マクドナルドの5ドルセット㊧とスターバックスの6ドルセット
日米中で外食企業が価格戦略を見直している。米マクドナルドやスターバックスは5ドル(約800円)前後のセットメニューを導入した。
中国では大手チェーンが低価格店を立ち上げ、日本も「ケンタッキー」などが値下げした。インフレ疲れや雇用情勢の低迷など様々な事情から各国で外食離れが進む。価格を抑え、客を呼び戻す。
米マクドナルド「5ドルセット」、スタバは「6ドルメニュー」
6月下旬、ニューヨーク市内にあるマクドナルドの店舗は期間限定の「5ドルセット」を買い求める客でにぎわっていた。
セット内容はフライドチキンを挟んだ「マックチキン」とSサイズのフライドポテト、チキンナゲット、ドリンク。個別に注文すると税別で合計8ドル96セントとなるため、4割を超える値引き幅だ。
「お得なセールを用意し、お金を有効活用できるようにした」。米国部門のジョー・アーリンガー社長は声明でこう述べた。値上げ路線を軌道修正し、節約志向を高める消費者を意識する姿勢を鮮明にした。
ライバルも値下げに動く。スターバックスは6月中旬から6ドルでパンとコーヒーを提供するメニューを導入した。通常は最低でも8ドル62セント分にあたる内容で、値引き率は3割を超える。バーガーキングやウェンディーズ、アービーズなども1桁ドル台のセットを提供し、さながら「5ドル戦争」の様相を呈する。
マクドナルドの「5ドルセット」のポスター(6月25日、ニューヨーク市)
米外食業界では深刻な客離れが進んでいる。各社はこれまで食材や人件費の上昇分を価格に転嫁してきた。
全米一高いと話題になったコネティカット州のマクドナルドの店舗では「ビッグマック」のセットが17ドル59セント(約2830円)まで高騰した。
米銀バンク・オブ・アメリカは「Z世代など若年層を中心に、食品を選ぶ際に商品のグレードを下げたり、外食から自炊に切り替えたりする傾向がみられる」と指摘する。
2024年1〜3月期にはスターバックスが13四半期ぶり、「ケンタッキー・フライド・チキン」を手掛けるヤム・ブランズが15四半期ぶりに減収になった。
5月の米消費者物価指数(CPI)は前年同月比の上昇率が3.3%だった。一時期よりは落ち着いたものの、なお高い水準だ。
新型コロナウイルス禍後のリベンジ消費は一段落し、インフレ疲れによって低価格志向が起きている。
日本KFC、セットを値下げ
日本も値下げに動く外食チェーンが出てきた。
日本ケンタッキー・フライド・チキン(日本KFC)は5月下旬からバーガーなどにドリンクとポテトが付いた昼食時間帯限定のセット16種類を一律40円値下げした。同社は23年3月と10月にオリジナルチキンやバーガー、ポテトなど主力品を値上げした結果、既存店客数が減少していた。
すかいらーくホールディングス(HD)も昨年11月に主力のファミリーレストラン「ガスト」でピザやハンバーグなど一部メニューとアルコール飲料といった商品全体の16%にあたる30品目を対象に値下げを実施した。
物価の伸びに賃金が追いつかず、日本の消費者は価格に敏感になっている。値上げを見送ったサイゼリヤは、23年9月〜24年2月の既存店売上高は21.9%増、客数も19.1%増となった。
円安や人件費の上昇で運営コストは膨らむが、松谷秀治社長は「値上げしない方針は変わらない」と強調する。
中国ファストフードチェーン、「朝食6元から」
中国は雇用情勢の低迷から低価格ニーズが高まっている。
1300店超を営業する火鍋チェーン大手の海底撈国際控股(ハイディラオ)は23年秋、低価格の新ブランド店「シャオハイ火鍋」の出店を始めた。
これまで店員が製麺のパフォーマンスをするなど充実したサービスを売りに集客してきたが、新店では配膳ロボットを活用してコストを削減し、低価格のメニューを取りそろえる。
北京市内の店舗を5月下旬に訪れると、具材を煮込む鍋のスープは9.9元(約220円)からで、近隣の従来店より8割近く安かった。具材を含めても「従来店の半額くらいでおなかいっぱいになる。コスパが良い」。近くで働く30代会社員女性の張さんは話す。
中華ファストフードチェーンの永和大王は「6元から」の割安な朝食セットをアピール(7月上旬、遼寧省大連市)
全国450カ所超の店舗網をもつ中華ファストフードチェーンの永和大王も価格重視の商品戦略を強化している。「安いイメージはない」(大連市の40代女性)とみられてきた同チェーンだが、市場などにあるローカルな食堂の価格水準を意識してか、店頭のポスターは「朝食は6元から」と訴求していた。
中国では若い世代の失業率が高止まりしている。国家統計局によると5月の失業率は16〜24歳が14.2%、25〜29歳が6.6%で、全体(5%)を上回った。厳しい雇用情勢を背景に消費も低迷している。
ニッセイ基礎研究所の高山武士・主任研究員は各国それぞれの事情で低価格化の動きが出ていると指摘する。「米国ではインフレについていけない中間層以下で節約志向が強い。中国はデフレ基調にある」とみる。日本は「実質賃金が上がっておらず値上げがしにくい」状態だ。
世界的に食材の高騰は今後も続く見通しで、値下げが収益悪化につながる可能性があるのは各国の企業とも共通の課題となっている。いったん価格競争が始まるとさらなる客離れを恐れて抜け出せなくなり、消耗戦に陥る懸念もある。
(ニューヨーク=朝田賢治、大連=藤村広平、篠原英樹)