玄奘が悟空と一緒に故郷に戻ってから、穏やかな時間が流れていた。
『働く気がない』などと困ったことを言っていた悟空も、寺院のあまりの貧窮ぶりが見るに堪えなかったのか趣味の薬作りを生かして、意外にも薬師として寺院の家計を支えてくれていた。
近隣の村では薬草に対して悟空より優れた専門的知識を持つ者もいない為、かなり有難がられている。
薬の代金とは別にお礼だと言って、一緒に農作物等を持ってきてくれる人もいた。
常にお腹を空かせていると言っても過言ではない程、育ち盛りの子供達がいる孤児院にとっては有難いことだった。
(本当に悟空という存在は、私に幸せ以上の物を与えてくれますね・・・)
玄奘は寺院の庭を掃きながら、目を瞑って感謝の祈りを捧げる。
「さて・・・と。掃き掃除が終わったら、次はお正月の準備の続きですね」
天竺で何とか無事に経典を解放した後、悟空と二人でこの寺院に帰って来てから初めての正月を迎えようとしていた。
普段は少々寂しいこの寺院も、流石に正月ともなれば近所の人達がお参りに訪れる為、にわかに賑やかになる。
近年は年老いた和尚に代わり、寺院の正月用の飾り付け等は玄奘が子供達と協力して進めていた。
(面倒くさがりの悟空は手伝ってはくれないでしょうし・・・)
自分や子供達だけでは大変な所もあり、正直、男手があるに越したことはないのだが、あの悟空に頼るくらいなら最初から自分がやった方が早いかもしれない。
それに、そういう雑事をさせる為に、悟空に寺院にいて欲しい訳ではない。
(私だけでも充分に出来る事ですし。悟空には薬草作りや趣味の実験に専念させてあげましょう)
玄奘は箒を片付けると、次は仏像が置かれているお堂の拭き掃除に入ることにした。
* * *
お堂の掃除の難儀な所は、天井が高いことである。
「・・・玄奘先生、大丈夫?」
高い場所に置かれている物を雑巾で拭こうと椅子を二脚重ねてその上に乗っている玄奘を心配して、子供達の中では比較的年長の男の子が声を掛けてくる。
「だ、大丈夫ですよ。いつも、これくらいやってることですから・・・」
玄奘は子供達の不安を取り除くように、明るく笑いながら答える。
そうは告げるが、玄奘の足元は不安定に揺れていた。
年長の男の子の傍にいる小さな女の子も、おっかなびっくりな顔で心配そうに玄奘を見上げている。
「ねえ、悟空を探してやってもらおうよ」
見ていられないといった感じで男の子は提案してくる。
「・・・ですが、何処にいるか分かりませんし。探している時間があったら、やってしまった方が早いです」
そう告げて玄奘は雑巾掛けを再開する。
子供達も低い場所の雑巾掛けを手伝ってくれていた。
(とにかく、さっさと高い場所を終わらせましょう)
相変わらず、手を伸ばす度に足元が揺れたが、片方の手を支えにしながら何とか拭いていく。
「玄奘先生ー。隣のおばさんが来たよー」
入口付近の整理を担当していた子供が、お堂に入って来て告げた。
子供達が言う『隣のおばさん』とは、寺院の近所に住む世話好きの中年の女性のことである。
近所のよしみで和尚と孤児院を心配して、夕飯用のおかずや畑で採れた作物等を持って来てくれる、実に良い人である。
「え・・・」
しかし、玄奘はギクリと嫌な予感がした。
毎年、正月前になると決まって玄奘に『ある物』を持ってくるのである。
玄奘が二十歳になる前くらいから、その女性の世話好きに火が付き始めてしまったようだ。
「こんにちは、玄奘ちゃん。お邪魔するわね。修行の旅から帰って来たんですって?・・・あらあらあら」
二脚重ねた椅子の上に立っている玄奘を見て、『隣のおばさん』は目を丸くした。
「・・・こ、こんにちは。こんな場所から失礼します」
お客様に上から応対するのも失礼だったが、降りるのも一苦労な為、致し方ないこととして非礼を詫びる。
それに用件が『あのこと』に関することならば、すぐに終わる筈だった。
「玄奘ちゃんがそんなこと・・・。和尚様はもうお年だしね・・・。やっぱり若い男手が必要じゃないかしら?」
頬に手を添えながら、溜め息を吐いてしみじみと告げてくる。
「はあ・・・」
(別に「若い」に限定しなくても良いと思うのですが・・・)
玄奘は曖昧に返事をしてみせる。
「いいえ!やっぱり必要よね!玄奘ちゃんも、もう適齢期なんだから、そろそろ身を固めた方が良いと思うのよ。和尚様と子供達のことが心配でしょうけど、あっという間に婚期を逃しちゃうわよ?・・・という訳で、こっちに置いておくわね」
一人で何やら納得して近くの台にドサドサと紙束を置いた。
「これ、今年の玄奘ちゃんに来たお話の分。確か、貴族のご子息もいたわよ。和尚様達が心配だったら、そういう方から援助してもらうのも良いんじゃない?玄奘ちゃんは器量良しだから、有力者からのお話も結構あるのよ?」
(・・・ああ、やっぱり、いつものお見合い話でした)
玄奘は内心でげっそりと溜め息を吐いていた。
何故か、この人は正月が近付くと「おめでたい話だから」と、この手の見合い話を山のように持ってくるのである。
今迄は新年の忙しさを理由に遠回しに保留にしていて、正月が過ぎると熱が冷めたように見合い話が立ち消えているのが恒例となっていた。
しかし、玄奘が二十歳を迎えた頃から、断るのも難しくなってきていた。
とにかく、諦めないのである。
「本当に、玄奘ちゃんみたいに出来た娘さんは中々いないわよ?仏法の修行とか言って、世直しの旅に出ていたんですって?世の中、何かと物騒だから玄奘ちゃんが無事に帰って来て、おばさん本当に安心したのよ?」
中々、話が終わらない。
玄奘は拭き掃除も出来ないまま、不安定な椅子の上で話が終わるのを待つしかない。
「そうそう!薬師さんと一緒に帰って来たんですって?こちらに住むことになったって聞いてるわ。これで、玄奘ちゃんがここを出て行っても和尚様も安心ね」
更に、話が勝手に独り歩きしている。
彼女の中で、玄奘が寺院を出ることは確定のようである。
「・・・あら、つい長居しちゃったわ。書類を置きに来ただけだったのに。お掃除の邪魔をしちゃって、ごめんなさいね。じゃあ、玄奘ちゃん、気を付けてちょうだいね」
言いたいことだけ言って、さっさと退場して行った。
玄奘は半ば呆気にとられながら、苦笑するしかなかった。
本当に良い人なのだ。
小さな頃に母を亡くして、寺院に預けられた自分の将来を純粋に心配してくれているのだ。
それが『結婚』だけに固定されているのはどうかと思う訳だが・・・。
(結婚しなくても、ここで御仏に仕えながら一生を過ごす・・・という選択肢もあると思うのですが)
その時、掃除をする為に開けっ放しにしていた扉から風が吹き込んできて、無造作に置いてあるだけだった紙束がめくられ堂内を舞った。
「キャーッ!?」
子供達が驚いて悲鳴を上げた。
「紙がっ!?・・・大変です!」
その気がない自分は、書類を一枚たりとも失くさずに返却しなければならない。
一枚でも紛失する訳にはいかない。
「・・・って、きゃあっ!?」
紙に気を取られた玄奘は、椅子の上だということを忘れて迂闊に動いてしまい態勢が崩れてしまう。
そのまま足を滑らせ、玄奘の体が宙に浮いた。
「キャーッ!?」
「玄奘先生っ!」
玄奘が落ちる瞬間を見たくなくて、子供達は反射的に目を覆った。
盛大に椅子が崩れた音が聞こえた。
玄奘もギュッと目を瞑り、襲ってくるであろう衝撃の瞬間を息を詰めて待った。
(・・・・・・?)
何かに受け止められた衝撃は伝わってきたが、痛みはいつまで待っても襲ってこなかった。
不思議に思い、玄奘が恐る恐る目を開けると・・・。
「・・・悟空っ!?」
目の前には悟空の顔があった。
「・・・玄奘、お前なー」
悟空はフウッと肩の力を抜くと安心したような表情になる。
玄奘は悟空に抱きかかえられていた。
「悟空っ!」
「わあっ!さすが悟空先生!」
悟空の登場で子供達は一気に盛り上がっていた。
玄奘はまだ悟空が目の前にいることが信じられずに、悟空の顔を穴が空くほど見つめるばかりだ。
「怪我はないか?」
悟空に話し掛けられ、ようやく玄奘はハッと我に返る。
「・・・え、ええ。悟空が受け止めてくれたお陰で、何処も痛くありません」
「・・・何やってんだよ、お前は。びっくりしたぜ。目の前でいきなり椅子が崩れて、お前が落ちそうになってるんだからよ」
「・・・すみません。ご心配をお掛けしました」
玄奘は迷惑を掛けたことを素直に詫びた。
「言いたいことは色々ある。まず、一つ。・・・何でこんなことになってんだ?」
倒れている椅子を見ながら、不機嫌そうに悟空が問うてくる。
「あのね!玄奘先生は椅子を二つ重ねて、高い所を拭こうとしていたの!」
「悟空を呼びに行こうって言ったのに、『自分でやった方が早い』って言ったの!」
「突然風が吹いて、紙が飛ばされたの!」
「それで驚いて椅子から落ちたんだと思う!」
子供達は正直さが美徳だ。
玄奘が答える前に、子供達は次々と悟空に真相を明かしてくれる。
「・・・ほう」
「・・・・・・」
玄奘は至近距離で自分を見る悟空から、不自然に視線を逸らすしかない。
「・・・お前、馬鹿か」
心底呆れたように悟空が告げた。
「なっ・・・!・・・流石にそれは言い過ぎではないですか!?」
玄奘は悟空に向き直ると、ムキになって反論した。
すると、玄奘の視界が急に陰ったかと思うと、額に悟空の額が落ちてきた。
額同士がぶつかって、コツンと音が鳴る。
「・・・それくらい俺に頼れ。何の為に俺がいると思ってるんだ。拭き掃除くらいしてやる」
「・・・ですが。あなたが何処にいるか分からなかったのは、本当でしたし。それに・・・こんなことをさせる為に、あなたをここに連れて来た訳ではありません」
悟空を頼らないのは、ある意味いつものことだ。
なのに何故、今回は怒られるのか分からなかった。
「・・・はあっ」
玄奘の言葉を聞いて、悟空は盛大に溜め息を吐いて見せた。
「それで、もしお前に何かあったらどうするんだ?・・・俺の寿命を縮ませる気か?もう俺は、ただの人間なんだ。お前に置いて行かれたら、俺は一人でどうやって生きていけば良いんだ?」
熱烈な悟空の告白に玄奘は言葉を紡ぐことも出来ず、ただ赤面しまくるしない。
「それに・・・」
悟空は言を継ぐ。
「俺の家はここだろ?家族が正月の準備をしているのに、俺だけ仲間外れか?」
軽い口調だったが、玄奘は悟空の言葉を聞いて瞠目した。
家族。
一つ屋根の下で身を寄せ合って暮らしている自分達は、紛れもなく家族なのである。
「・・・そうですが。頼んでも面倒だと言ってやりたがらないのは、一体何処の誰ですか」
玄奘は悟空の言葉に驚きながらも何とか睨み返して、いつもの悟空の態度を言って聞かせる。
「まあ、時と場合による」
勝手な持論で開き直る悟空に、玄奘は頬を膨らませて反論しようとした。
「わあっ!玄奘先生と悟空先生がらぶらぶだーっ!」
「ねえ、ちゅーするの?」
「・・・・・・」
すぐ傍で子供達が二人を凝視していた。
「・・・ああっ!そうでした!紙を拾わなければ!悟空、拾うのを手伝って下さい!」
子供達の無邪気な視線を受けて、玄奘は一気に現実に戻る。
悟空の腕から下ろされて、その場にいた全員で堂内に散らばった紙を拾い集めることになった。
* * *
「・・・多分、これで全部だと思います」
一枚一枚に番号が書かれていた為、何とか確認が出来た。
これも彼女お手製なのだろうか。かなりのやる気を感じる。
「あとは、これを返す時に全部あるか確認してもらいます」
一枚でも抜けていたら「この人が気に入ったのね!」と勘違いされそうで恐ろしい。
悟空は一番上の紙を手に取り、サッと目を通してから、
「で?何だ、これ?」
と尋ねてきた。
「・・・見合い話のようです」
正直、悟空には一番聞かれたくなかったが、結果として巻き込んでしまったのだから仕方ない。
「・・・って。それ全部お前の相手か?」
悟空は玄奘の手にしていた紙の束を見ながら純粋に驚いているようだ。
「・・・まさか、お前相手に・・・。世の中こんなに物好きが・・・」
本人を前にして、かなり失礼なことをブツブツと呟く。
「すみませんでした。悟空にはかなり失礼なことをしていると自覚しています。すぐにでもこれを返しに行って、悟空とのことを話してきます。・・・私には既に人生の伴侶がいます、と」
それはそれで「まあ、そうだったの!?それで、結婚式はいつ?」と質問攻めにあうのは目に見えていたが、隠している訳にもいかない。
善は急げと、すぐに向かおうとする玄奘に悟空は声を掛けた。
「・・・おい。じゃあ、正月祝いで爆竹を鳴らすついでに、俺達の結婚式でも挙げるか?」
「へっ!?」
寝耳に水、瓢箪から駒、棚からぼた餅の悟空の突然の言葉に、玄奘は目が点になるばかりだ。
何が「ついで」なのか、さっぱり理解不能だった。
「悟空先生ーっ!ちょっとこっちに来てー!」
隣の部屋の掃除に移った子供が悟空の手を借りたいのか、声が聞こえる。
悟空はかなり間抜けな顔になっている玄奘を見てニヤリと笑うと、玄奘に背を向けて隣の部屋へ消えて行った。
本気か、いつもの冗談か・・・。
判別し難い悟空の言葉に玄奘は混乱していた。
(ま、まさか・・・?多分、いつもの悟空の冗談だとは思いますが・・・)
九百年を生きている男の心情など、まだ二十年弱しか生きていない玄奘には分かる筈もない。
残りの人生を考えても、どうしても差は埋まらない。
結局、玄奘はどうやっても悟空には叶わないのである。
~終~
<あとがき・・・という名の言い訳>
最後迄読んで下さり、ありがとうございます!m(__)m
初めて『S.Y.K~新説西遊記~』(悟空×玄奘)妄想二次創作(SS)を描きました!(*゜∀゜)=3
唯一『S.Y.K』のキャラの中で、悟空×玄奘の妄想が一本だけ浮かびました。(´∀`)
タイトルの『你是我家(ニーシーウォジャー)』は、
英語だと『you're my home』となります。
日本語に直訳すると『あなたが私の家』です。
ところで『你(人偏に尓)』の漢字ですが、
文字化けしてないでちゃんと見えてますか?
本文は何とか大丈夫(?)だったみたいですが、
タイトルだけがどうしても文字化けしてしまう為、
泣く泣く単漢字を組み合わせました。(ノД`;)・゜・
バランスが悪いのは、ご愛嬌ということで・・・。
『私』『あなた』、
『I』『YOU』は基本なんだから、
『我』『ニー』くらいPCで普通に変換して下さい!щ(゜ロ゜щ)
玄奘の年齢が21歳と分かり、
「唐の時代の女性の結婚適齢期っていくつなんだろう?」
という疑問から今回の、
『玄奘に見合い話を薦める近所のおばさん』
の話が出来上がりました(笑)。
いや~。
描き始めたら早かったこと(笑)。
一気に描き終わりました!
その割には終わり方が中途半端の様な・・・?
悟空が最後の方しか出て来ませんし、
特にイチャラブもしておりませんので、
糖度も高くなければ甘くもないお話になってしまいました。
せっかくのFD記念なのに、甘くなくてすみません。(´д`) シュン
描き上げてから、
「・・・あれ?もっと甘くても良いんじゃない?」
と我ながら思ってしまいました・・・。
色々、反省!orz
・・・という訳で(自分で甘々が描けなかった為)、
声を大にして叫ばせて下さい!
「FDは高濃度の糖度、かつイチャラブを激しく希望しますっ!щ(゜ロ゜щ)」
拙い妄想でしたが、ここ迄ご覧頂き本当にありがとうございます!
表現がおかしい所や読みづらい箇所等があるかもしれませんが、
何卒ご許容の程をお願い致します。m(__)m
よろしければ、ご感想をお待ちしております!
※1/9 22:45追記
改めて携帯から確認した所、やっぱり『ニー』の漢字が文字化けしておりました。
(単漢字を組み合わせたタイトルの方は大丈夫のようです)
この漢字を使わないタイトルに変えようかとも思ったのですが、
今更このタイトル以外は考えられなくなりました(笑)。
何となく意味も分かりますし、大丈夫ですよね?(´∀`)
『働く気がない』などと困ったことを言っていた悟空も、寺院のあまりの貧窮ぶりが見るに堪えなかったのか趣味の薬作りを生かして、意外にも薬師として寺院の家計を支えてくれていた。
近隣の村では薬草に対して悟空より優れた専門的知識を持つ者もいない為、かなり有難がられている。
薬の代金とは別にお礼だと言って、一緒に農作物等を持ってきてくれる人もいた。
常にお腹を空かせていると言っても過言ではない程、育ち盛りの子供達がいる孤児院にとっては有難いことだった。
(本当に悟空という存在は、私に幸せ以上の物を与えてくれますね・・・)
玄奘は寺院の庭を掃きながら、目を瞑って感謝の祈りを捧げる。
「さて・・・と。掃き掃除が終わったら、次はお正月の準備の続きですね」
天竺で何とか無事に経典を解放した後、悟空と二人でこの寺院に帰って来てから初めての正月を迎えようとしていた。
普段は少々寂しいこの寺院も、流石に正月ともなれば近所の人達がお参りに訪れる為、にわかに賑やかになる。
近年は年老いた和尚に代わり、寺院の正月用の飾り付け等は玄奘が子供達と協力して進めていた。
(面倒くさがりの悟空は手伝ってはくれないでしょうし・・・)
自分や子供達だけでは大変な所もあり、正直、男手があるに越したことはないのだが、あの悟空に頼るくらいなら最初から自分がやった方が早いかもしれない。
それに、そういう雑事をさせる為に、悟空に寺院にいて欲しい訳ではない。
(私だけでも充分に出来る事ですし。悟空には薬草作りや趣味の実験に専念させてあげましょう)
玄奘は箒を片付けると、次は仏像が置かれているお堂の拭き掃除に入ることにした。
* * *
お堂の掃除の難儀な所は、天井が高いことである。
「・・・玄奘先生、大丈夫?」
高い場所に置かれている物を雑巾で拭こうと椅子を二脚重ねてその上に乗っている玄奘を心配して、子供達の中では比較的年長の男の子が声を掛けてくる。
「だ、大丈夫ですよ。いつも、これくらいやってることですから・・・」
玄奘は子供達の不安を取り除くように、明るく笑いながら答える。
そうは告げるが、玄奘の足元は不安定に揺れていた。
年長の男の子の傍にいる小さな女の子も、おっかなびっくりな顔で心配そうに玄奘を見上げている。
「ねえ、悟空を探してやってもらおうよ」
見ていられないといった感じで男の子は提案してくる。
「・・・ですが、何処にいるか分かりませんし。探している時間があったら、やってしまった方が早いです」
そう告げて玄奘は雑巾掛けを再開する。
子供達も低い場所の雑巾掛けを手伝ってくれていた。
(とにかく、さっさと高い場所を終わらせましょう)
相変わらず、手を伸ばす度に足元が揺れたが、片方の手を支えにしながら何とか拭いていく。
「玄奘先生ー。隣のおばさんが来たよー」
入口付近の整理を担当していた子供が、お堂に入って来て告げた。
子供達が言う『隣のおばさん』とは、寺院の近所に住む世話好きの中年の女性のことである。
近所のよしみで和尚と孤児院を心配して、夕飯用のおかずや畑で採れた作物等を持って来てくれる、実に良い人である。
「え・・・」
しかし、玄奘はギクリと嫌な予感がした。
毎年、正月前になると決まって玄奘に『ある物』を持ってくるのである。
玄奘が二十歳になる前くらいから、その女性の世話好きに火が付き始めてしまったようだ。
「こんにちは、玄奘ちゃん。お邪魔するわね。修行の旅から帰って来たんですって?・・・あらあらあら」
二脚重ねた椅子の上に立っている玄奘を見て、『隣のおばさん』は目を丸くした。
「・・・こ、こんにちは。こんな場所から失礼します」
お客様に上から応対するのも失礼だったが、降りるのも一苦労な為、致し方ないこととして非礼を詫びる。
それに用件が『あのこと』に関することならば、すぐに終わる筈だった。
「玄奘ちゃんがそんなこと・・・。和尚様はもうお年だしね・・・。やっぱり若い男手が必要じゃないかしら?」
頬に手を添えながら、溜め息を吐いてしみじみと告げてくる。
「はあ・・・」
(別に「若い」に限定しなくても良いと思うのですが・・・)
玄奘は曖昧に返事をしてみせる。
「いいえ!やっぱり必要よね!玄奘ちゃんも、もう適齢期なんだから、そろそろ身を固めた方が良いと思うのよ。和尚様と子供達のことが心配でしょうけど、あっという間に婚期を逃しちゃうわよ?・・・という訳で、こっちに置いておくわね」
一人で何やら納得して近くの台にドサドサと紙束を置いた。
「これ、今年の玄奘ちゃんに来たお話の分。確か、貴族のご子息もいたわよ。和尚様達が心配だったら、そういう方から援助してもらうのも良いんじゃない?玄奘ちゃんは器量良しだから、有力者からのお話も結構あるのよ?」
(・・・ああ、やっぱり、いつものお見合い話でした)
玄奘は内心でげっそりと溜め息を吐いていた。
何故か、この人は正月が近付くと「おめでたい話だから」と、この手の見合い話を山のように持ってくるのである。
今迄は新年の忙しさを理由に遠回しに保留にしていて、正月が過ぎると熱が冷めたように見合い話が立ち消えているのが恒例となっていた。
しかし、玄奘が二十歳を迎えた頃から、断るのも難しくなってきていた。
とにかく、諦めないのである。
「本当に、玄奘ちゃんみたいに出来た娘さんは中々いないわよ?仏法の修行とか言って、世直しの旅に出ていたんですって?世の中、何かと物騒だから玄奘ちゃんが無事に帰って来て、おばさん本当に安心したのよ?」
中々、話が終わらない。
玄奘は拭き掃除も出来ないまま、不安定な椅子の上で話が終わるのを待つしかない。
「そうそう!薬師さんと一緒に帰って来たんですって?こちらに住むことになったって聞いてるわ。これで、玄奘ちゃんがここを出て行っても和尚様も安心ね」
更に、話が勝手に独り歩きしている。
彼女の中で、玄奘が寺院を出ることは確定のようである。
「・・・あら、つい長居しちゃったわ。書類を置きに来ただけだったのに。お掃除の邪魔をしちゃって、ごめんなさいね。じゃあ、玄奘ちゃん、気を付けてちょうだいね」
言いたいことだけ言って、さっさと退場して行った。
玄奘は半ば呆気にとられながら、苦笑するしかなかった。
本当に良い人なのだ。
小さな頃に母を亡くして、寺院に預けられた自分の将来を純粋に心配してくれているのだ。
それが『結婚』だけに固定されているのはどうかと思う訳だが・・・。
(結婚しなくても、ここで御仏に仕えながら一生を過ごす・・・という選択肢もあると思うのですが)
その時、掃除をする為に開けっ放しにしていた扉から風が吹き込んできて、無造作に置いてあるだけだった紙束がめくられ堂内を舞った。
「キャーッ!?」
子供達が驚いて悲鳴を上げた。
「紙がっ!?・・・大変です!」
その気がない自分は、書類を一枚たりとも失くさずに返却しなければならない。
一枚でも紛失する訳にはいかない。
「・・・って、きゃあっ!?」
紙に気を取られた玄奘は、椅子の上だということを忘れて迂闊に動いてしまい態勢が崩れてしまう。
そのまま足を滑らせ、玄奘の体が宙に浮いた。
「キャーッ!?」
「玄奘先生っ!」
玄奘が落ちる瞬間を見たくなくて、子供達は反射的に目を覆った。
盛大に椅子が崩れた音が聞こえた。
玄奘もギュッと目を瞑り、襲ってくるであろう衝撃の瞬間を息を詰めて待った。
(・・・・・・?)
何かに受け止められた衝撃は伝わってきたが、痛みはいつまで待っても襲ってこなかった。
不思議に思い、玄奘が恐る恐る目を開けると・・・。
「・・・悟空っ!?」
目の前には悟空の顔があった。
「・・・玄奘、お前なー」
悟空はフウッと肩の力を抜くと安心したような表情になる。
玄奘は悟空に抱きかかえられていた。
「悟空っ!」
「わあっ!さすが悟空先生!」
悟空の登場で子供達は一気に盛り上がっていた。
玄奘はまだ悟空が目の前にいることが信じられずに、悟空の顔を穴が空くほど見つめるばかりだ。
「怪我はないか?」
悟空に話し掛けられ、ようやく玄奘はハッと我に返る。
「・・・え、ええ。悟空が受け止めてくれたお陰で、何処も痛くありません」
「・・・何やってんだよ、お前は。びっくりしたぜ。目の前でいきなり椅子が崩れて、お前が落ちそうになってるんだからよ」
「・・・すみません。ご心配をお掛けしました」
玄奘は迷惑を掛けたことを素直に詫びた。
「言いたいことは色々ある。まず、一つ。・・・何でこんなことになってんだ?」
倒れている椅子を見ながら、不機嫌そうに悟空が問うてくる。
「あのね!玄奘先生は椅子を二つ重ねて、高い所を拭こうとしていたの!」
「悟空を呼びに行こうって言ったのに、『自分でやった方が早い』って言ったの!」
「突然風が吹いて、紙が飛ばされたの!」
「それで驚いて椅子から落ちたんだと思う!」
子供達は正直さが美徳だ。
玄奘が答える前に、子供達は次々と悟空に真相を明かしてくれる。
「・・・ほう」
「・・・・・・」
玄奘は至近距離で自分を見る悟空から、不自然に視線を逸らすしかない。
「・・・お前、馬鹿か」
心底呆れたように悟空が告げた。
「なっ・・・!・・・流石にそれは言い過ぎではないですか!?」
玄奘は悟空に向き直ると、ムキになって反論した。
すると、玄奘の視界が急に陰ったかと思うと、額に悟空の額が落ちてきた。
額同士がぶつかって、コツンと音が鳴る。
「・・・それくらい俺に頼れ。何の為に俺がいると思ってるんだ。拭き掃除くらいしてやる」
「・・・ですが。あなたが何処にいるか分からなかったのは、本当でしたし。それに・・・こんなことをさせる為に、あなたをここに連れて来た訳ではありません」
悟空を頼らないのは、ある意味いつものことだ。
なのに何故、今回は怒られるのか分からなかった。
「・・・はあっ」
玄奘の言葉を聞いて、悟空は盛大に溜め息を吐いて見せた。
「それで、もしお前に何かあったらどうするんだ?・・・俺の寿命を縮ませる気か?もう俺は、ただの人間なんだ。お前に置いて行かれたら、俺は一人でどうやって生きていけば良いんだ?」
熱烈な悟空の告白に玄奘は言葉を紡ぐことも出来ず、ただ赤面しまくるしない。
「それに・・・」
悟空は言を継ぐ。
「俺の家はここだろ?家族が正月の準備をしているのに、俺だけ仲間外れか?」
軽い口調だったが、玄奘は悟空の言葉を聞いて瞠目した。
家族。
一つ屋根の下で身を寄せ合って暮らしている自分達は、紛れもなく家族なのである。
「・・・そうですが。頼んでも面倒だと言ってやりたがらないのは、一体何処の誰ですか」
玄奘は悟空の言葉に驚きながらも何とか睨み返して、いつもの悟空の態度を言って聞かせる。
「まあ、時と場合による」
勝手な持論で開き直る悟空に、玄奘は頬を膨らませて反論しようとした。
「わあっ!玄奘先生と悟空先生がらぶらぶだーっ!」
「ねえ、ちゅーするの?」
「・・・・・・」
すぐ傍で子供達が二人を凝視していた。
「・・・ああっ!そうでした!紙を拾わなければ!悟空、拾うのを手伝って下さい!」
子供達の無邪気な視線を受けて、玄奘は一気に現実に戻る。
悟空の腕から下ろされて、その場にいた全員で堂内に散らばった紙を拾い集めることになった。
* * *
「・・・多分、これで全部だと思います」
一枚一枚に番号が書かれていた為、何とか確認が出来た。
これも彼女お手製なのだろうか。かなりのやる気を感じる。
「あとは、これを返す時に全部あるか確認してもらいます」
一枚でも抜けていたら「この人が気に入ったのね!」と勘違いされそうで恐ろしい。
悟空は一番上の紙を手に取り、サッと目を通してから、
「で?何だ、これ?」
と尋ねてきた。
「・・・見合い話のようです」
正直、悟空には一番聞かれたくなかったが、結果として巻き込んでしまったのだから仕方ない。
「・・・って。それ全部お前の相手か?」
悟空は玄奘の手にしていた紙の束を見ながら純粋に驚いているようだ。
「・・・まさか、お前相手に・・・。世の中こんなに物好きが・・・」
本人を前にして、かなり失礼なことをブツブツと呟く。
「すみませんでした。悟空にはかなり失礼なことをしていると自覚しています。すぐにでもこれを返しに行って、悟空とのことを話してきます。・・・私には既に人生の伴侶がいます、と」
それはそれで「まあ、そうだったの!?それで、結婚式はいつ?」と質問攻めにあうのは目に見えていたが、隠している訳にもいかない。
善は急げと、すぐに向かおうとする玄奘に悟空は声を掛けた。
「・・・おい。じゃあ、正月祝いで爆竹を鳴らすついでに、俺達の結婚式でも挙げるか?」
「へっ!?」
寝耳に水、瓢箪から駒、棚からぼた餅の悟空の突然の言葉に、玄奘は目が点になるばかりだ。
何が「ついで」なのか、さっぱり理解不能だった。
「悟空先生ーっ!ちょっとこっちに来てー!」
隣の部屋の掃除に移った子供が悟空の手を借りたいのか、声が聞こえる。
悟空はかなり間抜けな顔になっている玄奘を見てニヤリと笑うと、玄奘に背を向けて隣の部屋へ消えて行った。
本気か、いつもの冗談か・・・。
判別し難い悟空の言葉に玄奘は混乱していた。
(ま、まさか・・・?多分、いつもの悟空の冗談だとは思いますが・・・)
九百年を生きている男の心情など、まだ二十年弱しか生きていない玄奘には分かる筈もない。
残りの人生を考えても、どうしても差は埋まらない。
結局、玄奘はどうやっても悟空には叶わないのである。
~終~
<あとがき・・・という名の言い訳>
最後迄読んで下さり、ありがとうございます!m(__)m
初めて『S.Y.K~新説西遊記~』(悟空×玄奘)妄想二次創作(SS)を描きました!(*゜∀゜)=3
唯一『S.Y.K』のキャラの中で、悟空×玄奘の妄想が一本だけ浮かびました。(´∀`)
タイトルの『你是我家(ニーシーウォジャー)』は、
英語だと『you're my home』となります。
日本語に直訳すると『あなたが私の家』です。
ところで『你(人偏に尓)』の漢字ですが、
文字化けしてないでちゃんと見えてますか?
本文は何とか大丈夫(?)だったみたいですが、
タイトルだけがどうしても文字化けしてしまう為、
泣く泣く単漢字を組み合わせました。(ノД`;)・゜・
バランスが悪いのは、ご愛嬌ということで・・・。
『私』『あなた』、
『I』『YOU』は基本なんだから、
『我』『ニー』くらいPCで普通に変換して下さい!щ(゜ロ゜щ)
玄奘の年齢が21歳と分かり、
「唐の時代の女性の結婚適齢期っていくつなんだろう?」
という疑問から今回の、
『玄奘に見合い話を薦める近所のおばさん』
の話が出来上がりました(笑)。
いや~。
描き始めたら早かったこと(笑)。
一気に描き終わりました!
その割には終わり方が中途半端の様な・・・?
悟空が最後の方しか出て来ませんし、
特にイチャラブもしておりませんので、
糖度も高くなければ甘くもないお話になってしまいました。
せっかくのFD記念なのに、甘くなくてすみません。(´д`) シュン
描き上げてから、
「・・・あれ?もっと甘くても良いんじゃない?」
と我ながら思ってしまいました・・・。
色々、反省!orz
・・・という訳で(自分で甘々が描けなかった為)、
声を大にして叫ばせて下さい!
「FDは高濃度の糖度、かつイチャラブを激しく希望しますっ!щ(゜ロ゜щ)」
拙い妄想でしたが、ここ迄ご覧頂き本当にありがとうございます!
表現がおかしい所や読みづらい箇所等があるかもしれませんが、
何卒ご許容の程をお願い致します。m(__)m
よろしければ、ご感想をお待ちしております!
※1/9 22:45追記
改めて携帯から確認した所、やっぱり『ニー』の漢字が文字化けしておりました。
(単漢字を組み合わせたタイトルの方は大丈夫のようです)
この漢字を使わないタイトルに変えようかとも思ったのですが、
今更このタイトル以外は考えられなくなりました(笑)。
何となく意味も分かりますし、大丈夫ですよね?(´∀`)
こちらの悟空と玄奘の小説を読んで、幸せな気分になりました。
特に、世話焼きおばさんが、悟空と会ったりしたら、面白いだろうなとか考えてしまいました(笑)
では、失礼いたしました。
この度は『S.Y.K~新説西遊記~』の二次創作をご覧頂き、そしてコメントを書き込んで頂き、ありがとうございます。
>悟空と玄奘の小説を読んで、幸せな気分になりました。
ありがとうございます!
突発的に浮かんだ妄想創作ですが、ご覧頂いた上に有り難い感想迄書き込んで頂き、本当に嬉しく思っています!
>世話焼きおばさんが、悟空と会ったりしたら、
ゲームには出て来ない架空の人物ですが、お寺の近所にいそうだなと考えました。
悟空が捕まったら延々と弾丸トークに巻き込まれ、途中で居眠りをしそうです(笑)。
FDでは予想以上のいちゃラブが見られて大変満足でした。
今作は悟空×玄奘でしたが、本当は悟浄×玄奘の話を描いてみたいです。
『S.Y.K』二次創作に初コメントを下さり、天にも昇る気持ちです。
ありがとうございました。