30 23:00:00 | ★’07(本’86) 37『都の風』
第 1週 10/01~ ( 1 2 3 4 5 6)

  昭和15年7月、祇園祭り 竹田悠(15歳)、沢木智太郎と知り合う。


第 2週 10/08~ ( 7 8 9 10 11 12)

  昭和15年7月、祇園祭り 悠は後継ぎになるのが嫌で女人禁制の鉾に登る
    〃  8月、大文字の送り火の日、後継ぎ候補の山岡と見合い
    〃  9月 葵は、岩谷と駆け落ちを計画したが、お金をすられて失敗。
    〃      同日、悠の婿養子候補の山岡ススムが、やってくる。
    〃  10月、葵、大阪の鉄工所、立花家の次男坊に嫁ぐ


第 3週 10/15~ (13 14 15 16 17 18)

  昭和15年大晦日
  昭和16年お正月、市左衛門、新年の挨拶で
              佐七(番頭)と桂を結婚させ分家させる。 
              山岡は明日より店に出る と発表
   〃   お正月、悠と智太郎、桂と山岡がそれぞれ初詣に行った間に、
              市左衛門、心臓発作を起こす
            桂、悠に山岡への恋心を告白する
            悠、葵にそそのかされて、山岡に桂と偽り手紙を書く
   〃   春   沢木智太郎、帝大医学部合格。
            桂と佐七、結納。山岡、桂へ返事を書き、悠は父に全てを話す
            市左衛門、山岡にクビを言い渡す。
            桂(18歳)山岡について行く勇気はなし。 
       

第 4週 10/22~ (19 20 21 22 23 24)

  昭和16年 4月、悠 女学校に退学届け提出
             無理矢理継がせようとする父に反発、家を出る決意をする
             【大阪編】「おたふく」で働きはじめる ~ このころ配給に
    〃   5月 葵、「おたふく」に登場、挨拶をする
    〃      市左衛門、桂の結婚相手予定の佐七をクビにする
 


第 5週 10/29~ (25 26 27 28 29 30)

  昭和16年7月ぐらい? ( 桂、義二と結婚 ) 
  昭和16年7月 葵、「おたふく」に、夫の千人針を依頼に、その後流産
    〃   8月 「おたふく」ヤミ営業で、5日館の営業停止
    〃      葵、大阪中之島病院で看護婦に  
    〃      智太郎、おたふくに登場(お康に居場所を聞く)


第 6週 11/05~ (31 32 33 34 35 36)

  昭和16年8月 智太郎と悠、再会  奈良でデート
    〃     「おたふく」のお初から市左衛門の頼みで預かっていると知らされ
            ショックを受け、おたふくを出る決意をし、京都に絶縁状を
    〃       お初は、雄一郎の実家「吉野屋」を紹介する


第 7週 11/12~(37 38 39 40 41 42)

  昭和16年9月 悠、奈良の旅館「吉野屋」に到着、仏像を見回る日々
    〃       アメリカ人のジョージを助けたのがきっかけで、働くのを許可
    〃       お常、ジョージの宿泊でスパイ容疑をかけられるが、無事釈放
    〃     吉野屋に、喜一の浮気相手の娘、秋子やってくる

  昭和16年12月 雄一郎、文芸部から社会部に異動。
    〃       (12月8日、真珠湾奇襲攻撃)


第 8週 11/19~ (43 44 45 46 47 48)

  昭和19年 春 悠(19歳) 戦争は強まり、悠は買い出しをする。
    〃      智太郎、帝大医学部に休学届けを出し、入隊希望
    〃      智太郎、市左衛門に悠の居場所を教えて欲しいと頼みに行く
    〃      吉野屋では疎開の子どもたちを預かることに
    〃      悠、子どもたちと散歩中に、智太郎と再会 
    〃   3月 二月堂のお水取りを見る二人(3月12日)、吉野屋宿泊
    〃   3月 智太郎、奈良の部隊に入隊。悠、防弾チョッキ型の千人針を作る


第 9週 11/26~ (49 50 51 52 53 54)

  昭和19年8月 悠は、疎開中の子どもたちの世話に明け暮れる
    〃      奈良の部隊、玉砕か?と伝えられる
    〃      雄一郎に臨時召集令状
  昭和19年10月 遂に大本営はグアム島の玉砕を発表
  昭和19年11月 東京にB29の爆撃
  昭和20年 1月 大阪空襲(1月3日)
    〃    3月 大阪大空襲(3月13日) 
             葵、大阪から歩いて京都まで帰り着く


第10週 12/03~ (55 56 57 58 59 60)

  昭和20年 4月 市左衛門と静、心臓発作で危ないと偽り、悠を京都に呼び戻す
    〃        悠、騙されたと知り激怒するが、葵が諌め、収まる
            葵の夫戦死・立花家より離縁
    〃   5月 堀川通りの工事で、竹田屋の借家、取り壊される
    〃   8月 太平洋戦争、終結
    

第11週 12/10~ (61 62 63 64 65 66)

  昭和20年 9月~ 悠と葵、闇市での買出しの日々、義二、暇を申し出る
    〃  10月頃 竹田屋の番頭・忠七、復員す
  
   西城秀樹「約束の旅」 登場!  (63)

  昭和20年10月頃 悠、沢木雅子と再会
    〃        悠、ヤミ市で羊羹売り開始、ジョージと再会
    〃        悠、秋篠寺で傷心の雄一郎と再会   
    〃   12月  葵、お金を持って家出。 智太郎の戦死公報届く


第12週 12/17~ (67 68 69 70 71 72)

  昭和21年 1月  お正月、義二戻って来て、裏商売を始める
    〃    2月  金融緊急措置令発令
    〃        お常が悠をお嫁さんに欲しいと申込みに来る
    〃        桂、おめでた。 葵は進駐軍の蔵産でジャズを歌うように
    〃        祇園祭りが出来るかも~やはりできなかった
    〃    秋   巴、逝く。 桂、女児出産

     
第13週 12/24~ (73 74 75 76 77 78) 

  昭和22年 4月  悠と市左衛門、進駐軍司令部に祇園祭の復活を頼みに
    〃    7月  5年ぶりに祇園祭、復活


第14週 1/07~  (79 80 81 82 83 84) 

  昭和22年 7月  雄一郎、祇園祭を見に来る
    〃    暮れ  (新憲法発布)
             沢木家、智太郎の遺骨を悠にも見せ、京都を離れる

  昭和23年 正月  奈良の弥一郎、危篤との電報、弥一郎逝く。

    〃    春   悠  雄一郎 結婚


第15週 1/14~ (85 86 87 88 89 90) 

  昭和23年 春   春日大社で 悠・雄一郎 結婚
              悠と雄一郎は吉野屋を手伝う
    〃    7月  (封鎖預金解除で、吉野屋も客が戻って来る‥)
              雄一郎は、やりたいことを見つけるとどこかへ出かける
             (桂、男児出産 市左衛門大喜び!)

  昭和24年 正月  1月26日 法隆寺金堂の火事
    〃    3月  二月堂のお水取りの日、智太郎が吉野屋の前に‥    
 

第16週 1/21~ (91 92 93 94 95 96) 



第17週 1/28~ (97 98 99 100 101 102) 


第18週 2/04~ (103 104 105 106 107 108) 


第19週 2/11~ (109 110 111 112 113 114) 


第20週 2/18~ (115 116 117 118 119 120) 


第21週 2/25~ (121 122 123 124 125 126) 


第22週 3/03~ (127 128 129 130 131 132)

 
第23週 3/10~133 134 135 136 137 138) 


第24週 3/17~ (139 140 141 142 143 144)


第25週 3/24~ (145 146 147 148 149 150)

★『都の風』 第21週 (121)

2008-02-25 20:46:58 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

題字:坂野雄一
考証:伊勢戸佐一郎
衣裳考証:安田守男

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎  村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
葵   松原千明 :竹田家の長女(離婚後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
智太郎  柳葉敏郎 :悠の初恋の人。商社マンになった(ユウワ貿易)
長屋の女 タイヘイ夢路 :長屋の、笹原の部屋から出て行かない老婆
薫    岩見知香 雄一郎と悠の長女

      アクタープロ
      キャストプラン


お初  野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた





制作 八木雅次

美術 石村嘉孝
効果 野田信男
技術 宮武良和
照明 綿本定雄
撮影 八木 悟
音声 中村映嗣

演出 広川 昭     NHK大阪

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★


『都の風』(120)

2008-02-23 07:26:46 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎  村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
おばあさん タイヘイ夢路:長屋の、笹原の部屋から出て行かない老婆

母親   森かもめ
女の子  太田彩美  

若い女  森下祐己子 :病院の付き添い仲間
      春けいこ 病院の付き添い仲間

看護婦  橋野リコ :中之島病院の看護婦(葵の元同僚)

      アクタープロ

お常   高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻


 
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠は、智太郎と再会し、お互いのわだかまりがとけたことを、雄一郎にどう
話そうかと考えていました


こめかみを押さえながら、ノックして病室に入る悠「おはようございます」

しかし、雄一郎は点滴を受けて寝ていた

「具合悪うなったんですか?」
「奥さん、この本、お宅に持って帰ってください。
 消灯後、明け方まで本を読んでるやなんて、そんなことしてたらお正月でも家へは帰れませんよ。  はい」
と看護婦が分厚い本を悠に渡して出て行った。

額にさわり「熱、出たんですか?」と訊く悠
「いや、運が悪かったんや。朝、便所に行った時、ちょっとふらっとした。
 そこへちょうどあの看護婦が通りかかったんだよ」
「朝まで本、読んではったんですか?」
「徹夜したら誰だってふらっとするだろう! 本当のこと言ったら、このザマだ」
「無理をしたらいかんいうことです」

(岩波文庫だ、なんだろうなぁ、ぶあつい)

「お前はどっちの味方だ?」
「病気の時は看護婦さんの味方です」
「じゃぁもう付き添いになんて来るな!」
「そんなに怒らはったら、ホンマに熱が出ますえ」と掛け布団をなおす悠
「その本、もって帰るなよ」
「そんなに面白いんですか?」
「ああ。布団の下に隠しといてくれ」

「雄一郎さん」
「お説教は看護婦だけで充分や! 眠くなった‥」 目をつむる雄一郎


悠は智太郎のことを話す機会をなくしてしまったのです


洗濯物を持って歩く悠の脇を、走り抜ける少女。 その少女が転んでしまう

「だいじょぶか? ちゃんと XXせんと危ないやろ?」
悠を見る少女

‥少女の左腕はない‥(ようだ)

「何をしはるんですか!」 少女の母が悠に怒鳴りながら少女を抱きしめる
「すみません、この子、手が不自由で‥」
「すんませんでした」 謝る悠



長屋で、仮縫いをしながらデザイン等を考える悠


「着物より、ズボンの方が危のうないしな」
「ヒモより、ボタンの方がええんのやろか」
「頭からかぶった方がええんのやろかな」

 

別の日の病院

「さ、できた」と悠が広げる
「あれ? これ、袖、かたっぽ、半分しかあらへんやん?」
「こんなんあげたら、怒らはるやろか」

「‥」
「あの女の子。いっつも肩袖、ひらひらさしる‥」
「あぁ、なんでもなぁ、空襲の時、生まれたばっかりのあの子が、焼けた柱の下敷きになってな‥。
 やっと助け出してんけど、引っ張り出しときに、片手だけ間に合わんかったそうや‥」

「あのかわいい顔見てたら、こんなもんが浮かんできたんや」と悠

(そこにいるわよ っと仲間が教える)
「お嬢ちゃん、ちょっと。こっちおいで」と呼ぶ悠
「これな、お嬢ちゃんのためにつくったんやけど、着てみるか」と話しかける
ちょっと戸惑う少女
「な、着てみて」
「(うん)」と少女

付き添い仲間たちと一緒に、赤・白・黒の大きなチェック柄の着替えさせる悠。

「ぴったりや」
「似合うてる」

嬉しそうに走って行く少女


‥母と一緒にやってきて、くるっと回ってみせる少女
「良かった。気に入ってもろうて」
「ありがとうございます。この子がこんな嬉しそうな顔したの、初めて見ました」
「お礼を言わないかんのは、わたしの方です。私が嬉しいんです」


雄一郎の病室

いろいろな生地を持って入ってくる悠

「どうですか、気分は」
「もともと何ともなかったんや」
「なんや? そのキレは」
「病院中でいろんな人に頼まれてしもうて」
「またお節介に、なんかしたんやろ?」
「ま、そうですね」と体温計を振りながら雄一郎に渡す悠

「女の子に寝巻き作ってあげたら、その女の子が病院中に走りまわって宣伝してしもうたんです
 おかげで商売ができそうや」
「ええ加減にしとけよ」
「ひとり引き受けたら、断られへんようになってしもて。
 みんなもただでは頼めへんて言わはるし、やっぱり一枚なんぼて決めたほうがええんやろか」
「おいおい。また変なこと考えるなよ」
「内職と同じや。手の空いた人に手伝ってもろうて、せや、そうしよ」

「悠! お前は俺の看病に来てるんやぞ?」
「はい。 あなたのねき(そば)でします。夜は家へ持って帰ってしますし」

「悠、もうガマンするのはやめろ」
「ん?」
「もうずっとそばについていなくていいから、薫を連れて帰って来い。
 俺はもう覚悟を決めた、大人しくしてるよ」
「正直に言わはった方がよろしいえ。薫の顔を見たいのは雄一郎さんの方でっしゃろ」
「まあな」
「すぐ行ってきます」
「またお前は! 思いついたらすぐだから」
「いろいろ考えてたんです。
 この仕事内職にしたらいつも薫といられるし、食費ぐらいの足しにはなるし、
 みんなに喜んでもらえて、何とかなんのんと違うやろかって思うてたんです」
「まあ、薫を預けっぱなしよりはいい。実をいうと、お前がもっと早く迎えにいくと思ってたんだ。
 意外にもガマンできるもんやな。
 今日は泊まってこいよ、子ども連れで遅うなったら危ないからな」

にっこり「はい」と返事をする悠



竹田市左衛門株式会社(旧:竹田屋)


中庭で、薫と遊ぶ静

「あきまへんえ。(草?を)とったらおじいちゃんに叱られますのんえ」


後ろから「薫」と呼びかける悠、そして抱っこする

「ああ、やっぱりおかあちゃんが一番どすなぁ」と静
(↑ …、ま、そうは見えないんだけどね。子役ちゃんの演技 ^^; )

「桂ねえちゃんは?」
「都と市太郎つれて、六角さんや」
「珍しいことやなぁ」

「悠、よう迎えに来てくれはりましたなぁ。
 今日、悠が来てくれへんかったら、私が連れて行こうと思ってたとこどすわ」と
言いながら、縁側に腰を下ろす静
「そんな大変やったんですか?」
「いえー、薫は大人しいいい子どすけど、
 都が薫をかわいがって、市太郎が怒ってしまって、薫に当り散らしてな
 最初のうちは良かったけど、三人一緒にしたら、誰かが泣いてしまうのや」
「そんなことやったら、早う言ってくれはったらよかったのに」
「うん。そいでもなぁ、あんたもがんばってんのやし、薫もかわいいし」

「な、薫、おばあちゃんにちゃんとお礼言おうな、はい『おおきに』」
「はい」と薫の頭をなでる静




長屋


お常が、雄一郎宅を訪ねて「悠! 悠!」と呼ぶ

向いのおばあさんに「この家のもんは、まだ帰ってきてませんか」と訊くと
「いや、夜遅うには帰ってきてはります。最近、子どもさんは見ませんなぁ」と答える

「そうですか」
「へぇ。 
 それどころかあんた、亭主が病気だというのに、夜遅うに酒飲んで男の人に送ってもろうてまんねんで

「そうですか」と笑顔のお常
「近ごろの若い奥さんは、何を考えてはりますのやろな。別れしなに手を握りおうたりして」

それだけ言うと笹原の部屋に戻っていくおばあさん



病院



ぷりぷり怒りながら、ノックするお常
雄一郎の「どうぞ」の声を聞くか聞かないかのうちに、入ってくる

「雄一郎」
「母さん。遠いから見舞いはいいって言っただろ」
「悠は?」
「ああ、もうすぐ来るよ」
「家には帰ってませんでした」
「ああ、時々遅くなると、お初さんのところに泊めてもらうらしいんだ」

「お正月が近いよってに、薫の晴れ着やあんたのわたぎ 持ってきましたんえ」
「へー、ありがとう」

「言いたないけど、お初さんのところに薫預けんの、あんまり良くないんと違いますか」
「ああ、もうやめるって、悠も言ってた」

「うんうん。よろしけどな、無責任なこと言うお人もいてますよってな」
「なんのことや」
「お初さんに薫預けて、夜男の人に送ってもらって帰ってくるやなんて」
「悠が? 誰がそんなことを言ってるんや」
「ご近所のお人です」
「ウソだよ、そんなこと」
「それは、わかってますけど」
「悠はホントによくやってくれてるよ」
「そうですな」
「母さん、俺、休職願いも出したし、本気で体を治すことを考えるよ。
 だから、悠も一日中そばについていてくれなくてもいい、薫も誰にも預けない、
 ちゃんとやるから、心配しないでくれよな」

安心したように微笑むお常

「あんたがそないに言うんやったら、もう何も言いませんわ」


そこに「ただいまー」と薫をだっこした悠

「や、お義母さん、来てくれはってたんですか」
「あらあら薫ぅ~、どうでちゅ、重うなって」と抱っこした時、
薫が京都のお守りを首から下げているのに気づき、悠に返す

「ま、あんたらの思うようにしたらよろしい。私はもう何にも言いません」と帰り支度をするお常

「もう帰らはるんですか? 
 せっかく来てくれはったのに、家帰って、一緒にお昼ごはんいただきましょ」
「今日はそんなにゆっくりはしてられません、雄一郎、あんた本気で病気を治しなはれや」
「わかってるよ」

お見送りしようとする悠にドアの前で「ここでよろし」とお常は帰っていった。

「薫を京都に預けてたこと、お義母さんにわかってしまったんですか?」
「まさか。そんなことはないだろう」
「でも。あんなに機嫌の悪いお義母さん、初めて見ました」
「あることないこと、近所の人に聞かされてきたんだろ」
「どんなことですか?」
「お前が酔っぱらって男の人に送ってきてもらったとか」

ちょっと顔色がかわる悠

「俺もお袋もそんなこと、信じちゃいないよ」
とベッドから起き出し「薫、はい、よしよし」と抱っこする雄一郎

「お父ちゃんの顔、忘れなかったか? ん? よしよしよし」

「雄一郎さん、それホンマのことです。その男の人いうのは、智太郎さんです」

あ゛~と薫の声、雄一郎に抱かれてぐずる薫

「やましいことなんか何もありません、けどすぐにお話すべきでした」





(つづく)

『都の風』(119)

2008-02-22 12:34:22 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。商社マンになった(ユウワ貿易)
良子  末広真季子:長屋の部屋の前住人、水仙で働く(笹原の妻)
おばあさん  タイヘイ夢路:長屋の、笹原の部屋から出て行かない老婆

      アクタープロ
      キャストプラン
      東京宝映

お初  野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた



・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠は、お金をおいていったのは、智太郎だと確信していました。
しかし、どうしてその時、堂々と会ってくれなかったのか、腹立たしい気持ちで一杯でした。



悠はお初にズバリ聞いた
「女将さん、あのお金、まだ返してくれてはらしませんね」
「え」
「いつか、うちに黙って置いていかはった、あのお金です」
「ああ、あれなぁ。
 社長さんが直接返してくれって言わはるさかいに、まだそのお連れさん来てはらへんし。
 わてがちゃんと預かってます」
「そのお方が智太郎さんやいうこと、女将さん、ご存知やったんですね?」
「‥悠‥、なんでそれ‥」
「やっぱり‥」
「智太郎さんに会うたんか?」
「いえ。雅子、いえ妹さんにお会いしたんです。女学校の時の親友です」
「まぁ、そういうことか‥。‥‥それで?」
「お金は、会社宛てにうちから送ります」
「あ、そうか。 まぁ、あんたがそうすると言うのなら、それもよろしいわな」

お初はお仏壇の引出しから、封筒を出した

「何やまぁ、わてがいろいろと、いらん気ぃ使うたみたいやな」
「一度は、あんたも惚れたお人や。ボンボンが病気の時にそのお人に会うということは、
 第一、ボンボンがいい気はせんやろと、そない思ってな。
 で、あの人が来はったら、わてから直接返して、
 『もう悠の心を惑わすようなことはせんといてください』と頼むつもりやった」
お初は、封筒をバンと卓において、「いらんお節介やったようやな」と言った

「女将さん、昔、おたふくに女将さんのもとの旦那さんが押しかけて来はったことありましたな」
「なんやの、そんな古いこと、今さら言いださんとてぇな」
「あの時、女将さん、旦那さんの前で、『今は精二さんが好きや』って、はっきり言わはりました。
 うちあの時、いっぺんすきになった人を忘れるなんてこと、考えられませんでした
 けど、今やったらわかります。
 今は、うちは雄一郎さんが好きです。
 智太郎さんとお会いしても雄一郎さんが好きやって、はっきり言えます。
 智太郎さんかて、うちのこと忘れるって言うてくれはったんです。
 せやから堂々と会うて、雄一郎さんともお友だちになってほしかった。
 それが、こんなこそこそしはることにうち、怒ってるんです」

「悠、気持ちはわかります。けどな、男はんというのはな、おなごと違うて
 その時その時のホンマの気持ちというのはな、なかなか言えんもんや。 
 それぐらいのことがわからいで、おなごとしてまだまだ一人前やおまへんな」
「‥ すんません」
「憚りながら、このお初さんな、男とおなごのことは修羅場、なんべんもくぐり抜けてきてますのや。
 お嬢さん育ちのあんたとは、おなごの中身が違います。うふふ、あはは」

バタバタと足音がして良子が「女将さん、高橋興業の社長がお見えになりました」
「あれ、予約あったかいな」
「いいえ。この間の東京のお客さんが突然来はったよってに、お連れしました、言うて‥」
「あ、そうか。2階へお通ししてんか」
「はい」

「大丈夫や。気ぃ悪くしはらへんようにな、わてが会うて、これ、お返しします」
「女将さん、お会いしたらあきまへんか」
「え?」
「雄一郎さんがいたら、きっとお会いしろって言うと思うんです。
 お会いして自分で返して来なさいって‥」
「大丈夫かいな」
「はい。ちゃんと言うてお返しします。お願いします」


智太郎は、いらいらしながら手酌で酒を飲んでいた。

「失礼します」と(悠の)声
「社長はどこへ行ったんですか。ビジネスの話がないのなら失礼する」と立ち上がる智太郎

しかし、入って来た仲居が悠なのに気づいて、驚く

「いらっしゃいませ」
「‥」
「社長さんは、女将と用がおありですから、その間、私にお相手をと言わはったんです」

座る智太郎

「ここにいるのは、悠やのうて、ここの手伝いをしてる女、そう思ってください。
 ま、お一つどうぞ」
盃を出す智太郎
「私もここにおられるお方が智太郎さんやとは思いません。ただのお客さんやと思います」
「(うん)」軽く頷いて、酒を口にする智太郎

「この間は、お気を使うていただきましてありがとうございました。
 お気持ちはありがたいんですけど、お気持ちだけいただいて、このお金はお返ししたいんです。
 お気を悪うせんといてください」
「‥‥」 返事をしない智太郎

「ここの女将さんは、昔、おたふくいう食堂をやってはって、
 私はそこで働いていたご縁で、ここも働かしてもろうてるんです。
 お客さまは、東京にお住まいですか」
「ええ」
「お忙しいんでしょうけど、いっぺん主人に会うてくださいませんか?」
「ご主人は、どこが悪いんですか」
「はっきりとはわからへんのです。
 ただ、主人はあの原爆が落ちたすぐ後で友だちを探して歩き回ったことがあるそうです」
「血液検査はしたんですね?」
「はい」
「白血球はどれぐらいありますか。標準は7000~8000、3倍ですか5倍ですか」
「お客さま、お詳しいんですね」
「いや、昔、ちょっと医学を勉強したことがあったもんで‥」
「何でおやめになったんですか?」
「よくある話ですよ。戦死の公報を見て、両親は私の墓を立てました。
 自分の墓を見るということは、どういう気持ちかわかりますか?」
「‥」
「戦争のせいにするのは卑怯かもしれない。ただ、それまでの自分の生き方が無意味だったのは確かです。
 今の会社は、外国へ行けるというので入りました。
 向こうで無茶苦茶に働いて、日本に帰って来たら、会社は二倍にふくれ、
 気がついたら、ボクはそこの中心にいたんです。今のボクは仕事が全てです。
 戦争中はお国のために戦いました。お国のために戦友たちが死にました。
 しかし今は、自分のために生きています。
 生まれ変わったからには、以前と同じことをする気はありません。
 自分のお墓の前でそれまでの自分を捨てたんです。好きだった人と一緒に‥。
 また会うことがあっても、その人は自分を別の人だと思うでしょう。
 このお金をあなたにあげてくれと言ったのは、一人一人が豊かにならなければいけない、
 そう思ったからです。
 しかし、やっぱりこれは私が引き取るべきでしょうね」

そう言って、智太郎は、封筒を内ポケットにしまった。

「お気持ちは、ようわかりました。今日のこと、忘れません。ありがとうございました」
「そのかわり、一緒に付き合ってください」 ちょっと微笑む智太郎
盃を受け取り、お酌してもらう悠 ‥‥ そしてぐっと飲んだ



「んもう、いったいいつまで話してんのや」とお初は気が気でない
「見てきましょか」と良子
「いやいやいや、悠のこっちゃ。言うだけのことはちゃんと言うてますやろ」
「でもねぇ‥」
「そやな!」 と、お初は立ち上がり、良子もあとに続く。


しかし、部屋からは陽気な手拍子と歌声が聞こえてきた

あの子かわいやカンカン娘~ 赤いブラウス、サンダルはいて~

「悠! 
「はいっ!」



夜道


「ここへ来て、もう4ヶ月になるんです。
 今日すいません、女将さんに一緒に怒られて‥」
「いや。つき合あわしたのはボクです。
 長い間のわだかまりがとれたような気になって、嬉しかったもんで、つい」
「他の人になっているうちに、だんだん、自分も智太郎さんも他の人みたいに見えてきて‥。
 おかしなもんですね」

家の前まで送ってきてくれた智太郎を、長屋の向いのおばあさんが見ている

「もう、ここでけっこうです」
「そうですか。今度大阪に来た時は、ご主人のお見舞いに行きます」
「ハイ」
「今日はありがとう」と手を出す智太郎

一瞬握手し、一瞬見つめあい、そしてさっと踵を返す智太郎の背中に、悠はお辞儀をしていた


(つづく)


『都の風』(118)

2008-02-21 18:46:30 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
葵    松原千明 :竹田家の長女
        (バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
雅子  山本博美 :女学校時代からの悠の親友

      アクタープロ
      キャストプラン

お初  野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠は、昼間は雄一郎のそばで病院の人たちから頼まれた寝巻きをつくり
夜は水仙で洗い場の仕事をして薫のいないさびしさをまぎらわすために必死で働きました。


電話の前でうろうろする悠に、お初は言う
「悠、遠慮せんかてええがな。電話ぐらいなんぼかけたかて」
「いいえ。昨日もしたばっかりですし、あんまりかけたら母にしかられます」
「薫はおとなしい子やから向こうでもかわいがられてますやろ」
「最初の日だけはぐずぐず言うてたそうですけど、姉の子たちと一日中遊んで
 疲れてしまってよう眠ってしまったそうです」
「あっはは。一晩ぐらいなぁ、洗い場どうでもなるから京都行ってきてもかまへんで」
「いいえ、我慢します」
「へー、我慢もぎりぎりやって顔に書いてありまっせー」
「昼間はいいんですけど、夜寝るときがさびしいてあかんのです‥」
「親と子が反対ですがなー」
「せやしこのごろは、仕事いっぱい持って帰るんです。
 最近は寝巻きだけやのうて、古い着物で子ども服作ってくれとか、いろんなもん頼まれるんです」
「縫いもんの仕事もええけどな、夜はちゃん寝んことには、体こわしてしまいまっせ。な」
「丈夫なだけが取り得です」



夜、暗い部屋に一人で帰り電気を点ける悠‥

「はぁー」とため息をついて、お宮参りの写真を見る悠(お常がだっこして写っている)

「こんなことやったら薫の顔、スケッチしといたらよかった‥。
 スケッチブック、どこにしまったんやろ‥。 長いこと忘れてたなぁ」

悠は急に思い出して押入を探し出した

「ちょっと悠」 急に声をかけられて、ぎょっと振り向く悠

「いやっ!」
「何してんのあんた、鍵もかけんとー」
「葵ねえちゃーん」
「さみしいて泣いてたあかんしな、様子見てきてやってって、お母ちゃんが言わはったんや」
「んもう、ビックリした」
「びっくりしたんはコッチや。お茶淹れてあげる、どこ?」
「ん、こっち」

「ほんまにな、子どもをとられた母親が、おかしなってしまう芝居、あれはホンマやと思うわ」
「何を言うてんの、悠らしくもない!」
「薫は産まれてから、毎晩抱いて寝てたやろ? ねきにあの感触がないと寝てられへんのや」
「うちには一生わからへんことやな‥」
「まだまだ若いんやし、結婚して子ども産まはったらええんや。
 子どもは宝っていうけど、ホンマえ」
「それがな、できひんみたいなんや」
「‥ 今、好きな人、いはらへんのんか?」
「うちが1人でいられると思うか?」
「‥ また結婚しいひん言う人なんか?」
「ううん。劇団主宰してはる人でな、奥さん亡くしはってうちと結婚してもええ言うてくれてはんのや。
 子ども産んでほしいて‥。 
 やっと子どもが産める思うた、けどつきおうて一年にもなるけど、全然できひん」
「なぁ。ちゃんと結婚しよし。お父ちゃんもお母ちゃんも安心しはるえ」
「子どもが産んであげられへんかも知れんのに、結婚なんてできひん」
「そんなこと言わはる人なんか?」
「ううん‥ けどこのまんま子どもができひんかったら、
 子どものできる若い女の人と一緒になってしまはるかもわからん」
「お姉ちゃん。そんな先のことばっかり考えてはったら、何もできひんのと違うか?」
「あんたはなぁ、オトコの人に裏切られたことがあらへんから、そんなこと言うのや。
 うちはもうこりごりや。
 裏切られたなんて思うのは結局、裏切られた方が悪いんやけど‥
 自分の力でしっかり生きようとせんと、オトコの人に頼るさかいやーと思うんや‥」

夜汽車の音がする

「ふん。その通りやと思うわ」
「竹田葵、30を前にしてやっと妹に誉められたのであります」
「もう~~~お姉ちゃん」
「なぁ、悠。誉められたついで言うたら何やけどな、これ、縫ってくれへんか?」

葵は、生地を出した

「正月公演で『桜の園』やるんやけど、衣裳があらへんし、これで作ってほしいねん」
「そんな、衣裳は寝巻きと違うのえ?」
「あんた、絵も上手やし、うちの言うとおりに下書き書いてみて」
「ムリやって。第一、『桜の園』なんておしばい見たことないし」
「ああ‥。ながーいドレスややねんな。で腰がきゅーっと締まってて、胸が開いてんの。
 (胸のあたりに)刺繍があって、お袖がふわ~っとした洋服。
 なんとなくわかるやろ?」
「うん」

「あんた、スケッチブックどないしたん?」
「さっきも探してたんやけどな、どこにしまったかわからへんのや」
「どんなことがあっても絵だけは続けるって言うてはったんやないの」
「子どもができたら絵を描くどころやないもん」
「せやし女はあかんのや。子どもや生活のために自分の好きなこと諦めてしまうし‥」

葵は、ノートを取り出した

「はい、これにな、今うちが言うた通りの衣裳、書いてみよし」
「そんな急に言われても‥」
「うちはなぁ、あんたが好きなことが続けられるように、手助けしてんのやで?
 早く書き」
「なんやうまいことのせられてしもた」
「乗せられ、乗せられ。長ーーいドレス」

悠は絵を描き始めた



翌日の病院‥、雄一郎が写真集(?)を見ているところに悠が来る

「今日は遅いぞ」
「すんません」
「目がはれてる。また薫がいなくてさみしくって泣いてたんだろう」
「いいえ。昨日は泣きませんでした」
「よう眠ったようには見えないぞ」
「薫のこと思い出さんように徹夜で仕事してたんです」
「ばか。それぐらいだったら京都行ってくればいいのや」
「それが大変やったんです。葵ねえちゃんに舞台の衣裳つくれって脅迫されてしもて」
「ん?」

悠はノートを見せる

「こんなんつくれって言われて、一晩中かかってやっと仮縫いができたんです」
「ふーん。またスケッチすること思い出したんやな‥。いいことだ」
「え?」
「子どもがいてもどんな時でも自分の好きなことは続けなければいけない」
「ホンマにそう思はりますか?」
「ああ。上手下手は別だぞ」
「んもう!」
「葵ねえちゃんは洋服のデザイナーになれるぐらい上手や言うてくれはったのに」
「衣裳をつくってもらうためのお世辞じゃないのか?」
「せやろか‥。 けどうちはホンマに優しい旦那さん持ってよかった」
「お世辞のお返しはしなくていいよ」
「いいえ。本気です。
 結婚しても女が自分の好きなことを続けられるのは、主人の優しさがないとあかんいうこと
 ようわかりました。
 世の中の男の人がみんな雄一郎さんみたいに思うてくれてはったら
 女も子育てだけで一生終わらんで済むんですね」
「おいおい、ちょっとおだて過ぎだぞ?
 俺は、自分がやりたいことをやれなくなってそう思っただけだ。
 あのまま忙しく働いていたら、お前のことを考える余裕はなかったかも知れん」
「昔、奈良のお義母さんが、人間は忙しく働くだけではあかん言わはったことがようわかります。
 雄一郎さんの病気は、神様がくれはった休養や、そう思うたら病気もええもんですね」
「ヒトゴトやと思って、何や」
「すんません。けど悪いこともええように考えんと損です」
「お前のそばにいるとくよくよ考えるのがばからしくなってくる」

「さ、そろそろ着替えましょか。今日は医長さんの回診やし」
「ああ」

ノックの音にあせる悠

「えらいこっちゃ、もう先生来ましたえ」

しかし、入ってきたのは、女学校時代の親友の雅子だった!

「悠ぁ」
「いや~、雅子ぉ」
「昨日、奈良に行ったついでに吉野屋さん寄ったら、ご主人がご病気や聞いて‥。
 もうじっとしてられんようになって」
「よう来てくれはったなぁ。何年ぶりやろう」
「悠、中に入ってもらいなさい。ここは病院だよ」
「あ、すんません」
「さ‥」

「雄一郎さん、女学校の時の親友で、雅子さん」
「初めまして」
「智太郎君の妹さんですね」
「ええのえ。うちは主人には何もかも話してあるし、主人は智太郎さんには何べんもお会いしてます」
「そやったんですか‥。けど、兄はうちには何にも話してくれません」
「智太郎君、元気ですか?」
「‥はい‥ けど、まるで人がかわってしもて‥」
「何でも言うて」
「復員してきて、行方がわからんようになったと思うたら、外国に行ってたんです。
 外国に行けるいうだけで、貿易会社に入って‥、向こうから帰って来てあたしの家に来た時は
 もう別の人かと思いました。
 医者になることなんか忘れたみたいに、今はお金儲けが面白うてしょうがないみたいな言い方するんです
 けど、両親は複雑な気持ちらしいんです。
 兄は京都に両親のために家を買うたんやけど、田舎から出てこようともしません。
 あの気難しかった兄が何でそんな風になってしまったのか‥
 うちにはわからへん」

「戦争は人間をかえてしまう‥。しかし元気で仕事してらっしゃればそれはそれでいいじゃないですか」



中庭に出る悠と雅子


「兄のことについては、うち、何も文句言えへん。
 うちな、今、兄の世話になってんねん。
 兄は京都の家に、うちと主人の母と子どもと住まわしてくれて、その上、毎月生活費までもろてる。
 悪い思うねんけど、子どもも来年は学校やし‥
 うちも働くのに疲れてしもて。
 復員してきて、兄は悠に会うたんでしょ?」
「‥うん。」
「悠が兄のこと、どれだけ待ちつづけていたかを話そうとしたんやけど
 戦争で生きるか死ぬかの体験をして、もう悠のことなんか忘れてた って‥
 会う気持ちもないって言うたんえ。 やっぱりウソやったん‥。
 悠が結婚してたことが兄をあんな風にかえてしもたなんて思いたくないけど
 兄が生きてるやなんて、あの時、考えられへんかったもんな‥」
「‥」
「今の貿易会社では、兄は仕事の鬼みたいやって。
 自分がアパートで一人暮らしして、うちにも両親にも会おうとせえへん」


悠は、あの封筒に入ったお金のことを思い出す



悠は、お金をおいていったのは、智太郎だと確信していました




(つづく)

『都の風』(117)

2008-02-20 08:44:38 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)→部長
義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那(専務)
社長  高桐 真 :接待で智太郎を「水仙」につれてきた高橋コウギョウ社長
お康  未知やすえ:「竹田屋」の奉公人
文子  三沢恵里 :「竹田屋」(竹田市左衛門株式会)社の女事務員

若い女  森下祐己子 :病院の付き添い仲間
中年の女 小林 泉:病院の付き添い仲間
      朝比奈潔子:病院の付き添い仲間

      アクタープロ
      キャストプラン

お初   野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人(社長)、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

水仙に芸者さんたちが入って行く

悠は雄一郎の入院が長引くことを知り、薫を暫くの間京都に預ける決意をしたのです

薫にごはんを食べさせながら話し掛ける悠
「薫、おじいちゃんとおばあちゃんのところ、行くか。ん
 お母ちゃんは薫と別れとうないけど、今は我慢せんとあかんのえ
 お父ちゃんが元気にならはるまでちょっとの間だけ、辛抱しよな、ん」



お初は、この前智太郎を連れてきた高橋社長に封筒を渡した

「何にも言わんと、これをこの間のお客さんに返しておくれやすか」
「沢木さんと、そのお手伝いの人、わけありかいな」
「いいえー。昔の食堂やってた頃のお客さんですねやわ。あの頃まだ学生さんやったんけども
 悠のこと、よう覚えてはったようで‥」
「知らんかったなぁ。ユウワ貿易の沢木さん言うたら、血も涙もないやり手やで!
 そんな優しいとこ、あるんかなぁ。
 よっしゃ、もう一押しや。
 ユウワ貿易の手借りんと、材料輸入することも製品を輸出することもできひんのや、うちの会社は」
「いや、社長さん。悪いんですけどね、わて今はお宅の会社はどうでもよろしいねん。
 沢木さんに、悠はこれを受け取れんと言うてた と言うて返してくれと、こない言うてますねん」
「そないなこと言うて、気ぃ悪くさして、ワシと会うてくれはらへんことになったら、どないにしてくれんねん」
「まぁ~! それで取引潰れるようなら、社長の資格おまへんで」
「きっついこと言うてくれるわ。
 今度、また必ずつれてくる、その時な、自分で返してくれるか」
「えー」
「沢木さんもオトコや、そんな個人的なこと、商売相手のワシに知られとうないやろが。
 それに女将もな、こんな商売やってんねやったら、それぐらいの気ぃ使ってもらわんとな」
「あー、それ言われたら、わても引っ込めんわけにはいかんなぁ」
「へっへっへ」
「けど、これなぁ、いつまでも預かってんのも、困りますねやわ。
 なるべく早うお連れしてくれやっしゃ」
「よっしゃよっしゃ、わかった。けどなぁ、なかなか忙しい人でなぁ、
 金偏の景気のいい会社、一手に引き受けてはる人やし、なかなかワシのところまでは来てくれしませんねん」
「そこを何とか、社長さんの力でぐっと引っ張ってもらわな」

そこに芸者さんが入って来た( 高橋社長さん、お1人なのに、芸者さんよぶのねぇ )

「ほな社長さん、どうぞごゆっくり」



お初が封筒を渡せないまま、部屋に戻ってくると、薫のお人形のきゅきゅっの音がする

「女将さん、お金、お返ししといてくれはりましたか?」
「ああ」と言いながら、仏壇の引き出しにこっそりしまうお初
「社長さん、お越しになってるんでしょ」
「ああ」
「そんなことしはらへんようにって、よう言っといてくれはりましたか」
「ああ、それはな、また今度社長さんな、お連れするそうやから、
 来はったら、わてからまたよう言っておきまっさ」

「女将さん」
「はい」

「うち、薫をちょっとの間だけ京都に預けよう、思ってます」
「え? 何でまた今ごろになって‥」
「うちは当たり前のことしてるだけですけど
 子ども抱えて、主人病気で、ほいでうちが働いてたら、よそさんから見たら困ってるように見えるんですね。
 せやし、人さんがお金をくれるようなことになるんです」
「悠‥」
「雄一郎さんも半年の休養が必要ですし‥、女将さんにもあんまりご迷惑はおかけできません」
「うちのことやったら、ちっともかまへんのやで」
「おおきに。けど、父や母をかえって心配さしてることもようわかりましたし‥
 心を鬼にして預けることにします」
「そうか‥。ま、あんたがそう決めたんなら、しょうがないな。
 京都-奈良、会いたい思うたらすぐに会えますがな」
「はい。 けど、この子の顔、二日も見んといられるかどうか、自信ありませんけど」
「食事はウチでしたらええし。洗い場の方はそのまま続けてやってくれるんやろうな」
「はい」
「薫ちゃーん」と抱っこするお初
「ちょっとさみしいけど辛抱するんやで、ええかー。
 しばらくここにいただけで、なんや別れが辛いなあ。
 お母ちゃん、よう決心したな、がんばれよ~」


病院の雄一郎は眠れぬ夜を過ごしていた‥


京都の「竹田市左衛門株式会社」に薫を連れて来た悠

「いらっしゃいませ」と事務服を着た女性店員に声をかけられる
「どんな御用でしょうか‥」

「はぁ」と悠

そこに「悠お嬢さ~ん」と忠七登場
「忠七どーん!」
「お久しぶりですー。社長も朝からお待ちかねです」
「社長って、お父ちゃんのこと?」
「ええ」
「なんや、えら変わってしもうたんやなぁ」

「悠お嬢さん!」とお康も奥から走ってきた
「お康どん。なんや、あんただけは昔のままやな」
「へえ。うちは洋服なんかでよう働けやしません。みんな奥で待ってますえ。さあさ」と
悠の荷物を受け取るお康

「どうぞごゆっくり」頭を下げる忠七

「あれが部長の永遠の恋人ですかー」と、新人店員
「なんや、想像してたんとだいぶ違うわー」
「お康のヤツ、またいらんこと言うたなっ」
「それでも部長が結婚しはらへんのは、あの人のためでっしゃろ? な、部長、そうでっしゃろ?」
「うるさい‥、早う仕事しなさい」
「はーい」




「やぁ、薫ちゃんや」と静が薫を早速抱っこする。
「まあ、来た来た。また重うなりましたなぁ」

「よう決心したなぁ」と桂がお茶を淹れる
「うん。お父ちゃんは?」
「朝から遅い遅い言うて、そわそわしてはったんやけどな、何や銀行が閉まってしまうと言って
 しょうことなすに行かはったんや」

「雄一郎さんの具合、どうどす?」
「おおきに。休職届けを出したら、気が楽にならはったんか元気そうに見えます」
「それは何よりだす。 でもまぁ、よう薫を預かること、承知してくれはりましたな」
「仕事諦めはったときから、何も言わはらしません。
 奈良にも薫連れて、時々行きますし」
「(うん)大変やろけど向こうのお母さんにも悪おすしな」

「ただいまー」と帰宅した市左衛門は、まっさきに薫に
「来たか来たか薫~、おじいちゃんとこにおいーで~」とジジバカぶりを発揮
「‥ね、ねむいのか、もう」
「そんなおっきな声を出したらびっくりしますがな」
「それはえらい、悪おしたな」

「お父ちゃん、この間はおおきに。わざわざ雄一郎さんに手紙書いてくれはって」
「いや、わしゃ、雄一郎さんに会うていろいろ話ししたかったんやけどな、
 お母さん、わしが行ったら余計悪うなる っちゅうもんやさかい」
「いいえー、雄一郎さんにとっては、あんたのお言いやすことは何でも聞かんなりまへんし
 押し付けがましうなってもいかん言うただけどす」
「同じこっちゃがな。ワシのかわりに自分が行こう思うて。
 お母さんが行ったら、また一日向こうにおって、帰ってきませんしな、困ります」

「毎日こうや‥。聞いてる方が嫌になってしまうえ」と桂
「こんなことなら薫ちゃん預かる方が、まだましやと思うやろ」
「堪忍え」


「さぁさぁさぁ、薫ちゃん」と、お康が都と市太郎を連れてきた
「薫ちゃん」と呼ぶ都、ぴょんぴょん飛び跳ねる市太郎 

「薫ちゃん、一緒に遊んであげてや。あんた一番お姉ちゃんやし。
 今日から妹のつもりであんじょうしてあげんのんえ」
「はーい
「都ちゃん、よろしゅうに頼むえ」と悠
「はーい」
「おおきに」

「お康どん、危ないし、連れてってな」
「はい、わかりました」

お康は薫をだっこして別室に連れて行った


「お父ちゃん、雄一郎さん、お父ちゃんの手紙でやっと半年休養する決心してくれはったんです」
「やっぱり手紙の方がよろしおしたなぁ」
「何でもあんたさんの言うことが正しおす!」

顔を見合わせる桂と悠 「もう‥お父ちゃん言うたら」と笑い出す桂

「あ、社長!」といきなり義二が入って来た
「銀行の方、どうどした」
「ちゃんと貸してくれます!」
「そんなことは私にすぐに報告してくれな、困りますやん」
「ワシが行ってうまいこといかんわけおへんやろ! そんなこといちいち報告せんでもよろし」
「そうどすか。ま、ここ2~3ヶ月のうちの業績見てもろたら、銀行はなんぼでも貸してくれますわな。
 私が行ってもよろしかったのに。悠さんが来てはることどすし」
「ワシを信用して貸してくれたんどす」市左衛門はぷいっと立ち上がってしまった
「‥ はぁ ‥」ため息をつく義二

「お義兄さん、薫のことよろしゅうお願いします。ご迷惑でしょうけど、ちょっとの間、お願いします」
「ええ、子どものことは桂に任せてありますし。
 私も最近は自分の子どもの寝顔を見るぐらいですさかい
 桂がええと言うたらええのとちゃいますか、じゃ、ちょっと!」と出て行ってしまう義二

「‥‥ いつまで、ああやって張り合うてはったら気ぃがすむんや、ふう」と桂
「桂ねえちゃんも大変なんやなぁ」
「店で我慢してはる分、うちに当たらはるし、いつでも義二さんの味方やーいう顔してな、ならんし
 女事務員来はったんやけどな、こんなことやったらうちが店に出た方が楽や思うことあるえ」
「こら桂。そんなこと言うたらまた悠が心配しますやろ
 女主人は奥内を守ってたらよろしいのえ」

「(うんうん)」

「忙しい時に悪いけど、頼みます」
「いやー、もう行ってしまうのどすか」
「雄一郎さん、さびしがらはるし。薫の顔見てたら辛うなるし、遊んでいるうちに帰ります」
「薫のことは心配せんでもええさかい、しっかり看病してあげますのやで」
「はい」



中之島病院‥


悠が病室へ向かうと、裁縫仲間の女性たちが雄一郎の寝巻きを手にとって、縫い方を見ている。

「その寝巻き、雄一郎さんの‥」
「吉野さん、今日はえらい遅かったなぁ」
「吉野さん遅かったし、ご主人に寝巻き見せてください言うたら、脱いでくれはったんです」
「主人は」
「お客さん来て、一緒に出ていかはりました」
「えーっ」

慌ててさがしに出る悠、しかし雄一郎は中庭にいた

「雄一郎さん。もう‥心配させんといてください」
「坂井が見舞いに来てくれて、送って出ただけだよ」
「こんな寒いのに風邪でもひかはったらどうするんですか」
「久しぶりに外の空気を吸うたら気持ちがいい」
「ちょっと目話したらすぐこれやもん‥」
「心配するな。お前の言うとおりにするって約束したやろ?」
「‥  」
「おいおい、俺が素直になったのがそんなに嬉しいのか?」
「いいえ、薫の顔思い出したら、何や涙出てきてしまって‥」
「先が思いやられるね」
「大丈夫。我慢します」

悠の肩に手を置く雄一郎 

( 病院じゃなかったら、抱きしめていそうだわね )


(つづく)


『都の風』(116)

2008-02-19 08:16:31 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
葵    松原千明 :竹田家の長女
        (バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

医長   楠 年明 :中之島病院の内科医長

若い女  森下祐己子 中之島病院の付き添い仲間
中年の女 小林 泉  中之島病院の付き添い仲間
      朝比奈潔子  中之島病院の付き添い仲間

      アクタープロ

お初  野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
市左衛門(声) 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人(社長)、三姉妹の父(婿養子)


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

水仙の客が、悠に大金を渡してくれと言って、名前も告げずに去って行ったのです

千円札 だ…

悠は、それが智太郎だとは思いたくありませんでした


「そうですか、やっぱり沢木さん‥」 お初は高橋興業の社長からの電話で、智太郎だと知った
「もしもし、そのお客さんは大阪へはお見えにならしませんのですか?
 ええ、是非またお連れしとくれやすな、へえ。 
 いいえ、別にそんな。ええ、またおいでになった時に‥。お待ちいたしております。
 今日はわざわざすんませんでした。 おおきに」


お初は部屋に戻った

「どなたかわかりましたか?」
「ふん」
「やっぱりな、おたふくの頃のな、学生さんらしんやわ。
 社長さん、またお連れするそうやから、その時また‥聞きまっさ」
「やっぱり智太郎さんとは違うてましたでしょ?」
「ふふ‥」
「あのお人は昔から医学の勉強の事以外は、考えられへんお人やったんです。
 智太郎さんがこんなことするはずありません」
「そやな。へへ。 けどなぁ戦争で負けて、世の中何もかもひっくり返ってしまいましたんや。
 男の人が、若い頃とおんなじ思いでいるとは限りまへんで」
「そんな。ウチの夢を壊さんといてください。
 ウチの初恋の人は立派な病院の先生。 そう思わしといてください。
 これ、お返ししといてくださいね」
「うん」
「薫寝てますし、よろしくお願いします‥」
「はいはい」
「ほなまた、夕方来ます」
「ああ、ボンボンにお昼のご飯届けんの忘れんようにな」
「はい。すんません、いっつも‥」



「ああ、‥‥ おなごは昔のことは忘れられるけど、男はんはそうはいきまへんのや。
 今の悠が知ったら辛いだけや、これは‥」



病院の時計が13時11分をさしている。

悠お手製の寝巻きを着た雄一郎は、女性たちに囲まれていた

「雄一郎さん? どうしはったんですか」着替えとお重を持った悠が声をかける
「助けてくれよ」

「すんません、主人がなんか‥‥」

「奥さんですか! この寝巻きつくらはったの‥」
「お願いです、ウチのお母ちゃんにもこんなんつくってもらえませんか?」
「え?」
「あったかそうで便利やし、どないしてつくったんか教えていただけませんか?」

笑い出す悠



雄一郎は水仙のお重を食べながら、話しだした

「参ったよ。俺が便所へ行こうと思ったら、ぞろぞろとついてくるんや」
「ようもてる 思うて、嬉しかったんでしょ」
「そう、そんなにいい男かと思って、便所に行って顔洗って出てきたら、まだ待ってて
 それをどこで買ったか教えてくれって」
「やっぱり着る人がええさかい、カッコ良うみえるんです」
「今さらおだててもあかん」

ノックして医長が入って来た

「おお、やっと食べる気になったな。奥さん、美味しいもんを食べたいだけ食べさしてください。
 この調子やったら、正月には自宅療養も可能や」
「ホンマですか? 
「ただしムリをせんと、疲れたらすぐに休むと約束するならな」
「はい」
「半年は、仕事のことは忘れる、ええな」
「‥‥」 むっとする雄一郎
「先生、この寝巻き、カッコいいでしょう。ウチがつくったんです。
 今病院中で評判になっててみんなに教えてあげてるんです」
「吉野くん、あんたにはこんなに明るい奥さんがついてるんや。頑張らんと」
「はい」



廊下のイスに集まる女性たち

「決まった型紙なんかないんです‥」と悠
「せやし病人さんに着せやすいように、脱がしやすいように縫いはったらええんです」

「せやけど、奥さん若いのに、こんなこと、どこで習はりましたのや?」
「誰にも教えてもろうてませんけど、母がいつもはぎれでいろんなもんつくってくれるの見てたしと
 違いますやろか」
「ええお母さんやねぇ。」
「ほんまにねぇ」
「母にもろたお裁縫箱見てたら、いろんなもんが浮かんでくるんです」
「子どもは親の背中見て育つ言うけど、ホンマやなぁ」
「そうやなぁ」


「ちょっと悠? あんた何してんの」と葵登場

「葵ねえちゃん!」
「病人さんほっといて井戸端会議してんのんか?」
「ううん、新しい寝巻きの縫い方、教えてあげてんのや。姉です」 と紹介する悠

「今日はー」

「ご主人の、お姉さんですか?」
「いいえ、あたしの一番上の姉です」
「えー?」
「おんなじお母さんでも、ちゃうもんやねぇ」

「なんえ?」と悠に訊く葵
「うん、何でもない」
「どうせウチは出来が悪いんですね、妹と違うて不器用やし」

「うふふ」と愛想笑いをする女たち

「お姉ちゃん、地方公演、終わった?」
「そうや。あんたな、こんなことしてる暇あったら、ウチの舞台衣装、作り直してくれへん?」
「お姉ちゃん! こんなことって何‥」

「そうです、あのお、あたしらねぇ、何も暇持て余してこんなことしてんのと違いますねや」
「妹さん、子ども抱えて看病してはるのに、子どもさんの面倒ぐらい見てあげたらどうですか?」

「すんません」と謝る葵

そこに「ちょっと~、2人ともこんなとこで何してはんのぉ?」と桂登場!

「桂姉ちゃん!」
「桂、ちょうど良かったぁ。うち今な、吊るし上げにあうとこやってん」

一礼する桂

「家の二番目の姉です」と、紹介する悠
「いっつもいっつも、妹がお世話になりまして‥」と丁寧に挨拶をする桂
「勝手なことを平気でやってしまうようなとこがあって、
 みなさんにご迷惑をかけていることと思いますねやけど、主人が病気で普通の状態と違う思いますし
 堪忍してください」
「い、いいえぇ~」

「ちょっと、葵ねえちゃんも桂ねえちゃんも‥!」 と、2人をそこから連れて行く悠だった

「わからへんとこあったらすぐに来ますし、続けてくださいね」



「んもう! 2人ともぶち壊しや。せっかくようできた奥さんやって思われて
 付き添いの人とも仲良うなったとこやのに‥」
「せやけど、葵ねえちゃんが怒られてはるなんて思いもせえへんかったわ」
「うち、また悠のことやしな、暇つぶしに縫いもん教室でも始めたんか思うて‥」
「ええお母さんや、言うて、せっかくお母ちゃんの株があがったとこやったのに。
 うちら三人見たら、とても同じお母ちゃんの子どもやとは思はらへんな」
「ふふふ」


「けど、そのお母ちゃんも、雄一郎さんや薫ちゃんのことばっかり心配して
 市太郎や都が風邪ひいても知らん顔え」
「そらしょうがないやん、桂は両親と旦那さんとお手伝いさんに囲まれて、
 いざとなったらなんぼでも助けてもらえるんやもん」
「そう思うさかい、薫ちゃんだけでも預かってあげようか思うのに、悠はいやや言うし‥
 ウチは、家族みんなに気を使うているのに、誰も大変や言うてくれはらへん」
「わざわざ来てくれはったのに、堪忍ね」
「どうえ? 雄一郎さんは」
「だいぶ元気にならはったけど。今お昼のお休み時間」
「そうか、残念やな、うちあんまりゆっくりしてられへんし‥。
 あ、これお母ちゃんから上等の大島。 あんたのために作ってあげはったんえ。
 いざという時に必要やろ言うて」
「おおきに」
「お母ちゃんな、悠の箪笥空っぽやったって心配してはったえ」

「‥‥」 バツの悪そうな悠

「それからこれ」と封筒を出す桂

「悪いけど、お金はもうええ 言うといて。夜だけ女将さんのとこで洗い場の仕事さしてもろてるし」
「ううん。これは雄一郎さん宛てに、お父ちゃん書かはった手紙や、ふん」

受け取る悠

「ホンマは自分でお見舞いに行く、言わはったんやけど、
 返って気を使わしたらいかんってお母ちゃんに止められはってな。
 ほんで、三日がかりで書かはったんえ」
「おおきに‥」
「うん」 笑う桂

「なぁ、悠。あんたの意地もあるやろけどな、
 薫ちゃん、ちょっとの間だけでも京都で預かってもろた方がええのんとちゃうか?」と葵
「お母ちゃんも離れてた方がかえって心配みたいやし、そう何べんも来ることもできへんしな。
 京都で預かる方がみんなが安心するのと違うか?」
「‥うん」
「奈良のお義母さんには、1週間ぐらいやったらわからんやろうし。
 あんた今、雄一郎さんのことだけ考えんといかんのやろ?」
「うん。けど、薫はうちと離れたことないし‥」
「大丈夫や。市太郎や都もいるし。 な、ウチに任しといて。 
 その気になったら、いつでも薫ちゃん連れといな」
「な、そうしよし」
「‥ うん ‥」




病室で、市左衛門からの巻き手紙を読む雄一郎



( オオギ? )

貴君、新聞記者として原爆病を通して戦争の悲惨さを世論に訴えつづけるには
この際、充分に療養に専念し、健康回復を図るが肝要と存じ、一筆したためし次第に候

( かくの、うどき? ) 闘病生活の後に書かれる貴君の記事こそ、被爆者への最大の励ましとなりうるものに候ゆえ、治療専念が最上と存じ奉り候

                   敬具 竹田市左衛門



「考えてみたら、俺はお義父さんに励まされて復職したようなもんだ。
 戦争で生き残った俺たちがやることをやらないと、戦争で死んだ人間が化けて出るって言われて‥
 
 そのお義父さんが、お前や薫のために生きていてくれとおっしゃっている‥

 男が命をかけた仕事を諦めるのがどれだけ辛いか、お義父さんはよくわかっていらっしゃる‥

 悠。
 半年の休職願い、書くよ。
 
 今の仕事場で、半年も仕事を離れれば、もう今のような仕事はさせてもらえないだろう。
 俺はそれが怖かったのかも知れない。
 ま、仕方がない。お前の言うことも聞かんで、ムリをしすぎたバチが当たったんや」


「これからはうちのいうこと、ちゃんと聞いてくださいね」
「はいはい。何でも聞きますよ」
「薫をしばらく京都に預けよう、思うてます」
「え?」
「あなたが顔が見たい言わはったら、いつでも連れてきます」
「俺よりも、お前が我慢できるのか」
「いいえ。できません。けど、あなたが我慢してはるのに。ウチも薫も我慢せんと。
 今は、あなたの病気を治すことだけを考えることにします」

 
(つづく)




★『都の風』 第20週(115)

2008-02-18 08:06:31 | ★’07(本’86) 37『都の風』
★『都の風』第20週(115)

脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り手:藤田弓子   なぜか「語り手」に

題字:坂野雄一
考証:伊勢戸佐一郎
資料:森 南海子  

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。

雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中

智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。商社マンになった

良子  末広真季子:長屋の部屋の前住人、水仙で働く(笹原の妻)

デスク 田端猛雄 :毎朝新聞社会部のデスク

板前  田中雅和  「水仙」の板前


      アクタープロ
      キャストプラン
      東京宝映


お初  野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた





制作 八木雅次

美術 増田 哲
効果 片岡 健
技術 沼田明夫
照明 田渕英憲
撮影 神田 茂
音声 土屋忠昭

演出 兼歳正英      NHK大阪

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠は誰の手も借りず、夜はお初の元で働きながら
雄一郎の看病を続けることに決めたのです。
しかし、その夜、商社マンに変身した智太郎が客として来るなど想像もしていませんでした。
智太郎もまた、雄一郎が病気であることを聞いても、悠の前に姿を見せる勇気はありませんでした



帰り支度をして薫を抱っこする悠

「女将さん」
「ああ、ご苦労さん。もう、あんたこんな遅なって帰らんでも泊まっていったらええのに」
「いいえ、近いし走っていったら大丈夫です。今日はおおきに」
「あんたも意地っ張りやなぁ。ま、それぐらいの気力がないと子ども抱えて生きていけんわな」
「はいっ」
「退院はいつになるやわからんし、さびしなったらいつでも泊まって行ってかまわんで」
「はい。薫がいたら寂しいなんて言うてられへんですし。この子が支えですし」
「ほな、気をつけてな」

障子を開けて、話しを聞く智太郎 (朝ドラ名物? 盗み聞き)

「あたし、そこまで送っていくわ。あそこ暗いやろ? なぁ~、薫ちゃん


智太郎のモノローグ
「奈良で幸せに暮らしていると思っていた。京都にも奈良にも帰れるはずなのに‥
 どうしてこんなところで働いているんだ」

「お客さん、もうご気分よろしいんですか」良子が聞きに来た
「はい、迷惑をかけました」
「いいえ。女将さんは、良かったらゆっくり泊まっていってくれはったらええのに言うてはります」
「いえ、帰ります」ネクタイをしめ直す智太郎
「大丈夫ですか」
「はい」

良子はお冷を片付けながら言う
「社長さんはもうお帰になられましたし、後でお宿までお送りするように言うてはりました」
「ありがとう」

「あ、君。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「はぁ」
「洗い場で働いている悠さんという人のことなんだ」
「はぁ」
「どうしてここで働くようになったのか」
「さぁ、私は詳しいことはわからしませんけど、
 ここの女将さんと古うからのお知り合いやそうですよ」
「女将は、昔からここで?」
「いいえ、戦争前は川筋で小さい食堂をやってはったんです。
 なかなかのやり手でねぇ、借金でここをドーンを買うてしまはったんです」
「その食堂というのは、『おたふく』という店ですか?」
「さぁ、名前までは‥ なんでも悠さんとはその頃からのお知り合いだそうですけど?
 あの‥、おともすぐ、お呼びしてよろしいですか?」
「ああ、頼みます。
 ああ、それから! 私が悠さんのことを聞いたことは、悠さんにも女将にも内緒にしてください」
「はぁ‥」

良子は出て行った


「‥‥ もう私とはなんの関係もない人だ。今さら何ができる。」

智太郎は、あのお水取りの日の別れを思い出していた
   「けど忘れません、5年前のことも、今日のことも‥」
   「ボクは多分忘れます。それでいいですね」
   「‥  」
   「もう一度だけ笑顔を見せてください」




悠は、薫を寝かしつけながら、寝巻きを縫っていた。
「上と下に別れていた方が便利やもんな。お父ちゃん、こんな寝巻き恥ずかしい、言わはるやろか」


翌日。

薫をベッドに座らせて、悠は雄一郎に着替えさせた
「よう似合いはる。やっぱりうちの思ったとおりや‥」
「しかしこんな派手なの着て、便所にも行けないよ」
「薫、お父ちゃんカッコええよなぁ」
「ホンマか?」
「ホンマやんなぁ」
「けど、こんなもん買うたんか?」
「はい。年末の大安売りで。いっぺんお洗濯したら柔らこうなってちょうどよろしい。
 それに袖口が広いから、お注射の時簡単やし、診察の時も便利やし。
 それに何より、病人らしいないのがよろしいな」
「はぁ‥」

そこに、ノック。 「よお!」と入って来たのはデスクだった。

「デスク!」
「変わった寝巻きだなぁ」
「いや‥」と慌ててベッドに入る雄一郎 「すみません」
「奥さんの手作りですか」
「はい」
「なかなかよろしい」
「しかしこの病室は明るくて見舞いに来た気がせんなぁ」
「部長さんからもおっしゃってください。こんなの着て廊下に出られへん言うんです」
「けっこうじゃないか。奥さんのおかげで病院暮らしも楽しそうで」
「はぁ」
「何だ、その顔は。 奥さん、これ」と見舞いの品を渡すデスク

「吉野、不本意だろうが、休職願い出してくれるか。
 実は今、医長に会ってきた、病状も聞いた。 今は何よりも休養が第一だそうじゃないか。
 病気休職なら、費用も社から出るし、まずゆっくり病気を治すことだ。
 社のことを気にしてイライラするより、そのほうが君も楽だし、奥さんも安心だろう。
 奥さん、こいつは素直すぎて一途なところがあるから、
 今は社のことを心配せずに元気になることだけを考えさせてやってください」
「はい。ありがとうございます」

「じゃ、よろしく頼みますよ。そいじゃ。  いえ、ここで結構ですから‥」


雄一郎は布団を叩き、
「原爆の放射線については、俺にだって少しは知識がある。
 医者に言われた時はショックだったが、はっきりとまだ放射線を受けてるとはわかってないんだ。
 まだ何にもわかってないのに、何が休養だ」
「部長さんも、親切で言うてくれてはんのやし」
「お前もデスクと同じことを言うのか」
「仕事も大事ですけど、うちは雄一郎さんの体の方が大事です。
 元気にならはったら仕事なんてなんぼでもできます」
「今が大事なんだよ、仕事は!」

「雄一郎さん、病気と戦うことも今の雄一郎さんの仕事のひとつとちがうんですか。
 何も、新聞に記事を書くことだけが仕事と違うって思います。
 もし、もし‥広島や長崎の人とおんなじ病気やったら、病気に勝つことのほうが大事やと思います。
 今ムリをして死んでしもうたら、戦争で命をなくすよりも惨めです。
 大丈夫、うちがついている限りきっと治してみせます。
 女将さんが言うてはりました。 惚れた男の人が生きててくれるだけでありがたい。
 薫やうちのために、今は自分の体のことだけ考えてください」



薫をおんぶして、水仙に「今日は!」と入っていく悠

「ご苦労さんです」と板前

良子さんが「ちょっと‥」と悠を手招きし
「女将さんにも内緒にしててほしんやけどね」と、懐から封筒を渡す
「お客さんがあんたに渡してくれって」

「お客さんて?」
「私もわからへんねんけど、昨日、高橋興業の社長さんと一緒に来はったお客さん」
「けど、何でうちに」
「昔の食堂のこと、よう知ってはる人みたいやしね。その頃のあんたを知ってた人と違うかなぁ?」
「けど‥」
「ま、手紙読んだらわかりますやんか。な、渡しましたで」

その場で開けた封筒にはお札が入っていた

サラリーマンの初任給が6~7千円と言われていたその頃、悠には思ってもみない大金でした



悠はあわてて、お初のところに行った。

「わー、手が切れそうなお札やなぁ。いや~、まさかにせもんとちゃうやろな」
「女将さん! そんな暢気なこと言うてはらんと、はよちゃんと調べてもろうてください」
「今さっき社長さんに電話したら外出中やて。で帰ってきたらすぐここに電話もらうことになってますがな」
「とにかく、どんなお人でも、こんなお金いただくわけにいきません」
「けどやで。悠の主人が病気やって聞いてこれ置いていかはったんやろ?
 となると、あの人、奈良の吉野屋さんの常連さんかもしれんで」
「けど、それやったら、なんにもこそこそせんでも、堂々とウチに会うてくれはったらよろしいのや」
「それもそうやなぁ。いや、東京から来はったな大事な客さんやって、社長さん言わはったんや。
 あ、おたふくの頃にやな、あんたに片思いしてた人がいたんかも知れんがな」
「そいでも、名前ぐらいちゃんと言うてくれはったらええのに」

「うん。名前は言えんやろ、東京から来た人やろ、年カッコからすると‥ まさか!
 わては、ちらっとたったいっぺん会ったきりやから 」
「いいえ、違います。あのお人は大学病院の先生か、お医者さんになってはります」
「そうか」
「それにあのお人は、うちのこと忘れるって、そうハッキリ言ってくれはったんです。 
 ウチが雄一郎さんと結婚したことも知ってはりますし、
 それやったら堂々と会うてくれはると思います」

「あんた、もう ‥‥ 好きでもなんでもないんか? 」

「(はい) 復員して奈良に来はったとき、ウチ、はっきり雄一郎さんが好きやて言いました」
「そうか‥」
「懐かしい気持ちはありますけど、こんなことしはるお人と違います」
「智太郎さんとは違います」
「そやな。商社にお勤めして、洋行までしてきた言うてはったし
 それなら堂々とあんたの前に現れてもええ筈やな」
「どっちにしても、このお金は女将さんの方からちゃんとお返ししといてください」
「もったいない~、あんた~。恩返しなら直接本人に会って渡してやってくれ言いますがな」
「どんなお人でも、こんな大金、いただけません」


「女将さん、高橋興業の社長さんからお電話です」と良子が呼びに来た

「そうか、はいはい、来ました来ました、来たで」

もしその人が智太郎であったなら、悠は今は、ただ懐かしい気持ちで会ってみたいと思っていました



(つづく)

『都の風』(114)

2008-02-16 21:20:37 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠    加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
葵    松原千明 :竹田家の長女
        (バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
良子  末広真季子:長屋の部屋の前住人、水仙で働く(笹原の妻)
社長  高桐 真 接待で智太郎を「水仙」につれてきた社長
医長  楠 年明 :中之島病院の内科医長
薫   川上玲魅 :【子役】雄一郎・悠の長女(1歳~)


      キャストプラン

智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。商社マンになった
お初  野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★


悠と薫の病院通いの生活も半月がたちました
雄一郎は見た目には元気になった様子でしたが、退院許可はなかなか出ませんでした


ある朝、薫を抱っこして悠が病室に入ると、雄一郎は起きて軽い体操をしていた
「よ、おはよう」
「いいんですか? もうそんなことしはって」
「薫、おはよ。どれ、よいっしょ」 薫は、雄一郎に抱かれてちょっとぐずる

「悠、頼む!」
「あきません」
「1時間外出するだけや」 泣き出してしまう薫(村上さんの抱っこが下手なんだなぁ~
「昨日、先生にお聞きしたんです。まだあきませんて」
「じゃ、デスクに会わせてくれ」
「仕事のことは当分考えんようにって、部長さんもおっしゃってましたやろ?」
「一体、俺の何を調べてるんや?」
「さぁ~」
「悠、お前、先生に何か聞いて知ってるな?」
「はい。もちょっと大人しゅうしてるようにって言わはっただけです」
「よし。今日という今日はいつ退院できるか話し合う」

雄一郎は抱っこしていた薫を悠に渡して、病室を出て行った。


「一体、どこが悪いんですか」
「‥」
「それを教えてくださらないなら、やたら患者を入院させて費用を取る病院だと
 新聞に書きますよ」
「どうぞ、ご自由に」 医長はカルテを書きならが雄一郎を見ようともしない
「じゃぁ、退院してもいいんですね」
「‥‥ これはね、広島の病院に入院している患者の、報告書なんです。
 年もあんたと同じぐらい、被爆直後の広島を歩き回ったのもおんなじです。」
「それが何か、関係あるんですか?」
「断定はできまんせんがね、この報告書の中にある症状とあなたの症状は殆ど同じなんです」
「‥‥?」
「原爆の放射線が人体に及ぼす影響は、まだデータが不十分です。
 直接被爆していないあなたが、どの程度の放射線を受けているか、それはわかりません。
 日常生活は出来ますが、日によって調子のいい日があったり、悪い日があったり
 激しい労働に対応できる体でないことは確かですよ。 
 残念ながら今の段階で治療方法はわかっておりません。
 安静にしていなさいというより他、私にも処置の方法がないんですよ。
 しかしね、今、無理して、新聞記者のような激しい仕事を続けるのは
 命を縮めることになる ということだけは言えますよ」

病室に戻る雄一郎

「今日のスープは、鯛のアラでとったんです。そいから‥‥」と振り返る悠
「具合、悪いんですか?」

「先生に叱られはったんでしょう」
「しばらく1人にしといてくれ」 雄一郎は横になった。

聞いてしまったのだと悠はわかった


水仙で話す、悠とお初

「直接爆弾を受けたわけでもないのに、それも今ごろになってそんな病気にかかるやなんて
 わからん、わてらには」
「いつかはわかってしまうことでも、もうちょっと黙っててくれはる方が良かった
 雄一郎さんにとっては新聞社をやめぇ言われたのと同じことですから」
「かわいそうにな
「あの人から、仕事とったら、どうなってしまいはるんやろとそう思っただけで
 うちはもうどうしていいかわからへんのです」
「何を言うてますの。あんたがボンボンと一緒にしょぼーんとしてどないしますのや
 そんなもん、新聞社なんてやめたかて、あたしが一生懸命働いて食べることぐらい何とでもします
 あんさんは好きなことしてておくれやす、
 それぐらいのこと言って励ましてあげな、いかん」
「‥
「精さんが死んだ時にな、思った。
 口が利けんでもええ、動けんでもええ、生きてそばにいてほしいて‥
 あんた、これから惚れた男に好きなことさしてあげれんのや」
「‥はい」
「ウチで働くんやったらな、何ぼでも手が要りますのや。
 そんなもん、子ども抱えて働くことぐらい、誰でもみんなやってきたこっちゃ、
 どーってことあらへん。なぁ? 
 どや、洗い場やってみやへんか? 夜だけでええねん。
 今1人おばさんやめてしまって困ってんねん」

 おおきに ‥」
「よっしゃ、話は決まった。な」
「はい」

微笑むお初。


悠が病室に戻ると、葵が来ていた。

「悠ぁ、何? 病人さんほったらかして‥」
「葵姉ちゃん‥‥。来てくれはったん?」
「とうとう京都にわかってしもうてんやてなぁ」
「うん」
「うちがなぁ、付き添うてあげられたらええんやけど、芝居で旅公演行かんとあかんのや」
「ううん。雄一郎さんの看病は他の人にはさせへん」
「えらい余計なこと言うてすんません」

「なぁ、あんた。早う元気になって、来年のお正月には温泉にでも行きましょ。
 新聞社に行かはらんでもウチが働きます」
「いつお前にそんなことしてくれって言った!
 そんなこと今お前に言われて、喜ぶとでも思ってるのか

驚く悠、そして葵

「堪忍‥」
「2人とも出てってくれ」


「悠、そんな重い病気なんか?」
「広島で被爆した人と同じ病気かもわからへんって、先生言うてはった」
「今ごろになって‥‥。恐ろしいこっちゃなぁ」
「諦めてしもうたらあかん。
 雄一郎さんが病気と戦って勝つことが、被爆した人の真実を伝えることになる。
 何も、表に立って記事を書くことだけがえらいのと違うのに‥」
「うん‥」
「うちはきっと治してみせるえ。
 雄一郎さんと一緒に病気に負けんと生き続けていかんとならんのや」
「うちも応援する」

手を重ねあう姉妹 「おおきに」「うん」



ある夜、水仙にある客が来た

「まぁ、いらっしゃいませ」 お初がお出迎えする
「女将、今日は東京から大事なお客さんに来てもろうたんや。
 よろしうに頼むわな」
「承知しました、どうぞお上がりやす」

「東京の、ユウワ(?)貿易の重役さんでな、洋行してきはったんやで」
「それはそれはお若いのにご立派ですこと。どうぞ、こちらでございます」

それは、智太郎だった!

10年近く前、たった一度、顔を合わせただけのお初と智太郎です。
お互いに気が付くはずもありません



悠は洗い場で仕事をしていた

「悠さん、あんた若うてきれいなんやし、
 こんなとこで働かんかて、お座敷出たらいいお金になるのに‥」と良子
「うちはこの方が好きなんです」
「旦那さん、えらいこっちゃなんてなぁ~。ま、みんなが付いてるし、がんばりや!」
「はい!おおきに!」


接待で酔った智太郎が風にあたっていると、お初が小部屋で休むようにと案内した

「ちょっとね、横になってはったら、おさまります」と座布団を並べるお初
「申し訳ない」
「今すぐ、お冷を持って参じます」


廊下で
「悠さーん 手拭い、氷で冷してくれるか。
 おヨシさんにな、小部屋のお客さんに持って行くように言ってちょうだい」
と声が聞こえ、智太郎は起き上がり、そして、廊下をそっと見る。

洗い場をそっと覗く智太郎。そこでは悠が氷を割っていた。

智太郎が慌てて小部屋に戻ると、良子がお冷と手拭いを持ってきた。
「お待たせいたしました。まぁまぁ、横になっといてください。どうぞ」
「ありがとう」

出ていこうとする良子に智太郎は「あの‥」と話し掛けた。

「はい」
「ここに、ハルカさんという人がいらっしゃるんですか」
「はい。あ、お知り合いですか」
「いや、珍しい名前だな と思いまして‥。さっき女将さんが呼んでいたのが聞こえましてね」
「そうですか。ご主人が病気にならはりまして、この間から洗い場で働いてはるんですう」
「病気?」
「はい。一つになったばっかりの小さいお子さんいおてはりますのに。
 あ、どうぞごゆっくり」


考える智太郎、洗いものをする悠‥‥



(つづく)




『都の風』(113)

2008-02-15 23:48:15 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
お康  未知やすえ:「竹田屋」の奉公人

医者  川下大洋 :中之島病院の若い医者
看護婦 橋野リコ :中之島病院の看護婦(葵の元同僚)

薫    川上玲魅 :【子役】雄一郎・悠の長女(1歳~)
都    神村 恵 【子役】桂・義二の長女
市太郎  神村市太郎【子役】桂・義二の長男


お初   野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
お常   高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人(社長)、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻

・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠は不安で眠ることもできず、一晩中雄一郎のそばについていました。



目を覚ました雄一郎に微笑みかける悠

「ホンマは怒ってるんやろ?」
「顔で笑って、心で怒ってます」
「すまん」
「そんなことでは許しませんえ。これからはうちの言うことちゃんと聞くって約束してください」
「薫は」
「約束してくれはらんと何も言いません」
「難しいな」
「医長さんに叱られました。ねきについてて何をしてるんですかって」
「お前はいつでも俺の味方やろ?」
「いいえ。今度は阿修羅になります」
「わかったよ。お前が本気で怒ると始末に負えないからな」
「(はい) 医長さんがよろしい言いはるまでここにいて下さいね」
「医長、何て言ってた?」
「もう知らんっ言うて、怒ってはっただけです」
「しかし、今度ばっかりは降参や‥」

ノックの音がして看護婦が顔を出す
「おはようございます。奥さん、ちょっと来てください」

廊下に静がいて「悠‥」と声をかける
「お母ちゃん。京都に帰りはらへんかったんですか」
「当たり前です」
「薫は?」
「今のとこは、お初さんに頼みましたけど、面会謝絶やなんてよっぽど悪いんどすなぁ。
 どこが悪いのえ?」
「うん‥お医者さんにもようわからんのどすって」
「お医者さんにもわからんへんような病気どすか」
「うん‥」

「何で、なんにも私に言うてくれへんのどす?
 夏からずうっと悪おしたんやてな。
 とにかく今日は雄一郎さんにも会わんと、いっぺん京都に帰って、
 お父さんにちゃんと話して、薫を連れに来ます」
「え」
「病気の時ぐらい、親に知らせるもんどす」

「はい、これ着替えどす。またすぐに来ますさかい、しっかり看病してあげんのどすえ」
「はい」
「ほなな」

風呂敷包みを開く悠。  封筒の中にお札が入っていた
「おおきに‥」



京都では市左衛門がイライラしながら待っている

「お父ちゃん、そんな心配しはらんでも、すぐに帰ってきはりますって。
 お茶でもお入れしましょか?」 
桂に言われても
「お康に迎えに行かすんどす!」と立ったり座ったり。

「お母ちゃんってホンマに幸せなお人や。
 旦那さんにそこまで心配してもろて」
「いつもいるもんがおらんと、おちつかないだけどす!」

「奥さんが帰って来はりましたぁ~~」とお康の声が聞こえて、慌てて座る市左衛門

「ただいま、戻りました。えろう遅うなってしもうてすんまへんでした」
「夜、遅うなって帰ってこれんのんどしたら、朝一番で帰ってくるのが常識と違いますいのんかいな」
「ええ、すまんことでした」
「何ぼ遊んできてもよろしいおすのんけどな、電話ぐらい自分でするもんどす」

桂は、微笑みながら、静を見る。

「お康どん、あっちでこの子らに食べさしてやってくれるか」
桂は、都と市太郎をはずさせた

「ちょっとお茶でも淹れてもらいまひょか」と市左衛門
「お母ちゃん、淹れてあげておくれやす。ウチではなんやら気に入らんようですし」
「あ、桂。 桂もちょっと聞いてくれるか」
「ん?」

「あんた。しばらく薫を預かってもよろしおすやろか」
「悠、二人目ができんのどすか?」と桂
「そんなことと違うのどす。雄一郎さんが入院しはったんどす」
「! 入院て」
「どっか悪いのどすか?」
「夏から具合が悪かったんどすって。
 疲労が重なったんや思いますけど、しばらく入院して安静にしてんといかんらしいのどす」
「よっぽどムリしはったんどすなぁ」
「悠はずっとついてんといかんし‥、なぁ、よろしおすか?」
「薫だけでなくて悠も、帰って来たらよろしおすがな」
「そんな、雄一郎さんを1人追いとくわけにはいきまへん」
「ほな、京都の病院に入院して、悠も薫も一緒に帰って来たらよろしいがな。
 何も、大阪にいんならんことおへんのやし」
「そな勝手なこと、できるわけがおへん」
「ワシが行ってそない言うて来ますがな」

「お父ちゃん、何もそこまでせんでとええのと違いますか」
「病人と子ども抱えて知らんところで苦労するんやったら、帰ってきたらよろしねや!」

「そやったら、奈良に帰るべきどす。悠は吉野さんへお嫁に行った人どすえ?
 そうどすやろ? お母ちゃ~ん」
「そうどすなぁ」
「悠のことになると、お父ちゃんは常識をはずしてしまいますな。
 あ、せやったら奈良にもお知らせした方がよろしおすな。
 ウチが電話してきます」

「桂、ホンマに冷たいやっちゃ! 病気の時に常識もへったくれも、おすかいな!」
「あんた、悠はきっと帰って来ぃしまへん。
 奈良でお世話しとうおくれやすお人いやはらへんしませんし、な、薫だけでしたらよろしおすな」
「うーん、雄一郎さんもお気の毒に。
 せっかく自分の思いに叶った仕事 できるようになったちゅうのになぁ」
「‥‥ (うん) 」


病院

雄一郎が着替えている

「汗かかはったでしょう、すぐ着替え出します」 風呂敷包みを開く悠
「お初さんが持って来てくれたのか? 着替えは‥ 薫の所に帰ってやれ。
 お初さんのところにいるんやろ?」
「はい」
「俺は覚悟を決めた。治るまで大人しくしてるから‥」
「夜、あんたがお休みになってから行きます」
「それじゃぁ薫が眠っている。かわいそうだよ」
「はい‥ けど、暇見て帰りますし。
 心配せんとゆっくり休んでてくださいな」

そこにノックもせずにお常が飛び込んでくる

「雄一郎!」
「お義母さん‥」
「まぁ、こないになるまで‥。 あんたなんで言うてくれませんのや。
 悠、あんたも冷たいお人ですなぁ」
「すんません」

「で、一体、どこが悪いんです?」
「ただ疲れただけや。お初さんが知らせたんか?」
「いいえ、京都のお姉さんが知らせてくれはったんです」
「桂姉ちゃんがですか?」
「あんた、京都に知らせる前に、あたしに言うてくれてもよろしいやろ!」
「すんません‥。入院騒ぎの時、京都の母が来てたんです」

「そんなことどっちでもよろし。雄一郎、奈良に帰っておいでなれ
 こんな倒れるまで働くやなんて、もう‥」

「母さん、ただ疲れただけや言うてるやろ? 言うとくけど社はやめないよ」
「はぁ‥ 子どもの時から病気ひとつしたことなくて、丈夫だけが取り得やったのに‥。
 それで? 先生は一体なんと言うてはるんです」
「‥はい。まだはっきりわからへんのです。ただ安静が必要やって」
「え゛~? なんや、頼りない病院ですなぁ。
 そうや、奈良にな、母さんの知ってる病院がおますよってに、
 同じ入院するんやったらそこにしなれ」
「母さん、怒るよ! そんな勝手なことばっかり言うたら」

子どもの泣き声が聞こえて、「薫は? どこにいますのや」と聞くお常。
「はい、預かってもろうてます」
「どこで! そんなとにかく薫はあたしが連れて帰りますさかいにな」
「悠、早く薫のいるところに連れて行ってくだはれな! 悠! はよう!」
「はい‥」


顔を見あわせる悠と雄一郎 「お前の思うとおりにしろ」「はい、すぐ帰ってきます」


水仙には、静とお康が来ていた

「これ以上お初さんにお世話になるわけには参りませんし、薫を京都に連れて帰ろう思いまして」
「ええ、でも悠さんがどない言わはるか‥」
「へぇ、悠にはそう言うてあります」
「あ、そうだすか。薫ちゃんのためにはそのほうがいいかもわかりまへんなぁ」

静がお茶をいただこうとすると、「お客さんどす」の声に案内され、お常登場!

「お母ちゃん!」
「吉野さ~ん」「まぁまぁ、お母さん、これはこれは」

「女将さん、主人の母です」
「へ?」 座りなおして「ようこそ」と頭を下げるお初
「初めまして‥吉野でございます」と挨拶をするお常


「まぁ、この度は雄一郎のことで、えらいご迷惑をおかけしました」
「ホンマにえらいことだしたなぁ」

「もっと早うに言うてくれてらよろしおしたのになぁ」と静
「ホンマにいつまでたっても親に心配かける子ぉでして ‥‥
 あ、薫のことですけど、薫は家で世話せんことには
 もう悠さんまで体こわしてしまうと思いましてな」
「いいえ、薫は私どもで預かろうと思いまして来たんどすけど、
 悠には雄一郎さんの看病につきっきりでいてもらわんことにはあきまへんしなぁ」
「いいえ‥ お母さんそれは困ります。そんなことしていただくわけにはいきません」
「けど、私どもの方でも‥」
「そんな迷惑をかけるわけにはいきませんので‥ 薫はうちの方で‥」

譲らない 母たち

呆れ気味のお初は、悠を見る。

「お母ちゃん! お義母さん、
 薫やうちのこと心配してくれはってホンマにありがとうございます。
 勝手なようですけど、薫は私のねきにおいておいてください。 お願いします。

 どっちに預かっていただいてもありがたいことだと思います。
 けど、雄一郎さんの世話も、薫と一緒にさしてください。

 たまには、ここで預かってもらうこともあると思います」

それを聞いて微笑んで頭を下げるお初

「けど、ウチは今、薫と離れとうないんです。
 どこまでやれるかわかりません。入院もどれだけなるのかわかりませんけど
 私にやらせてください。 お願いします。

 子どもは、親がどんな時でも一緒にいたいと思っているはずです‥
 薫と一緒に、必ず雄一郎さんの病気は治してみせます」


成長したなぁというように、悠を見つめる、静、お常 ‥ お初



(つづく)


 

『都の風』(112)

2008-02-14 23:09:32 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰

桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那(専務)

デスク 田端猛雄 :毎朝新聞社会部のデスク
医長  楠 年明 :中之島病院の内科医長
記者  上海太郎  毎朝新聞社会部の新人記者
医者  川下大洋  中之島病院の若い医者
看護婦 橋野リコ :中之島病院の看護婦(葵の元同僚)

薫    川上玲魅  【子役】雄一郎・悠の長女(1歳~)


      キャストプラン


お初   野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人(社長)、三姉妹の父(婿養子)
静     久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

コスモスの咲く季節になった

秋になっても雄一郎の夏負けは回復しませんでした。
それでも戦争景気に警鐘を鳴らす記事を書きつづけて、休暇をとることさえしなかったのです。
悠は、薫の満1歳の誕生日を2人だけで迎えなけれななりませんでした 



「これは奈良のおばあちゃんからのお誕生のお祝いやて、何をいただいたんかなぁ」と
小包みを開けてみる
出てきたのは人形だった 

「わぁ~、かいらしいなぁ」と、お腹を押してきゅきゅと音を鳴らしてみせた
薫はエクボを浮かべてにっこり笑った

「お父ちゃんは薫のお誕生日なんか忘れてはるやろか」


その雄一郎は、新聞社で忙しくしており、電話を取っていた
「はい、社会部。 私だ。 わかった、すぐ行く」 そう言って立ち上がるが
「吉野」とデスクに話しかけられ「顔色悪いぞ」とチェックされる
「あんまりつっこむな、体が持たんぞ」
「大丈夫です」
「お前がいくら書いても流れは変えられん。コウショクツイホウが解除になって旧勢力が社会に戻って来る」

「先輩!」と後輩記者が入って来た「例の取材、断られました」
「バカ! 」とデスク
「よし、僕が行こう‥」と雄一郎
「お前も一緒にいけよ、ほら!」とデスクに叩かれて、慌てて後を追う後輩君


悠のところには静が訪問していた。
薫にヨチヨチ歩きをさせて、遊ぶ静。

「一軒建ちやって、葵から聞いてましたけど、何や壊れそうな家どすな」
「京都の家から見たら、そう見えるだけです。 うちにとっては楽しい我が家や」
そう言ってお茶を出す悠
「そうどすな、親子三人で楽しそうやし。
 ま、これでは京都になかなか遊びに来てくれへん筈どすな」
「うふ」
「雄一郎さん、張り切ってるみたいどすなぁ」
「はい。忙しうて殆ど帰ってきはらへんけど‥」
「これ以上文句言うたら、バチがあたりますえ。そやけど、体だけは気ぃつけてあげんとな」
「はい」
「お父さん、雄一郎さんの新聞の記事見て、神棚にお供えしてはります」
「おおきに‥。お父ちゃん元気にしてはりますか」
「へぇ。この前までは義二さんと張り合うてはりましたけど、秋になって何を作ってもどんどん売れる言うて
 ケンカする暇もないみたいどす」
「ふーん。竹田屋の立ち直んのはありがたいことやけど、喜んでええのか悲しんでええのかわからへんなぁ」
「何でどす?」

「隣の国の戦争で、日本が豊かになるいうのは、やっぱりおかしいんです」
「そうどすな。戦争はもうこりごりや。
 そう思いながら、お父さんが店で張り切ってはるのを見ると良かった、思うし、
 女が口出ししてもどうなることでもおへん」
「せやろか‥ ホンマにそれでええんやろか」

「このお赤飯な、薫のためにお粥さんにしてやって」とお重を出す静
「おおきに。なんか美味しいものつくるし、ご飯一緒に食べてってくれはる?」
「私が晩ご飯にいんと、お父さん機嫌が悪いし、ゆっくりもしてられしまへんのや」
「すぐに支度しますし、ちょっとでも<●●?>してやって。二人だけではさびしいんです」


そこに「ごめんください、奥さんいてはりますか、えらいことです」と、後輩記者君。

「吉野さんの奥さんですか。
 吉野さんが取材先で倒れはって、中之島病院に運ばれたんです」
「え‥! すぐ行きます」
「お願いします」

「お母ちゃんお願い、薫頼みます」
「薫のことは心配せんでもええからな」
「すんません」と悠はエプロンを取り、お財布を持った

「すぐに様子を知らせてくれんとあかんえ」
「はい」

薫まで不安そうな顔をする 


中之島病院の病室に雄一郎は寝ており、若い医者が脈をとっていた。
「雄一郎さん‥」
「今、注射を打って休んでおられます。貧血で倒れられたんですが、そうとう体が弱っておられますね。
 しばらくは絶対安静にして下さい」
「入院の手続きなさって下さい」と看護婦が言って出て行った。

 こんなにならはるまで今度は絶対元気にならはるまで退院さえませんからね」
雄一郎の寝顔に話す悠だった



静は、薫の相手をしながら
「入院となったら着替えとか要るやろしな」と気づき、悠の箪笥を開けた。
しかし、空の引き出しばかりで‥‥、残っているのは1枚の着物だけだった

「売ってしまうほど困っているのやったら、何で言うてくれへんのやろ」


そこに「ごめんやす」とお初の声

「お越しやす。あのー、今、娘はちょっと出かけておりますどすのけど。
 どちらさんで」
「あのー、わて、初と申します」と頭を下げるお初
「初めてお目にかかります」
「まぁ! お初さん! まぁ悠がその節はホンマにお世話になりまして」
「いいえーそんな」
「いっぺんお礼に伺わな、思いながら‥」
「あのー、すんまへん」と入って来て
「今、悠さんからお電話がありまして、今晩はずっと雄一郎さんのそばに付いてんとならんよって
 薫ちゃんを頼むと言われまして」
「雄一郎さん、どうどすのやろ」
「へぇ、まぁ疲労が重なってるだけで、たいしたことはないと思います」
「そうどすかぁ。それはそれはわざわざありがとうございます」
「いいえー」

「ちょっとお上がりやして」
「いいえ、おかあさんは早う京都の方にお帰りにならんといけませんし、
 薫ちゃんだけ預かってくるようにって、 悠さんが‥」
「そんなことあんたさんにお願いせんでも、親の私がついてます」
「いいえ、わてはもうしょっちゅうですさかいに」
「前にもそんなことあったんどすか?」
「いえ、あのわて、子ども大好きですよって、えへへ」
「そんなところでははしづけどすさかい、ま、どうぞ、お上がりやしておくれやす。
 ちょっとだけでも」

( はしづけ ‥ お初さんがいたのは玄関先。そんなはじっこってことかなぁ? )

「ほな、ちょっとだけ‥‥」とお初はあがった。

「さあさ」と座布団を出す静 「どうぞお当てやしておくれやす」
「すんません、おおきに」
「昔、悠がお世話になってる頃は、お手紙で勝手なことばかり申しまして
 ホンマに申し訳ございませんでした」
「いいえ‥、もう。わての方こそ。
 悠さん、京都の家にお帰しすることもできんと、奈良に行ったことも知ってて
 知らん知らんで押し通してしもうて。
 ホンマに市左衛門さんには、あわす顔があらしません」
「いいえー、お初さんのおかげで雄一郎さんのような立派な人と結婚できたんです。
 また今度も悠がお世話になってることなんか何にも言うてくれしませんもんで」
「悠さんはご両親がご心配になるようなことは言う人やおまへんさかい」

「あのー、雄一郎さん、ずっと悪かったんどすか」
「へぇ。この夏頃、あんまり疲れてはるみたいなんで、いろいろ検査してもらうために
 葵さんから伝手頼って、無理に入院さしてもろたんです」
「もう、ホンマに葵も何にも言わんと! 私は幸せに暮らしているもんとばっかり」
「雄一郎さんはもう、仕事仕事で‥。とうとうこんなことになってしもうて」
「入院が長引くようどしたら薫は私が京都に連れて帰ります。
 今日のとこはとりあえずここに泊まる言うて、京都の方へ電話だけしといていただけますやろか」
「へえ、けど大丈夫だすか。何でしたらうちんとこに来てくれはった方がわても安心なんですけど」

「いいえ、雄一郎さんのことは病状がはっきりいたしましたら、私が言いますし
 京都には、ここに泊まるとだけ」
「へぇ、わかりました」



竹田屋では、市左衛門と桂夫婦三人の夕飯。
市左衛門は、むすっ として、お猪口を口に運ぶ

「お父ちゃん、そんなに怒らはらんと。うちがお母ちゃんのかわりにお酌しまひょ」
しかし返事もせず、手酌する市左衛門

「泊まんやったら泊まるって言うてったらよろしねや」
「お父ちゃんも一緒に行かはったらよろしおしたのに」
「忙しゅうてそんな暇おへん。
 主人が忙しい言うてんのに自分だけ孫の顔見に行って、一晩ゆっくりするなんていうこと
 昔なら許されんこっちゃ!  」
「そういうたら、お母ちゃんはお父ちゃんと一緒でないと、今までいっぺんも
 他所に泊まらはったことあらしませんどしたな」
「老舗の女主人ちゅうもんはそういうもんどす。桂もそう覚えておきなぃ」
「へぇ、わかってます。 
 せやったら、老舗の旦那さんは外泊しはってもよろしいのやな~」と義二を見る桂

「‥‥」返事をしない義二

「若いときは何ぼでも行くとこおすけども、
 年寄り1人置いて出る、で自分だけ娘のとこ泊まるやなんて ちっ!
 もう、ちょっと大事にしたら、付けあがる、全く、もう1人ではどこへもやらしません」
「そんな年になってもヤキモチ焼いてもろうて、お母ちゃんてホンマに幸せな人やー」と桂

苦虫をかみつぶしたような顔になる市左衛門 「んん、もう 寝る‥」


「今日もおでかけどすか」と義二に訊く桂
「何もお義父さんの前でイヤミいうことないやろ」
「イヤミに聞こえましたんですかぁ?」

時計の音だけが響く‥



「無茶ですな」と中之島病院の医師
「私の言うことも聞かずに勝手に退院した上に、一度も診察に来ないんだから‥」
「申し訳ありません。出張が多かったものですから」
「いくら立派な仕事をされてもねぇ、倒れてしまって困るのはご家族なんですよ」
「はぁ。でも広島の取材は自分でせんといかんと言いまして‥」
「? 広島はいつ頃から」
「はい、主人は原子爆弾の落ちた日の翌日、焼け野原の街を友人を捜し歩いたそうです。
 その時のことがずっと頭から離れへんらしいて、被爆者の真実の姿を伝えることが自分の使命やと思うているんです」

話を聞きながら、カルテを見る医師。

「それが何か‥」
「いやいや‥」
「どういうことですか?」
「うん‥ ま、一度広島の病院に行って詳しく調べてきますがね
 今度は絶対病院から逃げ出すなんてことはさせないで下さいよ。いいですね」
「はい」

悠は医者の表情からただごとではないことを感じていました 

(つづく)



『都の風』(111)

2008-02-13 13:14:32 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。

雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰

葵   松原千明 :竹田家の長女
        (バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)

医長  楠 年明 中之島病院の内科医長

看護婦 橋野リコ:中之島病院の看護婦(葵の元同僚) 前回は11月24日(48回)

薫    大塚麗衣 :【子役】雄一郎・悠の長女(赤ちゃん)

      アクタープロ

お初   野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

着替えさせて布団に寝かせる悠、そして葵


出張から帰った雄一郎のあまりの疲労ぶりに葵も言葉がありません。
黙って雄一郎の世話をする悠の心配もわかるような気がしたのです 



「なんか、欲しいもんありますか」
「いや、しばらく眠らしてくれ‥‥」
「はい‥」


葵は心配そうに悠と雄一郎を見るだけだった‥



「普通やないなぁ」
「せやろ? しばらく休んではったら良うならはるみたいなんやけど。
 このところずっとこんなことが続いてんねや‥」

「あの内科医長、まだあの病院にいる言うてはったなぁ」葵がつぶやく
悠は水で絞ったタオルを雄一郎の額にのせた

「あのだるそうな感じはただの夏まけやなさそうやな」
「えー?」
「いっぺん病院に行って、ちゃんと調べてもろた方がええわ。うちも一緒に行ってあげるし」
「おおきに‥ けどなぁ。簡単には病院に行ってくれはらへんのや」
「ああ。それはうちに任せといて。とにかく病院に行って、診察してくれはるように頼んでみるし。な」

そう言い、葵は靴をはいた。「おおきに」と言う悠に、葵は微笑んで出て行った。



悠は薫をおんぶして「泣いたらあかんえ、お父ちゃんゆっくり休ましてあげようなぁ」と小さく話し掛けた
「お父ちゃんになんかおいしいもん食べてもらおうか。な。ええ子やなぁ薫は‥」

お財布を見た悠は、ぱちんと閉じて、毎朝新聞とある封筒の残金を確かめた
「お給料日まで、あと1週間か‥」
悠は、和箪笥から畳紙の着物を出した。

雄一郎の水タオルをかえてから、悠はその着物を持って外に出た。
ひまわりの咲く道をアイスキャンデー屋が自転車を押して通った。



卓袱台にお刺身を並べた悠は「着物で千円も貸してもらえるなんて質屋さんて便利やなぁ」と笑った

雄一郎が起き上がってきた
「雄一郎さん」
「また、大きなったようやな」と薫を見て言う雄一郎
「寝てんとあきません」
「薫の顔見たら疲れもふっとぶ。にこっ 鯛やないか!
 こんなもん買う金、よう残ってたな、給料日前やのに」
「私はやりくりが上手なんです。食べはります?」
「うん。食べるぞ」
「ほな、すぐに支度します」

そこに葵が「あのな!」と入ってくる

「雄一郎さん‥」 葵は悠の顔をちらっと見ると、ずんずんと入って来て雄一郎に言った
「あの、すぐに支度してください。」
「え?」
「雄一郎さん? うちの見たところでは黄疸やと思います。
 うちはずうっと看護婦してたんです。一目見たら肝臓の悪いことぐらいわかります。
 すぐ入院せんと、ほっといたら死んでしまいます」
「お姉ちゃん、それホンマか?」
「ウチは雄一郎さんの様子を見て、ぴーんときたんです。 肝臓いうのはこわいんです。
 前にも夏負けや夏負けや思うてはるうちに、秋になってもようならんと
 冬に死んでしまった患者はんもいはるんです」
「そんな! 驚かさんといて」
「肝臓やったら、食事にも気ぃつけんとあきません。今無理しはったら取り返しのつかへんことになるんです」
「あはっ。心配してくれるのは嬉しいですが、もう大丈夫です。
 悠、お姉さんに余計なことを頼むのはやめなさい」
「いいえ、うちは」
「悠は入院なんかさせとうないって言うてるんです。
 大事な仕事してはるのに、水さすようなことしとうない言うて‥。な、悠」そして悠に目配せをした
「はい!
 今入院してる暇なんてない言うて断ったんですけど‥
 勝手に病院行ってしまわはったんです」
「雄一郎さんの新聞記事、立派やと思いました。病気で倒れてしまはったら、誰があんなこと言えるんですか。
 これからもどんどんホンマのこと言うてもらわんと困ります。
 それには体が丈夫やないとあきません。
 雄一郎さん、ここはうちの顔を立てて、病院に行くだけ行ってください。
 表にリンタクも待たせてあるんです」

「‥‥そんな急に言われても、困るわ‥、なぁ雄一郎さん?」
「当たり前や。二~三日のうちに大事な原稿まとめんといかんのや」
「そうですか。ほなら京都の母や奈良のお母さんに言います。
 雄一郎さんが病気やいうのに、悠は病院に連れて行くこともせえへんって」
「そんなことしたら大騒動や」
「雄一郎さん、悠やうちに恥かかせとうなかったら、病院に行って下さい」
「ふっ。脅迫やな」

「‥‥」
「ようし。仕事を持って行ってもいいんなら、行きましょう」
「おおきに」と葵

着替えに奥の部屋に行く雄一郎

「葵姉ちゃん、おおきに」
「しんどかった」
ごめん と手を合わせる悠


「やっぱりな、病と借金は人に言わなあかんって言いましたやろ?」お初が来ていた。
「こういうときやっぱり頼りになるのは身内でっせ」
「うふふ」と笑う三人
「ありがとうございます」

「けどまぁ、悠の勘の悪いのにはあきれてしもうたわ。
 人が一生懸命芝居してんのに、本気で心配すんのやもん」
「けど、葵ねえちゃんみたいに、上手にできひんもん」
「打ち合わせしよう思うてんけどな、雄一郎さん起きてはったやないか。
 そんな時間なかってんもん」
「けどまぁ、大人しゅう入院してくれてホンマ良かった‥」
「けど、仕事山ほど抱えて行かはったんです。ウチが付いてますと言うのに帰れと本気で怒らはって
 きっと仕事しはるつもりです」
「大丈夫です。病院はな、9時で消灯や」
「はっはっは! ほいで先生はどない言うてはりますのや?」
「まだこれから検査せんとならんのどすけどね、2~3日内には結果が出ると思います」
「ふん」

「ただ、普通の過労やないいうことだけは確かみたいや」

「まぁ、今は、よう養生するのが一番や。な。せいぜい美味しいもん作って持ってってあげなはれ」
「けど、肝臓は食べるもんに気ぃつけんとあかんのです。なぁ、お姉ちゃん」
「肝臓悪いの?」と葵に聞くお初
「うち、そんなこと言うたか?」
「え? あれもお芝居やったん?」
「あんたなぁ、なんぼ看護婦や言うても人の顔色見ただけで肝臓が悪いなんてわかるもんとちがうのんえー」
「ほな、黄疸は?」
「黄疸が出たときは、もうあかん時やん」

「あかーん」とお初

「んもう。やっぱり葵姉ちゃんは女優さんやわ」
「そうや、女優さんや、さすがやでー」
「開きなおったら何でもできるもんです」
「そういうこっちゃ。男と世の中に気ぃ使わへんかったら怖いもんなしや。
 さあさあ、お祝い!入院のお祝いでっせ」とお初は妙な理屈をつけて、持ってきたお重を出した。

「うちの店の残りもんやけど、ちょっと中味見てちょうだい。ええもん入ってまっせ」
「いや~、美味しそう」
「お酒は、さらっ品です~」
「いきましょ!」と調子づく葵

「退院祝いはきいたことあるけど‥」と悠
「よろしいて、病院にさえ入ってくれたらもう治ったことも同じこっちゃがな。なぁ」とお初



病院では夜、雄一郎は大部屋のベッドで原稿を書いていた。


悠は、医師に結果を聞いていたが‥

「この3日間、いろいろと検査をしてみたんですがね。どこが悪いともはっきり言えないんですよ。
 ただね、白血球の数が標準の人の三倍以上ありましてね」
「‥?」
「体のどこかに異常があることは確かですね」
「‥‥ 先生、どこが悪いかわからへんのでしょうか」
「とりあえず、もう2~3日、様子を見ましょう」
「はい。よろしゅうお願いします」

病室に行ってみると、雄一郎は着替えていた
「雄一郎さん!」つい大声を出す悠
「薫は?」
「女将さんに預かってもろてますけど‥」
「ちょっと抜け出してもいいだろ」とこそっと言う雄一郎
「えー?」
枕の上にある原稿を見つけて、悠は「あんた!」とまた大声を出す
「入院さしてくれたおかげでゆっくりと心いくまで書けたよ‥」と、
その原稿を悠に見せる
「ずっと書いてはったんですか?」
「今朝、書きあがった。 すっきりした気分だ。もう退院してもいいんじゃないかな」
「うち、本気で怒ります」

「長い間胸の中につかえていたものを吐き出した感じだ。
 先生だって、どこも悪くないって言っただろ?」
「いいえ。全部悪いらしい 言うてはりました」
「もうその手には乗らないよ」
「え?」
「葵さんやお前が一生懸命芝居してるのを見て、悪いと思って入院したが、おかげでいい仕事ができた」
「‥ はぁ。葵姉ちゃんもたいした女優さんにはなれへんと思うわ‥」

「ま、そういうことだ」と雄一郎は言って荷造りをし始めたが
悠は「あきまへん」とカバンを取り返す‥

仕事の事しか頭にない雄一郎を悠は、もう引き止めることはできませんでした。
しかし雄一郎の体のどこかに異常があるという医者の言葉は忘れてはいませんでした 




(つづく)


『都の風』(110)

2008-02-12 12:58:04 | ★’07(本’86) 37『都の風』
脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。

雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰

葵   松原千明 :竹田家の長女
        (バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
桂   黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)

義二  大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那(専務)

忠七  渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)→部長

染屋  千葉保 竹田屋の取引先の染屋
医者  伝法三千雄 「水仙」に往診に来て雄一郎を診た医者

文子  三沢恵里 竹田屋の新しい従業員
従業員 井本寛一 竹田屋の新しい従業員
      堀田新五郎  竹田屋の新しい従業員


薫   大塚麗衣 :【子役】雄一郎・悠の長女(赤ちゃん)

      キャストプラン

お初   野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人(社長)、三姉妹の父(婿養子)


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★

悠は帰ると言い張る雄一郎を無理に寝かせ、医者の診察を受けさせたのです

「血圧もちょっと低いし、熱も少しある。ま、疲れがたまっているんでしょう」と医者
「時々めまいがする言うのは、どういうことなんでしょうか」と悠は訊いた
「ご心配なら、入院していろいろ調べはった方がよろしいですなぁ」
「とんでもなーい」と起き上がる雄一郎「入院なんかしてる暇ありませんよ」

「病人が口出ししなはんな」とお初
「先生、入院せな、あきませんのか?」
「安静にしておられるにこしたことありまへんからな。
 なんなら病院を紹介しましょうか」
「いや、結構です。どうもありがとうございました」と礼を言う雄一郎
「じゃ、‥ お大事に」

お初は医者を見送りに出て、悠は「寝ててください」と雄一郎を再度寝かせる
「‥‥ わかったよ」

悠も見送りに出て丁寧にお辞儀をした
「まぁー、もう。頼りないなぁ、ええコンビやときいたんやけどなぁ。
 なぁ、やっぱり一度ちゃんとした病院で診てもらったほうがええのんと違うかなぁ」
「はぁ、その方が安心なんですけど、雄一郎さん、絶対嫌やって言わはるんです」
「そんなもん、あんたこっちゃが段取りせんとあきまへんがな。
 病人がやで、自分で入院する言うたらあかん時でっせー」
「はぁ」
「ちょっと、葵姉さん、どうしてはるの? もう看護婦さんやめはったん?」
「命からがら京都帰って、それからー、」と指を折る悠
「何してんの」
「あれから、いろんなことやってるんです。 歌手になって」
「はぁ?」
「選挙事務所勤めて、今は新劇の女優になってます」
「女優さん!? わからんもんや~~。連絡つくんやったらな、こっちに来てもらいなはれ」
「葵姉ちゃんにですか?」
「そうやー。こういう時はちょっとでも伝手のある人にいてもらったほうがええのや」
「けど、葵姉ちゃんに言うたら京都にわかってしまうし。心配かけとうないんです」
「借金と病は隠したらあかんて言いましたやろ?
 心配さしとうないって誰にも言わへんかったら、なんぼでも手当てが遅れてしまいます。
 あんたかてはよ安心したいのやろ?」
「はい」
「思い立ったらはよ電話しや、はよ、はいはい」と促すお初だった


竹田屋の表には竹田市左衛門株式会社 とかかっていた。

机に書類などが並び、仕事をしている義二や新しい店員たち。
その奥で、市左衛門が今までのように、畳で、着物を広げて見ていた。

「こんな品のないんは、竹田屋には置かれまへんなぁ」と市左衛門
「旦那はん、それは私が注文をしたんです。これからはこういう柄が流行るんどすわ」と義二
「旦那はんやおへん、社長どす」

「柄はよろしいけど、色があんまり気に入りまへんな」と義二
「二本目からはもっと鮮やかな色のはずどしたな」

「そんな役者が着るような色、いったい誰が着ますねん 
「若いお嬢さんの婚礼のお色直しどすがな」
「ふーん、そんなもん着せはる親御さんの顔が見とうおすな」
「もうちゃんと私が注文受けたんどすから、ごちゃごちゃ言わんといておくれやす! 
「社長はワシや! 
「えーえーわかってます!
 それでもお義母さんが店のことは私の思うようにしてええと言うてくれましたし
 社長の判が必要な時はお願いしますし。 おとなしうそこに座ってておくれやす 

「これもういっぺんやり直してくれはるか」と指示する義二
「へぇ。けどウチではこれが精一杯だす」
「そうどすか、それやったらよそに回しまっせー」

「部長!」と呼ぶ義二の声に忠七が「へぇ」と返事をする
「秋の大阪のデパートに出す見本、どうなりましたんや」
「今、仕上にかかっているそうです」
「急がさんと間にあいまへんで!  え?」
「へぇ」

「忠七!」と今まで通りに呼ぶ市左衛門
「へぇ」
「やない、部長! 見本できたらワシに見せぇない。
 竹田屋の暖簾傷つくような柄は出さしません! 
「へぇ」


そこに電話

「もしもし。ハイ。竹田市左衛門株式会社でございます」
「『竹田屋』でよろしい!」と義二が言えば
「『竹田市左衛門』!」と市左衛門が怒鳴る。

「すんません。あ、いいえ、こっちのことどす。あ、大阪からどすか」
「ほら見てみなはれ、催促の電話がきましたがな」と義二がかわろうとする
「はいもしもしそうどすけど、ああ、悠お嬢さ~ん」

市左衛門がいそいそと電話の方に来る

「はい、ちょっと待っておくれやす。 あ、社長やのうて桂お嬢さん呼んでくれいうことですけど」

がっかりして戻る市左衛門

「桂姉ちゃんか? あんなぁ、葵姉ちゃんのいはるとこ知っとったら、連絡とってほしいねん」
「葵姉ちゃんに? ふーん。何か急用か?」
「着物貸して欲しい言うてはったし、取りにきてくれるようにって言ってくれはる?」
「わざわざそんなことで電話してきたんか?」
「ふん。他にちょっと用あるし、とにかく急いで来てくれるように言うてくれはる?」
「そやけど、なんやわけのわからんお芝居の稽古してはるし、言うだけは言うてみるけど?」
「おおきに。お父ちゃん元気か」
「うーん。元気え、毎日店に出て、義二さんとも仲良うやってはりますえ」

渋い顔をする二人

「ちょっとかわろうか?」 立ち上がる市左衛門だったが、悠は
「ううん、ええのや。また今度ゆっくり行くし。葵姉ちゃん頼むえ、ほなね。さいなら」と切った

「もしもし悠か、元気どすかいな、え? もしもし、もし‥。
 ちっ、切れてますがな」
「ひどいわぁ、せっかくお父ちゃん出てはんのに」と桂
「そんなに悠に会いたいんやったら大阪にいってきはったらよろしいのに。
 店は義二さんに任せといて」
「ワシは社長や。みんなのやることに目ぇ光らさんとあきまへんのや!」
「へぇ、そうですか。なら気ぃのすむようにしておくれやす」

桂はそう言って、義二の耳元で「負けたらあきまへんえ、ウチがついてます」と言った。


「桂、ばっか!」と顔をゆがめて悪態をつく市左衛門



日が落ちてから、雄一郎と悠、薫は帰って来た
「大丈夫ですか?」
「病人扱いするな。ビフテキ食べたら元気が出た 言うたやろ?」


悠が薫を寝かせると、雄一郎が「悠、荷造りしてくれ」と言う

「‥‥、なぁ雄一郎さん? 今度の出張だけはやめて下さい」
「いや、行く。俺の書いた記事が間違っていないことを証明するためにもな」
「笹原さんにひどいこと言われはったし ですか」
「今の国民の大半は、笹原さんと同じ気持ちなんだと思うよ。
 食っていくために働かなくてはいけない。
 だからこそどんなに反論されても、何を言われても正しいと思うこと、言いつづける人間が必要なんだ」
「けど、何にも体を壊してまであなたがせんでもええことでしょう」
「いや、そう言う考え方が一番卑怯なんだと思うよ。
 お前だって、俺がやりたいことをやっているのが一番好きだと言ってくれたじゃないか」
「私は、あなたの体が心配なだけです」

机をばん!とたたき「大丈夫やと言ってるやろう」と雄一郎
「体には気をつけるから‥ 心配するな‥」

「そんなさみしそうな顔するな。さみしかったらまた京都へ帰ってもいいんやぞ」
「いいえ。ごめんなさい。
 けど具合が悪うならはったら電報打って下さいね。すぐお迎えに行きますし。
 それだけは約束してください」
「わかった‥」



満開のひまわりの咲く中、悠はおむつを干していた

悠はお盆に帰って来いという京都からの誘いも断り、
ただ雄一郎が無事に帰ってくることだけを祈っていました。 


がらっと玄関の開く音がして、悠は嬉しそうに「もう帰ってきはった」と小走りに向かう
「なーんや、葵姉ちゃんか」
「なーんえ? その態度は‥。人、呼びつけておいて‥」
「堪忍。今、ウチは雄一郎さんのことしか頭にないのや」
「そんなん、今に始まったことやあらへんわ。ほなウチ、帰るな」と葵
「ちょっと、待って‥。あがって、よう来てくれはった、うちずっと待ってたんえ」
「それを最初に言うべきやと思うわ」
「すんません。さ、あがって」

薫をじーっと見、それから「なんや狭い家やなぁ」と葵
「どんなとこでも、親子三人いれたら御殿や」
「幸せなことで。お盆にも帰って来ぃへんし、お母ちゃん心配してはったえ」
「ええなぁ、京都は平和で」
「一見、そう見えるだけでな、お父ちゃんと義二さんの戦いはすごいえ。
 ううん、あれはな、お父ちゃんと桂の戦いやなー。
 桂も今は義二さんのことしか頭にあらへんみたいよ」
「ふーん‥、な、お姉ちゃん。
 中之島病院の先生で知ってはる人あったら紹介してほしんやけど」
「あっ! あんた、また赤ちゃんできたんか?」
「ううん、そんなんと違う。雄一郎さんをな、入院さしてほしいんや」
「入院って、何で? 雄一郎さんは?」
「広島に出張してはる‥」
「出張してはる人がなんで入院しぃんならんの」
「ちょっと休ましてあげんとあかんねん、なんやこの前から具合悪そうやし、
 お医者さんはな、夏負けや言わはるんやけど、何やちょっと違うような気がすんねん」
「悠の旦那さん思いはようわかるけどなぁ、
 仕事に燃えてはる人に、水さすような奥さんにだけは、なったらあかんえ」
「けどな」
「あんたから聞いてたしな、雄一郎さんの書かはった新聞記事、読んだんや。
 ホンマに勇気のある人や、思うたわー。
 劇団の仲間も同じ思いえ。戦争に巻き込まれる恐怖に対して、一人一人が勇気を持って戦うべきや。
 うん。
 ウチらはな、そういうこと、芝居で民衆に訴えようとしてんねん。
 やっとやる気になった人休ませるやなんて、悠らしないなぁ」

そこに雄一郎がふらふらっと帰って来た

「あんた。大丈夫ですか? 立てますか? つかまって」

葵も、悠の言うことが大げさではないと感じたようだ


(つづく)



約束の旅

★『都の風』第19週(109)

2008-02-11 12:57:43 | ★’07(本’86) 37『都の風』
★『都の風』 第19週(109)

脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子

題字:坂野雄一
考証:伊勢戸佐一郎
衣裳考証:安田守男

   出 演

悠   加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。

雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰

お常  高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母

喜一  桂 小文枝:雄一郎の父

笹原  原 哲男 :雄一郎の住む長屋の部屋の元住人、「水仙」に夫婦で引越す

薫   大塚麗衣  【子役】雄一郎・悠の長女(赤ちゃん)

      アクタープロ

お初   野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた





制作 八木雅次

美術 田坂光善
効果 村中向陽
技術 宮武良和
照明 綿本定雄
撮影 八木 悟
音声 田中正広

演出 小松 隆      NHK大阪


・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★ 

朝靄の中を、少年が長屋に新聞を配達をしている

昭和25年8月、
5度目の終戦記念日を前にして、雄一郎は、朝鮮戦争によって日本の経済が上向きになっていくことより
日本が再び戦火に巻き込まれてしまう恐れと不安を、体の不調と戦いながら全力で書き上げたのです。


終戦記念日を前にして の小見出しの記事を読む悠

「戦争を放棄した日本が隣国の不幸によって経済的に立ち直り、
 あの戦争の苦しみに対して不感症になってしまうこと、
 そしてやがては再びあの苦しみの中に、民衆自身が巻き込まれてしまう恐怖に対して
 1人1人が勇気をもって立ち向かうべき時ではないだろうか。
 あの広島を忘れてはならない。再び繰返してはならないのである」

「やっぱり私の旦那さんはすごい!」

雄一郎がおきてくる

「あ、起こしてしもた?」
「当たり前や。そばであんな大声出されたら、薫も起きる。夢も覚めるよ」
「どんな夢見てはったんですか」
「内緒や」
「うーん、いけずぅ。教えてくれはらへんと、これ見せてあげません」
悠は雄一郎が手にとった新聞を、とりあげた。

「どや」
「うちはホンマに立派な旦那さん持ってよかった」
「新聞記者になって、初めて思ったこと書いた。終戦前の日本じゃ考えられないことだ」
「(うん)」悠は「あ!」と手を打って
「せや。女将さんのとこ行って、ぶ厚いビフテキ、食べさしてもらいまひょ」
「あはっはっは。俺はいいよ」
「食欲ないんですか? 寝てんとあきません」

「いや、そうもしてられない」と雄一郎は着替え始める

「世の中はお前のように、俺の言うことなら何でも聞いてくれる人たちばかりじゃない。
 特需で儲けている人たちは、この記事に反対するだろう。
 儲けて何が悪いと、こんな記事目にもとめない人たちに、戦争の悲惨さを体験した日本人として
 今、何をしなければいけないか、考えてももらわなければいけないんだ。
 戦いはこれからなんだよ」
「それは、ようわかりました。 せやし今度は私の言うことも聞いてください」
「ああ。お前の言うことなら何でも聞いてやるよ」
「出社しはる前に、いっぺん、お医者さんに行って下さい。
 食欲はないし、時々めまいは起こしはるし」
「夏バテだよ。ちょっとはりきり過ぎた。それにお前が大阪に押しかけてきたからな」
「私がねき(そば)にいること、そんなに迷惑ですか」
「そんな筈がないだろ?」
「お前や薫がそばにいてくれて、どんなに気が休まったかわからない」
「うちは、親子三人だけの生活がこんなに楽しいものとは思わへんかった。
 奈良のお義母さんには悪いけど‥。 これであんたが元気やったら、うちはもう何にも言うことありません」
「せっかくそう思って下さるのに悪いんですがね、明日からしばらく親子2人になる。
 広島に主張だ。来週の終戦記念日の取材に行く」
「それやったらお願いです、いっぺんでいいんです、あたしのためにお医者さん行って下さい。
 診察してもらえへんのやったら、うちも一緒に広島に行きます」
「お前は一度言い出したら、ホンマにやりかねんからなぁ‥。 ハイハイ、必ず行きますよ」
「おおきに。ほな、すぐにご飯の支度します 


吉野屋

新聞を読んでいる喜一。
お茶を持ってきたお常が「雄一郎もやっと一人前のことが言えるようになりましたんやなぁ」
「やっぱり、わしと違うわ。嫁さんが優しいと、男もやる気になりまんねんなぁ」
にらむお常。 喜一は新聞に隠れる
「そうですか。私も悠みたいに、旦さんのことだけを考えんといかんかったんですな」
「そんなことしたらここの旅館、潰れてしもうてますがな。
 あんたが一生懸命頑張ってくなったさかいに、今まで生きてこられた」
にこっとするお常



悠に見送られて雄一郎は出社する。

「今日は早う帰って来てくださいね。おいしいもん食べてよう休まんとあかんのです」
「よし、それなら今晩はお初さんのところで、ビフテキ食わしてもらおう」
「ホンマですか」
「お初さんのこと思い出したら、急に元気になった」
「いや~、良かった 
 ほな、お昼休みに行きましょ、その方が女将さんも暇や言うてはりましたし。
 ボンボンはまだ挨拶にも来ぃひんって怒ってはりましたえ」
「えー。お前のお母ちゃんは思い出したらすぐだから困るんやな」

抱っこした薫に話し掛ける雄一郎

「さ、薫、おいで」

「じゃあな」
「おはようお帰りやす。お昼ですよ、忘れたらあきまへんえ」
「わかったよ」



お昼の水仙

「わー、よう来てくれたな。さ、どうぞどうそ。遠慮せんと入ってんか」
「うわー、すごいな、さすがおたふくの女将さんだ」
「ははは!」
「この部屋だけがな、わてのもんや。あとは全部借金」
「へ~」
「ささささ、座ってんか」と座布団を出すお初

「いや~、ボンボンが悠の赤ん坊抱いてるやなんて、夢みたいやな 
お初は精二の写真のある仏壇を見て
「精さんに、一目見せてやりたかった‥。
 ボンボンが悠のこと、好きやって一番最初に見抜いたの、精さんやった。
 そーんなとこに突っ立ってんと、こっち座って、な」

2人は、精二の仏壇に手を合わせた

「似合いの夫婦になるやろな 言うてな、2人で雑炊売りながらいっつも話してましたんや。
 何にもない時やったけど、一番楽しい時やった。
 わてはな、済んだ事はくよくよせんタチやけどな、空襲の日だけは忘れられん。 
 わてもこんな1人ぼっちになるんやったら、精さんとの子、産んどいたら良かったなー」

お初は、薫の手をあやしながら言った。

「今となってはもうどうしようもないけどな。 ボンボン?
 ちょっと、あんた一回り小っちゃくなったんと違うかなぁ? こっち向いてみぃ?」

「そうですかね?」
「うーん、やっぱり‥痩せたんと違うかなぁ」
「女将さんもそう思わはりますやろ?
 けど夏バテやって言わはって、お医者さんにも行ってくれはらへんのです」
「うるさい女房と子どもに、身を削られてるんですよ」
「あは! いっちょ前のことを言うようになってからに。
 せやけどな、病と借金は人に隠すな 言うてな、
 ほんなもん隠してたら、手当てが遅くなってしまいます。
 わてを見なはれ、誰かれかまわず借金してるー借金してるー って言いまくってまんねん。
 誰かが助けてくれはるかもしれん、‥‥ 全然、あかんけどな」
「うふふ」「あはは」

「女将さん」「はい」
「今日は特大のビフテキ、食べさしてくださいよ」
「あほな、高い高いそんなもん、会社のツケで食べられるようになったらおいで」

「今日の新聞は? どこにあるんですか」と悠
「新聞? 台所やと思うけど、何でや」
「昔、雄一郎さんの書いた記事が新聞に載ったら、ビフテキ食べさしてあげるって約束しはりましたやろ」
「え゛ーっ。そんな約束しました?」
「ああ」
「この2人にかかったら、お初さんも、かたなしや。よーっしゃ特大奢りまひょな」

「お良っさん、お良さ~~ん、今日の新聞、もって来て~」

「まず読んで見てくださいね。ますます好きになってしまうような記事書かはったんですから」
「ようよう。わての前であんまりのろけんといて。1人身には、毒やでー。
 わてはなぁ、もう男に惚れるのはやめました。精さんほどの男はおらんよってな」
「(うんうん)」と頷く雄一郎

新聞を持ってきたのは笹原だった。「すんません、女房のヤツ、用足しに行ってまして」
お初は新聞を読み始めた

「笹原さーん」
「あ、奥さん。その節はいろいろとお世話になりまして‥‥」と頭を下げる笹原
「元気そうにならはって。良かったですねぇ」
「おかげさんで女将さんの紹介で鉄工所で働かしてもらいまして、その上住むとこまでお世話してもろうて」
「そんなん、困った時はお互い様や」


「それより、どこや、どこに書いてあんの」
「えーと、ここ、ここですね」
「いやー、難しい字で、漢字ばっかりやでー。へー、まぁけど立派なもんやがな。
 ちょっと、笹原はん、ちょっとこれ読んで見て」
「それなら、今 読みましたけど」
「どやったた」
「なんや、腹立って来ましてなぁ」
「何でですか?」 と悠
「今、食うに困ってへん奴が書いたんやと思ったらねぇ」
「そんな、あんた」とお初

「じゃぁ、笹原さんは、今の景気を素直に喜べるんですか」
「食料や仕事がのうて、栄養失調で死にそうやったことを思うと、仕事があるだけでもありがたいことですわ」
「その仕事が隣の国の人たちの犠牲の上でもですか‥」
「仕事がのうなったら、どないして食うていきます。
 誰が女房・子ども面倒見てくれまんねん。
 この記事書いたやつかてそうですわ。どうせ今の景気のおかげでぬくぬくと暮らしてんのと違いまっか。
 そいつが何をぬかすと思うたら、腹立ってきて、書いたヤツいっぺんどついてやりたいぐらいですわ」

「‥‥」 雄一郎を横目で見る悠

「書いたのは僕です」と雄一郎
「‥ まぁ、そんなとこでっしゃろな。 インテリの自己満足というやつですわ」
「主人は自分のために書いたんと違います」
「悠、お前は黙ってなさい」
「笹原さん、私は主人がこれをどんな思いで書いたかよう知ってます。
 今は隣の国の戦争でも、いつ世界中の戦争になるかわからしません。
 生活することは大事です。でもそうなる前に、1人1人が考えんといかんと言ってるんです」
「考えてメシが食えるんやったら、なんぼでも考えまっせ」
「それは言い逃れです!」

「もうやめなはれ」とお初

「難しいことはようわからんけどな、あんな戦争だけはもうごめんやで」
「女将さん、女将さんかて、戦争で儲けてることになりまんのやで」
「何やて?」
「このお店に来はる人かてね、みーんな、戦争で儲けている人ばっかりと違いまんのんか。
 今何か金儲けをするということは、どっかで戦争に加担してるということになりまんのや。
 そやから、そんな恐ろしいことはやめろ、この男は言うてまんねんねや」

「残念ながらその通りです。
 しかし私が言いたいのは、個人個人の生活が豊かになることで、
 知らず知らずに、人間の本来のあり方を見失ってしまうことを、一人一人に気づいてほしいということです」
「人間のあり方? あほらしいわ。
 なんぼあんたがこんな記事書いたかて、世の中、何にもかわらしまへんで。
 腹が減ってる時に目の前に食いもんがあったら、飛びつきます。
 それを知ってて食いもんぶら下げる人もいてまんねん。
 そんな人に何を言うたかて、聞く耳をおまへんわ。
 まぁ、あんたにはいろいろお世話になって、えらそうに言えた義理ではないけど、えらいすんません」

そう言って笹原は部屋から出て行った

「笹原さん」雄一郎は後を追おうとして立ち上がり、倒れかけた。


「あんた、あんた!」 悠がかすれた声で呼びかける
「ボンボン、ボンボン」
「あんた!」 悠に抱っこされた薫も、お父ちゃんのことを心配そうに見ている‥‥



(つづく)