前回までデータセンター向けのAI(人工知能)半導体を念頭に議論してきたが、AI半導体はデータセンター向けのGPU(画像処理半導体)だけではない。
例えば以下の図1に示すようなエッジデバイスにおいてもAI半導体は活用される。今回は、データセンター以外の競争について考察する。
図1 エッジ向けAI半導体の開発状況
NVIDIAの強みが発揮できないエッジ領域
既に5nm世代以降のAI半導体の活用が始まっているのは、スマートフォンやPCなどの情報/通信機器・車載・通信網の3領域である。
これらの領域は、プロセスノードの縮小によって演算能力・省電力性能向上といった製品性能の向上や価格低下と、開発コスト回収可能な出荷量が見込めることが特徴である。
エッジ領域においては、データセンターにおけるNVIDIAのような独占構造はなく、半導体大手を中心として、特化型のプレーヤーを含む比較的まだら模様の市場となっている(図2)。

例えば、通信では米Qualcomm(クアルコム)、米Broadcom(ブロードコム)、米Cisco Systems(シスコシステムズ)、NVIDIA傘下のMellanox Technologies(メラノックステクノロジーズ)などのプレーヤーが存在する。
これらの企業を分類すると、Ciscoなどのように自社のスイッチ/ルーターなどのために半導体を内製化するパターンと、Qualcommなどのように半導体に特化し、通信機器ベンダーに販売するパターンがある。
情報/通信機器(主にスマホ)では米Apple(アップル)、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)、Broadcom、Qualcomm、台湾MediaTek(メディアテック)、米Google(グーグル)といったプレーヤーが存在する。
やはりこちらも、Apple、Samsung、Googleのようにデバイスメーカーが自社製品のために半導体を内製しているパターンと、Qualcomm、MediaTekのようにスマホメーカーに半導体を提供するパターンに分類される。ただし、Broadcomのように、Googleのようなデバイスメーカー向けに半導体設計を支援するプレーヤーも存在する。
車載ではQualcomm、NVIDIA、オランダNXP Semiconductors(NXPセミコンダクターズ)など、古くから実績を有するプレーヤーだけではなく、イスラエルHailo(ハイロ)やカナダTenstorrent(テンストレント)のような新興プレーヤーが現れていることも特徴である。
用途に応じた対応が重要に
では、なぜエッジ領域ではNVIDIAが1強となっていないのだろうか。その理由は2つある。まず、データセンターとエッジでメインとなるAI処理が異なることだ。エッジでは推論がメインの処理となるため、開発環境の重要度が相対的に低下し、AIモデル作成に必須とも言えるCUDAが必ずしも求められない。
エッジのAI半導体で学習が行われない主な理由は、AI半導体のコストやスペースを抑えるためである。また、学習モデルを効率良くアップデートするために、各エッジで学習を行うのではなく、データセンターで1つの学習モデルを管理する方が好ましい。
もう1つの理由は、アプリケーションが多様なことだ。エッジ向けAI半導体には、アプリケーションごとにハードウエア特有の要件が求められる。
例えば、スマホや車載では長期間安定して動作するために、データセンターとは異なり、耐衝撃性や耐熱性といった耐環境性が求められる。
これらの要件を満たすためには、その業界で半導体を提供した経験に基づく、ドメインナレッジ(領域知識)を有することが重要なため、エッジ向けではデータセンター向けGPUのように、NVIDIAによる独占構造が発生しにくい。
車載ならではのニーズで食い込む
次に、具体的に車載向けの推論用AI半導体とデータセンターの学習用AI半導体のKBF(Key Buying Factor、重要購買決定要因)を比較していきたい(図3)。
図3 車載ではレイテンシーや消費電力、耐環境性が需要に
データセンターの学習においては、大量のデータの学習とモデルのアップデートを繰り返すため、ピーク演算性能やコンパイラー及びライブラリーの充実度、エンジニアコミュニティーの大きさ、価格が重要視される。これはこれまでの連載で述べたとおりだ。
一方で、車載の推論においては、ピーク演算性能やレイテンシー、消費電力当たり演算性能、耐環境性や過去実績・業界知見・供給力が重要視される傾向にある。
ハードウエア性能については、自動運転を実施する際に急ブレーキの対応などを行うために高いピーク演算性能やレイテンシーの小ささが求められる。
また、耐環境性が重要視されるのは、特に車載部品が人の命に関わり、安定的に動作し続けることが求められるためである。さらに車載では、安定した品質の製品を提供し続けるために、業界の知見や車載領域における過去実績を有することも重要となる。
さらに踏み込んで、車載領域で活躍するプレーヤーであるQualcommやHailoを例にあげて、どのようにKBFを獲得したかを確認しよう。
Qualcommは20年以上前からモバイル向けに「Snapdragon」と呼ぶ高い性能を有するSoC(System on a Chip)を開発し続けており、その技術を車載向けに応用している。
このため優れたピーク演算性能やレイテンシー、消費電力当たり演算性能を有している。さらに、米General Motors(GM)とテレマティクス領域で長期的な提携関係を結ぶなど車載領域に取り組む過程で実績を獲得し、自動車業界の仕様要件を理解してきた。
一方、新興プレーヤーであるHailoは、非ノイマン型のアーキテクチャーを採用しているため、高い演算性能や電力効率を有している。本来であれば、実績を積むことが困難な車載領域において、日本よりも参入ハードルが低い中国新興系企業から徐々に参入し実績を作っている点が特徴である。
このようにエッジ向けAI半導体の領域ではハードウエア性能やドメインナレッジが重要となるため、NVIDIA以外のプレーヤーにも活躍できるチャンスがあるのだ。
アーサー・ディ・リトル・ジャパン パートナー
アーサー・ディ・リトル・ジャパン シニアアナリスト