読売新聞の記事:『米で心臓移植希望の女児支援HP、中傷相次ぐ』にコメントを寄せました。
題目の通りなのですが、コメントとしては 「いろいろな考えもあって然るべきだが、多くは無責任な意見であり、許せない」と結んでいます。限られた文字数でのコメントですので(実際は電話での記者さんとのディスカッション^^;で30分近く)、正確には伝えにくいのですが、許せないのは「無責任な誹謗中傷」であって、ネット上での意見ではありません。むしろ反対意見や疑問は書いて然るべきと考えています。逆に、支援団体は、十分想定すべきです。このような自体は想定できないものではなかったはずです。逆に、支援団体も説明を含めて、責任をもつべきところがあるでしょう。 これはネットだけを責めるわけにはいきません。繰り返しますが、無責任な誹謗中傷は許されるべきではありません。否定的な意見と誹謗中傷を分けるべきです。
題目の通りなのですが、コメントとしては 「いろいろな考えもあって然るべきだが、多くは無責任な意見であり、許せない」と結んでいます。限られた文字数でのコメントですので(実際は電話での記者さんとのディスカッション^^;で30分近く)、正確には伝えにくいのですが、許せないのは「無責任な誹謗中傷」であって、ネット上での意見ではありません。むしろ反対意見や疑問は書いて然るべきと考えています。逆に、支援団体は、十分想定すべきです。このような自体は想定できないものではなかったはずです。逆に、支援団体も説明を含めて、責任をもつべきところがあるでしょう。 これはネットだけを責めるわけにはいきません。繰り返しますが、無責任な誹謗中傷は許されるべきではありません。否定的な意見と誹謗中傷を分けるべきです。
新聞と言ってもただ読んで鵜呑みにしてはいけないのですね。
(><)
↑この顔文字を使うと可愛いですよ♪
ご意見をいただけないでしょうか。
http://www18.atwiki.jp/sinusinu/5.html
私は、事の発端いらいネットを観察してきましたが、
相対的に「無責任な誹謗中傷」はすくなかったと思います。潜在的にあった、「お涙頂戴的高額募金活動」への批判が、顕在化しただけではないでしょうか。先行していた
これらの募金活動の会計報告等が極めて不明朗であること
が拍車をけることとなっています。
あまりにお粗末で、身勝手だと感じざる得ないHPをはじめとする広報活動とその記述内容への疑問点の指摘への対
応のまずさもありました。必要金額の予算案のボロ隠しの
様子がリアルタイムで見えているわけですから疑問が
膨らまずにはいられません。
いまのところ、救う会とネット側の対話が、救う会の
広報担当者のブログで続けられています。たまには、ひどいのも混じりますが、おおむね紳士的な質問が続いています。しかしながら、回答が国会答弁並ですので、今後は
どう運ぶことないなりますやら。
十分に状況を把握なさった状態でコメントなさったのなら何も申しませんが、そうでないなら、下記URLを一読
なさることをお勧めします。
参考:広報担当のブログでの対話
http://blog.goo.ne.jp/kotobukijapan/cmt/dc08d8ff692f8f297c42077416cb9466
全てを読売新聞というメディアを通じて
否定してしまいました。
あなたのコメントが正しいとしても今回の出来事と一切関係ありません。
「さくらちゃんを救う会」広報担当の方のブログにコメントさせていただいた人間の1人です。
読売新聞「米で心臓移植希望の女児支援HP、中傷相次ぐ」紙面記事に「さくらちゃんを救う会」広報担当寿ジャパン様のブログ「みたけ音楽日記~業界浮遊録~」のコメント欄の写真が掲載されていましたので、実際に記事の対象になった人間の1人として、コメントさせていただきます。
まず、
みたけ音楽日記~業界浮遊録~
http://blog.goo.ne.jp/kotobukijapan/e/dc08d8ff692f8f297c42077416cb9466
にさせていただいた私のコメントを全文引用いたしますので、もう一度お読みください。
私案 (Jサポ)
2006-10-01 07:28:28
一刻も早くさくらちゃんをアメリカに行かせたい、ということが目的であって、あくまで募金活動はそのための手段のひとつにすぎないはずです。
私をはじめ、多くの方々が不信感ないし疑問点を抱いてるのは、もちろん目的に対してではなく、その手段のひとつである募金活動のスタイルにあります。
現在、さくらちゃんを救う会に対し、多くの批判が集まっている最大の要因は、かねてから多くの問題点が指摘され続けてきた旧来のトリオジャパン的募金モデルを、そのまま踏襲してしまったことにある、と思われます。
たとえ今からであっても旧来のトリオジャパンモデルを改め、一刻も早くさくらちゃんをアメリカに行かせたい、という目的のみに徹した、言わば、さくらちゃんを救う会モデルを新たに提案できさえすれば、現在募金に批判的な層を逆に味方につけることも可能ではないでしょうか。
「さくらちゃんを救う会」事務局の方々にとっても、守らなければならないのは、さくらちゃんの命であって、トリオジャパンのビジネスモデルではないはずです。
両親からの当座の負担額3000万円を前提とした私案を考えてみましたので、事務局で検討してみてもらえませんか。
・両親からの負担額3000万円は募金に含めない。
・旧来の目標募金額の内訳のうち、現地滞在費500万円、事務局費150万円は、両親からの負担額3000万円から支出する。
・医療予備費3600万円は、現時点では集めない。
・移植医療費9000万円、渡航費350万円のうち、両親からの負担額2350万円では不足する7000万円を新たな目標募金額とする。
・両親は所有物件を売却し、流動性の高い金融資産に変えることによって、不測の場合の予備費にあてる。
・不測の場合に備え、トリオジャパン、NPO日本移植支援協会、各レシピエント団体の基金に緊急時の支援を強く要請しておく。
・「さくらちゃんを救う会」規約 第十一条(余剰金の使途)から「国際移植医療支援団体トリオジャパンと協議のうえ基金を設立し、」の部分を削除する。
両親からの当座の負担額3000万円が妥当かどうか、判断できませんので、提案した私自身、これでも100パーセント納得できるわけではありませんが、落としどころにはなりうるのではないか、と考えます。
一刻も早くさくらちゃんをアメリカに行かせたい、という目的にはこれで充分なはず、ですので。
趣旨は、必要以上に募金を集めすぎないため、目標募金額を下げる、私的に負担すべきではないか、と指摘されている項目については自己負担する、「自分たちでできる限り資金を調達し、足りない分を募金というかたちで助けていただきたい」という両親の気持ちを形としてあらわすためにも所有物件を売却する、です。
緊急時に資産の流動性を高めること、可処分所得の変化に合わせ生活水準を変化させること、はどこの家庭でも当たり前に行っていることですから、事務局の方々も理解できるはずです。
不動産のままでは、さくらちゃんを助ける役にはたちませんし、これからの上田家のライフスタイルにも合いません。
募金と併用するのであれば、売却の目処を無理に11月末に設定する必要はなく、もうすこし時間の余裕をもって処分することも可能です。
また、万一緊急時に各レシピエント団体の基金に支援を求められる際には、我々もお力になれるはずです。
多くの人間の善意によって集められた募金は、本当に必要な患者の方に速やかに渡されるべきものですので。
募金というものは、本当に募金が必要な人間に、本当に必要なとき、本当に必要な額だけ届く、かたちであらなければならない、と考えます。
善意の募金者の信頼を裏切るもの、であってはならない。
広報担当の方の一連のコメントを読ませていただきましたが、可能なかぎり誠実に対応していこう、という姿勢が感じられましたので、愚見を述べさせていただきました。
できれば、御両親にも読んでいただければ、私のような立場の人間の考えや気持ちが理解していただけるか、と思います。
協力したい気持ちがあっても、現状の募金のスタイルでは協力できない、ということを。
将来本当に募金が必要な人間のためにも、悪しき前例をこれ以上増やすわけにはいきませんので。
御両親と本当に御両親に近い方たちだけで、一度話し合われた方がいい、と思います。
まだ初期の方向性に軌道修正できる段階ではありませんか。
自分自身が書いたものに対してのの評価は、読み手の方が下されるもの、と考えていますので、私の提言が反対意見であるのか、それとも無責任な誹謗中傷であるのか、の判断は皆様にお任せしたい、と思います。
私が最も訴えたかった点ではありませんが、「(両親は)身銭を切るべきだ」「(募金の)余剰金は寄付しろ」との意見が無責任な誹謗中傷である、とすれば、私の提言も無責任な誹謗中傷に類するもの、となるでしょう。
また、森井教授がおっしゃられている「無責任な誹謗中傷は許されるべきではありません。」 とのお考えにも完全に同意いたします。
もし、記事中の教授のコメントが、「いろいろな考えもあって然るべきだが、無責任な誹謗中傷は許せない」でしたら、こちらにコメントさせていただくこともありませんでした。
しかし、実際に掲載されたコメントは、「いろいろな考えもあって然るべきだが、多くは無責任な意見であり、許せない」であり、読売新聞の記事のみを目にする読者にとっては、かなり違うニュアンスで受け取られたものと考えます。
「みたけ音楽日記~業界浮遊録~」のコメント欄を読ませていただいた私個人の印象では、誹謗中傷ととられても致しかたないコメントをしておられる方も少数おられるようですが、責任を持って反対意見を述べている方々が多数を占めているように感じます。
広報担当寿ジャパンさんのできるかぎり誠実に回答していこう、という当初の姿勢が、質問者側の自制にもつながり、相互にリスペクトを持って質疑応答できていた時期もあったように思います。
そこで、お願いがあります。
お手数ですが、「みたけ音楽日記~業界浮遊録~」のコメント欄を先入観なしに、もう一度全部読んでいただけますか?
教授のこのブログの記事の主旨については、充分理解しているつもりです。
しかし、私が自身の発言に全責任を持つ、と同様に、教授もご自身の発言に全責任を持つ御覚悟をお持ちであることと思います。
たとえ、限られた文字数でのコメントであろうと、一旦コメントの使用を許諾した以上、その記事中のコメントのみで評価されるのは致し方ないことでしょう。
もう一度全部読んでいただいて、もしまったく同じ御感想を持たれるようであったとしても、それはそれで構いませんので。
>十分想定すべきです。このような自体は想定できないものではなかったはずです。
このくだりについても本当にそのとおりだと思います。
しかし、既存大手メディアは筑紫哲也や鳥越俊太郎のネット言論に対する罵倒に象徴されるように常に「ネット=否定の対象」という大前提でもってこの種の報道を繰り返してきたのもまた事実であって…
と、まぁネットをしてる人にすれば顧問・センスなのでこれ以上は書きませんが、どっちにしろ、大手メディアにコメントをするに際しては細心の注意はやはり必要かと。
ネットの意見の多くは無責任であり許せないもの
とおっしゃっているようにとられるのではないのでしょうか?
それに対して訂正等を要求なさらないのでしょうか?
なぜなら、今回の記事以前より救う会のHPを見ていたなら、都合の悪い部分をごまかしたり、削除したりしているのは分かるからです。
ですが、森井教授のお言葉が「インターネットに詳しい教授の意見」として載っていたので、心が揺れました。
私は、我が子を治療するお金を「募金」
とは言いませんが、自分は間違っているのだろうかと。
新聞には「『両親は身銭を切るべきだ』などと心ないものも多い」と言う記載があるのです。子供を守る為に、親が出来る限りの治療費を負担するのは、当然の事だと思っておりました。
私ならどうするか・・・。
我が子が病気になったら全てを投げ出して助けようとしますが、それでも足りない分は、やはり善意の募金にすがるかもしれません。
でも、「出来る限りの事をやった上で、それでも足りない分」です。家があったら売るでしょう。ただ、それを口にすると常識とは掛け離れた誹謗中傷になってしまうのか、と・・・。
新聞ではその様に受け取れました。
悩んだ結果、検索してこちらのブログにたどり着きました。
そして、納得です。
森井先生は、「無責任な誹謗中傷は許されるべきではありません。」と書いておられます。また「否定的な意見と誹謗中傷を分けるべきです。」とも書かれています。
このブログを見る限り、読売新聞を読んで受ける感じとはかなり違います。
私には、読売新聞は森井教授の言葉を、都合の良い部分だけを切り取って利用した様に見えます。
とても失礼な事だと思いました。
文章が下手で申し訳ありません。
ここに書くだけですか?
ここに書くだけなら、2chなどからの攻撃から身を守るためだけに言い訳してるようにしか思えません
もし、ここに書かれている事が本当でしたら、読売新聞に対して何らかのアクションを起こすべきだと思いますがいかがですか?
事を荒立てたくないのかもしれませんが、黙っていたら炎上させられるだけかと思います。
アクションって言っても、真意は違うのだから訂正文を載せてくれ、程度でいいと思いますがどうでしょうか?