「・・・よし!準備完了!」
草履の紐をきつく結んで気合を入れると、私は勢い良く立ち上がった。
旅に欠かせない道具といくつかの薬が入った小袋を背負い、手には笠と杖を持てば旅装束の出来上がりだ。
玄関の引き戸を開けて外に出る。
夜が明けたばかりの早朝ということもあり、外はまだうっすらと青い世界が広がっていた。
息を吸い込むと冷たい空気が肺に入ってくる。
今日の天気は花冷えらしい。
だけど、その寒さが逆に気持ちを引き締めてくれる。
今日、私は風間さんと共に西へ旅立つ。
踵を返し玄関に向き合うと、決して大きいとは呼べない実家を見渡した。
父様を探しに京に出る迄、私はここで育った。
東の鬼の里が滅びた後、父様は私を引き取り、診療所を開きながら育ててくれた。
母親がいない幼かった私に優しく接してくれた、父様のあの優しさは本物だったと思う。
もしかしたら、変若水の存在が父様を変えてしまったのではないだろうか。
そんなことを何度も考えた。
だけど、永遠に答えは分からない。
「・・・準備は出来たのか」
感傷に浸りながら見るともなしに家を眺めていた私の耳に、風間さんの声が聞こえた。
ハッとして振り返ると、黒い羽織に白い着物を着た風間さんが少し離れた場所に立っていた。
今朝は早くから起きて旅支度をしていた私を一人残し、気が付くと風間さんはいなくなっていた。
彼は普段から、ふらりと姿を消したかと思ったら、さほど時間を開けずに戻って来ることが良くあった。
最初の頃は何処に行っているのだろうと不思議に思ったが、暫くして彼が西の鬼と連絡を頻繁に取っているのだということが分かった。
私を気遣って桜の咲く春になる迄出発を待ってくれていたが、彼は西の鬼を統べる頭領として彼等の里を守り、導いていかなければならない大役を担っているのだ。
しっかりと旅装束に身を包んだ私と違い、風間さんはまるで近所にでも散歩をしに行くような服装だ。
そんな軽装で大丈夫なのかと心配になるが、良く考えれば京から江戸に私を連れて来てくれた時も同じような恰好だった。
(鬼って長旅も散歩感覚と同じなのかしら・・・)
風間さんを見ていると、ふとそんな思いが浮かんでしまう。
「では、行くぞ」
「・・・あ、はい!」
私は風間さんの言葉に頷くと、玄関の引き戸を閉めた。
今日でこの家ともお別れだ。
風間さんが天霧さんを通して、この家を処分する手配をしてくれていた。
「雪村診療所」の看板も既に外されていた。
私は最後にもう一度、たくさんの思い出が詰まった「雪村の家」を見渡してから、玄関に向かって無言でお辞儀をした。
風間さんはそんな私を見守ってくれている。
万感の思いに決着を付けてから頭を上げると、風間さんに向き直った。
「お待たせしました!行きましょう!」
「・・・ああ」
風間さんは伏し目がちに返事をして、ゆっくり歩き出す。
私は急いで風間さんに走り寄ると、少し後ろに付いて行った。
「しかし、本当に歩いて西へ行くつもりか。今からでも船を手配させるぞ」
ふと風間さんが、目線は前方を向いたまま歩きながら口を開いた。
桜の咲く中を歩いて旅に出たいと私が言ったのだ。
「いえ、道中に咲く桜を眺めながら歩きたいんです。船だと海に出てしまうので、桜が見えませんから」
「・・・そうか」
風間さんはそう告げたきり、何も言わなかった。
ひんやりとした空気の中、私達は静かに足を進めた。
* * *
少し歩くと、道の端に数本の桜が並んで咲いている場所に出た。
「わあっ!綺麗ですね、風間さん!」
満開の手前、八分咲きといった所だろうか。
「ふっ。満開に咲く手前が一番美しいとは、まるであいつらのようではないか」
眩しそうに少し目を細めて、風間さんは桜を見つめながら告げる。
「・・・そうですね」
風間さんが言う『あいつら』とは、最後迄自分の信じる道をひたすらに生き抜いた『彼ら』を指しているのだと、すぐに分かった。
「・・・もしかしたら、これが世の真理なのかもしれんな。目指す物に辿り着こうと必死に足掻いている姿が、一番美しいのかもしれん」
風間さんが発した意外な言葉に私は驚いて、思わず彼の顔を見つめてしまった。
「おまえは、この桜の木のようだな」
「え?」
更なる風間さんの発言に、私はまじまじと彼の端正な横顔を凝視してしまった。
「ええと・・・違います。桜は『彼ら』ですよ」
見事に咲き誇り、そして散っていった『彼ら』は桜そのものだった。
「やつらは散りゆく花だろう。そうではなく・・・おまえはこの木のようだと言ったのだ」
「・・・え?」
風間さんの言っている意味が分からず、思わず私は問い返す。
すると風間さんは、そっと優しく、まるで慈しむように桜の木に手を置いた。
「人々の目を引く美しい花は、この幹があってこそ咲く。花は刹那で散りゆくが、この木は季節を通し生き続ける。厳しい冬に耐え、春にまた花を咲かせるのは、この木があるからだろう。・・・あいつらが今でも生き続けられるのは、おまえという存在があるからではないのか。そう思えば、この木も愛しく思えてくるから不思議だ」
「・・・っ!」
思い掛けない風間さんの温かい言葉に、瞼が熱くなった。
だって、桜の花は、春のほんの一時しか咲かない。
はらりはらりと舞い散る花びらを見送りながら、また置いて行かれたと自分を重ねてしまうだろうと思っていた。
だから、桜となった『彼ら』の傍に、そんな風に自分を置き換えて一緒にいられるとは思ってもみなかったのだ。
置いて行かれるのではない。
再び花が咲き『彼ら』が帰って来るのを、私は待っていればいいのだ。
風間さんの優しさに応えたくて、私は涙を零さないように無理矢理笑った。
ここで泣いたら、折角の彼の思いやりを裏切ってしまうように感じたから。
「・・・じゃあ、風間さんは土ですね」
春夏秋冬を超えられるのも、しっかりと木を支えてくれる土があるからだ。
春に綺麗な花を咲かせる為に、木は土から水と養分を吸い上げ生きていく。
風間さんは、私が倒れたり枯れたりしないように受け止めてくれる、大地のような人だと思う。
「俺が土・・・?・・・何だかつまらん存在ではないか」
だけど、風間さんは不機嫌そうに眉をひそめた。
「それとも、おまえは暗に・・・俺が地味だとでも言いたいのか?」
「・・・ぷっ!?」
「地味」という言葉と最もかけ離れた風間さんの口からその言葉が出たことがおかしくて、思わず口元に手を当てて吹き出す。
「・・・何故、笑う」
風間さんは益々不機嫌な顔になった。
ぷいっと顔を背けると、足早に歩き出す。
「ま、待って下さい!風間さん!」
「・・・俺は怒ったぞ。もういい、知らん。おまえが道中で疲れたと音をあげても、背負ってなどやらんからな」
「え?・・・ええと、もしかして背負ってくれるつもりだったんですか?」
風間さんの口からそんな言葉を聞くなんて・・・。
寝耳に水の発言に目が丸くなる。
「当たり前だ。おまえは俺を何だと思ってる。おまえは我が妻であり、俺はおまえの夫なのだぞ。唯一の妻を気遣うのは夫の務めだろう」
・・・気遣ってくれていたなんて初耳だ。
風間さんの言葉に私は益々目を丸くした。
(風間さんって横暴というか我が儘な印象が強い人だけど、実は優しい人・・・?)
何だか拗ねているように見える風間さんが可愛く見えて、私は自然と笑顔になっていた。
「あの、風間さん?・・・頑張って歩きますけど、もし、どうしても無理そうな時や風間さんの足を引っ張りそうになった時は、お願いしてもいいですか?」
「・・・・・・」
私の謙虚な物言いに機嫌が直ったのか、風間さんはぴたりと歩みを止めた。
そして、振り返ってにやりと笑う。
「ほう。何だ?そんなに俺を頼りにしているのか」
・・・最近、彼の扱いが慣れてきたように感じる。
「はい、勿論頼りにしてます!」
「そ、そうか」
にっこりと笑いながら元気いっぱいに答える私に一瞬、風間さんは怯んだようだった。
「――千景だ」
「はい?」
唐突に告げられ、私は思わず首を傾げる。
「里に着いたら、すぐに祝言をあげる手筈は整っている。俺達は既に夫婦も同然なのだから、俺のことは名前で呼べ。我が妻の特権だ」
「・・・・・・」
びっくりして何も言えない私に向かって、風間さんは桜を仰ぎ見ながら告げる。
「途中で天霧と合流する約束になっているが、ゆったりと風景を楽しみながら西へ向かうのも良いかもしれん。里に着いたら、皆の暮らしが落ち付く迄は暫く二人で出掛けることは出来ないだろう。婚前旅行だと思えば良い。行くぞ――千鶴」
そして、私に向けてゆっくりと、優雅に手を差し伸べる。
途中、何だかおかしな言葉を聞いたような気もしたが、私を思いやってくれる風間さんの言葉に嬉しくなって、満面に笑みを浮かべた。
「はい!――千景さん!」
彼はそのまま手を差し伸べながら、私が追い付くのを待っていてくれる。
美しい薄紅色の桜に負けないくらい美しい頬笑みを浮かべる千景さんの元に、私は駆け寄って行くと彼の手を取った。
そして、千景さんの横に並んで一緒に歩き出す。
「あの、前から聞いてみようと思っていたんですが、隠れ里って何処にあるんですか?人間が足を踏み入れられないような山奥とかなんでしょうか」
日本国内に人間に見つからずに住める場所なんてあるのだろうかと、前から疑問に思っていたことを千景さんに聞いてみた。
「場所は口にすることは出来んが、案ずるな、我が妻よ。西の地は広い。まだまだ人間共には踏み込めない広い土地がある。おまえが今から向かうのはその場所なのだから、自身の目で確認すれば良い」
「・・・はい、そうします」
自信たっぷりに告げる千景さんを見て、私は胸を撫で下ろす。
千景さんは根拠もなく断言する人ではないことを、一緒にいた数ヶ月で知っているからだ。
「・・・あ、そういえば先に送った医学書とか医療道具が、そろそろあちらに届く頃でしょうか」
「ああ。直接、里の者に運ばせたからな、安心しろ。・・・だが、ひ弱な人間共と違い、我ら一族は早々に怪我や病気になどならんぞ。おまえの医術が里に役立つかどうか」
「でも、小さな子供達は大人ほど免疫力もないと思いますし、きっと役に立ちます!」
「ふっ。頼りになるな、我が妻は。・・・しかし、長年隠れ住んできた我が一族は子供が少ない」
「・・・え、そうなんですか」
初めて知る事実に思わず肩を落とした私を見ながら、千景さんは更に告げる。
「子孫繁栄に心血を注ぐのも、頭領とその妻の役目なのだが・・・」
「え?・・・あ、はい!分かりました!」
確かに千景さんの言う通りだ。
東の鬼の一族も私一人を残し滅んでしまった。
今の日本に、鬼と呼ばれる人達が如何に少ないかを私は考えた。
私も、西の鬼の人達が平和に暮らし繁栄出来るよう、頭領という立場にある千景さんを頑張って支えようと決意する。
千景さんと手を繋いでいない逆の手――杖と笠を持った方の手を胸の前迄上げて、ぐっと握り締める。
「私も精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!・・・あの、千景さん?」
意気込む私を、千景さんは軽く目を見開いて見つめていた。
(何だろう?私、何か変なことを言った・・・?)
すると次の瞬間、千景さんはにやりと笑って見せた。
「そうか。俺との子供がそんなに欲しいか。今から祝言の夜が楽しみだ。さしずめ、十人は産んで貰わなくてはならぬからな。せいぜい頑張るが良い。――頼りにしているぞ、我が妻よ」
「・・・・・・っ!?」
千景さんの言葉に、私は杖を握り締めたまま真っ赤になって固まってしまったのだった。
――美しい桜が見守る中、かけがえのない人と一緒に新しい人生へと旅立つ。
私は今日という旅立ちの日を忘れない。
~了~
<あとがき・・・という名の言い訳>
最後迄ご覧頂き、ありがとうございます!m(__)m
約三ヶ月という長期間に渡り、『薄桜鬼 黎明録』プレイ感想にお付き合いして頂いた方達への、ささやかなお礼の二次創作です!
・・・が。
良く考えたら、ちー様以外のキャラを好きな方にはお礼になっていませんでした。
意気込んで描いたのですが、そのことを失念していました。
すみません。(´・ω・`)
<終章>【共に歩く、新たな道 ~風間の妻~】後設定ですので、ちー様と千鶴がラブラブです!
絶対ちー様って、千鶴に優しくて甘いと思う(笑)!
そんな妄想と盲目フィルターと、「ちー様と言えば子沢山(笑)!」というネタを盛り込んでみました!
状況描写はゲーム風に千鶴視点にしてみました!
『西の鬼の一族って何処に隠れ住むの?』
という私の疑問を千鶴に代弁させてみました(笑)。
「西の鬼は既に薩摩藩の手を離れ、人里離れた隠れ里へと居を移した。」
<終章>内のちー様の発言から、日本からは脱出していないものと考えました。
恐らく、隠れ里は九州の何処か、阿蘇辺りの広大な場所ではないかと考えました。
明治初期頃だったら、まだまだ人間が未開拓の場所がありそうだと思ったからです。
阿蘇周辺に詳しくないので、あくまで私の勝手な妄想です(笑)。
何か足りないと思うかもしれませんが(萌え?エロ?)、私の精一杯の妄想力で大好きなちー様と千鶴を描かせて頂きました!
是非、ちー様のお声は、津田さんのだるそうな声に脳内変換をお願いします(笑)!
『薄桜鬼』初二次創作の為、よろしければ一言でも結構ですので、ご感想を頂ければ嬉しいです!
・・・いつまで経っても、創作をアップする時はドキドキします(笑)。(*´д`*)
※20110306追記。
P.S.
大変遅くなりましたが、この数ヶ月間、大変お世話になったまみみさまに今作を捧げさせて頂きたいと思います。
本当に色々とありがとうございました。
これから『薄桜鬼』をプレイされるということで、少しでもちー様を欲目で見て頂ければ嬉しいです(笑)!
草履の紐をきつく結んで気合を入れると、私は勢い良く立ち上がった。
旅に欠かせない道具といくつかの薬が入った小袋を背負い、手には笠と杖を持てば旅装束の出来上がりだ。
玄関の引き戸を開けて外に出る。
夜が明けたばかりの早朝ということもあり、外はまだうっすらと青い世界が広がっていた。
息を吸い込むと冷たい空気が肺に入ってくる。
今日の天気は花冷えらしい。
だけど、その寒さが逆に気持ちを引き締めてくれる。
今日、私は風間さんと共に西へ旅立つ。
踵を返し玄関に向き合うと、決して大きいとは呼べない実家を見渡した。
父様を探しに京に出る迄、私はここで育った。
東の鬼の里が滅びた後、父様は私を引き取り、診療所を開きながら育ててくれた。
母親がいない幼かった私に優しく接してくれた、父様のあの優しさは本物だったと思う。
もしかしたら、変若水の存在が父様を変えてしまったのではないだろうか。
そんなことを何度も考えた。
だけど、永遠に答えは分からない。
「・・・準備は出来たのか」
感傷に浸りながら見るともなしに家を眺めていた私の耳に、風間さんの声が聞こえた。
ハッとして振り返ると、黒い羽織に白い着物を着た風間さんが少し離れた場所に立っていた。
今朝は早くから起きて旅支度をしていた私を一人残し、気が付くと風間さんはいなくなっていた。
彼は普段から、ふらりと姿を消したかと思ったら、さほど時間を開けずに戻って来ることが良くあった。
最初の頃は何処に行っているのだろうと不思議に思ったが、暫くして彼が西の鬼と連絡を頻繁に取っているのだということが分かった。
私を気遣って桜の咲く春になる迄出発を待ってくれていたが、彼は西の鬼を統べる頭領として彼等の里を守り、導いていかなければならない大役を担っているのだ。
しっかりと旅装束に身を包んだ私と違い、風間さんはまるで近所にでも散歩をしに行くような服装だ。
そんな軽装で大丈夫なのかと心配になるが、良く考えれば京から江戸に私を連れて来てくれた時も同じような恰好だった。
(鬼って長旅も散歩感覚と同じなのかしら・・・)
風間さんを見ていると、ふとそんな思いが浮かんでしまう。
「では、行くぞ」
「・・・あ、はい!」
私は風間さんの言葉に頷くと、玄関の引き戸を閉めた。
今日でこの家ともお別れだ。
風間さんが天霧さんを通して、この家を処分する手配をしてくれていた。
「雪村診療所」の看板も既に外されていた。
私は最後にもう一度、たくさんの思い出が詰まった「雪村の家」を見渡してから、玄関に向かって無言でお辞儀をした。
風間さんはそんな私を見守ってくれている。
万感の思いに決着を付けてから頭を上げると、風間さんに向き直った。
「お待たせしました!行きましょう!」
「・・・ああ」
風間さんは伏し目がちに返事をして、ゆっくり歩き出す。
私は急いで風間さんに走り寄ると、少し後ろに付いて行った。
「しかし、本当に歩いて西へ行くつもりか。今からでも船を手配させるぞ」
ふと風間さんが、目線は前方を向いたまま歩きながら口を開いた。
桜の咲く中を歩いて旅に出たいと私が言ったのだ。
「いえ、道中に咲く桜を眺めながら歩きたいんです。船だと海に出てしまうので、桜が見えませんから」
「・・・そうか」
風間さんはそう告げたきり、何も言わなかった。
ひんやりとした空気の中、私達は静かに足を進めた。
* * *
少し歩くと、道の端に数本の桜が並んで咲いている場所に出た。
「わあっ!綺麗ですね、風間さん!」
満開の手前、八分咲きといった所だろうか。
「ふっ。満開に咲く手前が一番美しいとは、まるであいつらのようではないか」
眩しそうに少し目を細めて、風間さんは桜を見つめながら告げる。
「・・・そうですね」
風間さんが言う『あいつら』とは、最後迄自分の信じる道をひたすらに生き抜いた『彼ら』を指しているのだと、すぐに分かった。
「・・・もしかしたら、これが世の真理なのかもしれんな。目指す物に辿り着こうと必死に足掻いている姿が、一番美しいのかもしれん」
風間さんが発した意外な言葉に私は驚いて、思わず彼の顔を見つめてしまった。
「おまえは、この桜の木のようだな」
「え?」
更なる風間さんの発言に、私はまじまじと彼の端正な横顔を凝視してしまった。
「ええと・・・違います。桜は『彼ら』ですよ」
見事に咲き誇り、そして散っていった『彼ら』は桜そのものだった。
「やつらは散りゆく花だろう。そうではなく・・・おまえはこの木のようだと言ったのだ」
「・・・え?」
風間さんの言っている意味が分からず、思わず私は問い返す。
すると風間さんは、そっと優しく、まるで慈しむように桜の木に手を置いた。
「人々の目を引く美しい花は、この幹があってこそ咲く。花は刹那で散りゆくが、この木は季節を通し生き続ける。厳しい冬に耐え、春にまた花を咲かせるのは、この木があるからだろう。・・・あいつらが今でも生き続けられるのは、おまえという存在があるからではないのか。そう思えば、この木も愛しく思えてくるから不思議だ」
「・・・っ!」
思い掛けない風間さんの温かい言葉に、瞼が熱くなった。
だって、桜の花は、春のほんの一時しか咲かない。
はらりはらりと舞い散る花びらを見送りながら、また置いて行かれたと自分を重ねてしまうだろうと思っていた。
だから、桜となった『彼ら』の傍に、そんな風に自分を置き換えて一緒にいられるとは思ってもみなかったのだ。
置いて行かれるのではない。
再び花が咲き『彼ら』が帰って来るのを、私は待っていればいいのだ。
風間さんの優しさに応えたくて、私は涙を零さないように無理矢理笑った。
ここで泣いたら、折角の彼の思いやりを裏切ってしまうように感じたから。
「・・・じゃあ、風間さんは土ですね」
春夏秋冬を超えられるのも、しっかりと木を支えてくれる土があるからだ。
春に綺麗な花を咲かせる為に、木は土から水と養分を吸い上げ生きていく。
風間さんは、私が倒れたり枯れたりしないように受け止めてくれる、大地のような人だと思う。
「俺が土・・・?・・・何だかつまらん存在ではないか」
だけど、風間さんは不機嫌そうに眉をひそめた。
「それとも、おまえは暗に・・・俺が地味だとでも言いたいのか?」
「・・・ぷっ!?」
「地味」という言葉と最もかけ離れた風間さんの口からその言葉が出たことがおかしくて、思わず口元に手を当てて吹き出す。
「・・・何故、笑う」
風間さんは益々不機嫌な顔になった。
ぷいっと顔を背けると、足早に歩き出す。
「ま、待って下さい!風間さん!」
「・・・俺は怒ったぞ。もういい、知らん。おまえが道中で疲れたと音をあげても、背負ってなどやらんからな」
「え?・・・ええと、もしかして背負ってくれるつもりだったんですか?」
風間さんの口からそんな言葉を聞くなんて・・・。
寝耳に水の発言に目が丸くなる。
「当たり前だ。おまえは俺を何だと思ってる。おまえは我が妻であり、俺はおまえの夫なのだぞ。唯一の妻を気遣うのは夫の務めだろう」
・・・気遣ってくれていたなんて初耳だ。
風間さんの言葉に私は益々目を丸くした。
(風間さんって横暴というか我が儘な印象が強い人だけど、実は優しい人・・・?)
何だか拗ねているように見える風間さんが可愛く見えて、私は自然と笑顔になっていた。
「あの、風間さん?・・・頑張って歩きますけど、もし、どうしても無理そうな時や風間さんの足を引っ張りそうになった時は、お願いしてもいいですか?」
「・・・・・・」
私の謙虚な物言いに機嫌が直ったのか、風間さんはぴたりと歩みを止めた。
そして、振り返ってにやりと笑う。
「ほう。何だ?そんなに俺を頼りにしているのか」
・・・最近、彼の扱いが慣れてきたように感じる。
「はい、勿論頼りにしてます!」
「そ、そうか」
にっこりと笑いながら元気いっぱいに答える私に一瞬、風間さんは怯んだようだった。
「――千景だ」
「はい?」
唐突に告げられ、私は思わず首を傾げる。
「里に着いたら、すぐに祝言をあげる手筈は整っている。俺達は既に夫婦も同然なのだから、俺のことは名前で呼べ。我が妻の特権だ」
「・・・・・・」
びっくりして何も言えない私に向かって、風間さんは桜を仰ぎ見ながら告げる。
「途中で天霧と合流する約束になっているが、ゆったりと風景を楽しみながら西へ向かうのも良いかもしれん。里に着いたら、皆の暮らしが落ち付く迄は暫く二人で出掛けることは出来ないだろう。婚前旅行だと思えば良い。行くぞ――千鶴」
そして、私に向けてゆっくりと、優雅に手を差し伸べる。
途中、何だかおかしな言葉を聞いたような気もしたが、私を思いやってくれる風間さんの言葉に嬉しくなって、満面に笑みを浮かべた。
「はい!――千景さん!」
彼はそのまま手を差し伸べながら、私が追い付くのを待っていてくれる。
美しい薄紅色の桜に負けないくらい美しい頬笑みを浮かべる千景さんの元に、私は駆け寄って行くと彼の手を取った。
そして、千景さんの横に並んで一緒に歩き出す。
「あの、前から聞いてみようと思っていたんですが、隠れ里って何処にあるんですか?人間が足を踏み入れられないような山奥とかなんでしょうか」
日本国内に人間に見つからずに住める場所なんてあるのだろうかと、前から疑問に思っていたことを千景さんに聞いてみた。
「場所は口にすることは出来んが、案ずるな、我が妻よ。西の地は広い。まだまだ人間共には踏み込めない広い土地がある。おまえが今から向かうのはその場所なのだから、自身の目で確認すれば良い」
「・・・はい、そうします」
自信たっぷりに告げる千景さんを見て、私は胸を撫で下ろす。
千景さんは根拠もなく断言する人ではないことを、一緒にいた数ヶ月で知っているからだ。
「・・・あ、そういえば先に送った医学書とか医療道具が、そろそろあちらに届く頃でしょうか」
「ああ。直接、里の者に運ばせたからな、安心しろ。・・・だが、ひ弱な人間共と違い、我ら一族は早々に怪我や病気になどならんぞ。おまえの医術が里に役立つかどうか」
「でも、小さな子供達は大人ほど免疫力もないと思いますし、きっと役に立ちます!」
「ふっ。頼りになるな、我が妻は。・・・しかし、長年隠れ住んできた我が一族は子供が少ない」
「・・・え、そうなんですか」
初めて知る事実に思わず肩を落とした私を見ながら、千景さんは更に告げる。
「子孫繁栄に心血を注ぐのも、頭領とその妻の役目なのだが・・・」
「え?・・・あ、はい!分かりました!」
確かに千景さんの言う通りだ。
東の鬼の一族も私一人を残し滅んでしまった。
今の日本に、鬼と呼ばれる人達が如何に少ないかを私は考えた。
私も、西の鬼の人達が平和に暮らし繁栄出来るよう、頭領という立場にある千景さんを頑張って支えようと決意する。
千景さんと手を繋いでいない逆の手――杖と笠を持った方の手を胸の前迄上げて、ぐっと握り締める。
「私も精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!・・・あの、千景さん?」
意気込む私を、千景さんは軽く目を見開いて見つめていた。
(何だろう?私、何か変なことを言った・・・?)
すると次の瞬間、千景さんはにやりと笑って見せた。
「そうか。俺との子供がそんなに欲しいか。今から祝言の夜が楽しみだ。さしずめ、十人は産んで貰わなくてはならぬからな。せいぜい頑張るが良い。――頼りにしているぞ、我が妻よ」
「・・・・・・っ!?」
千景さんの言葉に、私は杖を握り締めたまま真っ赤になって固まってしまったのだった。
――美しい桜が見守る中、かけがえのない人と一緒に新しい人生へと旅立つ。
私は今日という旅立ちの日を忘れない。
~了~
<あとがき・・・という名の言い訳>
最後迄ご覧頂き、ありがとうございます!m(__)m
約三ヶ月という長期間に渡り、『薄桜鬼 黎明録』プレイ感想にお付き合いして頂いた方達への、ささやかなお礼の二次創作です!
・・・が。
良く考えたら、ちー様以外のキャラを好きな方にはお礼になっていませんでした。
意気込んで描いたのですが、そのことを失念していました。
すみません。(´・ω・`)
<終章>【共に歩く、新たな道 ~風間の妻~】後設定ですので、ちー様と千鶴がラブラブです!
絶対ちー様って、千鶴に優しくて甘いと思う(笑)!
そんな妄想と盲目フィルターと、「ちー様と言えば子沢山(笑)!」というネタを盛り込んでみました!
状況描写はゲーム風に千鶴視点にしてみました!
『西の鬼の一族って何処に隠れ住むの?』
という私の疑問を千鶴に代弁させてみました(笑)。
「西の鬼は既に薩摩藩の手を離れ、人里離れた隠れ里へと居を移した。」
<終章>内のちー様の発言から、日本からは脱出していないものと考えました。
恐らく、隠れ里は九州の何処か、阿蘇辺りの広大な場所ではないかと考えました。
明治初期頃だったら、まだまだ人間が未開拓の場所がありそうだと思ったからです。
阿蘇周辺に詳しくないので、あくまで私の勝手な妄想です(笑)。
何か足りないと思うかもしれませんが(萌え?エロ?)、私の精一杯の妄想力で大好きなちー様と千鶴を描かせて頂きました!
是非、ちー様のお声は、津田さんのだるそうな声に脳内変換をお願いします(笑)!
『薄桜鬼』初二次創作の為、よろしければ一言でも結構ですので、ご感想を頂ければ嬉しいです!
・・・いつまで経っても、創作をアップする時はドキドキします(笑)。(*´д`*)
※20110306追記。
P.S.
大変遅くなりましたが、この数ヶ月間、大変お世話になったまみみさまに今作を捧げさせて頂きたいと思います。
本当に色々とありがとうございました。
これから『薄桜鬼』をプレイされるということで、少しでもちー様を欲目で見て頂ければ嬉しいです(笑)!
ホントにちー様なら千鶴に対して激甘そうですよね!(笑)良いなぁ…千鶴。私もちー様に‟我が妻”とか言われてみたいものです!w
ささやかなお礼だなんて…ささやかどころじゃないですッ!もう、感謝感謝です(*´д`*)また続きをアップしてくださること祈ってます!ww
up、ありがとうございました!!
萌琉です。
実は今月の2日に入籍しまして、13日が結婚式&披露宴でバタバタしていたのですが、ようやく落ち着いて久しぶりにブログを見てみると、ちーさまの二次創作がアップされていて、尚且つ初薄桜鬼だと知り、張り切ってコメント一番乗りさせていただきました!!
意外とちーさま、良い旦那さま&パパになると思います。きっとイビキなんかもかかないんでしょうし!!
今、隣で旦那がイビキをかいてて眠れないので、勝手に決めつけているだけなんですけど…(苦笑)
なので、携帯から送っているので、もし読みにくかったら、すみません。
旦那は乙女ゲームに対して割と否定的なので、しばらくはゲームできそうにありません。
ですので、sakuraさまのプレイ日記を(勝手に)楽しみにしてますので、よろしくお願いします。
ROM専でしたが風千SSがアップされていたので、いてもたってもいられずコメントしました笑
千鶴ちゃんに甘いちー様も、
ちー様を上手く操ってる千鶴ちゃんも最高ですねv
公式では、千鶴の家を後にしてから鬼の里に行くまでの道中について触れられてないので、もどかしい思いをしていました(;´Д`)
SS読んで脳内で補完させてもらいました笑
寝ぼけた頭がすっきり目覚めました…('∇`)
あ、大変ご無沙汰しています。(思い出した(笑))
薄桜鬼プレイ感想、毎回楽しく読ませて頂きました。
今回まさかのSSでしたが、何様俺様風間様~な雰囲気が見事に出ていてちゃんと津田さんボイスが聴こえましたよ!(笑)
千鶴ちゃんがすでに風間さんのあしらい方を習得している姿に笑いました!!
そしてまさか、彼の口から「地味」発言が出るとはっ(*≧m≦*)ププッ
素敵なお話ありがとうございました!!
ではまた!!
頑張れ千鶴!負けるな千鶴!!
私事ですが、只今雅恋プレイ中です。なんだかんだ言って遅くなりました。
…が!萌えます萌えます萌えます!!!(笑)sakuraさんが以前半妖&ツンデレ、お好きだとおっしゃっていましたが、これは自分的にかなりいけます!
では~~
あまりコメントを残さない方なので、たまに残して、あぁやって回答貰えるとすごくすごく嬉しいです(´ω`人)
読みながら1人ですんごーくニヤニヤしてました。←気持ち悪い
『旅立ちの桜』読みました。
「感想を…」とありましたので、僭越ながらまたコメントを入れさせて頂きます。
私も創作した小説や漫画をホームページに載せていますので、sakura様の「アップする時はドキドキする」って気持ちはすごく分かります(笑)
まだゲームをプレイしていない私ですが、アニメとsakura様の感想で好きになったのは、ちー様と斎藤でした。
だから今回のちー様の小説、すごく嬉しかったです!
とても素敵でした!
桜の咲く季節に、千鶴が言った通り『出掛ける』ように旅立つ2人。でもやっぱり家や思い出との『別れ』。そして見つめる『未来』。
ただのラブラブ話ではなくて、そーいった心情もあって、私はとても好きです。
意外と子煩悩になりそうですよね、ちー様って(笑)
脳内での、ちー様は勿論千鶴の声変換もバッチリです(`・ω´・)b←高性能
数ヵ月間プレイ日記で楽しませていただいた上に、こんな素敵な小説を…、本当にありがとうございます!
薄桜鬼万歳\(^o^)/
この度は『薄桜鬼』二次創作をご覧頂き、そしてコメントをありがとうございます!
>これsakuraさんが作ったんですか!?
はい!
他の乙女ゲームの二次創作はいくつか描いているのですが、『薄桜鬼』二次に初めて挑戦してみました!
『黎明録』のちー様エピローグを見て「今描かないで、いつ『薄桜鬼』二次を描く!?」と思い立ち、一気に描き上げました!
>出来が良すぎですv萌えましたww
ありがとうございます!(´;ω;`)
自分には過分な言葉ですが、そう仰って頂けると大変嬉しいです!
>千鶴に対して激甘そう
千鶴の我が儘を何でも聞いてくれそうな気がします。
それで行動に移そうとして、逆に千鶴に止められる・・・みたいな妄想をしてしまいます。
更に、天霧や不知火と話している内に、いつの間にか千鶴自慢とかノロケ話になって嫌がられそうだと思いました(笑)。
>ささやかなお礼だなんて…ささやかどころじゃないですッ!
三ヶ月もお付き合いして下さった方へのお礼として、自分に出来ることは創作しか思い付かなかったので、そう仰って頂けると本当に本望です!
ありがとうございます!(ノД`;)・゜・
>続きを
このような妄想創作に「続きを」と仰って頂き、ありがとうございます!
乙女ゲーの二次を描く時は、一人のキャラに対して「一期一会」と思いながら後悔しないよう、全ての妄想を一本の創作内に注ぎ込んでいます(笑)。
残念ながら、ちー様×千鶴の妄想は現時点では思い付きませんが、総司×千鶴の創作も面白そうだなと思っています!
この度は『薄桜鬼』二次創作をご覧頂き、そしてコメントをありがとうございます!
>覚えておられるでしょうか?
勿論、覚えております!
お久しぶりです!お元気でしたか?ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノ
>今月の2日に入籍しまして、13日が結婚式&披露宴
!?(゜∀゜;ノ)ノ
電撃ニュースで驚きました!
おめでとうございます!!
陰ながら、末永く夫婦円満、家庭円満をお祈り致しますv(´人`)
>ちーさまの二次創作・初薄桜鬼
そうなのです!
『薄桜鬼』とは何年もの付き合いなのですが(笑)、この度初めて二次創作を描いてみました!
お忙しい中コメントを書き込んで下さり、ありがとうございました!
とても嬉しいです!
>良い旦那さま&パパ
そういえば、ちー様の親兄弟の存在が謎であることに今、気が付きました(笑)。
千鶴にはひたすら甘く、子供達には厳しく躾けながらも、ちゃんと面倒を見てくれそうです!
>携帯から送っているので、もし読みにくかったら、すみません。
全く問題ありません!
お気遣い頂き、ありがとうございます。
>旦那は乙女ゲームに対して割と否定的
!?|д゜)))
そ、そそそ、そうなんですか。
それは残念ですね・・・。(´・ω・`)
今年は積みゲー崩しが目標ですので、他の事も程々に進めながらゲームも頑張りたいと思います!
こちらこそ、よろしくお願いします。
この度は『薄桜鬼』二次創作をご覧頂き、そしてコメントをありがとうございます!
>いつもプレイ感想楽しく読んでいましたv
ツッコミと最近はキレ気味な感じが多かったプレイ感想でしたが、少しでも楽しく感じて頂けたなら嬉しいです!
>ROM専
いつもご覧下さり、ありがとうございます!
>風千SS
「風千」というのですね!
そうですよね。
千景と千鶴なのですから、「千(×)千」になってしまいますよね(笑)!
>いてもたってもいられずコメントしました笑
ありがとうございます!
大変嬉しいです!
自分の中にいる妄想ちー様で描かせて頂いたので、ご覧下さる方がどういう反応をするかと、かなり不安でした。
がっかりされなくて、安心しました!(´;ω;`)
>千鶴の家を後にしてから鬼の里に行くまでの道中
そうなのです!
ちー様ファンは、あの<終章>の後が知りたいのです!(`・ω・´)
プレイ中は、
「千鶴が一緒に西へ行ってくれることを頷いてくれて良かったね、ちー様」
と、ちー様ファンらしく高望みしないハッピーエンドで満足だったのですが、良く考えたら、あれ・・・?
「何で他キャラは一緒に住んでいるラブラブモードなのに、ちー様にはそれがないの!?というか、それ以前なの!?」
やはり、ちー様の不遇な扱いに悶々とした気持ちになってきました。
そういう理由で、桜の咲く中を二人で手を繋ぎながら一緒に歩く、という妄想創作を描いてみました(笑)!
このようなSSですが、少しでも月さまの脳内補完に役立てたなら大変本望です!
感想コメントありがとうございました!m(__)m