殿上の食事 [張韶の乱]
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「占いではお前と俺は殿上で食事をすることになっているんだ」
「よせやい、俺はしがない職工だぜ、お前もただの町の占い師じゃないか」
「いや、本当の話だ。俺の占いがよくあたるってことは知っているだろう」
長安の下町の一隅で、卜者蘇源明と染坊供人張韶の会話である。
当時若い敬宗皇帝は、ポロや狩猟だと騒ぎ、政務など放り出し遊び回っていた。
その馬鹿さ加減は長安中に広まっていた。
「殿上での食事といゃあ、まるで皇帝様じゃねいか」
「あんなうすのろ馬鹿に皇帝が勤まる時代だ」
「そういえば韶はちょっとした男だしな」
「韶が皇帝になるんじゃないのか」
と染工仲間や無頼達は無責任に騒いだ。
「いっちょう、世間を騒がしてやろうじやないか」
「韶が皇帝なら、俺たちも貴族ぐらいになれるんだ」
いつのまにか無責任に計画ができあがっていた。
丙申の日、武器を染料の紫草を積んだ荷車の下に隠し
百餘人の無頼達は宮門に向かった。
さすがに宮門では警備兵には疑われたが斬り捨てて突入した
若い皇帝はいつものように遊びほうけていたが、
急を聞いた宦官に抱きかかえられて左神策軍へ逃れようとした。
警備はお粗末で、兵もあわてふためくばかりであった。
「左軍へは行き着けません、近くの右軍へ」
「どこでもいいから安全なところへ」と右軍へ走り込んだ。
右軍中尉馬存亮も驚き走り出てきた。
「ママ=皇太后はどこにいるの、無事かな」と敬宗が騒ぐ。
「すぐ兵を派遣して警固させます。ご安心ください」と存亮。
そのころ宮殿では韶と玄明が食事を取っていた。
韶は「本当にあんたの言ったとおりになったぜ。これからどうする?」
玄明は驚き「先のことを考えていなかったのか?」
「先はどうなるだ?」と韶
玄明は首をふり「占いの結果はここまでだ!」
狼狽した韶らは御殿から走り出た。
一味は態勢を整えた存亮軍に殺された。
*******背景*******
凡庸な穆宗皇帝の頓死の後を継いだ不良少年敬宗は、政務を怠り、不良仲間と夜遊び、ポロ競技やレスリングにと遊び回っていた。
民間にもその醜態は知れ渡り呆れ果てられていた。
当時京師には無頼グループが横行し、染工の張韶もその一員であった。
彼らは貧しいが放埒な暮らしをして法の規制や権威などをものともしなかった。
一声かければ数百の無頼が集まり、治安は乱れていた。
また憲宗時代と違い平安が続き皇居の警備などもすっかり弛緩していた。
敬宗は擁立された左神策軍を贔屓にし、ポロ競技などでもそちらのチームを応援していたのだが、この事件では右神策軍に逃避するしかなく、鎮圧も右軍が担当した。
しかし中尉馬存亮は、左軍中尉王守澄達の疑惑を懼れて、このあと淮南監軍に逃避した。