「ああっ!もうっ!ルーディってば人の顔見るなり、まないた、まないたって・・・!人が気にしていることをっ!」
王宮からベルンハルト公爵家別邸に戻る馬車の中、ミレーユの怒りは一向に治まらなかった。
同乗するリヒャルトは、彼女の怒りが治まるのを見守るしかない。
いつものようにフレッドの身代わりとなって王宮に登城したミレーユだったが、帰り際にルーディと偶然遭遇してしまった結果、これまたいつものように「まないた!」「オカマ!」発言からから始まる、『胸論争』の火蓋が切って落とされてしまったのだった。
大抵最後はケンカ別れする形で終わるのだが、帰りの道中ミレーユの怒りが治まる気配はなかった。
「さすがに、まないたよりはあるわよねっ!?ねえ、リヒャルト!?」
「・・・はあ」
力強くミレーユに同意を求められるが、デリケートな問題の様な気がしてリヒャルトは強くは頷けない。
「何よ、その曖昧な相槌は!・・・ハッ!もしかして、まないたと同じだと思ってる!?」
リヒャルトの、何処か答えにくそうな感じを誤解したミレーユは、思わず自分の胸を見下ろす。
フレッドの服を着ているので体の線が分かりにくい。
とはいっても、ドレスを着た所で自分の胸が出ているのを見たことはないのだが・・・。
「ち、違いますよ!そんな風には思ってません!」
慌てて否定するが、もう彼女の耳には届いていない様だった。
そして、何かを考えている様子のミレーユを心配して、リヒャルトはもう一度声を掛ける。
「ミレーユ・・・?」
「・・・そうよね。まないたよりあったからって、それじゃ意味ないのよね。比べる基準が低すぎるわ。・・・女として魅力がなさすぎよね。っていうか、下手したら女のあたしより白百合のヤツ等の方が胸があるんじゃ・・・」
彼等の場合は胸ではなく胸囲なのだが、暴走するミレーユの思考は止まらない。
「・・・嘘っ!あたし、男より胸がない女ってことが決定なのっ!?セオラスにも負けてるってこと!?どうしようっ・・・!大亀の甲羅も効かなかったし、他に何か対策は・・・!」
「どんなあなたでも俺は好きですよ」
さらりと爽やかなリヒャルトの声がミレーユの思考を遮った。
ぽかんとしてリヒャルトを見ると、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべ言を継いだ。
「その・・・どちらでも、あなたがあなたなのは変わらないから。そのままのあなたが好きですから、ルーディの言うことはあまり気にしなくて良いと思いますよ。それに、セオラスや他の白百合の連中と比べるのは、ちょっと・・・というか、かなり違うと思いますので」
リヒャルトの天然発言で、混乱していたミレーユの頭は一気に冷める。
「・・・ミレーユ?」
大人しくなったミレーユを心配したリヒャルトが、顔を覗き込んでくる。
整った顔を急に女の子の顔に近付けるという、再びの天然行動に驚いたミレーユは慌てて口を開いた。
「・・・だからっ!そういう天然はやめてって言ってるでしょっ!?」
人差し指をリヒャルトに向けて、ビシリと言い放つ。
突然、怒られたリヒャルトは訳が分からない。
「・・・すみません」
何が天然なのか自分では分からないのだが、ミレーユが自分に怒っていることは明白なので大人しく謝る。
「もうっ!本当にやめてよね!そんな格好良い顔で急に顔を近付けたりとか・・・好き、とか言うの!他の女の子にそんなことをしたら誤解されちゃうわよ!あっ、あたしは別に、誤解はしてないけどねっ!?」
他の女の子にはしないのだが・・・。
冷静な思考が一瞬リヒャルトの頭をよぎる。
リヒャルトは思い出した様に荷物から一包みのお菓子を取り出すと、怒っているミレーユの口に放り込んだ。
「・・・・・・っ!?・・・美味しい~」
途端にミレーユの顔がほころび、極上の笑みを見せる。
今にもお菓子ごととろけてしまいそうだ。
この顔を見るのが好きだった。
知らずにリヒャルトの顔にも笑みが浮かぶ。
暫く味わっていたミレーユだったが、十分咀嚼してから飲み込むと、ゴホンと咳払いをしてリヒャルトを見やった。
「・・・もういいわ。あたしもつい怒って悪かったわ。・・・なんかリヒャルトに餌付けされてる感じもするけど」
先程迄怒っていた筈なのに、お菓子一つで忘れてしまう自分が少し情けなくてボソリと呟いてみた。
お菓子に罪はないのだ。
それに対して、リヒャルトは何故か嬉しそうに答える。
「いえ。怒らせてしまったのは俺の方ですし。お詫びというか。あなたにお菓子を食べさせるのが本当に楽しいんですよ。凄く美味しそうに食べるあなたを見ていると、俺もあなたを食べたくなってしまうというか」
「・・・・・・はっ?」
今、物凄い爆弾発言を聞いた様な気がしたのだが・・・。
リヒャルトの顔を見つめると、嬉しそうに微笑んでいるだけで他意はなさそうに見える。
・・・いつもの天然発言だ。
「~~~っ!だから、それが天然だって言うのよーーーっ!」
「えっ?・・・すみません。あっ、良かったらお菓子を・・・」
「いらないわよっ!」
二回目になると、どうやら魔法のお菓子も効かないらしい。
そうしている内に、馬車はいつの間にか公爵別邸の玄関に到着していた。
「・・・ミレーユ。到着しましたよ」
リヒャルトが気遣いながら声を掛けるが、ミレーユはそっぽを向いて無視を決め込む。
このまま馬車に乗っている訳にもいかない。
リヒャルトは軽く息を吐きながら、どうすれば彼女の機嫌が直るかを考えた。
「ミレーユ。すみませんでした。・・・どうすれば許して貰えますか?」
「・・・・・・」
「俺が悪かったです。本当に謝りますから。・・・許してもらえませんか?」
ひたすら平謝る彼の声を聞いて、ミレーユは何だか自分が悪く思えてきた。
ここ迄、意地を張ることもないのかもしれない。
自分では気が付かないから、天然と呼ぶのだから。
「・・・おんぶ」
「・・・は?」
ようやく口を開いてくれたミレーユから理解不能な単語が出たことで、リヒャルトは問い返した。
「だから、おんぶしてちょうだい!罰として、あたしの部屋までよ!・・・そうしたら許してあげる」
一気にまくしたてる。
リヒャルトは一瞬訳が分からないという様な表情を見せたが、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「分かりました」
そう告げると馬車の扉を開いて先に降り、ミレーユに背中を見せて少し屈んだ。
「・・・どうぞ」
その姿を見ると、ミレーユは一気に羞恥心が湧いてきた。
(あ、あたし、もしかして、物凄く恥ずかしいことをしようとしてるっ!?)
「・・・ミレーユ?」
中々馬車から降りようとしないミレーユを心配したリヒャルトが、顔だけをこちらに向ける。
(・・・っ!こうなったら勢いよっ!これはリヒャルトへの罰なんだから、恥ずかしがることないのよねっ!)
自らを奮い立たせるように鼻息も荒く、ミレーユは椅子から立ち上がった。
そして、リヒャルトの背にそっと体重を預ける。
すぐにリヒャルトはミレーユの両足を支えると、
「・・・立ちますよ」
優しく告げて、すくっと立ち上がった。
「・・・うわっ!高ーい!」
リヒャルトの背から見える景色に、ミレーユは思わず感嘆の声を上げる。
「えっ?」
突然、背中から聞こえたミレーユの声に驚き、リヒャルトは彼女の顔を見ようと横を向く。
「やっぱり、リヒャルトって背が高いだけあって見晴らしが良いのね!いいな~!いつもこんな景色を見ているのね!」
長身のリヒャルトの背に背負われたミレーユの視界はいつもより高く、同じ景色でも違う視点が新鮮だった。
「同じ景色なんだから、そんなに変わらないでしょう」
優しく笑いながら、リヒャルトは片足を踏み出す。
「ううん!全然、違うわよ!何て言うの?・・・空に近付いた感じ!」
空を仰ぎ見ながらミレーユは楽しそうに笑う。
「・・・そんなこと、考えたことなかったな」
歩を止めると、リヒャルトも同じく空を見上げる。
いつもより空の青が眩しく感じた。
「え~。勿体ないわよ」
ミレーユの感性にはいつも驚かされる。
自分では気付かない大切な物を、彼女はいつも教えて差し出してくれる。
・・・だから惹かれるのか。
「・・・ミレーユ。ちゃんと掴まっていて下さい」
リヒャルトの肩に置かれていただけのミレーユの手を心配し、優しく注意する。
「はーい」
空を仰ぎ見ていたミレーユは前を向くと、自分の両腕をリヒャルトの首の前に回し、しっかりと握った。
先刻よりミレーユの存在を背中で感じられる。
再び邸内へと歩き始めたリヒャルトだったが、
「・・・・・・っ!」
ハッと何かに気付いた様に歩みが止まる。
急に立ち止まったリヒャルトを不思議に思い、ミレーユはリヒャルトの顔を覗き込もうと、更に前のめりの体勢となる。
「・・・・・・っっ!!」
益々リヒャルトの動きが固まった様に思える。
硬直している様にも見える。
「どうしたの?リヒャルト?大丈夫?」
心配そうにミレーユが声を掛けてくる。
「・・・・・・」
そんなミレーユの声も聞こえないかのように、リヒャルトは一点を見つめて立ち止まっている。
リヒャルトが見つめる先に何かあるのかと思いミレーユも視線を向けるが、玄関から続く廊下には特に気になる人物や物は見受けられなかった。
リヒャルトが立ち止まる理由で他に考えられることといえば、彼自身が理由だろうか?
「・・・リヒャルト?・・・まさか、何処か痛めたの?」
自分をおぶった事で、もしや足とかを痛めてしまったのだろうか。
「ねえ、大丈夫?えっ・・・まさか、あたしってそんなに重いっ!?」
自分の体重の所為で怪我を負わせてしまったとは、乙女として考えたくないのだが・・・。
「・・・すみませんでした。何でもありません」
ようやく覚醒した様に口を開いたリヒャルトが、何事もなかった様に歩き始める。
ゆっくりだが確かな足取りだ。
何処か痛めている様には見えなかった。
「・・・本当に?・・・あの、おんぶはもう、ここ迄でいいわよ」
申し訳なくなってミレーユはおんぶの辞退を申し出る。
「・・・えっ?どうしてですか?あなたの部屋迄送り届けますよ」
こちらを見ずにリヒャルトは淡々と告げる。
・・・怒っている様にも見えないのだが。
「だって・・・重いでしょう?」
思い付く原因をミレーユは恥ずかしそうに聞いてみる。
「え?全然そんなことはありませんよ。むしろ羽の様に軽いですよ」
リヒャルトは、ミレーユが口にした言葉があり得ないと言った感じで一笑した。
・・・いや、「羽の様に」は言いすぎでしょう。
いくら何でも、そこ迄軽いとは自分でも思っていない。
「・・・どうしたの?あなた、何か変よ?」
いつものリヒャルトとは違う感じがして、ミレーユはつい聞いていた。
「・・・おんぶは俺だけにしておいて下さい」
「・・・え?」
予想していなかったリヒャルトの言葉に、ミレーユは一瞬付いていけなかった。
「もしくは、フレッドかエドゥアルト様だけにお願いします。白百合の連中やヴィルフリート殿下、ましてやジークには絶対に頼まないで下さい」
訳が分からなかった。
リヒャルトはどうしてこんなことを言うのだろう?
「ミレーユ?」
黙ってしまったミレーユにリヒャルトは声を掛ける。
考え耽っていたミレーユはリヒャルトの声に、ハッとして我に帰る。
「・・・ええっと。・・・おんぶはリヒャルトか、フレッドとパパね。・・・って、フレッドはあたしと体形が似ているから、何となく頼むのも気が引けるし。パパは・・・何でか頼む気がしないわ。白百合騎士団に頼むのも・・・あの筋肉だけは密着したくないわね。ヴィルフリート殿下に頼むなんて、恐れ多いから出来ないし。・・・ジークも天地が引っくり返ってもあり得ないわ」
リヒャルトの言いたいことが良く分らなかったが、とりあえず彼が挙げた人物を一人一人確認する。
そうなると結論は・・・。
「・・・えっと。リヒャルトしか頼む人がいないわ」
申し訳なさそうに告げる。
それを聞くとリヒャルトは、優しく笑った様な気がした。
「それでいいです。じゃあ、俺だけにあなたをおぶわせて下さい。・・・あなたの騎士として、護衛役としての俺だけの特権だと思わせて下さい」
何だか楽しそうに見える。
「・・・おんぶが特権なの?」
ミレーユには益々訳が分からない。
おんぶが特権だなんて・・・。
特権どころか、頼んだ自分が言うのも何だが、ただ迷惑なだけだろうに。
「ええ。俺だけの特権ですよ」
だから、これからは俺以外は誰にも頼まないで下さいね。
そう付け足すリヒャルトの微笑む横顔が相変わらず素敵過ぎたから、これ以上追及するのを止めた。
(・・・ま、いっか)
楽しいと感じる基準が通常よりズレているのかもしれない。
・・・何しろ恐ろしい程、彼は天然なのだから。
結論付けたミレーユは、安心して彼の背中に身を預けた。
◇
内密の打ち合わせを終えたジークが、左右に座る3人を見ながら締めの言葉を結ぶ。
「では、引き続きフレッドにはシアラン情勢の偵察を頼む。ルーディにはコンフィールドでシルフレイアの補助を。アルテマリスとシアラン間の舵取りを見守れ」
両国の間に挟まれたコンフィールド公国は中立国として存在する。
シアランに蹂躙される訳にはいかない。
ようやく政治の重苦しい話から解放されてルーディが息を吐く。
「ああ、難しい話ばっかりじゃ美容に良くないわよ。・・・ほら、リヒャルト。あんたも力を抜きなさいよ」
隣に座っているリヒャルトに向かって話し掛ける。
普段の穏やかな顔とは違い、シアランに関する話題の時の彼はいつも厳しい顔つきをしている。
「・・・ああ」
そうは答えるが、険しい表情を浮かべたままだ。
ルーディは溜め息を吐きながら、テーブルを挟んで向かいに座っているフレッドに視線を投げた。
「フレッド。あんた少しはゆっくりしていけるんでしょ」
フレッドも何かを考える様に目の前のテーブルを見つめていたが、ルーディに話し掛けられるとすぐにいつもの調子に戻る。
「ああ、勿論。久しぶりに妖精さん達にも会いたいしね。・・・そうだ、ルーディ。何か新作はあるかい?実はミレーユから頼まれている物があってね。全く、すぐ僕を頼りにする本当に可愛い妹だよ!そんな可愛い妹が頼む物を、是が非でも手に入れたいと思う健気な兄心を持つ僕が、いじらしいったらないね!ああっ!美しすぎる僕が眩し過ぎて見てられないよっ!」
「・・・鏡を見ない限り、見ることはないんじゃない」
いつものフレッドの調子にルーディは冷たく吐き捨てる。
「・・・え。ミレーユが?」
ミレーユの名前が出たことで、リヒャルトから発せられていた緊張感が解ける。
(・・・リヒャルトの緊張を解く為に、わざとまないた娘の話題を出したのね)
何も考えていないようなお調子者を演じているが、実はフレッドが綿密な計算の元で動いていることも知っている。
「ほう。ミレーユが何を頼んだのかが非常に気になるな」
ジークも興味津々といった様子でフレッドに問い掛ける。
「え~。殿下に教えたら、僕がミレーユにどんな仕打ちをされることか・・・。『大亀の甲羅が効かなかったから、更なる秘薬はないのか』・・・な~んて口が裂けても言えませんよ」
「・・・思いっきり言ってるじゃないの」
ルーディは呆れながらも突っ込む。
・・・本当に綿密な計算をしているのか、かなり疑う。
「ふむ。努力を怠っていないということか。・・・なら、私が秘薬となってやっても良いのだが」
「あ、セクハラ発言はやめていただけますか?殿下」
無駄に色気を発しながら告げるジークに、間髪入れずにフレッドが突っ込む。
「ええ~っ?あのまないた、まだ諦めていないの?前にあげた薬が効かなかったんでしょ?あれより強力な薬となると、新しく開発が必要よ。開発費出してくれるなら作ってあげてもいいけど?」
新薬を開発するのは純粋に楽しいので、後は資金さえあればどんな薬だろうと作りたいのが本音だ。
「絶対に成功してくれるなら出しても良いけど。あっ、勿論その他の物も買い取るよ?」
「新薬は約束出来るけど。・・・まないたが改善されるか迄は約束出来ないわよ?」
そんな二人のやり取りを聞いていたリヒャルトだったが、ボソリと呟いた。
「・・・別に、まないたなんかじゃなかったけど」
「「「・・・え?」」」
発言の内容を不審に思った3人が、同時にリヒャルトへ視線を向ける。
あの日、ミレーユを背負った時の彼女の感触を思い出す。
別にルーディの「まないた」発言を本気にしていた訳ではなかったが、特別に意識はしていなかった。
それがあんな風に密着したことで、彼女の柔らかさが背中から伝わり、直接分かってしまった。
狼狽してしまった自分を上手く隠せただろうか。
自分の思考に没頭していたリヒャルトは、彼等の視線にすぐには気付かなかった。
暫くして3人が自分を見ていることに気付くと、リヒャルトは逆に質問を返す。
「え・・・と、何か?」
自分が意味深な発言をしたという自覚がない様だった。
不思議そうに3人を見るリヒャルトに、ジークが代表して問うことにした。
「君は先程、『ミレーユは、まないたではない』と口にしたのだが、・・・それはどういう意味かな?」
「え・・・?どういう意味とは・・・?・・・そのままの意味ですが?まないたなんて失礼ですよ。ちゃんとありましたよ」
「「「!!!」」」
更に3人に衝撃が走る。
冷静さを取り戻す様にジークはゴホンと咳払いを一つすると、質問を続ける。
「・・・確認したのか?」
「・・・はっ?」
「だから、どうやって確認したのだ?・・・触ったのか?それとも・・・直接、見たのか?」
「「「!!!」」」
ジークの衝撃発言に、今度はリヒャルトも他の2人と一緒になって絶句した。
「・・・な、な、な、何・・・を!」
リヒャルトは口を開いたまま、二の句を告げずにいる様だった。
明らかに赤くなって動揺している。
普段は何があっても表情が崩れない男が、これ程間抜け面を見せるのも珍しい。
ジークは、リヒャルトの滅多に見られない顔が見られて至極満足だった。
リヒャルトが口を聞けない状態で、当然、真っ先にキレるのはルーディだった。
「・・・えっ?ちょっ・・・、何っ?どういうことっ!?いつの間にあんた達、そんな関係にっ!?って、いきなり一足飛びすぎるんじゃないっ!?リヒャルト!あんた、わたしに断わりもなく・・・!・・・というか、あのコムスメッ!まないたのくせに、わたしのリヒャルトによくも色目を・・・っ!」
目が血走っている。
間違いなくルーディはこの瞬間、身も心も魔女だった。
正常な判断が出来ないルーディを横目に見ながら、フレッドが静かに口を開く。
「・・・そうか。もう秘薬は必要ないんだね、ミレーユ。大人になっちゃったんだね。お兄ちゃんは嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちだよ・・・」
わざとらしく出てもいない涙を人差し指で拭いながら、顔を上げる。
「・・・という訳で、おめでとう!リヒャルト!心からお祝いの言葉を述べさせて貰うよ!あっ、僕のことはこれから『お兄ちゃん』と呼んでくれて構わないよ。『ちゃん』付けに抵抗があるようなら『お兄さん』でも『兄さん』でも、何なら『お兄様』でもいいよ。でも『兄貴』呼ばわりだけは勘弁してね」
流石に、僕のキャラじゃないし。
爽やかに片目を瞑りながら付け足す。
・・・何だか話が凄い所まで進んでしまった気がする。
ルーディが「フレッド!何言ってんの!コルァ!」と鬼の形相でフレッドに詰め寄っている。
少しずつ平常心を取り戻してきたリヒャルトは、とりあえずこの場の誤解を解こうと口を開いた。
「そういうのではなく、偶然なんだ。少し・・・接触する機会があって。・・・それだけのことだから」
リヒャルトらしい、あまりにもつまらない回答にジークは肩を落とす。
「・・・実に君らしい、真面目な返答だ。・・・本当に進展はないのかな?」
それでも懲りずにジークは追及する。
「・・・ある訳ないでしょう」
キッとジークを見据えながら、リヒャルトは宣言する。
「・・・フッ。つまらない幕引きで残念だよ。・・・まあ、まだ諦めてはいないが」
「つまらなくて悪かったですね」
少しムッとしながらリヒャルトは答える。
ジークが最後に呟いた言葉は、リヒャルトには聞こえなかった様だ。
リヒャルトとジークの間で、さっさとこの話題が終結したことを知らないフレッドとルーディの二人は、ギャーギャーとまだ言い争いを続けていた。
「しかし・・・」
この話題についてはもう終わっただろうと考えていたリヒャルトに、ふいにジークが話し掛ける。
「少し接触する機会・・・とは、どういう経緯だったのかは分からないが。その『少し』でミレーユの感触が分かるとは。君は結構・・・むっつりなのだな」
ニヤリと、してやったりの顔でジークが微笑む。
「!!」
リヒャルトは、思わぬ人から思わぬ発言をされたショックで、再び固まってしまったのだった。
~Fin~
<あとがき・・・という名の言い訳>
最後迄読んで下さり、ありがとうございます!m(__)m
かなり長くなってしまいました・・・。
我ながら、本作の雰囲気を極力壊さずに話が出来上がったと思うのですが、
如何でしたでしょうか?
少しでも『身代わり伯爵』の世界を楽しんでいただけたら幸いです。
やっぱり書いていて、リヒャルトとミレーユのイチャラブが楽しいです。(*´д`*)
二人のシーンだけで際限なくイチャラブが書けるかも・・・。
イチャラブと言っても、この二人は直接のキスシーンとかがないので、
書きやすくてありがたいです。
・・・逆に、甘々のキスシーンとか書いても良いかも(笑)。
まあ、きっと書いたら書いたで、
砂吐きまくりの甘々に耐えられず、
身悶えしそうな自分がいそうですが(笑)。
最後は、リヒャルトのむっつり疑惑で終わります。
それも一番言われたくないジークから指摘される形です。
『身代わり伯爵の失恋』を読むと、
ミレーユはお姫様抱っこより、おんぶの方が恥ずかしくない、
と思っている様ですが・・・。
おんぶする側にすれば、絶対おんぶの方が特典が多いと思います!
密着度が格段に違う(笑)!
体の上半身、胸やお腹やらが全部背中に当たるんですよーーーっ(笑)!
しかも上手くすれば、・・・お尻を触れる(爆)。
という訳でタイトルは、
またの名を『おんぶによる副産物』です(笑)。
よろしければ、ご感想をお待ちしています!
王宮からベルンハルト公爵家別邸に戻る馬車の中、ミレーユの怒りは一向に治まらなかった。
同乗するリヒャルトは、彼女の怒りが治まるのを見守るしかない。
いつものようにフレッドの身代わりとなって王宮に登城したミレーユだったが、帰り際にルーディと偶然遭遇してしまった結果、これまたいつものように「まないた!」「オカマ!」発言からから始まる、『胸論争』の火蓋が切って落とされてしまったのだった。
大抵最後はケンカ別れする形で終わるのだが、帰りの道中ミレーユの怒りが治まる気配はなかった。
「さすがに、まないたよりはあるわよねっ!?ねえ、リヒャルト!?」
「・・・はあ」
力強くミレーユに同意を求められるが、デリケートな問題の様な気がしてリヒャルトは強くは頷けない。
「何よ、その曖昧な相槌は!・・・ハッ!もしかして、まないたと同じだと思ってる!?」
リヒャルトの、何処か答えにくそうな感じを誤解したミレーユは、思わず自分の胸を見下ろす。
フレッドの服を着ているので体の線が分かりにくい。
とはいっても、ドレスを着た所で自分の胸が出ているのを見たことはないのだが・・・。
「ち、違いますよ!そんな風には思ってません!」
慌てて否定するが、もう彼女の耳には届いていない様だった。
そして、何かを考えている様子のミレーユを心配して、リヒャルトはもう一度声を掛ける。
「ミレーユ・・・?」
「・・・そうよね。まないたよりあったからって、それじゃ意味ないのよね。比べる基準が低すぎるわ。・・・女として魅力がなさすぎよね。っていうか、下手したら女のあたしより白百合のヤツ等の方が胸があるんじゃ・・・」
彼等の場合は胸ではなく胸囲なのだが、暴走するミレーユの思考は止まらない。
「・・・嘘っ!あたし、男より胸がない女ってことが決定なのっ!?セオラスにも負けてるってこと!?どうしようっ・・・!大亀の甲羅も効かなかったし、他に何か対策は・・・!」
「どんなあなたでも俺は好きですよ」
さらりと爽やかなリヒャルトの声がミレーユの思考を遮った。
ぽかんとしてリヒャルトを見ると、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべ言を継いだ。
「その・・・どちらでも、あなたがあなたなのは変わらないから。そのままのあなたが好きですから、ルーディの言うことはあまり気にしなくて良いと思いますよ。それに、セオラスや他の白百合の連中と比べるのは、ちょっと・・・というか、かなり違うと思いますので」
リヒャルトの天然発言で、混乱していたミレーユの頭は一気に冷める。
「・・・ミレーユ?」
大人しくなったミレーユを心配したリヒャルトが、顔を覗き込んでくる。
整った顔を急に女の子の顔に近付けるという、再びの天然行動に驚いたミレーユは慌てて口を開いた。
「・・・だからっ!そういう天然はやめてって言ってるでしょっ!?」
人差し指をリヒャルトに向けて、ビシリと言い放つ。
突然、怒られたリヒャルトは訳が分からない。
「・・・すみません」
何が天然なのか自分では分からないのだが、ミレーユが自分に怒っていることは明白なので大人しく謝る。
「もうっ!本当にやめてよね!そんな格好良い顔で急に顔を近付けたりとか・・・好き、とか言うの!他の女の子にそんなことをしたら誤解されちゃうわよ!あっ、あたしは別に、誤解はしてないけどねっ!?」
他の女の子にはしないのだが・・・。
冷静な思考が一瞬リヒャルトの頭をよぎる。
リヒャルトは思い出した様に荷物から一包みのお菓子を取り出すと、怒っているミレーユの口に放り込んだ。
「・・・・・・っ!?・・・美味しい~」
途端にミレーユの顔がほころび、極上の笑みを見せる。
今にもお菓子ごととろけてしまいそうだ。
この顔を見るのが好きだった。
知らずにリヒャルトの顔にも笑みが浮かぶ。
暫く味わっていたミレーユだったが、十分咀嚼してから飲み込むと、ゴホンと咳払いをしてリヒャルトを見やった。
「・・・もういいわ。あたしもつい怒って悪かったわ。・・・なんかリヒャルトに餌付けされてる感じもするけど」
先程迄怒っていた筈なのに、お菓子一つで忘れてしまう自分が少し情けなくてボソリと呟いてみた。
お菓子に罪はないのだ。
それに対して、リヒャルトは何故か嬉しそうに答える。
「いえ。怒らせてしまったのは俺の方ですし。お詫びというか。あなたにお菓子を食べさせるのが本当に楽しいんですよ。凄く美味しそうに食べるあなたを見ていると、俺もあなたを食べたくなってしまうというか」
「・・・・・・はっ?」
今、物凄い爆弾発言を聞いた様な気がしたのだが・・・。
リヒャルトの顔を見つめると、嬉しそうに微笑んでいるだけで他意はなさそうに見える。
・・・いつもの天然発言だ。
「~~~っ!だから、それが天然だって言うのよーーーっ!」
「えっ?・・・すみません。あっ、良かったらお菓子を・・・」
「いらないわよっ!」
二回目になると、どうやら魔法のお菓子も効かないらしい。
そうしている内に、馬車はいつの間にか公爵別邸の玄関に到着していた。
「・・・ミレーユ。到着しましたよ」
リヒャルトが気遣いながら声を掛けるが、ミレーユはそっぽを向いて無視を決め込む。
このまま馬車に乗っている訳にもいかない。
リヒャルトは軽く息を吐きながら、どうすれば彼女の機嫌が直るかを考えた。
「ミレーユ。すみませんでした。・・・どうすれば許して貰えますか?」
「・・・・・・」
「俺が悪かったです。本当に謝りますから。・・・許してもらえませんか?」
ひたすら平謝る彼の声を聞いて、ミレーユは何だか自分が悪く思えてきた。
ここ迄、意地を張ることもないのかもしれない。
自分では気が付かないから、天然と呼ぶのだから。
「・・・おんぶ」
「・・・は?」
ようやく口を開いてくれたミレーユから理解不能な単語が出たことで、リヒャルトは問い返した。
「だから、おんぶしてちょうだい!罰として、あたしの部屋までよ!・・・そうしたら許してあげる」
一気にまくしたてる。
リヒャルトは一瞬訳が分からないという様な表情を見せたが、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「分かりました」
そう告げると馬車の扉を開いて先に降り、ミレーユに背中を見せて少し屈んだ。
「・・・どうぞ」
その姿を見ると、ミレーユは一気に羞恥心が湧いてきた。
(あ、あたし、もしかして、物凄く恥ずかしいことをしようとしてるっ!?)
「・・・ミレーユ?」
中々馬車から降りようとしないミレーユを心配したリヒャルトが、顔だけをこちらに向ける。
(・・・っ!こうなったら勢いよっ!これはリヒャルトへの罰なんだから、恥ずかしがることないのよねっ!)
自らを奮い立たせるように鼻息も荒く、ミレーユは椅子から立ち上がった。
そして、リヒャルトの背にそっと体重を預ける。
すぐにリヒャルトはミレーユの両足を支えると、
「・・・立ちますよ」
優しく告げて、すくっと立ち上がった。
「・・・うわっ!高ーい!」
リヒャルトの背から見える景色に、ミレーユは思わず感嘆の声を上げる。
「えっ?」
突然、背中から聞こえたミレーユの声に驚き、リヒャルトは彼女の顔を見ようと横を向く。
「やっぱり、リヒャルトって背が高いだけあって見晴らしが良いのね!いいな~!いつもこんな景色を見ているのね!」
長身のリヒャルトの背に背負われたミレーユの視界はいつもより高く、同じ景色でも違う視点が新鮮だった。
「同じ景色なんだから、そんなに変わらないでしょう」
優しく笑いながら、リヒャルトは片足を踏み出す。
「ううん!全然、違うわよ!何て言うの?・・・空に近付いた感じ!」
空を仰ぎ見ながらミレーユは楽しそうに笑う。
「・・・そんなこと、考えたことなかったな」
歩を止めると、リヒャルトも同じく空を見上げる。
いつもより空の青が眩しく感じた。
「え~。勿体ないわよ」
ミレーユの感性にはいつも驚かされる。
自分では気付かない大切な物を、彼女はいつも教えて差し出してくれる。
・・・だから惹かれるのか。
「・・・ミレーユ。ちゃんと掴まっていて下さい」
リヒャルトの肩に置かれていただけのミレーユの手を心配し、優しく注意する。
「はーい」
空を仰ぎ見ていたミレーユは前を向くと、自分の両腕をリヒャルトの首の前に回し、しっかりと握った。
先刻よりミレーユの存在を背中で感じられる。
再び邸内へと歩き始めたリヒャルトだったが、
「・・・・・・っ!」
ハッと何かに気付いた様に歩みが止まる。
急に立ち止まったリヒャルトを不思議に思い、ミレーユはリヒャルトの顔を覗き込もうと、更に前のめりの体勢となる。
「・・・・・・っっ!!」
益々リヒャルトの動きが固まった様に思える。
硬直している様にも見える。
「どうしたの?リヒャルト?大丈夫?」
心配そうにミレーユが声を掛けてくる。
「・・・・・・」
そんなミレーユの声も聞こえないかのように、リヒャルトは一点を見つめて立ち止まっている。
リヒャルトが見つめる先に何かあるのかと思いミレーユも視線を向けるが、玄関から続く廊下には特に気になる人物や物は見受けられなかった。
リヒャルトが立ち止まる理由で他に考えられることといえば、彼自身が理由だろうか?
「・・・リヒャルト?・・・まさか、何処か痛めたの?」
自分をおぶった事で、もしや足とかを痛めてしまったのだろうか。
「ねえ、大丈夫?えっ・・・まさか、あたしってそんなに重いっ!?」
自分の体重の所為で怪我を負わせてしまったとは、乙女として考えたくないのだが・・・。
「・・・すみませんでした。何でもありません」
ようやく覚醒した様に口を開いたリヒャルトが、何事もなかった様に歩き始める。
ゆっくりだが確かな足取りだ。
何処か痛めている様には見えなかった。
「・・・本当に?・・・あの、おんぶはもう、ここ迄でいいわよ」
申し訳なくなってミレーユはおんぶの辞退を申し出る。
「・・・えっ?どうしてですか?あなたの部屋迄送り届けますよ」
こちらを見ずにリヒャルトは淡々と告げる。
・・・怒っている様にも見えないのだが。
「だって・・・重いでしょう?」
思い付く原因をミレーユは恥ずかしそうに聞いてみる。
「え?全然そんなことはありませんよ。むしろ羽の様に軽いですよ」
リヒャルトは、ミレーユが口にした言葉があり得ないと言った感じで一笑した。
・・・いや、「羽の様に」は言いすぎでしょう。
いくら何でも、そこ迄軽いとは自分でも思っていない。
「・・・どうしたの?あなた、何か変よ?」
いつものリヒャルトとは違う感じがして、ミレーユはつい聞いていた。
「・・・おんぶは俺だけにしておいて下さい」
「・・・え?」
予想していなかったリヒャルトの言葉に、ミレーユは一瞬付いていけなかった。
「もしくは、フレッドかエドゥアルト様だけにお願いします。白百合の連中やヴィルフリート殿下、ましてやジークには絶対に頼まないで下さい」
訳が分からなかった。
リヒャルトはどうしてこんなことを言うのだろう?
「ミレーユ?」
黙ってしまったミレーユにリヒャルトは声を掛ける。
考え耽っていたミレーユはリヒャルトの声に、ハッとして我に帰る。
「・・・ええっと。・・・おんぶはリヒャルトか、フレッドとパパね。・・・って、フレッドはあたしと体形が似ているから、何となく頼むのも気が引けるし。パパは・・・何でか頼む気がしないわ。白百合騎士団に頼むのも・・・あの筋肉だけは密着したくないわね。ヴィルフリート殿下に頼むなんて、恐れ多いから出来ないし。・・・ジークも天地が引っくり返ってもあり得ないわ」
リヒャルトの言いたいことが良く分らなかったが、とりあえず彼が挙げた人物を一人一人確認する。
そうなると結論は・・・。
「・・・えっと。リヒャルトしか頼む人がいないわ」
申し訳なさそうに告げる。
それを聞くとリヒャルトは、優しく笑った様な気がした。
「それでいいです。じゃあ、俺だけにあなたをおぶわせて下さい。・・・あなたの騎士として、護衛役としての俺だけの特権だと思わせて下さい」
何だか楽しそうに見える。
「・・・おんぶが特権なの?」
ミレーユには益々訳が分からない。
おんぶが特権だなんて・・・。
特権どころか、頼んだ自分が言うのも何だが、ただ迷惑なだけだろうに。
「ええ。俺だけの特権ですよ」
だから、これからは俺以外は誰にも頼まないで下さいね。
そう付け足すリヒャルトの微笑む横顔が相変わらず素敵過ぎたから、これ以上追及するのを止めた。
(・・・ま、いっか)
楽しいと感じる基準が通常よりズレているのかもしれない。
・・・何しろ恐ろしい程、彼は天然なのだから。
結論付けたミレーユは、安心して彼の背中に身を預けた。
◇
内密の打ち合わせを終えたジークが、左右に座る3人を見ながら締めの言葉を結ぶ。
「では、引き続きフレッドにはシアラン情勢の偵察を頼む。ルーディにはコンフィールドでシルフレイアの補助を。アルテマリスとシアラン間の舵取りを見守れ」
両国の間に挟まれたコンフィールド公国は中立国として存在する。
シアランに蹂躙される訳にはいかない。
ようやく政治の重苦しい話から解放されてルーディが息を吐く。
「ああ、難しい話ばっかりじゃ美容に良くないわよ。・・・ほら、リヒャルト。あんたも力を抜きなさいよ」
隣に座っているリヒャルトに向かって話し掛ける。
普段の穏やかな顔とは違い、シアランに関する話題の時の彼はいつも厳しい顔つきをしている。
「・・・ああ」
そうは答えるが、険しい表情を浮かべたままだ。
ルーディは溜め息を吐きながら、テーブルを挟んで向かいに座っているフレッドに視線を投げた。
「フレッド。あんた少しはゆっくりしていけるんでしょ」
フレッドも何かを考える様に目の前のテーブルを見つめていたが、ルーディに話し掛けられるとすぐにいつもの調子に戻る。
「ああ、勿論。久しぶりに妖精さん達にも会いたいしね。・・・そうだ、ルーディ。何か新作はあるかい?実はミレーユから頼まれている物があってね。全く、すぐ僕を頼りにする本当に可愛い妹だよ!そんな可愛い妹が頼む物を、是が非でも手に入れたいと思う健気な兄心を持つ僕が、いじらしいったらないね!ああっ!美しすぎる僕が眩し過ぎて見てられないよっ!」
「・・・鏡を見ない限り、見ることはないんじゃない」
いつものフレッドの調子にルーディは冷たく吐き捨てる。
「・・・え。ミレーユが?」
ミレーユの名前が出たことで、リヒャルトから発せられていた緊張感が解ける。
(・・・リヒャルトの緊張を解く為に、わざとまないた娘の話題を出したのね)
何も考えていないようなお調子者を演じているが、実はフレッドが綿密な計算の元で動いていることも知っている。
「ほう。ミレーユが何を頼んだのかが非常に気になるな」
ジークも興味津々といった様子でフレッドに問い掛ける。
「え~。殿下に教えたら、僕がミレーユにどんな仕打ちをされることか・・・。『大亀の甲羅が効かなかったから、更なる秘薬はないのか』・・・な~んて口が裂けても言えませんよ」
「・・・思いっきり言ってるじゃないの」
ルーディは呆れながらも突っ込む。
・・・本当に綿密な計算をしているのか、かなり疑う。
「ふむ。努力を怠っていないということか。・・・なら、私が秘薬となってやっても良いのだが」
「あ、セクハラ発言はやめていただけますか?殿下」
無駄に色気を発しながら告げるジークに、間髪入れずにフレッドが突っ込む。
「ええ~っ?あのまないた、まだ諦めていないの?前にあげた薬が効かなかったんでしょ?あれより強力な薬となると、新しく開発が必要よ。開発費出してくれるなら作ってあげてもいいけど?」
新薬を開発するのは純粋に楽しいので、後は資金さえあればどんな薬だろうと作りたいのが本音だ。
「絶対に成功してくれるなら出しても良いけど。あっ、勿論その他の物も買い取るよ?」
「新薬は約束出来るけど。・・・まないたが改善されるか迄は約束出来ないわよ?」
そんな二人のやり取りを聞いていたリヒャルトだったが、ボソリと呟いた。
「・・・別に、まないたなんかじゃなかったけど」
「「「・・・え?」」」
発言の内容を不審に思った3人が、同時にリヒャルトへ視線を向ける。
あの日、ミレーユを背負った時の彼女の感触を思い出す。
別にルーディの「まないた」発言を本気にしていた訳ではなかったが、特別に意識はしていなかった。
それがあんな風に密着したことで、彼女の柔らかさが背中から伝わり、直接分かってしまった。
狼狽してしまった自分を上手く隠せただろうか。
自分の思考に没頭していたリヒャルトは、彼等の視線にすぐには気付かなかった。
暫くして3人が自分を見ていることに気付くと、リヒャルトは逆に質問を返す。
「え・・・と、何か?」
自分が意味深な発言をしたという自覚がない様だった。
不思議そうに3人を見るリヒャルトに、ジークが代表して問うことにした。
「君は先程、『ミレーユは、まないたではない』と口にしたのだが、・・・それはどういう意味かな?」
「え・・・?どういう意味とは・・・?・・・そのままの意味ですが?まないたなんて失礼ですよ。ちゃんとありましたよ」
「「「!!!」」」
更に3人に衝撃が走る。
冷静さを取り戻す様にジークはゴホンと咳払いを一つすると、質問を続ける。
「・・・確認したのか?」
「・・・はっ?」
「だから、どうやって確認したのだ?・・・触ったのか?それとも・・・直接、見たのか?」
「「「!!!」」」
ジークの衝撃発言に、今度はリヒャルトも他の2人と一緒になって絶句した。
「・・・な、な、な、何・・・を!」
リヒャルトは口を開いたまま、二の句を告げずにいる様だった。
明らかに赤くなって動揺している。
普段は何があっても表情が崩れない男が、これ程間抜け面を見せるのも珍しい。
ジークは、リヒャルトの滅多に見られない顔が見られて至極満足だった。
リヒャルトが口を聞けない状態で、当然、真っ先にキレるのはルーディだった。
「・・・えっ?ちょっ・・・、何っ?どういうことっ!?いつの間にあんた達、そんな関係にっ!?って、いきなり一足飛びすぎるんじゃないっ!?リヒャルト!あんた、わたしに断わりもなく・・・!・・・というか、あのコムスメッ!まないたのくせに、わたしのリヒャルトによくも色目を・・・っ!」
目が血走っている。
間違いなくルーディはこの瞬間、身も心も魔女だった。
正常な判断が出来ないルーディを横目に見ながら、フレッドが静かに口を開く。
「・・・そうか。もう秘薬は必要ないんだね、ミレーユ。大人になっちゃったんだね。お兄ちゃんは嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちだよ・・・」
わざとらしく出てもいない涙を人差し指で拭いながら、顔を上げる。
「・・・という訳で、おめでとう!リヒャルト!心からお祝いの言葉を述べさせて貰うよ!あっ、僕のことはこれから『お兄ちゃん』と呼んでくれて構わないよ。『ちゃん』付けに抵抗があるようなら『お兄さん』でも『兄さん』でも、何なら『お兄様』でもいいよ。でも『兄貴』呼ばわりだけは勘弁してね」
流石に、僕のキャラじゃないし。
爽やかに片目を瞑りながら付け足す。
・・・何だか話が凄い所まで進んでしまった気がする。
ルーディが「フレッド!何言ってんの!コルァ!」と鬼の形相でフレッドに詰め寄っている。
少しずつ平常心を取り戻してきたリヒャルトは、とりあえずこの場の誤解を解こうと口を開いた。
「そういうのではなく、偶然なんだ。少し・・・接触する機会があって。・・・それだけのことだから」
リヒャルトらしい、あまりにもつまらない回答にジークは肩を落とす。
「・・・実に君らしい、真面目な返答だ。・・・本当に進展はないのかな?」
それでも懲りずにジークは追及する。
「・・・ある訳ないでしょう」
キッとジークを見据えながら、リヒャルトは宣言する。
「・・・フッ。つまらない幕引きで残念だよ。・・・まあ、まだ諦めてはいないが」
「つまらなくて悪かったですね」
少しムッとしながらリヒャルトは答える。
ジークが最後に呟いた言葉は、リヒャルトには聞こえなかった様だ。
リヒャルトとジークの間で、さっさとこの話題が終結したことを知らないフレッドとルーディの二人は、ギャーギャーとまだ言い争いを続けていた。
「しかし・・・」
この話題についてはもう終わっただろうと考えていたリヒャルトに、ふいにジークが話し掛ける。
「少し接触する機会・・・とは、どういう経緯だったのかは分からないが。その『少し』でミレーユの感触が分かるとは。君は結構・・・むっつりなのだな」
ニヤリと、してやったりの顔でジークが微笑む。
「!!」
リヒャルトは、思わぬ人から思わぬ発言をされたショックで、再び固まってしまったのだった。
~Fin~
<あとがき・・・という名の言い訳>
最後迄読んで下さり、ありがとうございます!m(__)m
かなり長くなってしまいました・・・。
我ながら、本作の雰囲気を極力壊さずに話が出来上がったと思うのですが、
如何でしたでしょうか?
少しでも『身代わり伯爵』の世界を楽しんでいただけたら幸いです。
やっぱり書いていて、リヒャルトとミレーユのイチャラブが楽しいです。(*´д`*)
二人のシーンだけで際限なくイチャラブが書けるかも・・・。
イチャラブと言っても、この二人は直接のキスシーンとかがないので、
書きやすくてありがたいです。
・・・逆に、甘々のキスシーンとか書いても良いかも(笑)。
まあ、きっと書いたら書いたで、
砂吐きまくりの甘々に耐えられず、
身悶えしそうな自分がいそうですが(笑)。
最後は、リヒャルトのむっつり疑惑で終わります。
それも一番言われたくないジークから指摘される形です。
『身代わり伯爵の失恋』を読むと、
ミレーユはお姫様抱っこより、おんぶの方が恥ずかしくない、
と思っている様ですが・・・。
おんぶする側にすれば、絶対おんぶの方が特典が多いと思います!
密着度が格段に違う(笑)!
体の上半身、胸やお腹やらが全部背中に当たるんですよーーーっ(笑)!
しかも上手くすれば、・・・お尻を触れる(爆)。
という訳でタイトルは、
またの名を『おんぶによる副産物』です(笑)。
よろしければ、ご感想をお待ちしています!
確かにおんぶは特典盛りだくさんですね。なんというか、『リヒャルトはむっつり』が公式になりそうな勢いです(笑)
そうかぁ、新刊のあの場面ももしかしたら動揺していたのだとしたら…また違った感じになりますね。
とっても面白かったです!長編は読み応えがあっていいですね♪私は長いの書くの嫌いなので、羨ましいです。
可愛いリヒミレをありがとうございました!!
最速で見ていただき、ありがとうございます!
真面目なリヒャルトは、十中八九むっつりだと思います(笑)!
コメントも書き込んでいただき、本当に感無量です。
相馬さまのコメントを見て、
「リヒミレ」って略するんだと初めて知りました(笑)。
次の創作もアップ出来るよう、精進したいと思います。
ありがとうございました。
いきなりなのですが、『護衛役の特権』読ませてもらいました!
すっごく面白かったです。
雰囲気でてるなぁ・・・
とか思いながら読んでいてとても楽しかったです!
私も身代わり伯爵が大好きなので、よければまた訪問させてもらってもいいでしょうか?
次回作もがんばってください^^
楽しみにしてます~ノシ
この度は『身代わり伯爵』の創作を読んで頂き、
更にコメントを書き込んで頂き、
二重にありがとうございます!m(__)m
しかも恐れ多いことに、
「雰囲気がでてる」とおっしゃって頂き、
本当に感無量です!(/_;)
二次創作の更新頻度は、それ程高くありませんが、
なるべく次回作をアップ出来るよう、
精進したいと思います。
その際は、よろしければ見てやって下さい。m(__)m
お待ちしています。
素敵なコメントをありがとうございました。
妄想創作の糧とさせて頂きます!
この度は妄想創作を読んで頂き、
本当にありがとうございます!m(_ _)m
そして、コメントもありがとうございます!
『身代わり伯爵』本当に面白いですよね!
リヒャルト×ミレーユカップルが一番好きです。
そして、みけねこさまの言いたい事、
物凄く分かります(笑)!
リヒャルトの「俺だけに」発言は、
萌ツボを刺激しまくりです!
また二人の妄想創作をアップ出来るよう、
精進したいと思います。
ありがとうございました!
身代わりの二次創作って少ないのでこちらの二次創作を見つけた時はウハ②でしたvv身代わりの二次創作情報としては
「一番星にぶっ放せ!」さん
→sssとかに身代わりの二次創作がありますよvリヒャミヒはなくてダーク系の創作や(第五師団の人)×ミレーユが多いですけどそれがまた新鮮でおもしろいですよ!
「せんぶり茶房」さん
→メインは彩雲国で身代わりの創作はありませんが日記に管理人さんの素敵妄想がありますvv
それでは長々と失礼しました!
この度は創作をご覧頂き、
そしてコメントを書き込んで頂き、
ありがとうございます!m(__)m
貴重な二次創作情報ありがとうございます!
とても嬉しいです!
早速、訪問させて頂きたいと思います!
自分も『身代わり伯爵』創作でリヒ×ミレを読みたいのですが、
中々ないのが寂しいです・・・。
「なかったら書いてやろう(ホトトギス)!」(笑)
ということで、妄想満載創作をアップしてみました。
これからも、
「自分が見たいリヒ×ミレのシチュエーション」をテーマに、
頑張って書いていきたいと思います!
本当にありがとうございました!
『護衛役の特権』拝読させていただきました。
…もだえました。
ほんとありがとうございます。
おんぶアリですね。
姫抱きよりレベルが上ですね。
最近になって原作でイチャイチャ度が濃くて、新刊を読むたびに部屋中をゴロゴロ転げまわり、血が滲むありさまなのに。
ただいま、血みどろです。
次回作も楽しみにしています。
ではでは。
この度は創作を読んで頂き、
またコメントを書き込んで頂き、
ありがとうございました。m(_ _)m
妄想創作を読んで悶えて貰えるなんて、
本当に嬉しいです!
私も新刊を読んで、
鼻血の出すぎで悶死するかと思いました(笑)。
『身代わり伯爵』は出血多量に要注意ですよね。
『身代わり伯爵』二次創作の反響が予想以上に大きく、
かなり驚いています(笑)。
こんな妄想創作でも読んで頂けるのは、
それだけ二次創作が少ないということですよね。
本当にありがとうございました!m(_ _)m