脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、大阪の「おたふく」で住み込み働き始める
葵 松原千明 :竹田家の長女(大阪の次男坊のところに嫁入り)
智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。沢木雅子の兄、帝大医学部の学生
精二 江藤 潤 :「おたふく」の従業員・板場さん(お初の若いツバメ)
雅子 山本博美 :悠の同級生
悦子 雅 薇 :「おたふく」の従業員
坂井 河野 実 :「毎朝新聞」の文芸部記者、雄一郎の同僚
アクタープロ
松竹芸能
雄一郎 村上弘明 : 毎朝新聞の文芸部記者(姓はヨシノ)、「おたふく」の常連
お初 野川由美子 :大衆食堂「おたふく」の女将。市左衛門の遠縁
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
臨時休業中のおたふく。朝ご飯である
「(休業中)2人とも行きたい所あったら、行ってもかまへんで」
顔を見合わせて、やった!という表情をする悠と悦子。
「女将さん、うち、ちょっと田舎帰らしてもらってもよろしいやろか」と悦子
「ええよ、店あけるまでに戻ってきたらよろし。 悠、あんたどないする?」
「スケッチでもします」
「ヨシノさんと行ったらええのや‥」からかうように悦子が言った。
家を出た葵は、智太郎に会いに行っていた。
「悠、今、大阪で働いています。ご存知ですね。何で会いにいかはらない?
口では、忘れたって言ってますけど、待ってます。
あなたが居所を知っていることも、知ってます。
毎日、待ってると思います」
「何度か会いに行こうと思いました。会って、今の僕に何ができるというのですか。
男が女の人に好きだと言える時は、その人の一生に責任をもてる時だと僕は思います。
お姉さんならわかっていただけるでしょう。
僕の友人たちもどんどん入営していきます。
お先まっくらの世の中で、僕たちの歳でお国のために尽くせるのは
軍隊に入るしかないのです。
こんな時代に、愛する人に責任などもてますか‥」
「‥私の主人も出征しました。何の責任も取らんと。
女は責任なってとってもらわんでもええんです、ただ愛して欲しいだけなんです。
幸せにできひんからと、逃げてる方が不幸です。
こんな時代だからこそ、人を愛するのが大事なと違います?
悠に会うてやってください。
私、自分にも言ってるんです。これから大阪の病院に勤めるんです。
看護婦になるんです。
男の人に愛されない女は一人で生きる道を選ばんと、しょうがないのです。
うちは好きになれなかったから仕方ないけど、悠は違います。
明るうてかわいい妹です、そこがいじらしいんです‥」
悠は、お初に言った通り、大阪城のお堀近くのいつもの場所でスケッチブックを持ち、
うとうとしていた。
雄一郎が通りかかり、「毛虫だ!」と草で脅かす
「いっつも夢をこわすんだから!」
「初恋の人なんて、忘れなさい」
「はい、もう忘れました」
「のんびりした君をみせてもらえんだから、取り締まりもいいもんだ。
お昼は(おたふくで)食べさせてもらったが、
いちゃいちゃした二人を見て 食った気がしないよ。
そうだ、うどん食べに行こう! 美術館か図書館も案内する」
「あーあ、やっと勉強せんでええと思うたのに」とふくれる悠
「人間は一生勉強だよ。奈良に連れて行けないのが残念だが」
そして、更科うどん をごちそうになる悠
ヨシノ雄一郎と美術館へ行くつもりでいた悠だったが
お初に「明日は買出しにいくから留守番を」と頼まれる。
「うちも行きましょか?」と悠は申し出るが
「じゃませんといてくれるか」とかわされる。
「はーい」
「何も知らんと来たお客さんに説明せんんと悪いし」と、お初は言ってから
「精さんな、あれでええとこあんねんで」と、のろける
翌日、悠は母のもたせてくれたもんぺをはいて留守番をし、
店で 『海行かば』(うみゆかば)をうたう。
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 草生(くさむ)す屍
「かば かぁ。かばってあだ名の先生の前でこれ歌って、笑い出したっけ」
歌いながら軍隊の行進の真似をしてしたが、悠は泣き出してしまう。
智太郎は、東京に帰る日だった。
雅子に「会いに行かないの? 会ってあげて」と言われて玄関を出る。
「おたふく」には、雄一郎が迎えにきた時、悠の持っていた箒が見事に命中した。
「堪忍!」
悠のモンペ姿を見て
「何だ? その格好。そんな格好じゃ美術館に連れて行けないぞ」
今日は留守番しないといけないといけなくなった と説明する悠。
「うち、生まれて初めてなんです。たった一人で家にいたの‥
それで心細うて、歌を歌うたり、体操したり、テニスの真似してみたり。
じっとしてられへんかった。堪忍」
(あっら~、やっぱりお嬢さまなのねぇ)
「それでさみしくて泣いてたんだろう」
「違います!」
「君は、家へは帰らないつもりなのか? こんなところで一生を送るつもりか?
ここが悪いわけじゃない」
「好きな人ができたら結婚します」
「初恋の人はいいのか?」
「いいんです」
悠は、お昼ご飯を作ると言い、雄一郎に出す。
そこにガラガラーっと、扉が開く音。
「すんまへん、今日、お休み」と、扉に顔を向けた悠は驚く。
智太郎 が立っていた。
(つづく)
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女、大阪の「おたふく」で住み込み働き始める
葵 松原千明 :竹田家の長女(大阪の次男坊のところに嫁入り)
智太郎 柳葉敏郎 :悠の初恋の人。沢木雅子の兄、帝大医学部の学生
精二 江藤 潤 :「おたふく」の従業員・板場さん(お初の若いツバメ)
雅子 山本博美 :悠の同級生
悦子 雅 薇 :「おたふく」の従業員
坂井 河野 実 :「毎朝新聞」の文芸部記者、雄一郎の同僚
アクタープロ
松竹芸能
雄一郎 村上弘明 : 毎朝新聞の文芸部記者(姓はヨシノ)、「おたふく」の常連
お初 野川由美子 :大衆食堂「おたふく」の女将。市左衛門の遠縁
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
臨時休業中のおたふく。朝ご飯である
「(休業中)2人とも行きたい所あったら、行ってもかまへんで」
顔を見合わせて、やった!という表情をする悠と悦子。
「女将さん、うち、ちょっと田舎帰らしてもらってもよろしいやろか」と悦子
「ええよ、店あけるまでに戻ってきたらよろし。 悠、あんたどないする?」
「スケッチでもします」
「ヨシノさんと行ったらええのや‥」からかうように悦子が言った。
家を出た葵は、智太郎に会いに行っていた。
「悠、今、大阪で働いています。ご存知ですね。何で会いにいかはらない?
口では、忘れたって言ってますけど、待ってます。
あなたが居所を知っていることも、知ってます。
毎日、待ってると思います」
「何度か会いに行こうと思いました。会って、今の僕に何ができるというのですか。
男が女の人に好きだと言える時は、その人の一生に責任をもてる時だと僕は思います。
お姉さんならわかっていただけるでしょう。
僕の友人たちもどんどん入営していきます。
お先まっくらの世の中で、僕たちの歳でお国のために尽くせるのは
軍隊に入るしかないのです。
こんな時代に、愛する人に責任などもてますか‥」
「‥私の主人も出征しました。何の責任も取らんと。
女は責任なってとってもらわんでもええんです、ただ愛して欲しいだけなんです。
幸せにできひんからと、逃げてる方が不幸です。
こんな時代だからこそ、人を愛するのが大事なと違います?
悠に会うてやってください。
私、自分にも言ってるんです。これから大阪の病院に勤めるんです。
看護婦になるんです。
男の人に愛されない女は一人で生きる道を選ばんと、しょうがないのです。
うちは好きになれなかったから仕方ないけど、悠は違います。
明るうてかわいい妹です、そこがいじらしいんです‥」
悠は、お初に言った通り、大阪城のお堀近くのいつもの場所でスケッチブックを持ち、
うとうとしていた。
雄一郎が通りかかり、「毛虫だ!」と草で脅かす
「いっつも夢をこわすんだから!」
「初恋の人なんて、忘れなさい」
「はい、もう忘れました」
「のんびりした君をみせてもらえんだから、取り締まりもいいもんだ。
お昼は(おたふくで)食べさせてもらったが、
いちゃいちゃした二人を見て 食った気がしないよ。
そうだ、うどん食べに行こう! 美術館か図書館も案内する」
「あーあ、やっと勉強せんでええと思うたのに」とふくれる悠
「人間は一生勉強だよ。奈良に連れて行けないのが残念だが」
そして、更科うどん をごちそうになる悠
ヨシノ雄一郎と美術館へ行くつもりでいた悠だったが
お初に「明日は買出しにいくから留守番を」と頼まれる。
「うちも行きましょか?」と悠は申し出るが
「じゃませんといてくれるか」とかわされる。
「はーい」
「何も知らんと来たお客さんに説明せんんと悪いし」と、お初は言ってから
「精さんな、あれでええとこあんねんで」と、のろける
翌日、悠は母のもたせてくれたもんぺをはいて留守番をし、
店で 『海行かば』(うみゆかば)をうたう。
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば 草生(くさむ)す屍
「かば かぁ。かばってあだ名の先生の前でこれ歌って、笑い出したっけ」
歌いながら軍隊の行進の真似をしてしたが、悠は泣き出してしまう。
智太郎は、東京に帰る日だった。
雅子に「会いに行かないの? 会ってあげて」と言われて玄関を出る。
「おたふく」には、雄一郎が迎えにきた時、悠の持っていた箒が見事に命中した。
「堪忍!」
悠のモンペ姿を見て
「何だ? その格好。そんな格好じゃ美術館に連れて行けないぞ」
今日は留守番しないといけないといけなくなった と説明する悠。
「うち、生まれて初めてなんです。たった一人で家にいたの‥
それで心細うて、歌を歌うたり、体操したり、テニスの真似してみたり。
じっとしてられへんかった。堪忍」
(あっら~、やっぱりお嬢さまなのねぇ)
「それでさみしくて泣いてたんだろう」
「違います!」
「君は、家へは帰らないつもりなのか? こんなところで一生を送るつもりか?
ここが悪いわけじゃない」
「好きな人ができたら結婚します」
「初恋の人はいいのか?」
「いいんです」
悠は、お昼ご飯を作ると言い、雄一郎に出す。
そこにガラガラーっと、扉が開く音。
「すんまへん、今日、お休み」と、扉に顔を向けた悠は驚く。
智太郎 が立っていた。
(つづく)