プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

バニスター

2024-08-11 10:02:41 | 日記
1989年
メジャー通算133勝のサウスポーがやってくる。「少なくとも、15勝は稼いでくれるだろう」と相馬球団社長もゾッコンのほれ込む男は、ロイヤルズのF・バニスター。もちろん、現役バリバリの大リーガーだ。この日、ロス市内の「ホテルニューオータニ」で本人、代理人「クリス・アーノルド、元近鉄)を交え交渉し、年棒100万㌦プラスボーナス契約(1年契約)で合意。正式に契約を交わし、来年2月1日のユマ・キャンプ初日から合流することも決まった。同投手は77年にメジャー昇格し、82年から88年にかけて7年連続の2ケタ勝利をマーク。この期間、同様の数字を残したのはメジャーでわずか5人、全盛時は米球界を代表するサウスポーとして活躍した。武器は速球。近年は変化球も多く取り入れるスタイルに変身しているが、日本ならまだまだ通用する。今年6月28日「左肩回旋腱抜裂傷」の手術をアラバマ州スポーツ医学整形外科センターで受けた(執刀はジェームス・R・アンドリュー博士)が、軽症でその後も順調な回復。リハビリ中の同投手を収めたビデオなどで調査を行ったが、全く問題なく、この日の正式契約となった。「契約してくれて嬉しい。こういう機会を与えてくれたヤクルトに感謝し、1年でも長く日本で働けるようにがんばりたいね」こちら、早くもやる気のバニスター。過去、日米六大学野球、日米野球で2度来日したことがあり、「いつかは日本でプレーしたいと思っていた」という日本びいき。野村新政権、期待の助っ人第一号だ。

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乱橋幸仁

2024-08-11 09:23:55 | 日記
1990年
昨シーズン途中、上手から横手投げに変えた。だが昨年は上手投げのときと同じ、速球に頼る組み立てが裏目に出て、勝ち星なしの4敗。それが突然の大変身。何より大きいのが落ちる球。シンカー、スライダーのマスターだ。「キャンプで監督から落ちる球を覚えろ、といわれたのがイイきっかけになった。決め球ができたことで、投球の組み立てが楽になりました」シンカーとスライダー、対照的な二つの球を投げ分けることで投球の幅を広げろと、キャンプで野村監督が口うるさくいってきたことだ。宮本、加藤、矢野らの技巧派投手が監督、コーチにつきっきりで指導を受けていたが、最初にマスターしたのが、この乱橋だった。

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