Doll of Deserting

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職権乱用。(ギンイヅ:市丸DE阿弥陀様投稿作品)

2005-12-28 13:34:35 | 過去作品(BLEACH)
鳥が堕ちる
その仄白い頬を向けながら
鳥が堕ちる
その憂い顔を地に這わせながら



 鳥が欲しいと言う。
 年末といえば職務の滞りが激しく、それに比べて書類の量は通常の倍という悪循環を孕んだ時期である。ともすればその影響で沸いた発言をする者も珍しくはない。が、そういった発言をした人間が他でもない隊主であるということに、イヅルは些か頭を抱えた。
 鳥というとどの鳥が欲しいのですか、とその発言に付き合ってやると、文鳥だと答える。現世から仕入れてきたらしい藍染の本を試しに読んでみたところ、その題名が文鳥であったのだと。ホラ、夏目何とか。と彼が言うので、ああ、漱石。と心当たりのある名を口にすれば、そうや、そうやった。と納得したような声が返ってきた。
「ですが隊長、今は鳥より書類です。」
「ボクは書類より鳥なんよ。」
「そう仰いましても、決算が差し迫っておりますので。」
 今度はいつもの怠慢では済まされないんですよ、と軽い叱責が飛ぶ。先程からギンは落ち着かず、ようやく机に腰を下ろさせたところであったというのに、これはどうしたことか。
「そもそもなぜ文鳥なのです?」
「さっき言うた通りやろ。」
「ご覧になったご本の題名だけでその鳥を欲されるような方だとは存じておりませんが。」
 まず、漱石などを読もうと思うこと自体、珍しいを通り越して訝しい。貸してくれと言われた当の藍染も、さぞ首を傾げたことだろう。イヅルは特に気にせず努めようといった素振りで背を向けると、自分の職務机に座り筆を取る。ギンはそれを一瞥し、嘆かわしいとでも言うように溜息を吐いた。
「…ボクの副官はこないに冷たい子ぉやったんか。」
「副官だからといって、隊長の我侭を全て聞き入れなくてはならぬという決まりはございません。」
「せやったら、隊長命令て言うたらええんか。」
「それこそ職権乱用にございます。」
 たかだか鳥の一羽二羽を飼うか飼わぬかで仕事の進みを遅らせるなど、とイヅルは言うが、段々とギンの持つ筆の先がささくれていくのを見て目を伏せた。それに比例して書類は黒ずんでゆく。
「…自室でお飼いになる分にはご自由にどうぞ。」
 イヅルの言葉に、ギンの顔が色を取り戻す。他の隊員達は、なぜ隊長の自室のことまで副隊長が許可を下すのかと訝しく思ったが、それは野暮かと黙り込んだ。ギンは「せやったら今から」と席を立とうとしたが、そればかりはイヅルの手によって阻まれることとなった。



 あの後実際に漱石の『文鳥』を検分してみたが、いかに文鳥は可愛らしいものかという話では決してなかった。良さを語った部分は確かにあるが、話の焦点はそこにない。果たしてギンは文鳥のどこに惹かれたのやら、と書類を虚ろな目で見つめる。期末の決算を終え、隊舎内はどこか落ち着きを取り戻したようであったが、未だ仕事は山積みである。
 終ぞギンの思惑は分からぬままだが、結局彼は文鳥を購入したらしく、自室の隅に何とも繊細な造りの鳥籠が置いてある。初めて見受けた時には大層驚いたものだが、近頃はイヅルも餌を与えてやるようになった。既に成熟しているので手乗りにすることは叶わないが、それはそれで愛嬌があり愛らしい。
「名は何というのですか?」
「名前なんてあらへんよ。」
「え…。」
「まだ付けてへん。」
「しかしそれでは可愛がるにも味気ないでしょう。宜しければご一緒にお考えになりませんか。」
「あかん。その子に名前なんていらへんのや。」
 でも…と言うイヅルの頭を胸に引き寄せ、あやすようにしてそれを押し留める。イヅルは不穏に思いギンを見上げたが、あまりに侘しげな表情を浮かべていたので、何も言えずに黙ったままであった。
 それにしても、ギンの飼い始めた文鳥はイヅルの知り得るものとは随分と毛色が異なるようであった。文鳥というものは、イヅルの見知る限り頭部が黒く、嘴は紅く、肢体は淡い群青色をしている。しかし目前からイヅルを円らな瞳で見据えている文鳥は、嘴は紅いがそれ以外は全く白い色をしていた。
 文鳥の嘴に指を翳しながら、興味深げにそれを眺めているイヅルを見て、ギンが苦笑する。
「綺麗な子ぉやろ?」
「ええ…でも、白いですね。」
「白文鳥やて。こっちは野生のんが多いからあんまり見らんなあ。現世では店で普通に売っとるけどね。」
「現世でお買いになったのですか?」
「内緒やで。ほんとは容易う行ったらあかんのやから。」
 義骸に入ってまでどうして、と尋ねれば、答えられぬといった様子で目を伏せられた。元より細められた目であるが、伏せた様子などははっきりと見て取れる。とにもかくにも、白い文鳥でなければならぬらしい。イヅルは空見しただけであったので本の内容はよく覚えていないが、ふと思い出して「お話の中の文鳥も白かったですか」と尋ねると、「うん、多分白やった」とギンは答えた。
「それにしても、綺麗ですね。雪のようです。」
「うん、せやね。ボクの自慢や。」
 育てたわけでもあるまいに、誇らしげにギンが言う。しかしそれは何か別の意味合いを孕んでいるような気がしたので、イヅルは敢えて微笑み返した。 



 


 鳥が死んだ。
 何と言うことはない。あっけない、眠るような死であった。新春を迎えて暫く経った頃である。鳥ならばもしや野犬や猫にやられたかと思ったが、考えてもみればここに犬や猫など存在しない。それならなぜ、とイヅルは尋ねてみたが、どうやら病死らしい。元よりあまり頑丈な鳥ではなさそうであったので、そう言われてイヅルはああ、と納得した。
 ギンが隊舎に現れることはなく、後に残るのは多大な書類と、まざまざとした喪失感だけであった。少なくともイヅルは共に可愛がってきた仲であるので、思い入れがあった。朝起こしに向かった際、塞ぎ込んでいたギンの姿を思い出す。

―…またお飼いになれば宜しいじゃありませんか、とは、どうしてか言うことが出来なかった。

 冷酷無比と言われる男であった。他人の死など物ともせずと。しかしたった一羽の鳥の死でここまで茫然自失になるとは思わず、イヅルは走らせていた筆を止める。するとそれを見かねた三席が「どうぞお行き下さい」と声をかけた。仕事の方は大丈夫ですから、と。



「失礼致します。」
 返事はないが、予想していたことである。上品な仕草で襖を開くと、ギンの自室は暗がりにあった。まだ昼間であるというのに、暗幕を引いたかの如く薄暗く、陰湿である。ここは精神世界か、という感覚さえ覚えるような場所だ。ギンは昨夜敷いた布団をそのままに、敷布に横たわっている。イヅルは襖のところで声を出そうとしたが、それは思い留まって近付いてから身体を揺り起こした。
「隊長、お風邪を召されます。」
 起きろとは言わずに、何を引っ掛けてもいない身体に布団を掛けてやる。ギンは特に気にもしない様子であったが、一言イヅルか、と呟いたので、はい、と返事をした。
「鳥な、死んでもうた。」
「…存じております。」
 ギンの掌にひっそりと置かれているものを見て、ぎくりとした。やはり鳥の死骸である。ギンの顔に涙の跡などはなかった。ギンが泣くとは思ってもいなかったが、表情を見れば何とも切なげであり、飄々とした雰囲気は一切ない。しかしながら泣いた痕跡はどこにもなく、イヅルはいっそ泣いておしまいになればいいのにとぼんやり考えていた。
 いつもならば隊長という名を盾に取り、幾らでも自己主張を通す男なのにも関わらず、このように脆弱な部分をありありと見せ付けられては、恐ろしいというよりもむしろ安心してしまう。そうしてこのような部分を容易く見せるということは、少しは信用されているのか、とも。
 ギンは、暫くイヅルが声を出さずにいると、イヅルがいることを忘却したかのように亡骸を掌で包み、一声呟いた。

―…イヅル、と。

 確かにイヅルと言ったのだ。なのでイヅルは「はい」と応えたが、ギンは全くこちらを振り向かず、亡骸に向かってイヅル、イヅルと呼びかけ続ける。その度にイヅルは「はい」と返事をしたが、ギンに聞こえていないことは百も承知であった。
 そうして一頻りやり取りをした後、ギンは思い出したようにイヅルの髪を梳き、布団に招き入れた。特に何をするわけでもなく、そのままただイヅルを抱き締めていると、淡い花の香りがする。そこでようやく、イヅルの手に花が握られていたことに気が付いた。他でもない、手向けの花である。



 文鳥が欲しい、と、はじめにそう言ったのは本を借りた藍染の自室でのことだ。藍染は、ギンが本を借りることがまず珍妙なのにも関わらずこの期に及んで何を言い出すのかと狼狽したが、笑みは変わらずも表情は至って真剣である。
『白い文鳥が欲しいんやけど。』
『…吉良君に投影するのなら、カナリヤなんかが良いんじゃないのかい?』
 ギンの思惑を、藍染は容易く言い当てた。ギンは一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻し、更に笑みを深くする。藍染がイヅルに譬えたのは、儚い淡黄色が印象的な愛らしい鳥であった。しかしギンは、それでは駄目だと言う。
『えらい人に慣れるんがええ。…それに、白い方があの子に似とる。』
 普段の飄々とした笑みが一瞬違うものに変化したのを、藍染は見逃さなかった。ギンはイヅルを白いものに譬う。さながらに美しいと、そう譬う。しかしそれにはつまり、汚せぬものであるという意味合いも秘められているということを、藍染は知っていた。

 思えば賭けであったのやもしれぬと、藍染は思った。おそらく最期まで付き従わせることは出来ぬと知るギンが、せめてと願った賭けであったのやもしれぬ、と。

 

 深い安息の中、重い瞼を押し上げる。しかし時刻はそれほど変化しておらず、ギンは抱き込んだままのイヅルの姿を確認すると、ほっと息を吐いた。ギンは、必ず最期まで時を共に出来る存在を一心に求めていたが、それが叶わぬということは知っていた。ギンが隊長という職を以って手に入れた副官は、決して死にまで付き添わせるわけにはいかない。
 藍染の自室でその本を手に取ったのは、ほんの偶然であったと言っても過言ではない。ただ、以前より文鳥という鳥は人によく懐くと聞き知っていたこともあり、興味本位で1頁目を開いた。小説にしては短い話であったので、そのまま最後までぱらぱらと読み進めた後、これを貸してくれと藍染に申し出る。彼はそれはそれは瞠目したが、興味があるのなら、とそれを許した。
 
 話の最後、小説の中でも文鳥は命を落とした。

 けれどもやはりそれは賭けであったのやもしれぬ。小説の中と全く同様の鳥を飼い、それをイヅルに投影させて世話をしてやる。職権を以ってイヅルに無理難題を押し付けてきた自分が世話をしてやることで最期まで生き延びれば、これより先もまるで共に歩むことが出来るかのような錯覚を覚えられるやもしれぬと、渇望が胸を襲った。
「…駄目やった、なあ。」
「何がですか?」
 ふと胸元を見れば、イヅルが目を覚ましていた。握られていた白い花は長く抱き込まれていたせいでひどく萎れているが、それを見たギンはああ、やはりこの子は白だと笑みを浮かべる。
「隊長、お元気になられたのでしたらお仕事をされませんと。」
「今日はもう終いやろ。イヅルもまだええやん、寝よ。」
「…それも隊長命令ですか?」
「せやね、隊長命令や。」
「…鳥の時といい…どれだけあなたは職権という職権を乱用されれば気が済まれるのですか。」
「…どこまで許してくれはる?」
 許しません、とすぐさま叱責しようとしたが、ギンの声が明るいとは言えぬのを聞き受けてそのまま沈黙を保つ。ギンはイヅルを胸に抱いたまま、浅く目を閉じた。どこまですればイヅルが離れてくれるのか、どこまですれば離れないでいてくれるのか、ギンには全く分からぬままである。するとイヅルは同じように抱き込まれたまま目を閉じるが、ギンの心の内を読むようにしてぽつりと呟いた。

「どれほど勝手をなさっても、僕は絶対にお傍を離れませんから。」

 そうしてイヅルは、ギンの寝間着の袖を掴んだ。ギンは目を閉じたまま、何も言わずイヅルに口付ける。ギンの表情が見えぬように、イヅルもひっそりと目を閉じた。
 ギンの手には変わらず骸が握られており、既に敷布に掠れて白い羽根が散り咲いている。けれども鳥籠は尚も何かを閉じ込めるのを待っているかのように少し開いていた。



鳥が堕ちる
その仄白い頬を向けながら
鳥が堕ちる
その憂い顔を地に這わせながら



■あとがき■
 僭越ながら「市丸DE阿弥陀」様に投稿させて頂いたギンイヅでございます。
 いや、本当せっかく素敵な御題を頂いたにも関わらずわけ分からん話になったと思いますが(汗)自分なりに「職権乱用」というテーマを模索してみました。
 結局市丸さんはあまり我侭になりませんでしたが(汗)まあいつものことかな、と…。(ぇえ)イヅル大事な男になりましたよいつも通り。(笑)

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2 コメント

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コメントありがとうございますv (桐谷 駿)
2007-09-17 08:54:26
初めまして、管理人の桐谷と申します。この度は拙宅の小説をご覧頂きありがとうございましたv
この小説は私自身書いていて言い知れぬ思いに駆られた作品であり、また気に入っているものでもあるので、感想を頂けて非常に嬉しいです。
唯さんも文鳥を飼っておられたということで、共感して下さったなら何よりです。
私たちが生きるより僅かな生命であるからこそ、大事にしたいと思いますよね。
それでは、これからも当サイトをどうぞ宜しくお願い致しますv本当にありがとうございました!
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はじめまして!! ()
2007-09-07 23:03:34
はじめまして!!
yahooから飛んで参りました
唯と言います。

私も文鳥を飼っていて、市丸と同じく
『ギン』という名をつけました。

文鳥が死んでしまって
寂しそうなギンの様子が
痛いくらいに伝わってきました。

素敵なギンイヅをありがとうございました。
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