春秋の 風にやはらぐ 蝉しぐれ
儚き灯と 共に散りけむ
篝火草の花が去り、紅い天竺牡丹が庭に顔を現したかと思うと、それはすぐに麝香草へと姿を変えた。夏から秋へ、季節の変化というものはこうも鮮やかなものであったかと考えて、イヅルは火鉢から漏れる灯を弄る。そうして、麝香草が枯れ、紅葉も銀杏も既に肢体のみを風にもたげるようになった。するとやはり、訪れるのは冬である。
ふっと火鉢の音が緩み、火が和らいだかと思うと襖が開いた。いつもの彼女からは想像出来ぬ淑やかな入り方に苦笑するが、彼女は特にどうとも思っていないらしく、鋭くにっこりと笑うと火鉢の前に腰を下ろした。
「ようこそいらっしゃいました、松本さん。」
「寒いわね、この部屋。」
「すみません。僕は寒さに強いもので、暖房はあまり使わないんです。」
だから冬はほとんどこれだけ、とイヅルが火鉢を示す。大体からして、生まれた年も年だ。勝手に部屋を暖めてくれるというのは有難いが、どうも慣れない。やはりこういったものの方が落ち着く、と思いながら、やや火を強めた。
「寒いですか。」
「ちょっとね…でも悪くないわ。」
こういうのも風流っていうの?と乱菊が笑う。イヅルは、少し違うんじゃないですか、と答えつつも穏やかに口元を綻ばせた。乱菊はじっと灯を見つめながら、再び口を開く。
「でも、わざわざ暖を取るためだけじゃなくて灯りに使ってるじゃない?照明はちゃんとあるのに。そういうのって、あたしは雅に思うけど。それともお貴族様とあたし達の感性ってやっぱり違うのかしらね?」
茶化すように言うと、イヅルは真面目に「そんなことは…」と口籠もった。乱菊はそれを微笑ましく思いつつ、「冗談よ」と答えた。下級貴族というものの生活は、庶民とそう変わらない。むしろ治安の良い場所の町民の方が幾らか良い暮らしをしているとも言えるであろう。白哉ほどになるとやはり格が違うが、乱菊とイヅルの間にはそう差が見られなかった。
「…もうどのくらいになるかしらね。あたし達がこうやって一緒に呑むようになってから。」
「そうですね…軽く一年は。」
「そう…もうそんなになるのねえ…。」
しみじみと乱菊が呟く。この頃乱菊は、まるで可愛らしい弟が出来たような錯覚を覚えるようになった。イヅルはといえば、まるで姉のように自分を気にかけてくれる乱菊に甘え過ぎることがないようにと身を引き締めていた。
「こうしてると、最近あんたが弟みたいに思えてくるわ。」
素直な感想を述べると、イヅルが困惑したような表情を見せた。まさか乱菊も自分と同じように感じているとは思いも寄らなかったのである。
「日番谷隊長はどうです。」
「あの人は駄目よ。中身がどうしようもないくらい大人びちゃってるもんだから、もう絶対に年下だなんて思えないわ。」
可愛らしいだなんて尚のこととんでもない、と苦笑すると、イヅルはどう反応して良いか分からないというような表情を向ける。笑っておきなさい、と乱菊が促すと、やっと曖昧な笑みを浮かべた。
「あんたはどうなの。市丸隊長…ううん、ギンのこと、兄さんみたいって思えることはなかった?」
「えっ…。」
乱菊を姉のように感じてしまっていることを悟られたかのように振られたので多少は戸惑ったが、すぐに慈しむような顔をして乱菊に向き直った。乱菊は、イヅルがあまりに意を決したような表情をしていたので逆に狼狽することとなった。
「…いいえ。兄のようだなんて、全くこれっぽっちも。」
「あら、ギンは全然大事にしてくれなかったのかしら。」
「いいえ…お優しい方でした。」
極悪非道と名高き三番隊隊長のことを、何の躊躇もなく優しいと言える者は自分を除いてこの子しかいないだろうと乱菊は思う。いかにも幸福であるといった様子で微笑むイヅルとギンの間に何があったのか、乱菊は知る由もなかった。しかし確かに優しい男であった。もしくは、あまり器用な男ではなかったと言い表しても良いのかもしれない。誰にとっても器用な男に見えるだろうが、見る者が見ればそれはあまりにか細い。
「ただそれは、兄と表すにはあまりに残酷に思えたのです。」
「ああ―…それもそうね。」
兄が弟をなだらかに扱うのとは全く違う―否、そう見える者もいるかもしれないが―どこかに、狂わしい熱を伴った触れ方をしていた。肌を焼くでもなく、心を焼くでもなく、ただ一通にその信念を、その誇りを、その憧憬を―少しずつ、いたぶるようにしてギンはイヅルを自分のものにしてきたのだ。傷付けることは一切せずに、慈しむようにその身を穢していく。それはギンが意識したものではなかった。触れるうちに、段々とギンはイヅルを根底から染め上げていってしまったのである。
「だからといって情人とも、恋人とも、まして副官ともいえぬ立場にありました。妻というにもあまりにおこがましい…そしてそれもまた違う気がしてならない。」
「そうね、どれも違うわ…。ご免なさい。あたしを姉と呼ぶのも、アイツを兄と呼ぶのも、今のアンタには酷すぎたわね。」
「いいえ…ただ、ただ―…。」
友人からも離れ、自分はもう既に独りであると、そう思ってきた。しかしそれでも乱菊が杯を勧めてくれた時には、本当に嬉しく思ったのだ。ここがお前の居場所である、と―…そしてそれは、ギンが自分に与えたものとひどく似ていた。
青く風を鳴らす春に心奪われ、朱く萌ゆる夏に耳を傾け、白く空蘇る秋に目を覚まされ、玄き闇さんざめく冬に、後ろ髪を引かれる。
そうして呆然と佇む間に、幾度落つる涙を奪われ、幾度零す笑みを裂かれ、終ぞこうして面影を追うのみになってしまったのであろうか。侘しい。そして、それに抗うことも出来ず、やはりただ待つことしか出来ぬ自分が恨めしいと思った。
何を言うことも出来ず黙り込むイヅルを見かねて乱菊が口を開こうとするが、今何を言おうとも仮初にしかならないような気がして、冷えかけた酒で唇を濡らした。火鉢の灯りに照らされた庭は、四季の移り変わりをありありと語っている。この冬が終わればまた篝火草が咲くであろう。もしくはイヅルが新たな花を植えるのだろうか。
「…明るい色がいいわね、吉良。」
発せられた言葉の意味は理解出来なかったが、何となく乱菊の気持ちは汲み取れたように思い、イヅルは美しく笑った。仄かに色付いた灯りに浮かんだその顔は、妖艶でありながらもどこか悲愴を孕んでいるように乱菊には見えた。
そしてまた、巡る空の色鮮やかに。
■あとがき■
元は原稿のはずだったなんて言えない(コラ)乱イヅ(?)小説です。ギンイヅ前提ですが、何となくね、心の眼で見れば日乱にも見えるかもしれません。(笑)春夏秋冬を色で表すと「青春、朱夏、白秋、玄冬」だそうですが、冬だけ「黒」というところを「玄」と書いているのが趣深い気がしたのでそのまま使いました。(笑)
ええとあの、冒頭の短歌は気にしないでやって下さい…orz「季節というものは共に儚いものであり、共に散りゆくものであろう」というのを表現したかったのですが…儚き灯、というのは冬のつもりなんです。(汗)
そして短歌の季語は一種類の季節だけ、というのも気にしないで下さい…orz
儚き灯と 共に散りけむ
篝火草の花が去り、紅い天竺牡丹が庭に顔を現したかと思うと、それはすぐに麝香草へと姿を変えた。夏から秋へ、季節の変化というものはこうも鮮やかなものであったかと考えて、イヅルは火鉢から漏れる灯を弄る。そうして、麝香草が枯れ、紅葉も銀杏も既に肢体のみを風にもたげるようになった。するとやはり、訪れるのは冬である。
ふっと火鉢の音が緩み、火が和らいだかと思うと襖が開いた。いつもの彼女からは想像出来ぬ淑やかな入り方に苦笑するが、彼女は特にどうとも思っていないらしく、鋭くにっこりと笑うと火鉢の前に腰を下ろした。
「ようこそいらっしゃいました、松本さん。」
「寒いわね、この部屋。」
「すみません。僕は寒さに強いもので、暖房はあまり使わないんです。」
だから冬はほとんどこれだけ、とイヅルが火鉢を示す。大体からして、生まれた年も年だ。勝手に部屋を暖めてくれるというのは有難いが、どうも慣れない。やはりこういったものの方が落ち着く、と思いながら、やや火を強めた。
「寒いですか。」
「ちょっとね…でも悪くないわ。」
こういうのも風流っていうの?と乱菊が笑う。イヅルは、少し違うんじゃないですか、と答えつつも穏やかに口元を綻ばせた。乱菊はじっと灯を見つめながら、再び口を開く。
「でも、わざわざ暖を取るためだけじゃなくて灯りに使ってるじゃない?照明はちゃんとあるのに。そういうのって、あたしは雅に思うけど。それともお貴族様とあたし達の感性ってやっぱり違うのかしらね?」
茶化すように言うと、イヅルは真面目に「そんなことは…」と口籠もった。乱菊はそれを微笑ましく思いつつ、「冗談よ」と答えた。下級貴族というものの生活は、庶民とそう変わらない。むしろ治安の良い場所の町民の方が幾らか良い暮らしをしているとも言えるであろう。白哉ほどになるとやはり格が違うが、乱菊とイヅルの間にはそう差が見られなかった。
「…もうどのくらいになるかしらね。あたし達がこうやって一緒に呑むようになってから。」
「そうですね…軽く一年は。」
「そう…もうそんなになるのねえ…。」
しみじみと乱菊が呟く。この頃乱菊は、まるで可愛らしい弟が出来たような錯覚を覚えるようになった。イヅルはといえば、まるで姉のように自分を気にかけてくれる乱菊に甘え過ぎることがないようにと身を引き締めていた。
「こうしてると、最近あんたが弟みたいに思えてくるわ。」
素直な感想を述べると、イヅルが困惑したような表情を見せた。まさか乱菊も自分と同じように感じているとは思いも寄らなかったのである。
「日番谷隊長はどうです。」
「あの人は駄目よ。中身がどうしようもないくらい大人びちゃってるもんだから、もう絶対に年下だなんて思えないわ。」
可愛らしいだなんて尚のこととんでもない、と苦笑すると、イヅルはどう反応して良いか分からないというような表情を向ける。笑っておきなさい、と乱菊が促すと、やっと曖昧な笑みを浮かべた。
「あんたはどうなの。市丸隊長…ううん、ギンのこと、兄さんみたいって思えることはなかった?」
「えっ…。」
乱菊を姉のように感じてしまっていることを悟られたかのように振られたので多少は戸惑ったが、すぐに慈しむような顔をして乱菊に向き直った。乱菊は、イヅルがあまりに意を決したような表情をしていたので逆に狼狽することとなった。
「…いいえ。兄のようだなんて、全くこれっぽっちも。」
「あら、ギンは全然大事にしてくれなかったのかしら。」
「いいえ…お優しい方でした。」
極悪非道と名高き三番隊隊長のことを、何の躊躇もなく優しいと言える者は自分を除いてこの子しかいないだろうと乱菊は思う。いかにも幸福であるといった様子で微笑むイヅルとギンの間に何があったのか、乱菊は知る由もなかった。しかし確かに優しい男であった。もしくは、あまり器用な男ではなかったと言い表しても良いのかもしれない。誰にとっても器用な男に見えるだろうが、見る者が見ればそれはあまりにか細い。
「ただそれは、兄と表すにはあまりに残酷に思えたのです。」
「ああ―…それもそうね。」
兄が弟をなだらかに扱うのとは全く違う―否、そう見える者もいるかもしれないが―どこかに、狂わしい熱を伴った触れ方をしていた。肌を焼くでもなく、心を焼くでもなく、ただ一通にその信念を、その誇りを、その憧憬を―少しずつ、いたぶるようにしてギンはイヅルを自分のものにしてきたのだ。傷付けることは一切せずに、慈しむようにその身を穢していく。それはギンが意識したものではなかった。触れるうちに、段々とギンはイヅルを根底から染め上げていってしまったのである。
「だからといって情人とも、恋人とも、まして副官ともいえぬ立場にありました。妻というにもあまりにおこがましい…そしてそれもまた違う気がしてならない。」
「そうね、どれも違うわ…。ご免なさい。あたしを姉と呼ぶのも、アイツを兄と呼ぶのも、今のアンタには酷すぎたわね。」
「いいえ…ただ、ただ―…。」
友人からも離れ、自分はもう既に独りであると、そう思ってきた。しかしそれでも乱菊が杯を勧めてくれた時には、本当に嬉しく思ったのだ。ここがお前の居場所である、と―…そしてそれは、ギンが自分に与えたものとひどく似ていた。
青く風を鳴らす春に心奪われ、朱く萌ゆる夏に耳を傾け、白く空蘇る秋に目を覚まされ、玄き闇さんざめく冬に、後ろ髪を引かれる。
そうして呆然と佇む間に、幾度落つる涙を奪われ、幾度零す笑みを裂かれ、終ぞこうして面影を追うのみになってしまったのであろうか。侘しい。そして、それに抗うことも出来ず、やはりただ待つことしか出来ぬ自分が恨めしいと思った。
何を言うことも出来ず黙り込むイヅルを見かねて乱菊が口を開こうとするが、今何を言おうとも仮初にしかならないような気がして、冷えかけた酒で唇を濡らした。火鉢の灯りに照らされた庭は、四季の移り変わりをありありと語っている。この冬が終わればまた篝火草が咲くであろう。もしくはイヅルが新たな花を植えるのだろうか。
「…明るい色がいいわね、吉良。」
発せられた言葉の意味は理解出来なかったが、何となく乱菊の気持ちは汲み取れたように思い、イヅルは美しく笑った。仄かに色付いた灯りに浮かんだその顔は、妖艶でありながらもどこか悲愴を孕んでいるように乱菊には見えた。
そしてまた、巡る空の色鮮やかに。
■あとがき■
元は原稿のはずだったなんて言えない(コラ)乱イヅ(?)小説です。ギンイヅ前提ですが、何となくね、心の眼で見れば日乱にも見えるかもしれません。(笑)春夏秋冬を色で表すと「青春、朱夏、白秋、玄冬」だそうですが、冬だけ「黒」というところを「玄」と書いているのが趣深い気がしたのでそのまま使いました。(笑)
ええとあの、冒頭の短歌は気にしないでやって下さい…orz「季節というものは共に儚いものであり、共に散りゆくものであろう」というのを表現したかったのですが…儚き灯、というのは冬のつもりなんです。(汗)
そして短歌の季語は一種類の季節だけ、というのも気にしないで下さい…orz