従業員が無料で使えるレクリエーションセンター。人材を本社に引き戻す狙いで建設した
米小売り最大手ウォルマートが南部アーカンソー州で建設中の新本社を報道陣に公開した。
オフィスに加え道路など都市インフラも整え、私企業では異例の規模となる。新型コロナ禍で広がった在宅勤務から本社へ人を引き戻してビジネスの開発力を高め、売上高で鼻先まで迫られている米アマゾン・ドット・コムを突き放す狙いだ。
アーカンソー州北西部ベントンビル。ミズーリやオクラホマとの州境に近い小さな都市の中心部に創業者サム・ウォルトンが1950年に開いた小さな食料品店「ウォルトンズ」。
これがウォルマートの始まりだ。それから70年あまり。同社は売上高6480億ドル(約100兆円)、従業員210万人の巨大企業に成長した。
建設中の新本社キャンパスはその「1号店」から車で5分ほどの市街地内に位置する。総面積は130ヘクタール。東京ドーム28個分だ。車で一周するだけでも10分かかる。
ウォルマートの新本社キャンパス。市街地中心の130ヘクタールを開発している(アーカンソー州ベントンビル)
2025年末の完成を目指すキャンパスは植栽が充実し、公園のような空間だった。
本社部門1万5000人の社員を全米から集め、3つの主要なオフィスビルに駐車場、納入業者との商談スペース、ホテル、商業施設まで設ける。
圧巻は先行オープンした従業員向けレクリエーション施設。プールは競泳用とファミリー用がありテニスコートは屋内だけで5面ある。従業員であれば基本的に無料で利用できるジムもある。ストレスなく、仕事に集中できるようにと意識した環境づくりだ。
人材引き寄せ「街ぐるみ」で
「最高の人材をひき付けることが最大の目的だ」。5〜7日に開いた株主総会・従業員大会にあわせた記者説明会で、シンディ・マルシグリオ上級副社長は強調した。
開発費用は、創業家ウォルトン一族がすでに2億2500万ドル以上を寄付したという。
本社の敷地だけではない。十数年前まで人口3万人程度だったベントンビルの街も、ウォルマートのインフラ投資で急速に変貌している。人口は22年には5万8000人まで増加した。
中心部には都会的なレストランやバーが立ち並び、街路には電気自動車(EV)や高級車も目立つ。西海岸のシリコンバレーのような雰囲気だ。建設ラッシュにより、市内に集まったクレーンの数はニューヨークよりも多いという。
都会的な店が立ち並び、高級車が行き交う。左側の建物がウォルマートの1号店(アーカンソー州ベントンビル)
田園地帯だったアーカンソー州北西部には、食肉大手タイソン・フーズが本社を置くなど取引先企業の集積も進む。25年末に人口100万人に達するとの予測もある。
「デジタル化」でアマゾン引き離し
ウォルマートが巨額資金と膨大な労力を投じ新本社建設を進める背景には、売り上げ規模で5700億ドルまで成長しているアマゾン・ドット・コムへの対抗心がある。
ウォルマートの電子商取引(EC)の売上高は過去5年間で4倍に増加した。全米の店舗網を生かし生鮮食品を含む商品を即日配達するモデルの構築を目指している。だが、デジタルマーケティングや配送システムなど多大な投資を進めたものの、効率では専業に及ばずEC事業単体で赤字が続いている。
実店舗での販売では他社を圧倒する強さを見せるとはいえ、このままではアマゾンに小売り最大手の称号を譲り渡す可能性も拭えない。7日開いた投資家説明会ではECの早期の収益化について厳しい質問が相次いだ。ジョン・レイニー最高財務責任者(CFO)は「2年以内に黒字化する」と手形を切る場面もあった。
ウォルマートのEC事業はデジタル広告やドローン配送、オンラインゲーム内で買い物する「イマーシブマーケティング」まで、さまざまな先端分野に広がる。当然、IT大手に匹敵する人材が必要だ。多数の技術者を雇用するだけでなく、定着してもらうために街全体を造り替えようとしている。
在宅勤務の壁
グーグルやメタなどの他のテック大手の悩みと同様、デジタル部門ではコロナを機に定着した在宅勤務が事業開発を加速させる上で障害になっている。
そこでウォルマートは5月、強硬策に打って出た。テキサス州やジョージア州などで主に在宅勤務するデジタル部門の社員を対象に本社への異動を求め、受け入れられない場合はリストラの対象にすると発表した。
ウォルマートの従業員大会では数万人の従業員が世界中から集まり交流する
(7日、米アーカンソー州フェイエットビル)