ホントに久しぶりに、散策してきた。
お日様が柔らかくさして・・・心安らぐ。
雨がおおいので、きのこ、きのこ、きのこ
キノコって、見ていると滑稽感あると、思いませんか。
栗も落ちていました。
栗のいがの山
くりちゃん3兄弟 笑
栗いがの山の中で拾いました。
紅葉はまだ、だからあまり人気はないが・・・遠足の小学生、集合写真をとりながら、なんか叫んでた、集団で。
尊い、平凡。取り戻した日常。これが続きますように。
1本だけ、色づいていた洋種ヤマゴボウ。
妙にきれいでしたが、要するに病葉(わくらば)ですね。
それで考えたこと
生物・・・いきているもの・・・つまり、基本、生きることしか考えない。つまり、生き物には死も生であるってことかな。
人間・・・生と死を対立的な関係で考えていることが多い。
それでも生き物であるから、健康なときは生きることしか考えない。(と思う)
しかし、病を得たときや相応の年齢になったとき「死に時」や「死に方」を考える人は多い。
昔、99歳で自殺した人の話を聞いたことがある。
理由は、100歳になるのがいやだった。
これは「人間」として、死に時とか死に方を考えた結果だろうな。
10歳年上のコロナ前に亡くなった友人(親友)、難病だった。亡くなる前の日まで口をきけたらしい。
息子さんがお見舞いにいって、帰るときに「もういい」といった。
息子さんはもう帰っていいよ、という意味にとらえていたが、その後にがくんと悪くなって、翌日には旅立った。
「もういい」とは、この世はもういい、旅立つということだったのか?とは息子さんの言葉。
彼女、その後、私の白昼夢(脳内霊感スクリーン)に出てきた。美しが原高原にいたときに。
それで満面の笑顔で「○○○さあーん!自由になったよう」と叫んで消えた。
○○○さあーん・・って、私の名前、独特のイントネーション、彼女しかあの言い方では呼ばない。
「逝くとき」を自分で決定したんだなあ。と思う。
上の弟も似たような一気に、の旅立ち。
ただ、彼は、遺書のようなものを残していないので、「生き物」的に生きていたんだと思うが、しかし、なんか思うところがあったんだろうと思う。
あのまま生きていたら、寝たきりになり最後はもっと苦しむはずだった。それを悟って、旅立ちを決めたのか?
この3つの例は、「人間」の死、私の思うところの。
母。
たぶん、彼女は「人間」を卒業して、今は「生物」
だから、生きることしか考えていない。
死ぬ時は、生の延長線上で消えるって感じなんだろうか。
8月のピンチを脱して、今は調子がいいってそういうことだと思っている。
先日ケアマネと12月半ばから、越冬ステイの話をしているときに「今のように介護はしてもらえないと思います」
「私が担当している中で、○○さん(母の名前)ほど、細かく配慮した介護をしてもらっている方は、いないです」
と言われた。
優秀なヘルパーさんたちに助けられてではあるが、うれしかった。
母、生物としてケアが変われば弱りも早いかもだが、しかしそれまでは間違いなく生き物として生きる、自分で決断して「逝く」ことはないと思う。
いや・・ガンバランバ。
弱音吐きますが、最近は腰、背筋の痛み、左手の軽いしびれ(手根管症候群)等々、結構 身体にあれこれ出てきている。
ガンバランバ
生き物は手強いよ。
ガンバランバ