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りんのお散歩

一児の母になりました。
のんびり、ときに激しく語ります

春琴抄       谷崎潤一郎

2010-06-02 09:50:12 | 本♪
現代ものではミステリーが大好きな私ですが、時代ものだとそうでも無くて、
むしろ「時代物ミステリー」には食指が動かないタイプだと思います。

その時代に生きた、というのはもうすでにそれだけで、現代を生きる私からするとあり得ない感覚・あり得ない常識だらけで、つまり時代小説ってもうそれだけでミステリーなんだと思うんです。


だから私は、
「時代」という名の縛りがあるからこそ美しくそして気高い時代小説、文学、
そういうものにとても惹かれます。





と、いうわけでつわり中に読んでました、「春琴抄(谷崎潤一郎)」



これね、

本当に、これね、




たった70ページほどしかないんです。すっごく薄い本なんです。
そしてたった300円なんです。今日び小説が300円で買えるんです。

たった70ページで。
たった300円で。
それだけでこの愛とこの美が手に入るのだというのだから、私の人生には今までどんなに余計なものがたくさんあったのでしょうか。



なんなんだろう。

この美しさはなんなんだろう。


お話自体はあまりにも有名だから勿論ストーリーは知っていたし、「泣きたくなるほど美しい」ともよく聞いていたけれど、


だけど実際は私が思っていたよりも遥かに、

遥かに美しかった。




ストーリーは言ってしまえば【超ツンデレなドS春琴ちゃんと、その子をうっかり大好きになってしまったばっかりにドメスティックでバイオレンスな生涯を送るはめになったドM(に目覚める)佐助くんのはなし(笑)】なんですけど、(←身も蓋もない説明)
しかもツンデレってぶっちゃけ私が一番大嫌いなタイプの人間なんですけど、


だけど読み始めたらもう、

春琴のキャラが苦手なタイプだとか、佐助のどうしようもない愚かさとか、


そんなもんどうでもいいわ!ってなった




これは本当に、

日本語の勝利、言葉の勝利としか言い様がないと思う。


だって、本来一番重要なはずのキャラクターもストーリーも二の次三の次になるくらい、とにかく谷崎潤一郎の紡ぎ出す文章が美しくて美しくて、読み終わった瞬間に本当に春琴と佐助の人生に立ち会ったかのような気持ちになっていて、
気付けばふたりどちらもいとおしい。

この二人の感覚は間違いなく異常だと思うし、納得しかねる個所もあるはずなのに、
なのにこんなにもいとおしいのは、やはりその二人を紡ぎだす日本語の圧倒的な美しさによるところなのだと思う。


ここまで狭く封鎖された空間の中で、ここまで感受性を解き放てるものなのだろうか。
色のない世界にいるはずなのに、こんなにも色彩に溢れた思いを持てるものなのだろうか。




ああ最高だった

胎教にはどうかと思うけど最高だった



やっぱり私は日本語が好きです。
この先何度生まれ変わっても日本語をつかっていたいくらい、日本語が好きです。




「春琴抄」

読み終えたあとはただ、
怒濤のような切なさに襲われながらも、それを言葉にしてはいけないような神聖さに口を噤み、立ちすくむばかりで、

この読後感に出合いたい一心で、私は時代小説を読むんだと思った。













パレード   

2009-06-16 13:47:24 | 本♪
ネットという世界の中で見せている自分と、実際の自分とでは、誰だってかなりのズレがあるはず


たぶんそれは無意識で、(一部の人は意識的にそうしてる場合もあるけど)距離があるからこそぶっちゃけられちゃうこともたくさんあるんですよね。


こんなに毎日会ってるのに
こんなに相談してるのに
こんなに趣味だって合うのに

っていうかこんなに好きでたまらないのに



ある一定の距離から先に踏み込まない(踏み込めない?)のは、やはり、

「そこがネットの中の世界だから」

なんでしょうね、たぶん




この距離は時にもどかしくて、
でもこの距離があるからこそ救われることもあったり、するんですよね。


そして、不思議なのは、
ネット上において、本当の自分を見せないということは、薄情でも冷たくもないということ。

それどころか、たぶんみんなちゃんと優しい。



立ち入らなくて、だけど優しくて

そういうこの距離感を、ネットではなく実生活でリアルに送っている人々のお話




『パレード』

読みました。




2LDKに住んでいる他人同士の男女5人

一人は大学生
一人は画家志望の雑貨屋店長
一人は映画制作会社勤務
一人は夜のお仕事
そして一人は俳優と付き合っているフリーター


そこには共通点など一つもなく、性格だってそれぞれ違う。

まさに一つのチャットルームに偶然居合わせたような、近いようで遠いような5人。時々距離を詰めたり、近づきすぎたら離れたり。


5人で2DKですから、部屋にはプライベートな空間なんてほぼない。
そんな中でも、それぞれがちゃんと自分のテリトリーを守りながら、ちゃんと自立して暮らしています。


実生活でのこういう奇妙なルームシェアどころか、チャットルームの経験すらない私ですが、
彼らの関係や距離、価値観や感性は、きっとチャットで出会った者同士にそれに酷似しているのだろう、と感じました。




そして



この本の面白いところは、部屋の中だけで話が完結せず、
それぞれが部屋の外の自分の世界で頑張っているところなんです。

そして、誰かが部屋の外で生きている時、部屋のメンバーは全く違う場所で、彼自身の世界と格闘している。


つまりこれはなれ合いのストーリーではなく、読んでいるこちらもすごく居心地がいい。
だから私も、一人ひとりを応援しちゃったりなんかして、でも時々チクンと叱ったりもして、

なんかもう、私までルームシェアしているメンバーになったような気分でああだこうだと騒いでいます。






そんな極上の物語ですが。



こちらは、吉田修一さんの本

そんな楽しいばかりでは終わってくれません



この本、

読後感としては「こわい」です。

もちろんホラー的な意味ではなくて、
種は明かせないけれど、あり得ないことじゃないということが、とにかくこわい。


私たちは、フィクションとノンフィクションを行き来しながら、その膨大な情報の中から、必要なものだけを取り込んで生きている。

そんな危うい、フィクションとノンフィクションのはざまに立たされて、いつどっち側に転んでしまうのかもわからない、のかもしれない。



うん、こわいな。





さて

「ルームシェアで性別も年も違う5人が一緒に暮らしてて、それぞれが独立して生きてて…ってきたらオチはあれだろ」

と思ってしまった私でしたが、それじゃありませんでした。

たぶん、期待を裏切ってくれます。

そして最後まで読んだあと、頭がぼーっとぼんやりして、
そのあとがむしゃらに最初から読みなおしたくなるはず。

私は読みなおしました。


追想 芥川龍之介        芥川文

2008-10-22 17:01:55 | 本♪
貰いたい理由はたった一つあるきりです。


そうして、その理由は、僕は文ちゃんが好きだと云う事です。



勿論昔から好きでした。


今でも好きです。



僕のやってる商売は、今の日本で、一番金にならない商売です。


その上、僕自身にも金はありません。


ですから、生活の程度から云えば、何時までたっても知れたものです。


それで良ければ来てください。


僕には、文ちゃん自身の口から、飾り気のない返事を聞きたいと思っています。


繰り返して書きますが、理由は一つしかありません。


僕は文ちゃんが好きです。


それだけで良ければ来てください。



【芥川龍之介25歳 後の妻 塚本文へのラブレター】





りゅ、龍之介……!!!

なんてラブい手紙を書くんだ龍之介!!




この世の不幸を千倍くらいしても足らない程の絶望的不幸の星の下に生まれてきた芥川龍之介その人。


彼は、
不幸のただなかに生まれ(生まれた直後に母親が発狂など…本当に生まれた瞬間から不幸ですよね)、不幸のまんなかで生き、不幸を抱えて死んで行きました。


でも


そんな彼にも、幸せでピンクい日々が、

ラブラブルンルンな黄金時代があったんですね。


「追想 芥川龍之介」
読みました!


奥様である芥川文さん著なのですが、普通にエッセイっぽいからかなり読みやすかったです。




そして、一番身近な「奥様」目線で書かれた芥川龍之介像なので、
なんだかこちらまで親近感湧きまくりでした。


たとえば、

文には内緒だ~と言って、文さんの友人のます子さんと散歩したことを作品の中で書いているとか。


うん、それバレてるよ。


文さんいま淡々とその話してるよ。



つーか作品に書いたらバレるだろーよ。




ああもうツッこまずにはいらない!!

なんで時々天然…芥川龍之介ほどの人物も、奥様目線だとこんなに可愛くなってしまうのね(笑)。





夜市         恒川光太郎

2008-09-02 23:43:55 | 本♪
出会えて良かった、とこれほどまでに思えた小説は、久し振りでした。


「夜市」
第12回日本ホラー小説大賞受賞作品

ホラー…ホラーですか・・
じゃあ私とは縁がないわね。と思って読まずにいたのですが、
話題作「秋の牢獄」を読む前にこの本を読んでおこうかなと思って手にとりました。


読み終わってしばらく、不思議な感覚を味わいました。

具体的に何をすればいいのかなんて到底分らないんだけれど、とにかく何かしなくちゃ…という焦燥感に駆られ、
でも同時に、何も手に付かないような放心状態でもあり、

ただ、はらはらと涙がこぼれているばかりでした。


号泣ではなく、ただはらはらと。




きっと誰にでも人生の分岐点があって、
そのどちらかを選ばなくてはいけない時がある。

その分岐点に立った時、何を選ぶか。

きっとみんな、それに意識を集中させるのだろうけど


本当は、何を選ぶか、ではなく

何を選ばなかったか、の方が、後になって自分の心を締め付ける。



これは、「自分が今までに捨ててきたもの」の話であり、
「失うことにしたもの」の話である。




究極の二択を目の前に突き付けられた時に、
置いてきてしまったもう一方の大事なもの

置いてくるしかなかった選ばれなかったもの



手に入れた片方のものへの喜びよりも、もう一方を失ってしまったことが悲しい。

こんなにも悲しいからこそ


失ったものが何だったのかを、私たちは静かに忘れていく。




どの別れも、とても痛くて怖くて苦しいのに、
いつしか、そこにあったことすら忘れてしまう。



失った苦しみから、出会ったことすらも忘れていく。



いつも覚えているのは、
出会った時の笑顔ではなく、

去って行く後ろ姿



その去り行く姿を、引き止めたかどうかさえ、
きっといつか忘れてしまう







たくさんの物を失って、たった一つを選び出して、
それが正しい選択だったのかどうかすら、わからないまま生きていかねばならない主人公の、
沸き上がり込み上げるどうしようもない程の切なさに、
反発もなく、共感もなく、ただはらはらと泣いていました。







ホラーというくくりではあるようですが、中身は「恐怖」などではなく、
幻想的な哀しさと美しさで埋め尽くされた物語です。




ちなみに…、

この本に併録されてる「風の古道」がまた…切なさに押しつぶされそうな空虚感で、もう最高に最高な傑作でした。




クジラの彼              有川浩

2008-07-24 20:06:09 | 本♪
「いい年した大人が活字でベタ甘ラブロマ好きで何が悪い」


と著者自身すらも開き直るラブストーリー

そりゃさぞや波瀾万丈な恋愛に身を投げ入れて陶酔しまくってる話なのかと思いきや


主人公の二人は至って冷静

とびきり可愛いライバル…とかも出てこなくて

勢いに任せた浮気…とかもなくて

不治の病にかかるわけでもなし

身分の差があるわけでもなし


ただ恋する幸せな二人の物話


そして帯に書かれた惹句が
「がんばれ女子、負けるな男子」



…ってどんな話だ、と突っ込みたくなる


ハッハーって

ハッハーってなっちゃうよね


私も例に漏れず、ハッハーってなりながら手に取り、レジに向かいました。




とそれが昨日の話。


…結局買ってる自分もパラレルですが

開いてみたら本の内容もそれはそれはパラレルでした



もう素敵に素晴らしすぎて

つまりめちゃくちゃ面白い



それもそのはず、
だってこの人、全国に激甘ラブ風を吹かせた「図書館戦争」(漫画化・アニメ化ととにかく凄い旋風)の著者、有川浩さんその人なんですから。

激甘ラブストーリー書かせたら最高なんだよね
うーん納得、そして満足




さて、そんな珠玉のラブストーリー「クジラの彼」ですが。



お互いを認めあえる最高のパートナーで、考え方も大人で、友達もみんなさっぱりとしたいい子たちばかりで、そりゃもう申し分ない二人。


そんな二人が主人公です


そんな向かうところ敵なしの二人に立ちはだかる唯一の、しかし最大の壁が、彼らの『職業』。


そう、これは、
恋愛するにはちょっとハードル高めな職場にいる人たち、の短編集なのです。


そして連作短編ではないのですが、『職業縛り』で統一してあります。

だからどの話も『職業』が恋愛の壁であることは同じなはずなのに
どの話も全く違う内容になってるのがまた面白い。


確かに、全く同じ悩みを持っていたとしても、
受け取り方や感じ方、解決策は人それぞれ違うんだな、なんて

今更なことに今更ながら気付いたりもしました。




さて、
私は特に「有能な彼女」がお気に入りです

なぜなら主人公の二人が、私と夫の生き写しかのようにそっくりだから(笑)
設定も結構似ているけど、とにかく喧嘩が(笑)。
喧嘩の仕方が「見てたの?!」ってくらい同じ…原因も、展開も。

だから苦笑しつつも「あーーっもうわかるわかるすっごいわかる!」ってなって。
こっちの主張に激しく同感だけど、どっこい相手の気持ちもわかっちゃうんだな~
みたいな


なんかもう、読書を超えてるって感じ

これはどの話にも言えることですが、どの話も凄く「近い」んです。
本を読んでると言うよりも、一緒にお茶しながらノロケを聞いたり愚痴を聞いたりしてる気分。

だから私もただ読み進めるんじゃなくて、言葉のひとつひとつをちゃんと受け止めて、自分でも色々考えながら、求められたらいつでもアドバイスできるような心持ちで(笑)読んで行くわけです。



勿論、良きアドバイスをしてあげたい、と思うってことは、
それだけ彼らが魅力的だからだということになりますよね。

そうなんですよ!!!
登場人物の性格やタイプがもう、すこぶる良くってど真ん中で、何よりも相手を想う気持ちも思いやる気持ちも一級品


「自分って本当に情けないだめなやつだよな~」っていう情けなさも、相手を想うがゆえの情けなさで

一途で、真直ぐで、正直で、絶対にブレない


あぁ
素敵すぎる……




そして、作者の有川浩さんのセンスの良さ


例えば、読みながら「あーこういうときこいつはこう言うべきだろー」とか
「この子がここでこう言ったらマジ最高!」とか
「これを言うつもりなら絶対この場面しかないぜ」とかいう読み手の欲求を

全部叶えてくれるんですよ。

つまり…『来て欲しい時に来る』わけです
『今一番ほしい言葉をくれる』わけです


それされるとまいっちゃうよね

たまんなく嬉しくなっちゃうよね
女の子はますます可愛く、男の子はますますかっこよくなっちゃうし

なんかもう、二人とも大好き!!!ってなっちゃうよね


とびっきり可愛くてかっこいい二人を応援したくなっちゃうよね





応援しちゃってください

その応援に値する二人しか、でてきませんから♡

黄金を抱いて翔べ           高村 薫

2008-07-06 18:20:13 | 本♪
ミステリー小説、
といっても、その内容は幅広く

誘拐もの、探偵ものや刑事もの、雪山山荘もの、強盗系、密室…と様々なジャンルに分かれているのでありますが


そのどんなジャンルであろうとも、事件ある所には必ず何かしらの動機があるわけで。
そしてそのミステリーが読み手に向けられた「小説」である以上は、必ず何らかの結末が用意されているわけです。



小説、それも特にミステリが好きな私にとっては、

いかにその動機や結末に気持ち良く騙され驚かされるかは、
ミステリーを読む上で絶対に外せないポイントなのですが。



が。



そんな「小説の決まりごと」を根本から覆してるのが、この本なのです。




読んでいるときはすごく自然なので気づかないのですが
よくよく考えてみると…あ~そう言えば…

ビックリするほど「事件」しか起ってないなぁ

とぼんやり思ってしまったりするわけです。



…にもかかわらず、そのリアルな読後感に、ひたすら驚く。




通常、物語は全ての出来事に意味を持たせたり、関係を作ったり、そしてそれらを全て私達読み手に開示するのが普通だと思うのですが


でもまぁ、それって当然ながら「作り物の世界」だからありうることなわけで。


実際、現実世界では、私達は知らない事だらけで、
いつだってたくさん編集された「事実」だけを切り取って伝えられ、いちいちそこに関わった「人間」を読み解くようなことはない。



だから、

この本に描かれている事件は
それ自体はかなり突拍子もない出来事で、日頃私達とは接点の無いような人達ばかりが出て来るのにも関わらず

なんだか実際にいつその事件が起こってもおかしくないような


例えばそのまま明日の朝刊の一面になれるような



そんなリアル感に包まれている



人物描写や一人ひとりの関連性の説明が最小限のため、
小説としては感情移入のできにくい、一見リアリティのないようなこの話が

逆にものすごく現実の事件を見ているようで、怖いほどリアリティを感じたなんて

まさに事実は小説よりも奇なり。




きっとこの本を最後まで読んだあと
読んだ一人一人がそれぞれ疑問に思ったり真実を見極めようとしたり
登場人物の気持ちに近付いて物事を洗いなおそうとしてみたり、するはず

たとえば


結局、金塊を奪取した本当の目的は何だったのか

このメンバーでなくてはならない、強い理由は何なのか

初対面だらけのメンバーでこんな風にホイホイと危ない橋渡り合えるもんだろうか



そして、

あの船はどこに行ったのだろうか


幸福だったのか、不幸だったのか、幸せを手に入れたのか、もとから不満なんてなかったのか




わからないから、凄く切ない。



でもきっと現実では

そんな「犯人の事情」を、事件とは無関係な私達が考えながら生きて行く必要はないし、
またそのようにする人もいない



毎日膨大に起こる事件の中で、たとえば新聞に載っているすべての事件の中で
私たちが心を痛める事柄はいったいいくつあるんだろう。

きっと、ビックリするくらい少ない



それも知っている。知ってるからこそやっぱり、切ない




けれどもし、その事件の背景や関わった人物について考えて心を震わせるような気持ちになったなら


それはそれ自体がとても素晴らしいことだというだけのことで、


やはり明確な答えは開示されないままでも良いのだろうし

また実際に、殆どの場合は明確な答えを知ることはないのだろう




それはこの本にも言えることだし、
私たちを取り巻く重大な事件や小さな記事ひとつひとつに共通して言えることなんだろう



わからないから考えないのではなくて、
わからないから考えるのが大切なことなんだろうと

この本から飛躍してそんなことを考えていました

空中ブランコ           奥田 英朗

2008-05-28 23:02:26 | 本♪
インザプールの短編続編、空中ブランコ。

直木賞に輝いた作品なので読んだ方も多いかも。


前作を読んでいただけあって、どんな展開になっていくのかとか、どういうパターンの話かはわかってしまっているのですが(「パターン」は作家にとって禁句らしいですが(『女流作家』参照))、
そんなこた、わかっちゃいるが、わかっちゃいるがオモロイ!!!のがこのシリーズなんです。



前作同様、悩める患者が迷い込むトンデモ精神科医ワールドてんこもりです。

今回の患者さんは、飛べなくなった空中ブランコ乗り、先端恐怖症のやくざ、義父のカツラが取りたくて取りたくてたまらない医者、ノーコンのプロ野球選手…

どの患者も、まじめで、ちょっと意地が悪くて、でも悪い奴にはなりきれなくて、すぐに悩んで、でも落ち込んでも心の底はポジティブで、
つまり、私たちとなんら変わらない、「普通の人々」。

いいなーー。居心地いーなー。
この「普通な人」っぷりが、たまらんわけです。
そして、そんなどこにでもいる悩める患者が出会うのが、明らかに普通じゃない精神科医、伊良部なんです。

前作「インザプール」の時には伊良部のキテレツっぷりに「患者さんどうなっちゃうんだよーー」とハラハラしながら読んでいたのですが、今回は、「ほーほー伊良部サン、今回はそう来るわけですかー」とニヤニヤしながら読んでいました。



今回も、患者の悩みそっちのけではしゃぎまわっていますが、
伊良部にさんざん振り回されて巻き込まれて調子狂わされていくうちに患者さんたち、

「なんだかよくわかんないけど、悩みも状況もほとんど変わってないんだけど、なんか頑張れそう…がんばれる… … 気がしてきた!!」

ってなってる。



そかそか。うんうん。

がんばれるよ。
愛すべき普通の人々、あなたたちならがんばれる。

次にもしもまた同じ、もしくは別の壁にぶち当たったとしても、伊良部との一件を思い出して、次はニヤニヤしながら自分で解決できるはず。

それでもしまた許容範囲を超えてひとりじゃ解決できないときは、伊良部総合病院に行けばいいのさ。


そんなことを考えながら、最後にはニコニコしながら本を閉じました。




ちなみに、私は先端恐怖症なので『ハリネズミ』だけは他人事に思えませんでした(あそこまでひどくはないけど)。


うつくしい子ども             石田衣良

2007-11-15 22:09:19 | 本♪
「事実はひとつしかないけど、
真実がひとつだけとはかぎらない」



・・・って、前に兄に言われたことがあります。    





始めはなんのこっちゃ~と思っていたのだけど、
なんだか最近、

ちょっと分かってきたかも。




事実は事象でしかないけど、真実には主観が入り込む。




人には色々な状況が起こりえて
そこで色々な立場に立たされる





だから



どれもホントのことなのに、少しずつ異なった形でそれぞれの胸に届く。








そうだなぁ。



苛めも、
仕事も、
経済も、
偏見も、
運命的な出会いも、
見殺しも、
自由も、
協調も、
殺人も




愛も




私たちは事実を事実としてでは無く、自分の真実に変えながら生きてるんかなぁ。




もちろん、大それた事件ばかりじゃなくて

日常の些細なことでもそれは言えることで




友人とうまく行かなかったり
恋人に甘え過ぎてうっかり傷付けてしまったり



そういう日常起こる色々なことに対して





今日の自分は優しくなかったなぁとか

あいつのあれはずるいよなぁとか


私じゃいくら逆立ちしても仲良くなれないあの子にも、こいつじゃなきゃだめなんだっていうような恋人がいたり

するんだよなぁ


なぁんて、




だから色々、いっつも考えて、悩んでしまうのでしょう。






で、その

「考え度数・悩み度数」が高めの方に、かなり強気でお勧め。

ひたすら「色々考え」てしまう人に向いてる本





石田衣良「うつくしい子ども」





下手に手を出すと、噛み付かれて大怪我します。

私はしばらく眠れなくなりました。



かなりショックの大きな作品。

心臓を優しくつかまれるみたいに。
心がチクチク千切れていくように。


ゆっくりと、悲しくなっていく。





小説としての完成度や、
リアリティの有無や硬度についてではなく



石田衣良が生み落とす、ただこの一節の文章、に




打ち付けられ、打ちのめされます。





多分、きっと多分、

これを現実にするには、甘過ぎるんだろうなぁ…と思うようなこともたくさんあるのですが




それより何より、
所々に点在するあまりにも完璧なその一文に



号泣せずにはいられない。






言葉って、凶器だよなぁと実感。

悪い意味じゃなくてね。





石田衣良の言葉は、刺さる



言葉を、突き刺してくる







抗えない

でも、


受け止めようとすると、心が泣き出す









石田衣良の描く真実こそが、
私にとっても、真実であって欲しい。

李歐                   高村 薫

2007-08-10 20:20:03 | 本♪
中国語って綺麗ですね。


何年か前にフェイ・ウォンの『夢中人』(映画「恋する惑星」の曲です)を聴いたとき、そう思いました。

ひとつの文章の中を、高音と低音を行ったり来たりして、
言葉の上を浮遊するように流れる。

  

凄く、色っぽいんです。










『李歐』

というこの作品の中にも
美しい中国語がたくさん出てきます。



所々に出てくる中国語が、痛いほど美しい。

世界で最も美しい響きをもつ言語はフランス語と中国語(北京語)だって、聞いたことがある


そっか


だから、
何でもない言葉がこんなに悲しくて

メロディーのようなその言葉たちが

こんなにも切ないんだ


 








李歐

そう一言、小さく呟いただけで
次の瞬間、ざわめきが波のように押し寄せて心を支配する



ただただ、名前を念じたり、時に小さく声にしてみたりするだけで、

たったそれだけのことで、10年だって20年だってつながっていられる





そういう世界もある。

そういう想いもある。




彼の名には、
「李歐」というその響きには、

そういう引力がある。







それでもふと、待ちくたびれて疲れたり、
迎えにくるという言葉を信じきれなくなるときに

「10年も待ってた」と一彰が言うと

「まだ10年だ」

と李歐は返す





「年月なんか数えるな。この李歐が時計だ。
あんたの心臓に入っている」


「心臓に?」


「動いているだろう?」





ちょっと李歐ってばそれどんな哲学よ!・・・って思ってるはずなのに

待っていたくなる。
ゾクゾクする。





どうやって、そしていつ、迎えに来るかもわからない。

だけど、必ず迎えにくる。
必ず、その日がくる。




李歐の言葉をそんな風に信じていれば、

自分の心臓の鼓動だけを頼りに待ち続けることが、できるのだろうか。






自分の心臓の鼓動であなたが今日も無事に生きていることを確認する

例えばこの先一生会えなくても






この先私に残された時間全て、あなたに馳せていられる












例えば小さく

李歐、

と名前を呟くだけで











唄うようなその 言葉 リズム に、一生揺られて生きていきたい。

聖なる黒夜(再読)

2007-02-17 21:08:37 | 本♪
この世で一番、つらくて苦しい物語、


…再読いたしました。




「聖なる黒夜」です。







前回はただ息を詰めてページを進めるだけで精一杯だったのですが、

今回はセリフのひとつひとつ、言葉の端々に、何度も引っかかり、つまづいては涙しました。


やっぱり私には、練は彼の出来うる最良の選択をしてきたように見えるし(つーかもし練を批判する人がいたら、彼がああする以外にどうやって生きたら良かったのか教えて欲しい)、

あの境遇からは考えられないくらい他人に優しくできる人だと思う。



少なくとも、
簡単に「更生しろ、やり直せ」なんて言えちゃう無責任な麻生を前に、

「お前の無神経にはもう慣れた。次は身勝手とか乱暴とかに慣れればいいわけだ」

って笑いながら言える練はやはり偉大だと思うし
そうやって冗談半分みたいに返答してるときだって、
麻生や他の第三者の無神経な言葉を受け止める練の胸の痛みは、計り知れないわけで。


だから麻生が練に「足を洗え」っていう度に、私は胸が潰れそうなくらい苦しくなって


もう、本当に、黙ってて!!


って叫び出したくなる。


過去も未来も現在も、全てを奪われた練、
麻生からも全てを奪えば良かったんだ
何もかも奪い去れば良かったんだ。
練は間違ってない。私はそう信じたい。

だから、

練の払った代償に比べたら、練が麻生にした「復讐」は、甘すぎると思う。



それにさーー、麻生も及川もその他(笑)の奴らも
どう考えても、あんたらの中に練を殺す資格のある人間なんかいないだろ。



甘えるな。


練の優しさに、甘えるな。









人生は何度でもやり直せる…っていうのは、

やっぱり嘘だ。



でも、
どんなに傷ついてもいつか癒される…っていうのは、

信じたい。





そう。

信じたい、

練のためにそう信じたくて、
何度も何度も練を想って、泣いた。





でもきっと練のことだから、

「なに泣いてんの、バカ」

って言って笑うんだろうな。









そして彼は、夜中に一人で泣くんだ。


声をあげて、愛しい人を想って。