サバ奈子

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当別町 野外彫刻 その9

2022-07-10 09:02:23 | 野外彫刻

当別町立町別小学校です。

敷地内に彫刻があります。

古そうな彫刻です。

親心

銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも
万葉集 山上憶良

創立七十年記念
紀元二千六百二年建設
寄贈者 故山田武夫
建設者 山田フデ

当別町立当別小学校
北海道石狩郡当別町元町102番地

こちらは車を走らせていてたまたま見つけたもの。

二宮金次郎像です。

昭和12年7月亡父ノ追善供養トシテ右近富造右近留吉両氏建立處昭和17年10月
大東亜戦争ノ為メ金属回収従ヒ應召昭和18年5月再度両氏寄贈ニ依リ之ヲ代替
建立ス

為追善故父母
寄贈 右近富造
   右近留吉

再建が昭和18年と、歴史のある像です。

ここは廃校になってしまいましたが、小学校でした。

当別町立弁華別小学校
明治二十五年(1892年)五月開校
平成二十八年(2016年)三月閉校

弁華別小学校は、昭和12年建設。道内2番目に古い校舎とのこと。

当別町立弁華別小学校
北海道石狩郡当別町字弁華別243

車を走らせていて、小公園があって、そこに記念碑があります。

四角い彫刻です。

劉連仁生還記念碑
 題字 泉亭俊彦

劉連仁氏は1944年中国山東省から連行され、沼田の明治鉱業で過酷な労働を
強いられていましたが、1945年7月にこの炭鉱を脱出しました。
1958年2月8日、当別の山中で穴居していたところを発見され、翌9日、保護
されました。強靭な意志と生命力により、実に12年と7か月の逃亡生活に耐え、
生還を果たすことができました。

時を経て、発見者の袴田清治氏、保護にあたった木屋路喜一郎氏らの招きに
より、1992年、1995年、1998年の三回にわたる氏の訪町が実現しました。
この交流の中から日中両国の友好と平和への願いをこめた記念碑が生まれま
した。

2000年9月2日、劉連仁氏は87歳の生涯を閉じました。
2002年9月1日、ご子息の手によって碑は除幕しました。
碑は彫刻家丸山隆氏の遺作でもあります。御影石の原石をもちいて、劉連仁
氏の苦難の穴居生活をみごとに象徴しています。
2002年9月1日
劉連仁生還記念碑建立実行委員会

劉連仁記念碑
当別町若葉


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