Doll of Deserting

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護人の故。~分けいづる者の名は~:前編(ギンイヅ、日乱)

2006-01-29 17:31:53 | 過去作品(BLEACH)
*「百鬼夜行抄」のパラレルです。第一作目はこちらからどうぞ。





違うてはならぬ 違うてはならぬ
己のあるべきその場所を
隠してはならぬ 隠してはならぬ
我が御心の住む場所を





 旺盛な太陽であった。涼やかな空から、細く淡い光が差し開き、まるで空そのものが咲きゆくようである。このような日和ならばお隣の杉の木が肢体を照らし、さぞ美しかろうと思う。確かその向こうの家には大変立派な池があった。
 そのようなことに思いを巡らせつつイヅルが窓を開くと、いかにも眩そうに顔をしかめてギンが布団から顔を出す。自分の部屋の布団を片付けてからギンの部屋に赴き、換気をするのが数年前からの日課である。
 早くに父を亡くし、頼りの綱であった母も数年前に他界した。親類縁者もおらず、けれどもそれと入れ替わるように、障子の飾り絵としてひっそりと番を行っていたギンが実体として現れたのである。しかし妖怪というものは、なにか媒体がなければ人間のように実体化することが出来ない。何を媒体にしたのかは、あまり考えたくないものである。
「市丸さん、朝ですよ。」
「…何やの、一緒に寝よ言うてもすぐ嫌や言うくせに、こないな時はさっさと入り込んで来よってからに。」
「当たり前でしょう、冗談に付き合っている暇はないんです。」
「冗談言うてもちゃあんと頬染めてくれるとこが好きやで。」
「…冗談に付き合っている暇はないんです。」
 まるで自分自身に言い聞かすかのように繰り返す。
 母が亡くなってからはこの妖かしと二人で暮らしているのだが、何にしろ妖かしである。取り込まれぬように取り込まれぬようにと気を引き締めるが、喰われてしまえばそれも意味がない。けれどもイヅルは、それこそ隙あらば喰らおうという心持でいるギンに敵うかどうか自信はなかった。何せ相手は幾ら若く見えたとしても、うん百年人や妖怪問わず喰らい続けてきた老妖である。
 少しばかり霊力の才があるからといって、いかに自分が抗おうとも敵わぬということは知っていた。だからこそ歯痒くもあるが、今のところギンはイヅルを喰おうとは思っていないようなのでそれほど忌避してはいない。
 ギンの「喰らう」という意味合いとイヅルの「喰らう」という意味合いが全く異なっていることを知る者は、残念ながらギンのみなのであるが。





 吉良家の隣には立派な杉の木を携える松本家があり、そのまた隣には広く美しい池を携える日番谷家がある。古くより仲睦まじくしていた両家であったが、ここのところどうやらあまり折り合いが宜しくない。聞けば松本家の杉の木が育ち過ぎたお陰で日番谷家の敷地を狭くしていたので、日番谷家が新しい塀を造ることになったのを機に切り倒してはくれまいかと頼んだが、松本家はそれに激怒した。そうこうしているうちに日番谷家の方も逆上し、取り返しのつかぬほどの仲違いとなったのだ。
 そうして、そのままの仲が続いていたある時、松本家の主人がふとしたことから命を落とした。何せ突如として倒れたこともあり、臨終の際残された言葉もない。
「…じゃあ、大人しくしてて下さいよ。」
「何やの。お隣と仲良うしはってたんは景清さんとシヅカさんやろ。なしてイヅルが葬儀にやら行かなあかんの。」
「仕方ないでしょう。家が近いとこんな田舎では色々あるんですよ。」
 山中の田舎などでは特にそうだ。住民全てが遠きところでは血縁関係にあるという場所で、遠方ならまだしもまして隣家の葬儀に出席せぬわけにもいくまい。確かに大学受験の最中であるイヅルにとって、学校を欠席するというのは多大な損失を買うのだが、こればかりは仕方がない。
 ぶちぶちと背後で呟くギンを尻目に、濃淡の見られぬ漆黒の背広を羽織る。しっかりと襟まで整えた後に鏡台の前に立つが、似合わぬことは百も承知であった。
「暑苦しい格好やなあ。」
「…今は春です。」
 けれども寒暖をまるで感じぬギンにとっては、二枚も三枚も重ね着をしているイヅルが信じられないといった様子である。布団の上であるということを除いたとしても、寝巻き一枚のギンは未だ見ていて寒い印象を受けた。
 喪服の上から軽く上着を羽織り、葬儀に持参するべくこもごもとしたものを持つと、念のため施錠を施してから家を出る。春といえど二月の終盤である。扉を開けた瞬間に頬を掠める風は依然として寒々しかった。





 葬儀の席では泣く者の姿も多く見受けられたが、当の家族達には一人として涙を流す者がおらず、どちらかといえば主人の死が未だ信じられないといった様子である。悲しみが連なると泣けぬとはよく言ったものだが、それともまた違う。主人が死んだことを、根底から訝しく思うような風情であった。
「この度は、ご愁傷様です。」
 イヅルが声をかけると、大層驚いた様子で夫人が顔を向ける。そうして、一瞬固まってから顔を綻ばせた。
「あ、申し訳ございません。ぼ…いえ、私は、」
 名乗らず分かるものかと、そこで気付いて少しばかり恥ずかしく思いながら謝罪し、名を告げようとするとそれを制される。
「吉良さんとこのイヅル君でしょう。シヅカさんによく似ておいでだわ。」
「はい、父母もこちらとは仲良くして頂いていたようで…。」
「まあまあ、ご丁寧にどうも。すっかり綺麗になったわねえ…。」
 綺麗に、という言葉に少しばかり曖昧に笑む。まるで女性を賛美するような言葉の連なりに昔は戸惑いを隠さなかったが、それを臆面に出すことはなくなった。それもこれも、この頃のギンのイヅルに対する文句に慣れきったお陰ともいえる。
「でも、ねえ…。未だに信じられないのよ。あんなに元気だったのにねえ。」
「…何が起こるか分からないものですね、本当に。」
 そう言って視線を周囲に向けると、日番谷家の主人があまり具合の宜しくない風情で俯いている。どうしたのかと思ってみれば、彼が耐えるように手を握り締めた途端に身体が傾いた。
「…日番谷さん!?」
 周囲の人間は皆走り寄って名を呼んだが、それすらも聞こえぬようにして穏やかに彼は目を閉じていた。





 日番谷家のご主人の急死に伴い、イヅルはやはり葬儀に出席せねばならぬであろうということになったが、丁度試験日であったために今回は免れた。けれどもその後日、先日葬儀の席で言葉を交わした夫人が吉良家を訪ねてきた。
 夫人は葬儀の時よりも数段痩せ衰えたように見え、顔の色は蒼白であった。するとこちらから事情を問う前に、夫人の方から口を開かれる。
「…ご免なさいね、突然訪ねてきてしまって…。」
「いいえ。」
「それでね、あの、こちらの亡くなったご主人…あなたのお父様は、お祓いなんかに詳しくていらしたでしょう?」
「ええ…まあ。でももう父は他界致しましたし、この家にはもうそのようなことに詳しい者は…。」
 言葉を濁らせると、嘘を吐けとばかりに傍らのギンが眉をひそめる。当然の如く夫人には見えていないが、何があるか知れないので、このような時ギンは常に傍らで息を潜めていた。最も、見鬼の才を持たぬ人間が相手ならば、だが。
「いいのよ、ただちょっと気になることがあって…。」
「え?」
「うちの主人が亡くなったすぐ後に、日番谷さんとこのご主人がお亡くなりになったでしょう?だからちょっと気味が悪くて…うちの主人はともかく、日番谷さんはもっとお若かったし。」
「そうお気を落とされずに…きっとただの偶然ですよ。」
「そうかしら。でもね、死ぬ間際、うちの主人のコートのポケットにいつも松の花が入っていて…。」
「松の花?」
「ええ…日番谷さんに聞いてみたんだけど、ご主人もそうだったって…。」
「でも松は、長寿の木でしょう?」
「ええ…でも、松の花の時期には少し早いのに不思議だと思って…それに松って、『神の寄る木』とも言うでしょう?だから祟られたんじゃないかって怖くて…。」
「神の寄る木…。」
 古来松というものは、神聖な木として珍重されていたらしい。確かに松竹梅というように、めでたい木だということは知っていたが、そのような曰くは初耳であった。この夫人は博識なのだなと感じるが、それとも、このような場所に長年住まっていれば自然と身に付くものなのであろうか。
「…僕も出来るだけ父の書物などを検分してみます。何か分かりましたらお知らせ致しますので、ご連絡先だけ教えて頂けますか?」
 ただの偶然と考えるにしては、確かにことが出来過ぎているような気もする。イヅルは用意した紙とペンに簡単な電話番号のみ記入してもらうと、腰を上げた夫人を門まで見送った。





 休日ではあったが、否、休日であるからこそと思いそのままになっている景清の私室を開き、それらしい文献を漁ってみる。けれども目ぼしいものがないばかりか、中には蚯蚓のように歪んだ文字が並ぶものまであり、解読し難い。そもそも日本語かどうか怪しいと思われるものまである。むしろ、果たしてこれは人間の使う言語なのであろうかと訝しく思っていると、影を潜めるようにして背後からギンが進入してきた。
「そないな本漁っても何にも出て来ぃへんよ。」
「…分からないじゃありませんか。それともこの本、あなたは読めるっていうんですか?」
「はっ…貸してみい。」
 そう言ってイヅルの持つ書物を奪うと、一通り目を通してからそれを放り投げる。そしてまた別の本を手に取ると、同じように検分してから再び投げた。何てことするんですかとイヅルは抗議の声を上げるが、何ら頓着した様子はない。
「駄目やね、ここの本には何も書いてへんわ。大体キミのお父上いうたらまじないやらの本ばっか残しとる。妖怪やら神さんと会うた記録なんて全然残してへん。お祓いもそうや。あの人はみんな独学やった。」
「…でも、じゃあそれでどうしろっていうんですか。」
 鋭い眼光をギンに向けると、ギンはイヅルの上着のポケットがやけに膨らんでいるのに気付き、ふっと口の端を上げた。その視線を浴びてイヅルが中を確認してみると、松の雄花がいくつも入っている。淡黄緑色のそれは、花らしい形状をしてはいないが、跡を残すようにして花粉を撒いていた。
「松の―…。」
「ほんまに捕まえよう思うんやったら、直に触れ合わんとあかん。」
「捕まえようなんて思っていません。ただ、この先何事も起こらぬようにしたいだけです。」
「どっちにしろ、それが入ってたいうことは目ぇ付けられたんよ。関係ない言うてはおれへん。今日は眠らんようにしとき。眠ってしもたらやられるで。」
「でも…。」
「部屋の外にはボクがおるやろ?」
 宥めるようにイヅルの頭を引き寄せてから、淡い色の髪に口付ける。するとギンの言葉を肯定するようにして、イヅルがそっと目を伏せた。





 布団に潜りつつ眠った振りをし、やんわりと息を殺す。襖の向こうから聞こえる音は何もなく、ぬらぬらと揺れる真紅の闇のみが辺りを支配していた。けれども微かに感じる力だけは確かだ。そうして暫くすると、ぎしぎしと鳴る音が僅かに聞こえてきた。
(来た…?)
 ゆっくりと瞳を開けば、目前に広がるのはぎょろりとした巨大な目である。それに驚き、慌てて身体を起こすと、幾つもの妖かしがこちらへ向かってくるのが分かった。想定外の数に、思わずギンの名を呼ぶ。
「いっ…市丸さ…市丸さーん!!」
「…そない大きゅう言わんでも聞こえとるわ。ご近所迷惑やないの。」
 すぱんと襖を開く音が聞こえ、すぐさま手でいとも簡単に妖かしを払い除ける。あのように数があったのに、と驚いていると、一掃したギンがこちらを向いて言った。
「あないまやかしに騙されるんやないよ。ほんまは一匹だけや。」
 また来るで、と言われ外を窺うと、今度は小さな妖かしではない。軽やかな足取りで駆けてきたものは、まるでギンの変化した姿と同じような獣であった。しなやかな肢体にはひどく艶かしい亜麻色の鬣が流れ、足は逞しいというよりも繊細で今にも折れそうにしている。少しばかり吊り上がった端正な瞳を見れば、おそらくあれは猫であろうとイヅルは思った。
「…やっぱりお前やったんやなあ。乱菊。」
 ギンの言葉に、イヅルが驚愕したような顔を見せる。ギンは夫人の話を聞いた段階で、それが何であるのか分かっていたに違いない。ましてそれが知り合いならば、書庫であのような態度を取ったのも頷ける。
 猫は肯定するかのように目を細めると、ゆっくりと姿見を変化させた。艶やかな風貌をした、獣の姿に勝るとも劣らぬ美しい女である。そうして、口唇に意味深な笑みを浮かべると、おもむろに答えた。
「随分とご無沙汰じゃないの…ギン。」
「せやかて、主人と一緒やないと仕える家から出られへんのやから仕方あれへんやないの。」
 人間に憑依すれば別だが、とイヅルに視線をやれば、いかにも不本意といった表情でイヅルが顔をしかめた。
「…お知り合いなんですか?」
「ええ、古い知り合いよ。」
「どうして人を殺めるようなことを?」
 見る限り、悪いものではなさげなのにも関わらず、何をしているのだろうと思い尋ねる。すると乱菊と呼ばれた妖猫は、哀れむような表情をしてイヅルの方を見据えた。
「殺めたわけじゃないわ。あの家の人間は、あの木を切り倒したから死んでしまっただけよ。」
「え…?」
「あたしはね、立派に育っている木を住処としている妖かしなのよ。だから松本家の先祖と契約して、あの木を貸してもらっていたの。その代わりに、あの家の人間を長年護り続けてきたわ…。でも、あの人達は容易く木を切り倒してしまった。別に恨みはなかったけど、妖怪との契約を破ればその家の人間は滅びるっていう仕来たりになってるから、こればっかりはね。」
「じゃあ、日番谷さんのところは…?」
「あたしは何もしてないわ。でもあそこには大きな池があったでしょう?旦那さんが亡くなって庭の相続税が大変だからって、庭を半分切り売りすることにしたんだそうよ。でもあれだけ大きな池だと手入れが大変で売りにくいだろうからって、池だけ埋め立てることにしたって…。」
「もしかして、あの池にも何か?」
「ええ、日番谷の人達も契約を裏切ったのよ。それもあたしみたいなただの妖かしじゃない…龍神との契約をね。」
 ギンや乱菊のような妖かしでさえ、長寿であることもあり大変強大な霊力を誇る。けれどもそれが神ともなれば、例え幼くあろうともギンほどの力はあると思われた。おまけに日番谷といえば屈指の旧家である。それを考えれば、どれほどの龍神が潜んでいるかなど恐ろしくて考えたくもなかった。
「…何や、ボクは日番谷のお人らもお前が殺したんやないかと思うとったわ。」
「あら、あたしは誰も殺めてないって言ってるじゃないの。大体何であたしが仕えてもいない家の人間なんて殺さなきゃいけないのよ。」
「何でて、よう言うわ。あの人の住処奪うた人間なんやから、てっきり乱菊も怒っとるんやないかと思うたんやけどなあ?」
 ギンの言葉に、乱菊が微かな嘲笑を見せる。それは肯定とも取れたし否定とも取れた。イヅルは話に付いて行けず少々不安げな顔を見せたが、ギンがこちらを向いて心配するなと言うように笑んだので、黙っていた。





奪うてはならぬ 奪うてはならぬ
天のお人の住む場所を
慕うてはならぬ 慕うてはならぬ
天のお人は遠き人


*後編に続く


■あとがき■
 次はギンイヅにとっても日乱にとっても意味ありげなお話になります。赤間藍染が出てくるのはいつだよ!(笑)そして司ちゃん桃が出てくるのはいつだろう…。
 そして次の話の後が、今拍手に入れてる番外編に続くわけですね。(早くしろ)あ、あまり面白くない理由ではあるんですが、乱菊さんや日番谷君がなぜ仕えてる家の苗字なのかは次の話で明かす予定です。いや、あんまり捻った理由じゃありませんよホントに。(笑)