ロシアのプーチン政権は、10月26日のジョージア議会選への介入が懸念されている=ロイター
多くの戦死者を自国軍に出しながらも、ウクライナ侵略を続けるロシアのプーチン大統領の執念は常軌を逸している。そのロシアの脅威は、火力を伴う軍事力にとどまらない。
汚職、利権、脅迫、情報操作……。これらを使った裏工作を浴びせ、狙った国家の中枢に浸透し、強引にロシア色に染めていく。
標的は新興・途上国だけではない。11月に大統領選を控える米国にも、ロシアは一層、激しい政治介入を仕掛けている。
分水嶺のジョージア
西側諸国はこうしたクレムリンの「闇の力」に、本気で対抗するときだ。放置すれば、民主主義がさらに揺らいでしまう。
その意味で大きな分水嶺の一つになるのが、ロシア隣国のジョージアで10月26日に実施される議会選挙だ。ジョージアは2008年にロシアに侵攻され、約2割の領土を占拠されている。
世論をみれば、旧ソ連圏でも有数の親欧米国だ。各種の調査では、おおむね8割が欧州連合(EU)への加盟を望む。昨年12月にはEUの加盟候補国になった。
ところが、国政は真逆の方向に突き進んでいる。政権与党「ジョージアの夢」は親ロシアの姿勢をより鮮明にし、ロシアのような強権体制に傾きつつある。
議会選に向け、同党首脳が掲げる主張は信じがたいものだ。過半数をとれば、事実上すべての野党を禁止する。
08年、ロシアの軍事介入につながる衝突を招いた「罪」で、当時の政権(現野党)の指導者を裁判にかける意向も示す。まさにプーチン政権が大喜びする内容だ。
なぜ政権与党は民意に逆行し、ジョージアをロシア寄りに導くのか。現地で取材すると、プーチン政権の影が浮かび上がる。
利権と裏人脈
地域の安保情勢などを議論する国際会議が9月2〜3日、トビリシで開かれた。焦点になったのが、プーチン政権の裏工作により、ジョージアなど周辺国がロシアの影響下に引きずり込まれてしまう恐れだ。
ジョージアの議員や政治専門家らによると、議会選に向け、ロシアからの裏工作が激しくなっている。その一つが、利権と裏人脈を使った政治への介入だ。
ジョージアには政府・与党の重要人事や政策を牛耳り、「影の権力者」と呼ばれる人物がいる。現政権与党をつくり、12〜13年に首相を務めた大富豪、ビジア・イワニシビリ氏だ。
ロシアで事業を広げ、ジョージアの国内総生産(GDP)の3割強に相当するとされる富を持つ。ロシアにたくさんの資産を抱え、利権上、クレムリンとの深いつながりが指摘される。
めったに表舞台に出ないイワニシビリ氏は4月末、異例の行動に出た。集会で演説し、反欧米・親ロシアの姿勢をあらわにした。
これを号令とするように、政権与党による民間への締め付けが強まっている。6月初め、外国から一定以上の資金提供を受けるNGOなどに、登録を義務付ける法を定めた。「政権はなりふり構わぬ形でロシア寄りに傾いている」(地元の政治専門家)。
ジョージア国家安全保障会議のバトゥ・クテリア元副長官は話す。「プーチン政権は腐敗した利権網を使って相手国の権力中枢に潜入し、国家の政策決定を事実上、支配する。
これが現在、ジョージアで起きていることだ。政府の偽情報やプロパガンダに支えられており、表面からは見えにくいだけに極めて危険だ」
脅迫も駆使
ロシアは政治介入の手段として、脅迫もひんぱんに用いる。同国のスパイ機関トップ、セルゲイ・ナルイシキン対外情報局(SVR)長官は8月下旬、次のような趣旨の警告を放った。
議会選後のジョージアで、米国がカラー革命(政権転覆)を起こそうとしているという情報を得た。ロシアはそれを阻止したい――。与党が敗北したら、直接介入もあり得る、という脅迫だ。
非公開の動向調査によると、与党の支持率は現在、3割程度にとどまっているもようだ。野党「人民のために」の創設者、アンナ・ドリゼ議長は語る。
「世論調査をみれば、与党は勝つのが難しいとわかっているはずだ。彼らは選挙管理局を支配しており、投票結果を操作する恐れがある」
仮に与党が敗北したのに負けを認めなければ、大規模な抗議デモが燃え広がるだろう。そうした混乱に乗じ、ロシアが軍事介入するシナリオを恐れる声が、トビリシでは聞かれる。
裏工作によるロシアの脅威は、世界で猛威を振るう。米国務省が22年9月に公表した分析によれば14年以降、ロシアは20カ国以上の政治家や政府関係者に、影響を及ぼすための秘密工作を進めた。投じた資金は3億ドル(約426億円)を超える。
米国も深刻な脅威にさらされる。
米司法省は9月上旬、11月の米大統領選の混乱などをあおるため、身分を偽り、米国内で活動していたロシア国営メディアの職員2人を起訴した。1000万ドルを投じ、偽情報を含めた動画を拡散させていた疑いがある。
旧ソ連のモルドバでも10月20日に大統領選があり、ロシアの介入が懸念される。民主主義がクレムリンの「闇の力」に負けてはならない。ジョージアやモルドバの行方がまず、大きな試金石になる。
長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点に北京とワシントンの駐在経験も。国際情勢の分析、論評コラムなどで2018年度ボーン・上田記念国際記者賞。著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。
日経記事2024.10.02より引用