QAZのつれづれ日記

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残響のはなし

2013年10月23日 | 音楽

私は音響の専門家でも何でもありませんが、この度イタリアの教会でマンドリン演奏をしてきたことから、教会での音の響きに関心が深まりました。
ずっと無線通信の仕事に関わってきましたので電波と音波の違いはありますが、ともに空中を飛び交う仲間ではあります。

まず最初にひっかかるのは残響(Reverberation、略してリバーブ)と反響(Echo、エコー)の違いです。
発生のメカニズムはどちらも同じで、反響はやまびこやこだまのように反射音を明瞭に識別できるものを言い、残響は反射音どうし交じり合って個々の反射音を区別できなくなった状態を指すようです。

よく「このホールは良くできていて残響何秒だ」という言い方をしますが、残響時間の定義はどうなっているのでしょう。
残響時間は、音源が発音を止めてから残響音のエネルギーが60dB(デシベル)減衰するまでの時間を言い、60dB減衰するとは聞こえる音のエネルギーが100万分の一(10のマイナス6乗)にまで小さくなることを表しています。
数式で書けば対数の式になります。
共に音の強さを表す物理量である音響パワーレベルと音圧レベルですが、次元的に音響パワーは音圧の2乗に比例しますので(電力と電圧の関係に似ています)、音のエネルギーが100万分の一になるということは音圧レベルで言えば千分の一になることになります。
これとは別に音には音の大きさ(感覚的なうるささ)を表す、いわば心理量としての物差しがありますので、音の話しになるといつも頭が混乱します。
音の強さと大きさは一対一には対応しません。

残響音が少なすぎると楽音は豊かさに欠け、多すぎると前後の音が重複して明確さに欠け、適度な残響が音に広がりと深みを与えてくれます。
最適残響時間は演奏される楽器だけでなく、音楽の様式、曲の時代や歴史、部屋の容積、さらに音楽家の個性によっても微妙に違ってきます。
何れにも向く万能のホールなど世の中に存在しないことになります。

コンサートホールの特性として残響時間を表記するときには500Hzの残響時間を代表として使い、音楽用ホールでは数秒程度、教会では7秒という所もあります。
オルガン演奏やグレゴリー聖歌に適した教会の残響時間は6秒前後と言われます。
クラッシックの場合は2秒前後の残響時間のあるホールでの演奏が最適だと言われており、東京のサントリーホール、紀尾井ホールの残響は満席時2.1秒、世界3大有名ホール(ウィーン学友協会大ホール、アムステルダム・コンセルトヘボウ、ボストン・シンフォニーホール)の残響もいずれも満席で2秒程度です。

壁材は周波数特性を持ち、大理石のような硬い材質で出来たホールの残響は低音域があまり響かず軽くて長い残響になり、壁が木で出来た部屋の残響は高音域がすぐに減衰し暖かい響きになります。
残響時間が500Hz以下の低周波音が長目で高周波音が短目の特性は、教会的で荘重感があり伝統的な響きになり、中高音が長目の特性は透明で現代的響きになります。
人間もホールの中では立派な吸音材になり、客席が満席になれば空席のときよりも残響時間は短くなります。

部屋の容積が大きいほど残響時間は長くなる傾向にあります。
これは私たちの直感とよく一致します。
残響は私たちが空間の大きさを知覚する重要な情報となっていて、目を閉じていてもそこが大きな空間なのか小さな部屋なのか残響の具合で知ることができます。
残響時間が長いと人は自然と大きい部屋に居るように感じ、反対に残響時間が短ければ自然と小さい部屋に居るような気がします。
そんな人間の自然な感覚に従って大きいホールの残響時間は長めに、小さいホールの残響時間は短めになるように設計されます。
室容積の大きな大ホールでは低音域の残響時間が長目な特性、室容積の小さな小ホールでは全周波数の音に対して平坦な特性が良いとされます。


上図はホールの容積と残響時間の関係を調べたものです(出典)。
この図から、音の伝搬時間は距離(一次元)に比例しますが残響時間は部屋の容積(三次元)の、しかも対数に比例すること、またプロテスタントよりも教会により重きを置くカトリックの教会の方が残響時間が長いこと、アメリカよりヨーロッパのホールの方が残響時間が長いこと等、なかなか興味深いものがあります。

教会でのオルガンコンサートは実に朗々と響いて素晴らしいですが、そこでピアノのコンサートをするとわんわん鳴り響いて風呂場状態になってしまいます。
ピアノに求められる残響時間はオケや弦楽器に比べずっと短めがよく、逆にピアノや室内楽向けのホールでオケが演奏しては音が痩せて聞こえてしまいます。
一般に早いテンポで演奏される歯切れのよい音楽では響き過ぎると聞きづらいものになり、逆にゆっくりと演奏されその響きの調和を楽しむには比較的長めの響きが必要になります。
響くホールの場合はバイオリンですと弓を短く使い音を短めに、ピアノですとペダルを少なめにしてメロディがボヤけないように演奏する工夫が求められます。

音響実験を行う目的で、周囲の壁面の音の吸収をできるだけ少なくして長い残響をもつように工夫された残響室、反対に室内の響きのまったくない無響室というものもあります。
また、普通音楽編集ソフトや楽譜作成ソフト等には楽音にリバーブ(残響)やエコー(ディレイ)を付加できる機能があり、これによりあたかも広いコンサートホールで聴いているかのような臨場感を出すことができます。

音響学は、建築音響工学、電気音響工学などの工学分野だけでなく音響生理、音響心理などをも含んで、それだけで本が何冊も書ける、私たちの想像以上に扱う範囲の広くて深い学問だと思います。
たまたま今回教会で演奏する機会を得ましたので、残響について少し考えてみました。

関連ブログ:
教会での演奏 (2013.10.01)



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