作文小論文講座

苦手な作文を得意に。小学生から受験生まで、文章上達のコツを項目別に解説。作文検定試験にも対応。

道草

2012-07-25 | コラム
 バス通学をしていた小学校低学年のころ、バスに乗らずに友達と歩いて帰ったことがありました。何か特別な事情があったわけではなく、ただいつもと違うことをしてみたかったのです。毎日バスの窓から眺める歩道を、友達と二人、てくてくと歩きます。歩道の片隅に咲いているタンポポ、桜の花びらを乗せてゆっくりと流れる川、ペット屋さんに並べられた籠の中でさえずる小鳥たち、あちこち寄り道をしながら歩き続けます。いつもならバスであっという間に通り過ぎてしまう場所ですが、子供の足でゆっくり歩くといろいろな発見があるものです。

 最初のうちは元気よく歩いていた二人も、予想以上に遠い道のりに少し疲れてきました。背中のランドセルがずしりと重く肩にのしかかります。そんなとき、一軒のお店が目に入りました。それはお茶屋さんでした。お茶の芳(かぐわ)しい香りにさそわれて、お店の中をのぞき見ると、お店のおばさんが出てきて、にこにこしながら「一杯お茶でも飲んでいきなさい。」と冷たいお茶を飲ませてくれました。優しいおばさんのおかげで、二人は元気を取り戻し、またてくてくと歩き始めるのでした。

 不思議なもので、毎日バスに乗って帰っていたにもかかわらず、バスでの帰り道のことは、ほとんど覚えていません。一方、たった一度歩いて帰った帰り道のことは、今でもときどき思い出します。日常を越えた新たな世界との遭遇と呼ぶのは大袈裟かもしれませんが、今、振り返ってみても、道草をしながら歩いた時間は、どこか別の世界の時計の針が時を刻んでいたように思えるのです。

 誰でも、ときには冒険をしてみたくなることがあります。日常の枠を飛び出して、未知の世界に触れてみたくなることがあります。また、のんびりと休みたくなることもあるでしょう。そんな道草をすることによって、ものの見方が変わったり、新しい発見があったり、人の気持ちが分かるようになったりすることも少なくないと思います。目的地にいち早く着くことだけを目指す必要はないのです。

 長い人生、先頭を歩こうと焦る必要もありませんし、遅れを取ってはいけないと慌てる必要もありません。決められたレールの上をただまっすぐに進もうと必死になる必要もありません。そもそも、レールなど存在しません。そのときどきを楽しみつつ、ときには寄り道をしながら自分自身の心の声と相談しながら歩いていくことが充実した人生につながるのだと思います。

 あのとき歩いた道沿いに並ぶお店も、今ではずいぶん変わってしまいました。でも、その辺りを通りかかると、お茶屋さんの椅子に腰かけて、おいしそうにお茶を飲む二人の姿がよみがえり、心の中でくすりと笑ってしまうのです。


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