Une petite esquisse

日々の雑事の中で考えたこと、感じたことを徒然に書き綴ります。

村上春樹「ラオスにいったい何があるのですか?」を読み解く<連続シリーズ>(7)

2019年07月31日 | 社会学/社会批評
検証:メコンの流れ(7)


「でもそれは決して平和で穏やかな川ではない。・・・(省略)・・・、それでも山間を行く川の流れは荒々しく速く
水は大雨の降った直後のようにどこまでも茶色く不吉に濁っていた。」
(文藝春秋刊、単行本 P157)

「メコン川の持つ深く神秘的な、そして薄暗く寡黙なたたずまいは、湿った薄暗いヴェールのように僕らの上に終始垂れ込めている。
そこには「不穏な」「得体の知れない」とも表現したくなるような気分さえ感じられる。」
(文藝春秋刊、単行本 P158)

「-おそらく、あまりにも流れが激しく、そしてあまりにも濁りすぎている、こんな川は今まで他のどこでも見たことがない。・・・(省略)・・・
僕の中にある川というものの観念を少しばかり、でもけっこう根底から変更してしまうことになる。」
(文藝春秋刊、単行本 P160)

「しかし一歩街の外に出れば、そこには泥のように濁った水が雄々しく流れるメコン川があり、・・・」
(文藝春秋刊、単行本P171)

「プーシーの丘から登ると・・・(省略)・・・蛇行しながら緑の密林の間を流れるメコン川を遥かに望むことができる。」
文藝春秋刊、単行本P172)



悠久なる、穏やかなメコンの流れ


プーシーの丘から眺めたメコン川、直線的で静かな流れ


プーシーの丘から眺めたナムカーン川、蛇行して流れはダイナミック


乾期なので川肌が見える


メコン川の船上レストラン、川の流れが激しいと船上レストランは成り立たない

 はじめてルアンパバーンを訪れたのは、2009年、法政大学の小松光一先生に誘われてのことである。
フアイサーイを朝の9時5分に出発し、午後6時10分にルアンパバーンに到着した。
約9時間のメコン川下りの旅であった。
 メコン川は黄褐色に濁っており、けっして美しい水の色ではないが、流れはゆったり穏やかなものであった。
当時はルアンプラバンと呼ばれており、みんな貧しいのに、穏やかな顔つきをしている事に驚かされた。
ナイトマーケットでは、近隣の村々の手工芸品が販売されており、そのレベルの高さにも驚かされた。
それから、2019年までにインドシナ半島を11回訪れ、ルアンパバーンには7回滞在している。
 カンボジア、ベトナムでは地球温暖化の影響かメコン川の氾濫が報告されているが、
上流のラオスにおいてメコン川が氾濫したことは聞いたことがない。

雨期、乾期を問わず、メコン川の流れは穏やかである。「山間を行く川の流れは荒々しく速く」と記されているが、
山間とは具体的に何処なのか?ルアンパバーンのメコン川沿いは平地で「山の間」は存在しないが。
たしかに、川は濁っていて美しくはない。しかし「こんな川は今まで他のどこでもみたことがない。
・・・(省略)・・・僕の中にある川というものの観念を・・・根底から変更してしまうことになる。」
「そこには「不穏な」「得体のしれない」とも表現したくなるような気分さえ感じられる。」と記述するほどに特異なものなのか。

プーシーの丘からの眺めを描写されているが、プーシーの丘から見たメコン川は直線的で蛇行などしていない。
メコン川の支流のナムカーン川と錯覚されているのでは?
地球の歩き方(ラオス編、P16)にも書かれているように、ルアンパバーンは山深い「猫の額ほど」の平地であり、密林など存在していない。

 今も、私の前を流れるメコン川は、穏やかで「悠久の大地、メコンの恵み」を感じさせる川である。
メコン川以上に流れの激しい、濁った川はどこにでもある。
インドのバラナシのガンジス川の流れはもっと激しく、水は濁り汚れている。
中国の黄河も流れは荒々しく、濁り、時に氾濫をおこしている。
大阪の道頓堀川の水の濁りは、メコン川と比較にならないぐらいに汚れている。
 鬼怒川の堤防が決壊した時の、怒涛のような水の流れに比べれば、
メコン川の流れは「豊島園のプール」の水流に等しい。
 旅エッセーは事実に基づいて記載されるべきであり、フィクションの感覚で書くべきではない。
あり得ない「誇張」や「捏造」は許されるものではない。サプリメントの通販番組ではない。
公式に出版された出版物は「個人の感想です」で済まされるものではない。


上空から見た、ルアンパバーンの街とメコン川
右下が半島部と支流のナムカン川。機体の奥、
プロペラの翳の右側に飛行場の滑走路が見える


(追記)
メコン川の描写は実に素晴らしい。村上春樹の言語能力と想像力、フィクション作家としての、あり余る才能を感じる。
心情に訴えかける文章表現は、それが例え「デタラメ」でも、ぜひ見習いたいぐらいだ。
ラオス領内を流れるメコン川は全長1898Kmに及ぶが、村上春樹自身が述べているように、
ルアンパバーンは、「かなりこじんまりした街」だ。したがい、メコン川の距離もきわめて短い。
彼が認識しているルアンパバーンの大きさからすれば、せいぜい2Kmぐらいであろう。
私の認識でも3,2Km程度であろう。ルアンパバーンは平地で構成されており、
半島部に「プーシーの丘」という高さ150mの小山があるぐらいだ。
見渡せばメコン川からはるか離れて、カスミがかかるぐらいの距離に、
丘のような低い山が幾らかあるぐらいだ。
「山間を流れる川の流れは荒々しく速く」と書かれているが、ルアンパバーンは平野部で山間など何処にも存在しない。
「雄々しく流れるメコン川」に至っては「雄々」ではなく悠々の間違いではないか。
誰かの表現を借りれば「20,000パーセント」作り話だ。
メコン川に関する描写は、読者に誤解を与えるので削除されるか、書き直されるのが良いかと考えます。

村上春樹「ラオスにいったい何があるのですか?」を読み解く<連続シリーズ>(6)

2019年07月30日 | 社会学/社会批評
検証:ルアンパバーン国際空港(6)


ルアンパバーン国際空港ターミナルビル


人もまばらな、空港内待合ロビー




滑走路が一本だけのちいさな飛行場

「僕が目指するルアンプラバンは、メコン川沿いにある。かなりこじんまりした街だ。街そのものより、街外れにある飛行場の方がたぶん大きいだろう。
玄関がやたら大きく立派で、部屋数が少ない家に似ている。居間を通り抜けて、その奥のドアを開けたら裏庭だったみたいな。」
(文藝春秋刊、単行本P152)


ハノイ、ノイバイ国際空港ターミナルビル


出発ロビー入り口

広大な敷地を持つ空港内部、ベトナム航空機の背後に複数の滑走路が見える

ハノイのノイバイ国際空港は、さすがにベトナムが国家の威信をかけて建設しただけあって、
近代的な建築と設備を持った世界的にも有名な空港である。
 もし村上春樹がハノイのノイバイ空港からラオスのルアンパバーンの飛行場に降り立ったなら、
飛行機の離着陸のある時以外、人もまばらで「国際」と言う言葉に違和感を持つような
「地方の辺鄙な空港」に「玄関がやたら大きくて立派で部屋数が少ない家に似ている」
言った例えをするだろうか?
ルアンパバーンを町の中心の「半島部のみ」と錯覚されているようだが、
村上の泊まったブルジョアホテル「アマンタカ」を含む、
ナンプ噴水から南西部に拡がる広範囲な地域がルアンパバーンである。
 目測だが、銀座の1丁目から7丁目までの大きさが、ルアンパバーンの半島部先端のシェントーン寺院から
王宮博物館までの大きさと、ほぼ同じと思はれる。
街と空港の大きさを比較すれば、はるかに銀座の方がナリタの空港より小さい。
だからといって、銀座の街を「玄関だけが立派で居間を通り抜けて、
その奥のドアを開けると裏庭だった」みたいな例えをするだろうか?
村上春樹は大都会のハノイから1時間ばかりで、辺鄙なルアンパバーンの飛行場に降り立って、
「居間を通り抜けると、裏庭だった」みたいに、本当に、このように感じたのだろうか?

村上春樹「ラオスにいったい何があるのですか?」を読み解く <連続シリーズ>(5)

2019年07月29日 | 社会学/社会批評
検証:ハノイで出会ったベトナム人(5)

「そのときヴェトナムの人に『どうしてまたラオスなんかに行くんですか?』と不審そうな顔で質問された。
その言外には『ヴェトナムにないいったい何がラオスにあるというんですか?』というニュアンスが読み取れた。」
(文藝春秋刊、単行本P151)


ハノイの街角

 はたして初対面の外国人が「ラオスへ行く」と言ったら、「どうしてラオスなんかに行くのですか?」とネガティブな質問をするだろうか? 
3歳の子どもならともかく、大人なら内心、ラオスへ行くことが「詰まらない」と思っていても、
「Oh,Wanderful,nice nice Good trip!」と愛想を述べるのが普通ではないか。
 第一次インドシナ戦争(フランスからの独立戦争)、そして第二次インドシナ戦争(ベトナム戦争)を共に戦った友好国ラオスに対して、
一般のベトナム人がこのような発言をするとは俄かに信じがたい。
唯一、考えられるのがサイゴン陥落の折、ベトナムから逃げ出したボートピープルの出戻りベトナム人ぐらいであろう。
 ラオス通の日本人の多くが、本当にこのようなベトナム人が存在したのか疑問に思うと述べている。
架空の第三者を登場させ、その人物に「噓八百」を述べさせるのは詐話師の常套手段である。
村上春樹はハノイで出会ったベトナム人とは何語で意思疎通を図ったのか?村上がベトナム語が流暢だとは思えない。
英語で対話をしたとすれば、ベトナム英語は早口で抑揚がなく聞き取りが非常に難しい。
ひょっとしたら、そのベトナム人は「Laos is wonderful country、and it is a country full of charm.
Please enjoy the journey enought.」と言ったのを聞き間違えたのではないか?とも考えられる。


ベトナム人は花を愛する


ロンビエン橋近くの、古びた建物

村上春樹「ラオスにいったい何があるのですか?」を読み解く <連続シリーズ>(4)

2019年07月29日 | 社会学/社会批評
検証:モーニングマーケット(朝市)(4)



モーニングマーケットの雰囲気





「でも朝になって、河沿いにある大きな朝市(京都でいえば錦小路、地元の人々で賑わっている)
をぶらぶら歩いて・・・」(文藝春秋刊、単行本 P160)
 
メコン川沿いに朝市は存在しない、メコン川沿いのスリニャウオンサー通リ(Souliyavongsa.Rd.)を内側に曲がり約20m、
私の歩数で80歩、モーニングマーケット通り(Morninng market.Rd)で朝市は開催されている。
 村上春樹は京都の錦小路と例えているが、共通点が見いだせない、むしろ雰囲気的には飛騨高山の朝市の方が類似点があると思うが、
庶民の台所と言うべき所で、観光客と地元の人々で賑わっている。
村上春樹さん~ルアンパバーンの朝市と錦小路に、どんな共通点があるのか教えてください。
 ルアンパバーンの「朝市」の大きい、小さいはともかく、地理的条件はきっちり調査された上で記述すべきであろう。
「よく見ていないものは書けない」の文章作法の通り、見ていないが故に、正確な記述がなされていない。
たった、このワンセンテンスで村上春樹の観察力が疑われる。

村上春樹「ラオスにいったい何があるのですか?」を読み解く <連続シリーズ>(3)

2019年07月26日 | 社会学/社会批評
検証:ラオスでしてはいけないこと(3)

村上様が、ご宿泊された「アマンタカホテル」からキサラート通りを500mばかり歩くと、
おしゃれなルアンパバーン観光局の建物が目に付きます。
 この観光局の玄関には「ラオスでしてはいけないこと」とイラスト付きの看板が掲示されています。
そこに「足の裏は不浄とされ人や仏像に足の裏を向けないで下さい」と注意書きがされています。


おしゃれな建物のルアンパバーン観光局


玄関には「ラオスでしてはいけないこと」とイラスト付きで注意がされている


拡大図「足の裏は不浄とされ人や仏像に向けないこと」と注意がされている


ラオスで一番下品で行儀の悪い日本人「Haruki MURAKAMI」

 文藝春秋刊、単行本167ページのお写真、短パン姿で小股を拡げ、椅子にもたれかかり、欄干に足をあげられている。
さぞ、お気に入りだと思いますが、敬虔な仏教国ラオスでは寺院、仏像、人に足を向ける行為は
下品で絶対に許される姿勢ではありません。
 多くのラオス人が、「この人は誰ですか?」、「この下品で行儀の悪い人が「HARUKI MURAKAMI」と言う人ですか?」
と怪訝な顔をする。
知識人としての良識と考え、削除されることを強くお勧めします。
村上様もお書きになっているように街中に数多くの寺院があり、ご宿泊されていたホテルの周りには
多くの寺院が点在しています。ルアンパバーンは寺院に埋もれた街です。
道路の向こう側、バルコニーの先には恐らく寺院があります。
村上様がご滞在されたルアンパバーンは街中に数多くの寺院があり、各寺院では僧侶や修行僧が
ご修業をされている「場」である事をご理解下さい。