細胞老化 (cellular senescence)とはDNA損傷、がん遺伝子の活性化、ストレスなどで誘導される持続的な細胞増殖の停止を表す現象として、Leonard Hayflick博士によって提唱された概念です(ちなみにHayflick博士は様々なワクチン産生に使用された正常ヒト細胞株WI-38細胞を樹立した人でもあります)。細胞老化は必ずしも生体の老化と一致するわけではありませんが、老化細胞(senescent cells, SnC)は細胞老化関連分泌形質(senescence-associated secretory phenotype, SASP)を産生することで炎症慢性疾患、年齢に関連した機能不全などに関与する可能性が示唆されており、最近では東京大学医科学研究所の中西真教授らがGLS1阻害薬が選択的に老化細胞を除去することで加齢現象や生活習慣病を改善させることを報告して注目されました (Johmura et al., Science. 2021 Jan 15; 371(6526): 265-270)。さてSARS-CoV-2感染によって一部の患者にサイトカインストームと呼ばれる激烈な炎症が生じることが知られていますが、このような重症化のリスクとして「高齢」が知られています。著者らは高齢者が重症化するメカニズムとして細胞老化に注目しました。
まず著者らはSnCにおいては非SnCと比較して、病原体関連分子パターン (pathogen-associated molecular pattern, PAMP)によって惹起される炎症反応が増強されていることを明らかにしました。次にSARS-CoV-2の受容体ACE2に結合することでウイルス感染に重要な役割を果たすSpike 1糖タンパク (S1)によるSASP因子産生がSnCにおいては増強されることを示しました。つまりS1がPAMPとして作用することでSnCでは過剰炎症が生じる可能性があるということです。またSnCは非SnC細胞におけるACE2やTMPRSS2 (やはり感染に重要なプロテアーゼ)の発現を上昇させることでウイルス感染を促進すること、S1で処理したSnCから産生されるSASP因子として、特にIL-1αが重要な役割を果たしていることが示唆されました。
最後にウイルス感染における老化の影響、SnC除去の効果を検討しています。SARS-CoV-1 & 2と同じファミリーに属するβ-コロナウイルスであるマウス肝炎ウイルス (MHV)感染によって高齢マウスでは高い死亡率を示します。SnCのアポトーシスを誘導する (senolysis)ことが知られているフラボノイドFisetinで前治療することによって高齢マウスの死亡率は低下し、抗ウイルス抗体産生も改善しました。遺伝子改変してAP20187によってSnCを除去可能としたINK-ATTACマウスを用いて、高齢のINK-ATTACマウスからSnCを除去した場合にも、同様の効果が見られました。またsenolyticsカクテルとして知られているDasatinib+Quercetin (D+Q)の効果を検討し、ウイルス感染後にD+Qを投与することによってMHV感染による死亡を50%抑制できることを明らかにしました。
少しできすぎた話のような気もしますが、老化がウイルス感染にどのような影響を与えるかを考える上で大変示唆に富む研究結果かと思います。
Camell et al., Senolytics reduce coronavirus-related mortality in old mice. Science 08 Jun 2021: eabe4832. DOI: 10.1126/science.abe4832