【ウィーン=田中孝幸】
中欧オーストリアの有機農業が拡大を続けている。売上高は2017年からの5年間で4割増加。有機栽培に従事する農家も増え続け、全体に占める割合は4分の1と欧州連合(EU)内でトップになった。
過去には大きかった従来式農法の食品との価格差も縮まっている。
ウィーンの農場で野菜の収穫に当たるプロハスカさん
「農業者の意識は年々、有機に向かっている。これからも転換する人が増えるでしょう」。ウィーンや近郊で1980年代から有機農業を営んできたマルガレーテ・プロハスカさんは語る。
オーストリアでは80年代、有機農法を営む農家は数百戸にとどまっていた。ただ、90年代から有機農法に転換する農家が急増し、99年には約2万戸に拡大。現在では有機農業に従事する農家数や有機農地面積も全体のおよそ4分の1を占めるようになった。食料品全体に占める有機食品の割合も1割程度に拡大した。
背景には官民の取り組みがある。80年代末から同国では環境意識が高まり、有機農法への転換を模索する農家の取り組みが活発になった。プロハスカさんは「当時、自然保護を重視する市民が一気に増えて、各地で有機農法の経験を共有するための勉強会やグループが立ち上がった」と振り返る。
その結果、農家が有機農法に転換する際の様々なノウハウが積み上がり、広く共有されることになった。
プロハスカさんも「除草剤なしで雑草を処理する方法などもわかるようになり、事前に予想していたより有機への転換は容易に進められた」と語る。
大手スーパーのブランド戦略などの取り組みも奏功した。大手スーパーの「ビラ」は94年に有機農産品のブランド「ヤ・ナチューリヒ」を立ち上げ、店頭での積極的な展開を始めた。様々なキャンペーンを通じて「有機産品の方が質が高くおいしい」とのイメージを広め、規模のメリットをいかして価格を比較的安く抑えることにも成功した。
ビラではりんごなど有機栽培の多くの果物や野菜の従来式農法との価格差は1割程度にとどまっている。年々、品数も豊富になり、現在は1100種類以上を扱うブランドに成長し、年間売上高は22年に4億6千万ユーロ(約750億円)に達した。
ウィーンの大手スーパーには多くの有機野菜が並ぶ
ビラを傘下に置くレーベグループの広報担当者は「有機農家との緊密な協力で、安定した価格と高い品質を保証している」と語った。
ビラに続いて、小売業大手のスパーやホーファーも自社の有機ブランドを展開。2000年代には国内の有機食品専門店も急拡大した。
同国の有機農業者協会「ビオ・オーストリア」のリーグラー会長は「小売部門が有機のプライベートブランドを増やすなど早期に取り組んだおかげで、安価に大量に消費者に有機産品が届くようになった」と語る。
95年の同国の欧州連合(EU)加盟を受け、政府がフランスやドイツなどEUの農業大国との競争に危機感を強めたことも大きい。
少量でも質の高い農産物生産を重視する方針を打ち出し、有機農業への転換支援金や認証制度の整備など各種の支援策を実施した。
オーストリアの有機関連市場はさらに伸びると見込まれている。同国の市場調査会社AMAマーケティングのケッヒャー・シュルツ有機マーケティング部長は「市場の天井は見えておらず、まだ漸進的に成長し続けるだろう」と予測する。
課題も残っている。有機農業は主にスーパーに供給する大規模な経営者と、直売を手掛ける中小農家に二分されている。その結果、規模のメリットを持つスーパーが有機産品全体の価格を下押しし、中小の農業者の経営が苦しくなっているとも指摘される。
プロハスカさんは地域の消費者に野菜を直売してきた。「顔がみえる生産者」としてスーパーとの差異化を図り、売り上げを伸ばしてきた。ただ、燃料価格の高騰などを受けた近年のインフレは逆風になっている。一部の製品を見直したが「スーパーが安く売っている中で、あまり値上げできない」と語る。
ビオ・オーストリアのリーグラー会長は「小売部門の優位性にはデメリットもある。業界全体の成長には他の流通チャネルの拡大が不可欠だ」と指摘する。
日経記事2024.08.07より引用