マイ・ライフ・レッスン

母のがんのケアをするなかで感じたことなどを書いていた記録です。

ありがとうございました

2008-08-30 00:20:24 | 日々のあれこれ
9月12日をもちましてはなぶさ治療院勤務を終了することにしました。
色々自分の事情を考えると、どこにも属していないということは
世間との接点を断つことになりかねないんじゃないか、
鍼灸師という肩書きからは遠ざかってしまうんじゃないか、という心配もありますが、
しばらく施術はご希望の方への出張のみで対応させていただいて、
今の自分にしか出来ないことを見極めたいと思います。
2年と少しの短い間でしたが、
石垣先生と今まで来院していただいた全ての方とのご縁に感謝し、
またの再会と皆様のご健勝を心よりお祈り申し上げます。
ありがとうございました。

ブログの方はこのまま亀のペースで続けます。




自転車

2008-08-22 15:32:55 | 日々のあれこれ
お久しぶりです。
前回のネタが暗かったので早く違う話題を書きたいと思いつつ
あまり面白いこともなくてちょっと間が空いてしまいました。

そういえばツールドフランスが先月終わりました。
オリンピックで観たいと思うのはケイリンだけと断言した夫でしたが、
普段録画なるものをしたことがない私は初の予約録画に見事失敗し、
大いに落胆させました。

夫は職場まで改造だか改良だかを重ねた愛車のロードレーサーで出勤、
(ロードレーサーとは、いつだったか石垣先生がブログに書いていた「カマチャリ」のことです。
車輪を細くして地面との抵抗を減らし、前傾姿勢を取ることで速く、効率的に走れます。)
「何台抜くか」「何キロ出せるか」に闘志を燃やしている困ったおっさんです。
もちろん、台風でない限り雨でもチャリです。
(毎朝毎晩のエキサイトがたたって最近は関節痛に悩まされているようですが
相変わらずはりきゅうは拒まれてます。)
少しでも違和感があれば深夜でも即座にばらして細かい所までチェックする姿、
しょっちゅう部品を交換しては微調整にかける情熱は私から見て何故そこまで、と思えますが、
最近流石に完成形になってしまってすることがなくなってしまったらしい。
明らかに自分がいじりたいからというのが理由と思われますが、
先月の誕生祝いとして夫から自転車を贈られました。
子乗せのママチャリがあるし別に欲しかったわけではないんですが、
私の意思と関係ないものを買ってくれるのは毎度のことで。
ブリジストンの普通のマウンテンバイクだったのが
1ヶ月色々手を加え続けられてなんだかすごい乗り心地になりました。
試乗してみたい方は是非うちに遊びに来てください。
使わないのも勿体無いので、本日ははなぶさまでその自転車で来ました。
ロードレーサーではないので最高時速は頑張っても40キロ出ませんが、
走り続ければ電車で来るより10分以上早い。
息も切れますが、これは自分の運動不足のせいでしょう。
車の脇をすり抜けるときはいきなりドアが開きませんように、とちょっとドキドキしつつ、
横をすーっとシングルギアのお兄ちゃんに抜かされたりするとムム、とスピードを上げたり、
信号の変わり目を見極めて途中でルートを変えたりと、普段使わない部分の神経を使っている気がします。
バイクで大学に通っていたアドレナリン全開時代をちょっとだけ思い出しました。
あの頃は度胸だけはありましたがそのわりに注意力は今よりもなくて、
よくもまああんな運転で事故らずにバイク生活を終えたものです。
車の運転とは違って、全身で風を感じられるし、
スピードを出せば出すほど周囲や路面状態への判断力が要求されるし、
都内の移動を全て自転車にすれば脳のいつもと違う部分が活性化するかも~。
是非今のママチャリの子乗せを外してこちらに載せ変えたいですが
それは反対されてます。
これで飛ばしたら子供も喜ぶのになー
まあ、籠がついてないから買い物には不便なんだけど・・・
あとは近所100mで迷ってしまう自分の方向音痴と体力のなさが問題です。
カーナビ欲しいなあ。

治らないのは自分のせい、なんでしょうけれども納得いかないこと。

2008-08-01 13:33:57 | 母との日々~がん患者の家族として~
先月末、ある治療院の院長と口論になった。
6月に「すごい先生がいる」と人づてに紹介してもらい、
1ヶ月間母を通わせたのであるが、
7回目の治療を受けた母が、施術中も帰る時もひどい対応をされたと
泣き崩れんばかりの抑うつ状態で帰宅したからである。
具合の悪さもあって他人の言動に過敏な母ではあるが、
少し大袈裟に言っているとしても初回そこに付き添って自分も治療を受けてみた経験から
大体の話は合っていると判断し、
即、その治療院へ抗議の電話をした。
症状が治らないことに対して、ではない。
治療家としての患者への接し方に疑問である。
何しろ治療時間は数分程度であるのにも関わらず3時間待ちもざらというカリスマ治療院、
そんな電話に院長じきじきに出てもらえるとは思っていなかったが
電話に出た受付に、
「少々お伺いしたいことがあるのですが、今母が悪化した状態で戻ってきたのですが、
先生にひどいことを言われたようなんですが、
そちらではそういうことがよくあるのでしょうか」
と一気にまくしたてたら
「そうですね」
という答え。
仮にも自分の師匠への苦情に、あっさりそうですねもないもんだと思ったが
話術にたけた受付ではないらしく、その後沈黙してしまったので
ほどなく院長に交代された。
予想はしていたが、「自分の体をわかろうとしないからです」
とひたすら母の非にされた。
しかし私は自覚症状が改善しないことを問題にして言っているのではない。
治るかどうかはその人次第というのは施術者にとってやや都合の良い言葉であるが、
短い時間しか施術しなくてもそれで症状が快方に向かうのは
その人の治癒力にスイッチが入るからで、そのこと自体に疑問はない。
それが上手く行かない場合、患者が施術者の意図していることを理解していないのが理由だと思うならば、
言い方、言葉表現の仕方っていうものがあると思うのだ。
ものわかりの悪い患者だっている。痛みがあって具合が悪ければ尚更だ。
その場で患者に苛立ちをぶつけてどうする。
自分の治療院にもう来て欲しくないのならば、
せめて「ここは貴女には合わないようです」と柔らかに断って欲しかった。
お金を払っている背中ごしに「あんたみたいな人は治せないよ」と
捨て台詞を2度も吐くべきではないし、
「またお世話になることがあるかもしれませんがその節は
よろしくお願いします」と頭を下げた母と目を合わせないようにしたという受付も、人間性を疑う。
しかしそれを指摘すると、院長は鼻息が荒くなり
「そんな風には言っていない」「そういう意味で言ったのではない」の一点張りである。
電話口の呼吸の乱れからすると、その言葉にはやや嘘が感じられ
取り繕おうとしているのが見えたので
さらに抗議しようとしたところで
「随分理屈っぽいよ」「あなたもおかしいね」と言ってぶちっ☆と電話を切られた。
あなた「も」である。
私は感情的な人間であるのは自覚しているが、理屈っぽいといわれたのは初めてだ。
これが自分のことだったら、同じ鍼灸師相手にこんな電話はしない。
臨床経験豊富で弟子も何人もいて、毎日何十人もの患者さんをみている治療家に
失礼な電話をするなんて、これからの自分の人生を長い目で見たら
あまりメリットがない。
せいぜい知り合いにちょっと愚痴って、そのうち忘れるだろう。
しかし私はこの3年の生活の多くの時間を母のことに割いてきた。
母を通して学べたことも多い。
今回は目の前で電話することで、
彼女の気持ちを晴らしてやる必要があったのである。
その甲斐あってその後母の気分は回復したが、
お陰で私の方にはまだ暗雲が立ち込めている。
この出来事を通して自分は何は何を学べと言われているのだろうと自問する。
ここで出来た人なら菓子折り一つ持って
「先日は失礼しました」と次の患者さんの治療時間を削った非礼を謝罪に行くのかな。
絶対やらないけど。