・日本は2019年、カナダや英国を抜き、世界最大の対米投資国に
・昨年から今年、全米10州以上の州知事が来日し、企業を訪問
・対米投資のリスクは、企業が米分断の対価を払う可能性
米国は世界で最多の投資を集めている。人口増と技術革新が強みだ。
その陰では各州知事が奔走し、企業支援制度を設けて各国の投資をたぐり寄せている。最大の投資家になったのは日本。
各地での日本企業の貢献は、仮にトランプ前米大統領が11月の大統領選で勝利しても、理不尽な要求を防ぐ「盾」となり得る。
岸田文雄首相は4月上旬、首都ワシントンでの日米首脳会談後、南部ノースカロライナ州に向かった。ロイ・クーパー知事が「歴史的な訪問」と述べ、公邸に首相夫妻を迎えた。
クーパー氏は日本企業誘致に最も尽力してきた知事という事実は意外に知られていない。
トヨタ向け人材育成講座、補助金支給に超党派合意も
2017年12月に日本を極秘で訪問し、トヨタ自動車幹部に工場誘致を直談判した。
この案件は南部アラバマ州に競り負けたが、その後もトヨタ側と接触を重ね、電気自動車(EV)向け電池工場誘致に成功した。
課題の人材確保にむけ「卒業後すぐにトヨタの工場で働けるようにコミュニティーカレッジ(公立2年制大学)と高校に特別の課程を用意した」という熱の入れようだった。
ノースカロライナ州では、首相が訪問中に富士フイルムが医薬品製造受託で追加投資を発表した。クーパー氏は昨秋の訪日時に投資誘致で「日本企業に集中している」と言及した。
ラーム・エマニュエル駐日米大使は「(クーパー氏が)首相に立ち寄ってもらおうと最初に電話してきた」と明かす。
パナソニックホールディングス(HD)は22年秋、40億ドルを投じ、中西部カンザス州にEV用電池の新工場建設を決めた。
わずか人口6000人余りの小都市に4000人の新規雇用を生む「単独としては州史上最大の案件」と、ローラ・ケリー知事は話す。
投資誘致のための補助金という「前例のない支援策を州議会で通すため共和党、民主党の議員が迅速にほぼ徹夜で議論した」という。
託児施設や道路の建設、電力供給。企業側が求めた投資環境の実現に尽力した。
昨年から今年にかけ、全米50州のうち10以上の州知事が来日し、多くの企業を訪れた。
日本は英国やカナダを抜いて19年に世界最大の対米投資国になった。特に製造業における米国での雇用創出数は日本が最大だ。
丸紅経済研究所長の今村卓氏は「フリンジベネフィット(賃金以外の便益)を含めると日系企業は質の高い雇用をつくっている」と指摘する。
米中のハイテク摩擦で、日本など同盟国や友好国とサプライチェーン(供給網)を強化する動きも追い風だ。中西部ミネソタ州のティム・ワルツ知事は「日本企業を歓迎する。中国企業はお断りだ!」と明言する。
日本企業にとっての対米投資の利点は何か。経団連アメリカ委員長を務めるNTTの澤田純会長は「市場が世界で一番大きい。さらに移民で人口が増え、(市場が)どんどん伸びている」と目を細める。
昨年10月に来日した東部ニュージャージー州のフィル・マーフィー知事からデータセンター投資の陳情を受けたという。
経済同友会でグローバル推進委員長を務める茂木修キッコーマン専務執行役員は「低リスク・中リターン」と米市場の重要さを強調する。
ATカーニーが4月に発表した海外直接投資信頼感指数では、米国は12年連続で首位だった。国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、全世界の直接投資残高の約4分の1は米国に集中する。
その米国では、日本人が想像する以上に日本企業が大きな位置を占める。
人口あたりの雇用者数、中西部や南部で群抜く
米商務省の21年のデータによると、中西部や南部を中心に11州で日系企業の雇用者数が外国企業でトップだった。
約96万人の日系企業の雇用者数の内訳をみれば、カリフォルニア州(11万2800人)やテキサス州(7万5900人)と人口が多い州が上位を占める。
ただ、人口1万人あたりの雇用者数をみた地図の景色は違う。ハワイ、ケンタッキー、インディアナ、テネシー、オハイオ、イリノイ、アラバマの各州が多い。
中西部や南東部で日系企業の存在感が大きい。州知事が民主党か共和党かは関係ない。「あとは世論が課題」と茂木氏は語る。日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を巡っては、バイデン米大統領が反対するなか、地元の共和党関係者からは歓迎の声が出た。
米保守系シンクタンク、ハドソン研究所ジャパンチェアー副部長のウィリアム・チョウ氏は、アラバマ、インディアナ、オハイオなど心臓部に位置する重要州は「日本企業の関与で大きな恩恵を受けている」と指摘する。
州知事と関係が良好ならば「知事がバイデン氏やトランプ氏に『日本企業の投資で地元は潤っている』と伝えてくれる」と話す。
〈Review記者から〉「双子の赤字」穴埋め不可欠 社会課題は山積
米国は経常赤字と財政赤字という「双子の赤字」を抱えている。
通常であれば双子の赤字を持つ国は国際金融市場で通貨や国債が売られ、危機を招きやすい。米国がそうなっていないのは基軸通貨ドルを持つほか、海外から潤沢な投資マネーをたぐり寄せているのが大きい。
油断は禁物だ。米連邦議会の債務上限をめぐるホワイトハウス・民主党と共和党の駆け引きは日常風景となりつつある。
起きる確率が低いリスクとはいえ、米国債の債務不履行(デフォルト)を防ぎ、中長期でみた財政の持続可能性を確保するのは米政治の責任だ。もちろん海外から投資を呼び込み続ける努力は欠かせない。
米社会は保守とリベラル、都市と地方に深く分断されている。あえて対米投資のリスクを挙げるとすれば、企業が米分断の対価を払う可能性があることだ。
共和党が強い州では人工妊娠中絶を禁止する法律の施行が相次ぐ。NTTグループでは社員が居住地とは別の州で中絶手術を受ける場合の「渡航費を負担する」(澤田氏)という。
人種差別や公教育のあり方について、米国に進出した企業が市民や政治家などから対応を鋭く問われる場面も近年は増えてきた。銃乱射事件が後を絶たず、企業は社員の安全対策に万全を期す必要もある。
「世界で最も投資される国」には、他の先進国にはない課題が山積している。投資する企業にも備えは要る。(編集委員 瀬能繁)