goo blog サービス終了のお知らせ 

小学教師の雑感・多感

通じるものがあれば幸いです。

ぜひ情報交換いたしましょう。

「報われない仕事です♪」

2005年11月18日 | 保護者


一学期末の懇談会での一コマ。

図工の学習報告で、こんな冗談を交える。


「図工では、土鈴(どれい)を作りました。どんな風に焼き上がるか楽しみです。

 子どもには、細かい部品を付けても落ちてしまうからやめるように指導しましたが、なかなかやめません。

 授業中ですら渇いてポロポロ落ちていたので『放課後先生が修理しておきます』と断って授業を終えました。

 そして私は、日が暮れた後も子どもの作品の修理に追われ続けました。

 教師の仕事って、凄いもんだなぁ~と我ながら感心しました(笑)愛情あっての仕事です。

 そして次の日の朝。

 子どもから感謝されるどころか、『先生、僕の作品いじったでしょ~』と詰め寄られる。

 昨日、修理するって、伝えたでしょうに・・・

 教師の仕事って、本当に報われないものですね~(笑)」
  

教室にいる保護者は、顔を見合わせて苦笑いする。

親も似たような体験が多々あるのかもしれない。


親心、子知らず。

教師心、子知らず。

そんなところがまた、可愛らしい♪

 (ちなみに写真は、私が見本で作った作品です。)

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

大粒の涙

2005年11月16日 | 保護者


不登校気味の子のお宅へ家庭訪問をした。

子どもとメールアドレスを交換したのが収穫。


子どもと話したのち、本人に聞こえないように外で保護者と語り合う。

保護者は、どうしたら良いか分からずに悩んでいる様子。

涙ぐんで話していたが、以下の言葉で大粒の涙を流す。

 「ほとんど母子家庭に近い状況で育ててきまして・・・」

冷たい秋風も相まって、私には鳥肌がたつ。


確かに「つらい」状況だ。

しかし、本人にとっても周囲にとっても、きっと「意味あること」なのだろう。

クラスメイトにも「その意味」を上手に伝えて、彼を迎え入れる状況を作っていきたい。

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

教育相談員(スクールカウンセラー)の活用

2005年11月15日 | 保護者


不登校気味の子の親に、教育相談を勧めた。

相談員と1時間半ほど面談したのち、すぐに私と話し合う。

そこで初めて、保護者から事実を聞く。

息子は父に恐怖を感じているらしく、会話はまったくない。

父に萎縮して育ったことが、しゃべらない・しゃべれない原因かもしれない。


私は保護者と、心を開いて話し合っている気がしていた。

しかし保護者にとって「家庭の責任」と思われることは苦痛だったのだろうか。

カウンセリングを受けることで、初めて私に事実を明かしてくれた。


教師一人の視点・立場・力には限界がある。

チームで児童に対応していくことが臨まれるであろう。

そのとき、「教師の責任」と思われることに自己防衛するより、できる限りの協力を周囲に求めたい。

彼の幸福を願いつつ。

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

親との距離感~その3~

2005年11月07日 | 保護者


個人面談の机の並べ方。


私は初め、机を二つづつ対面させてみる。

親が真正面に座ると、お互い何だか逃げ場がない。

対角線だと、よそよそしい。


次に、私の机を一つぬき、三角形にしてみる。

お互い近すぎず、遠すぎず心地よい。

保護者が「左」か「右」かを選べるのも良い。


次に、保護者と私の机を二つづつにして、L字を作ってみる。

視線がぶつからないのと、親が私との距離を選べる点で優れている。

結局、最後までL字で通した。

今思うと、V字にも挑戦してみたかった。。。
 
 (ちなみに角度が重要だと思いますが…)


心地よい距離感は人それぞれ。

状況や関係によっても変わるだろう。

親との心地よい距離感を模索していきたい。

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

親との距離感~その2~

2005年11月05日 | 保護者


個人面談での一コマ。

子どものことを一通り語り合えたと感じたら、こんな風に聞いてみる。

 「何か、ご意見やご要望などございましたら、遠慮なくおっしゃってください。」

保護者によって、反応はまちまちだ。

「意見など、めっそうもございません」という風な人もいれば、本当に遠慮なくものを言う人もいる。

例えば、こんな意見。

 ・消しゴムの貸し借りを禁止してらいたい。
   →子どもはこういうやりとりで成長していく気もします。

 ・休前日にも宿題を出して欲しい。
   →土日に勉強するなんて、私が子どものときには考えられませんでした。

 ・点数が悪い子を、残していたときの先生の顔が恐かった。子どもが心配です。
   →私も頑張って演じています。今後も頑張ってみるつもりです。

以上、敢えて、保護者の意見に寄り添うつもりもないケースを挙げてみた。


保護者の意見は様々だ。正すべきところはキチンと正す。

しかし、色々な意見に振り回されすぎると、教師の良さが発揮されない(気もする)。

ある種の「勢い」も必要な職業だと感じる。


保護者と教師の距離感。

適度な距離を、その時々で刻んでいきたい。

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

親との距離感

2005年11月03日 | 保護者


保護者との個人面談を終えた。

子どもたちのことを真剣に語り合う、幸福な時だった。

私は面談の最後でこんな風に言う。

 「また何かありましたら、ご気軽にご連絡ください。
  私の方も何かありましたら、気軽にご連絡させて頂きます。」

すると、にこやかに面談が終わる。

しかし、「何かありましたら」という言葉には、
「何か問題行動がありましたら」という否定的なニュアンスも響く。

よって、途中からこんな風に改めてみる。

 「何かありましたら、何もなくてもご気軽にご連絡ください(笑)」

すると、一層にこやかに面談が終わる。

だが、何とも言えない違和感もある。

親と教師の距離感。

お互いにとって、心地の良い距離を模索していきたい。

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

いつも、閲覧&1クリック&コメント有り難うございます。

何かありましたら、何もなくてもお気軽にコメントお寄せください♪

個人面談の前半戦を終えて。

2005年10月29日 | 保護者



保護者との個人面談を半分終えた。

 「来年も是非、持ち上がりでうちの子を持ってください」と二度ほど言われた。

とても嬉しい言葉である。

 「そうですね。私も是非○○さんと来年も一緒に過ごしたいです。
  しかし残念ながら、学校方針で持ち上がりは難しいようでして・・・」

そんな風に返答すると、親も悪い気はしないだろう。


方便でも挨拶でも、この際なんでもでもいい。

保護者と教師の信頼こそ、子どもの成長の助けとなる。


来週は、個人面談の後半戦。

愛の戦を勝ち抜きたい。

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

場所取り

2005年10月02日 | 保護者



運動会の場所取りは想像以上に過酷だ。

私が登校した5時半頃には、50メートルほどの行列ができていた。

そして、いざ開門。

入場制限をしつつも、全力で走る保護者(お父さん)の姿が目立つ。

その光景を眺めつつ、隣にいた学年主任とこんな会話。

 私  「この姿をビデオで撮って子どもに見せたいですね」
 
 主任 「そうだね。自分がどんなに大事にされているか分かるよね」
   
 私  「でも、熱心に場所取りするような保護者の子どもは、
     落ち着いている傾向があるのかもしれませんね」

 主任 「たしかに。こうした光景を見せたいと思う子どもの保護者は、
     残念だけど、来てないのかもしれない。
     まあ、私も運動会の場所取りに列んだことはないけど(笑)」

場所取りに頑張る両親を見て、嫌がる子どもはいないと思う(表面上はひねくれていても)。

愛情表現の方法は色々だ。

その積み重ねが「教育」なのだと感じる一コマだった。

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

自閉気味の子の保護者より

2005年09月21日 | 保護者
私のクラスには自閉気味の子がいる。

私は毎日、保護者の方と簡単な交換日記をしている。


先週末の授業参観の時、我が子の様子を見て不安に思ったのであろうか。

保護者から、こんな文章をもらった。


 「これからも見捨てないでください」


正直、あまり良い気持ちはしない。

「見捨てないでください」という言葉よりは、素直に「宜しくお願いします」と言って欲しい。

保護者の方にも色々な思いはあるだろう。

しかし、教師を動機付けるという視点も忘れては欲しくない。

保護者の方々(そしてこれからなる皆さん)、素直に言います。

「宜しくお願いします」。

このブログを応援してくださる方はお手数ですがクリックをお願いします。
ランキングサイトが開きます。(1日1クリック有効です)
  ↓↓↓
にほんブログ村 教育ブログへ

ダメなのはどっち???な保護者の助けになりたい。

2005年09月02日 | 保護者


(これまで、頂いたコメントに対しては「コメント」にてレスしていましたが、今回はこちらにて失礼します。)


七子さんが「本心は」?という風に書いてくださいましたが、確かに難しいところです。

もとさわさんが書いくださった通り「葛藤」の表れなのかもしれません。

しかし、ちこさん、みかんさん、軍曹さんが書いてくださった通り、「ひどい」というのも事実です。


実際の情況はもっと複雑ですので、もう少し詳しく書かせて頂きます。


「ダメなのはどっち?」な保護者は、某有名IT企業のキャリアウーマンです。

黒縁の眼鏡から覗かせる冷たい視線は、人を寄せ付けないオーラを発しています。

その視線を浴びつつ、私は家庭訪問で1時間ほど面談をしました。

(最後の訪問者だったので、長時間の話し込みが可能でした。
 前の方は原則15分なので、不公平を感じてクレームになることもあるそうです。
 難しい問題です。)

保護者は以下のようなことを述べました。

「息子のことで、聞くに堪えない程の文句の電話が、他の保護者から直接きます。昔は先生を通してだったんでしょうが。私が息子に注意をしても、反抗的な態度を取るだけ。最近では会話すらほとんどない。」

そして、話を進めていうちに、以下のような発言まで飛び出す。

 「周囲から見たら『虐待』と言われても仕方がない程、暴力をふるっています。容赦はしません。どうしてよいか分かりませんし。」

強烈な内容を話しつつも、表情一つ変ずに淡々と話し続ける。

私は恐ろしく思う一方で、彼女が私に心を開いてくれた風にも感る。

そうでなければ、ここまでは話さないだろう。

現に、昨年の担任には、ここまでは話していなかったよだ。



話を戻す。

懇談会の時に「相変わらずうちの子はダメですか?」と聞いて来た時、彼女の本心はどこにあったのだろうか。

彼女にしてみれば、ある種、私への信頼を不器用ながらも表現したのかもしれない。

それを私は、言葉尻のみ捉えて「反応」してしまったのかもしれない。。。



2学期がはじまった。

私が最初に怒鳴ったのは、彼女の息子だった。


母には暴力をふるわれ、教師には怒鳴られる。

 悪い子→叱られ→悪い子→叱られ→悪い子・・・

最大の被害者は、その子自身だろう。


彼と彼女の助けになりたいとは思いつつ。。。