長崎大学が発行するデジタル履修証「オープンバッジ」
卒業した学校名が就職や出世に影響する「学歴信仰」は日本社会にいまも根強い。だが教育で進むデジタルトランスフォーメーション(DX)が神話に決別を促すかもしれない。
身につけた知識やスキルを電子的に証明し、改ざんが原理的に不可能な「デジタルバッジ(履修証)」がその代表だ。国際標準のひとつ「オープンバッジ」を長崎大学が2020年度に導入したのをはじめ、国内の大学では23年度前期までに80校以上が採用した。
企業がリスキリング(学び直し)講座の修了者に発行する例も増えている。
導入を支援する一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク(東京・新宿)は「学歴よりも学習歴が問われる時代」とうたう。
現代社会に必須の人工知能(AI)やデータサイエンス、持続可能な経営といった知識やスキルは「どこで学んだか」より「何を学んだか」が重要になるからだ。
卒業後に取った資格を含め生涯を通じた学習履歴が「見える化」され、学習者もバッジをたくさん集めようと励み、学びの動機づけになる効果も期待される。
米欧での普及は著しい。米グーグルなどテック企業は「大卒」を採用要件にしていない。IT(情報技術)や経営学などの教育プログラムを自ら提供し、修了者にデジタル履修証を発行する。これを単位として認める大学も増えている。
こうした動きは「マイクロクレデンシャル(小さな資格)」と呼ばれる。学部や大学院で数十〜百以上の単位を取ると認められる学位と並行して、コースや単元ごとに履修証を発行し、その積み重ねによって知識やスキルを認定しようという動きだ。
放送大学の青木久美子教授によると、米国では100万を超えるクレデンシャルが発行され、それらの管理や活用を担うプラットフォームが教育産業の一角を担うようになった。
日本はまだよちよち歩きの段階だ。バッジをSNS(交流サイト)で公開する受講者が増えているが、第三者の学校や企業が入試や人事採用で活用する例はまだほとんどない。
本格的に普及するには課題も残る。まず名ばかりのバッジが乱発されないように、発行者の大学などが授業の内容や授与条件など「バッジの質」を保証する仕組みが必要になる。
行政の後押しも要る。大学の学費が高騰する米国では連邦政府が「全学生成功法」を定め、マイクロクレデンシャルの普及を支援している。日本ではこうした動きはこれからだ。
青木教授は「学んだ時間に応じて単位がもらえる今の仕組みの意味は薄れている。知識やスキルを使いこなす能力(コンピテンシー)が重要になり、それを可視化するITの活用は欠かせない」と話す。
学歴神話が過去の遺物になるかはなお未知数だが、デジタルバッジが高等教育、とりわけ理工系人材の育成に一石を投じることは間違いない。
有名大学も看板に頼っていられなくなり、授業の質の向上を迫られる。これが教育改革につながることを期待したい。
日経記事 2023.09.10より引用