goo blog サービス終了のお知らせ 

とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

PCR検査をめぐる議論に思う事

2020-07-12 17:25:38 | 新型コロナウイルス(疫学他)
 PCR検査についてはこれまで多くの方が色々な場で色々なことを仰っており、意見が異なる人を説得したり、考えを変えさせたりすることは不可能だ、ということが良くわかったので、これまであまり自分の考えを述べてきませんでした(怖い人も多いし)。しかし東京でもまた感染者(症状がない人も多いので「ウイルス陽性者」という言い方の方が正確かもしれませんが)が増加してきて、再びPCR検査の議論が喧しくなってきたので、自分の考えをまとめてみたいと思います。とはいえ、自分の意見だけが正しいとも思いませんので、異なる考えの方の意見を変えたいというような野望はありません。
 私自身はPCR検査(や抗体・抗原検査)は「病院で医師が必要と考えた人に対して、速やかに、面倒くさい手続き(ストレス)なしに行えればそれで良い」という考えで、2月ころのように必要な検査ができないという状態はダメですが、とにかくたくさん行うべき、という意見には反対です(医療関係であれば同様の考えの方は多いと思いますが)。PCR検査数に数値目標を設けるというのもナンセンスで、これは数値が一人歩きするだけです(「今日のノルマを達成するために、あと2時間で100人集めろ!」というような指令が飛びそうです・・)。
 さらに言えば「新型コロナウイルスは無症状感染者が多く、そのようなヒトから周りに感染を広げるので、広く検査が必要」という意見にも反対です。理由はいくつかあります。
 他の職場と同様、私の職場でも毎年職員健診というのがあり、もちろん無料ですし、受診は義務ということなので、面倒くさいとは感じながら受診しております。しかしそれでも受診しようとしない人が必ず毎年一定数います。それを考えれば、たとえ新型コロナウイルスのPCR検査を「義務化」したとしても、恐らくかなりのヒトは検査を受けないでしょう。罰則規定がなければなおさらです。「無症状感染者を捕捉して感染拡大を抑制する」ことが目的とすれば、大部分が検査を受けなければ目的は達成されません。
 多くの方がおっしゃっているように、感染者が少ない段階で無症状感染者を捕捉する目的で絨毯爆撃的に検査を行うのはあまりに無駄が多すぎます。これはPCRでも抗体検査でも同じで、感度や特異度が低ければなおさらです。そもそもいくら検査で陰性でも偽陰性かもしれませんし、次の日には感染しているかもしれません。
 もちろんクラスターが発生した場所で濃厚接触者全員に検査を行うのはやむを得ないと思います。また病院(入院患者)や介護施設など、リスクが高い人が集まる場で全員にスクリーニングを行う、というのは人数も限られていますし、意味があるかと思います。「PCR陰性という検査結果をもっていかないと出社許可がおりない」というようなアホな会社に勤めている方の場合は、「そんな会社辞めなはれ」とも言えないので、自費での検査は許可する、としてはどうかと思います。
 「それでは無症状感染者・未発症感染者からの感染の広がりは抑えられないではないか」という意見はその通りで、それに対する私の答えは「それは仕方がありません」です。これは「あきらめろ」ということではなく(そういうつもりも少しありますが)、「今後は自分が感染を広げるかもしれないと皆が考えながら生活をするべき」ということです。
 これをふまえてどのような対策をすべきか、については論点がずれるのでここでは触れません。「新しい生活様式」というのは、基本的に現在行っているような感染予防を、日にちが経っても忘れることなく続けていく(感染予防を文化にする)ということかと思います。これについてはまた別の機会に論じたいと思います。


新型コロナウイルスのpositive selection

2020-07-04 13:18:51 | 新型コロナウイルス(疫学他)
コロナウイルスは変異を生じてもこれを修復する機構proofreadingを有しているためSARS-CoV-2についても遺伝子変異は少ないとされています。インフルエンザウイルスで毎年のように新たなワクチンが必要になる理由は、変異の頻度がコロナウイルスと比較すると桁違いに多いためです。しかしコロナウイルスについても自然淘汰natural selectionによって変異型の選択が生じる可能性はあります。現在SARS-CoV-2についてはワクチンや抗体製剤の開発が急速に進んでおり、その多くが受容体結合に重要なSpike(S)タンパク(の3量体)を標的にするものですが、その際に抗原として用いているのは武漢株のSpikeタンパク配列です(Wang C et al., Journal of Medical Virology 92, 667-674, 2020)。
世界中のSARS-CoV-2ウイルス遺伝子の系統樹がGISAID database, Nexstrainなどに登録されていますが、SARS-CoV-2のようにde novo変異が少なく、しかもrecombinationを生じるウイルスではhomoplasyに基づく系統解析でウイルスのpositive selectionを同定することは困難です。著者らはbioinformatics toolを作成して、異なる地域で繰り返しドミナントとなるウイルス型は優位性を持った(positive selectionを受けた)ウイルス型であるという指標を用いて、SタンパクのD614G変異型ウイルスに注目しました。
D614G変異は23,403番目のヌクレオチドのA→G変異によって生じますが、ほとんどの場合はその他3か所の変異と同時に生じます。3月1日の段階では世界から登録された997のウイルス遺伝子配列のうち10%を占めるのみでしたが、3月31日には67%、5月末(最終サンプルは)までには14,951のウイルス遺伝子配列のうち78%を占めるようになりました。武漢型のD614からG614型ウイルスへの出現頻度の変化はアイスランド、カリフォルニアのSanta Clara地方以外のすべての地域で起こっていました。最初はD614が流行していた場所でも、両者が併存している時期をへて、G614型優位へと変化することが見られました。つまりG614型がpositive selectionで選択された可能性を示しています。ちなみに日本でも2月に見られたのはすべてD614でしたが、3月以降はG614型が大部分になっています。
G614のoriginを調べると、最も初期に出現したのは中国、ドイツで1月末に検出されたのがG614に加えて3つの変異のうち2つを有するウイルスです。全ての変異を有するウイルスは2月20日にイタリアで採取されたサンプルでした。
D614はSタンパクプロトマーの表面に存在し、近接するプロトマーのT859のプロトマー間の水素結合に関与しており、G614への変異によって水素結合が形成されなくなるため、分子の可動性が亢進する可能性があります。
著者らはG614型ウイルスの臨床像についても検討し、G614型ウイルス感染者におけるウイルス量はD614型と比較して多いことを明らかにしました。また細胞とpseudotypeウイルスを用いたin vitroの解析からもG614型ウイルスの方が感染力が高い可能性が示唆されました。一方G614型ウイルス感染者で重症度には有意差はなく、感染患者から得られた血清はG614に対してもD614と同等の中和活性を有することも明らかになりました。
G614型ウイルスの重要性は他の研究者からも報告されており(Hu J et al., bioRxiv 2020.06.20.161323; Lorenzo-Redondo et al., medRxiv, 2020.2005.2019.20107144; Ozono S et al., bioRxiv 2020.06.15.151779; Wagner C et al., Https://github.com/blab/ncov-D614G)、このウイルス型がpositive selectionを受けたことは間違いないと思われます。しかしこのウイルス型の臨床像については、この研究では感染性や増殖性は高いが重症化は変わらないという結果でしたが、一方で致死率が高いとする報告もあり(Becerra-Flores M et al., Int J Clin Pract, e13525, 2020)、今後のさらなる検討が必要です。
本報告は初めて変異型ウイルスのpositive selection、そして機能や臨床像の違いを明らかにした重要な研究であり、今後のワクチンや抗体製剤開発にも貴重な示唆を与えるものと考えられます。

コロナ時代のリウマチ診療

2020-07-03 18:08:59 | 新型コロナウイルス(疫学他)
日本臨床リウマチ学会雑誌に「コロナ時代のリウマチ診療」という総説を書かせていただきました。自分の知識を整理する目的で書いたという面もあります。2カ月ほど前に提出したものなので内容が古くなってしまっている部分もありますが、ご興味のある方はご一読いただければ幸いです。 
こちらからもダウンロード可能です。
http://www.j-cra.com/pdf/32-86.pdf

SARS-CoV-2感染細胞におけるリン酸化タンパクの解析

2020-06-28 19:57:57 | 新型コロナウイルス(疫学他)
この論文で著者らは、SARS-CoV-2を感染させたVero E6細胞(アフリカグリーン猿腎由来細胞)においてウイルスおよび細胞由来のリン酸化タンパクを網羅的に解析し、タンパク―タンパク相互作用やウイルスによって活性化されている(であろう)キナーゼを同定しました。その結果casein kinase II (CK2)およびp38 MAP kinaseの活性化がサイトカイン産生および細胞周期阻害に関与していること、ウイルス感染によってCK2を含むfilopodia形成が促進され、ウイルス粒子のbuddingに関与している可能性が示されました。またウイルスによって活性化される様々なキナーゼ阻害薬がCOVID-19治療薬として有望であるとしています。
Phosphoprotein mappingを様々な時間軸で細かく行い(0, 2, 4, 8, 12, 24時間という6 points)、タンパク―タンパク相互作用を解明したり、治療標的となるキナーゼを同定したりというのは大変な作業だったとは思うのですが、コントロールに用いた"mock infection"というのは一体何なのか?これが他のコロナウイルスとは異なるSARS-CoV-2の特徴なのか?サルではなく人の細胞ではどうなのか?腎ではなく肺の細胞ではどうなのか?など、多くの疑問符を残す研究です。もちろん「文句を言うならお前がやってみろ」と言われてもできませんけど・・
ウイルス感染によってAPOH, CD9, TSPAN14, AHSG, SERPINA1, A2Mなどの血小板制御、血栓、凝固抑制に関与するタンパク発現(リン酸化ではなく)が低下するというデータはCOVID-19による血栓形成と関連して興味深かったです。

COVID-19における特異的T細胞の誘導

2020-06-27 15:00:44 | 新型コロナウイルス(疫学他)
新型コロナウイルスに対する集団免疫については、風邪を起こすコロナウイルスの例を考えても、SARS-CoV-2の感染が終生続く抗体を誘導するとは考えにくいと思います。それでは感染によってウイルス特異的なT細胞は誘導されるのでしょうか?これまでSARS-CoV-2特異的T細胞についての報告は少ないですが、Spikeタンパク(S),膜(M), 核タンパク(NP)特異的T細胞が回復期患者末梢血で見られること(Ni L et al., Immunity. 2020 Jun 16;52(6):971-977.e3)、主としてmild COVID-19回復期患者でウイルスのS, Mタンパクに対して強く反応するSARS-CoV-2特異的T細胞が出現することなどが報告されています(Grifoni A et al., Cell. 2020 Jun 25;181(7):1489-1501.e15)。この研究で著者らはSARS-CoV-2のプロテオームをカバーするペプチドのMegaPools(MP)を用いてARDSを生じたCOVID-19患者におけるSARS-CoV-2特異的T細胞の誘導を検討しました。
ARDSを生じて補助換気を行ったCOVID-19患者10人を対象としました。コントロールとして健常者(HC)10人と比較しました。COVID-19 ARDS患者の末梢血をSARS-CoV-2のほぼすべての領域を網羅し、CD4+ T細胞、CD8+ T細胞を特異的に活性化するように設計された4種類のペプチドプール(MP)で刺激し、T細胞の活性化を検出しました。CD4+ T細胞の活性化はすべてのCOVID-19 ARDS患者およびHCの1/10, 2/10で見られました。とくにSタンパクのペプチドプールで強い反応が見られました。CD8+ T細胞の活性化はCOVID-19 ARDS患者の8/10, 4/9で、HCの1/10で見られました。T細胞刺激によるサイトカイン産生を検討したところ、COVID-19 ARDS患者ではSペプチドプールの刺激によってTh1およびeffectorサイトカインであるIFN-γ, TNF-α, IL-2の産生が亢進していました。Th2(IL-5, IL-13, IL-9, IL-10)サイトカインやTh17(IL-17A, IL-17F, IL-22)サイトカインの産生もTh1サイトカインよりは低レベルですが増加していました。
この研究からCOVID-19の重症患者ではほぼ全例にSARS-CoV-2に特異的なT細胞が検出されること、特にSタンパクに反応するCD4+, CD8+ T細胞が主であることが分かりました。また健常者の一部にもSARS-CoV-2タンパクに対して反応するT細胞が存在するという結果は興味深いものですが、他の国から発表された論文でも同様の結果が示されており(Grifoni A et al., Cell. 2020 Jun 25;181(7):1489-1501.e15; Braun J et al., MedRxiv 2020 https://doi.org/10.1101/2020.04.17.20061440; Le Bert N et al., 2020 bioRxiv 10.1101/2020.05.26.115832; Meckiff BJ et al., bioRxiv 2020 10.1101/2020.06.12.148916など)、おそらく間違いないと思われます。この理由としては「風邪を起こすコロナウイルス」によって誘導されるT細胞の交差反応ではないかと考察しています。
ただしこのような特異的なT細胞誘導がSARS-CoV-2の感染や重症化にとってどのような影響があるのかについては不明であり、そのあたりは物足りない気がします。