22年前の惨劇、しかしこの記憶は鮮明である
1985年8月12日19:01、羽田発大阪行きの日航のジャンボ機が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落
乗客乗員の内520人が死亡した悲惨な事故から22年が経過した。
私がこの事故を知ったのは、一週間の北アルプス縦走を終え、最後の白馬岳から下山後、乗った電車の中で聴いたラジオ
山から下りてきたら、近くの山に飛行機が墜落したという
何が起きたのか、大事故なのか、最初はまったく不明だった
しかし大変なことになりつつあると感じた。
梅雨明け10日間は雨が降らない、そんな時期の登山、実に暑い夏だった
遺体が群馬県藤岡市に安置され、身元確認をする遺族の方々の様子など、ニュースが熱い夏に毎日放映されていた
あの22年前の記憶は鮮明である
精神科医・野田正彰先生の書き記した「喪の途上にて・・・大事故遺族の悲哀の研究」にて、
事故後、急に家族を失った人々の葛藤や苦しみを知る。
その後、山で知り合った方からいただいた、この事故のご遺族が書いた追悼の本も拝読させていただいた。
事故で亡くなった方々の無念はもちろん、ご遺族の心の傷みに
私の心も震えた
今日、TBSラジオでは永六輔さんが、この事故で亡くなった坂本九さんの「上を向いて歩こう」を流し追悼
この事故の大切な教訓のひとつは
事故後の人間の心模様のあり方
私にも忘れられない事故
忘れてはいけない
1985年8月12日19:01、羽田発大阪行きの日航のジャンボ機が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落
乗客乗員の内520人が死亡した悲惨な事故から22年が経過した。
私がこの事故を知ったのは、一週間の北アルプス縦走を終え、最後の白馬岳から下山後、乗った電車の中で聴いたラジオ
山から下りてきたら、近くの山に飛行機が墜落したという
何が起きたのか、大事故なのか、最初はまったく不明だった
しかし大変なことになりつつあると感じた。
梅雨明け10日間は雨が降らない、そんな時期の登山、実に暑い夏だった
遺体が群馬県藤岡市に安置され、身元確認をする遺族の方々の様子など、ニュースが熱い夏に毎日放映されていた
あの22年前の記憶は鮮明である
精神科医・野田正彰先生の書き記した「喪の途上にて・・・大事故遺族の悲哀の研究」にて、
事故後、急に家族を失った人々の葛藤や苦しみを知る。
その後、山で知り合った方からいただいた、この事故のご遺族が書いた追悼の本も拝読させていただいた。
事故で亡くなった方々の無念はもちろん、ご遺族の心の傷みに
私の心も震えた
今日、TBSラジオでは永六輔さんが、この事故で亡くなった坂本九さんの「上を向いて歩こう」を流し追悼
この事故の大切な教訓のひとつは
事故後の人間の心模様のあり方
私にも忘れられない事故
忘れてはいけない