ベーム/ウィーンフィル「モーツァルト交響曲第29番」


 これまでモーツァルトの交響曲を取り上げていないことには深い意味はありません。どの曲も、どの指揮者の演奏もほとんどが素晴らしいので、その時の気分で好きなディスクを聴く、それが自然な付き合い方だからです。ただ聴いて、楽しむ、生きている喜びを感じる。

 ところが、大好きな曲なんだけど、全ての指揮者の演奏がよい訳ではないのが交響曲第29番です。後期の第36番“リンツ”、第38番“プラハ”のような多様なメロディ、展開の楽しさ、第39番、第40番、第41番のような華麗さ、深さはありません。単調な一本調子の音楽といったらいいのでしょうか。ただ、モーツァルトのシンプルなメロディの魅力は言葉では言い表すことは不可能です。ピアノ協奏曲の魅力に近いといえるかもしれません。この単調さ故に、演奏が一様ではなく、テンポ、響きに注文を付けたくなるのかもしれません。失礼ながらヨーロッパ以外のオーケストラがこの曲を演奏するのをイメージできません。

 長らく愛聴してきたのが1972年録音のケルテス指揮ウィーンフィルの演奏です。この世の中にこんな美しい音楽、ふくよかな弦の響きがあるんだと溜息が出ました。この演奏、音に馴染んできたので、その他の指揮者の演奏を聴いても、シャカシャカ急いでこの曲の魅力を台無しにしているように感じました。音も濁っていて小さく聞こえます。

 今でもケルテス盤は素晴らしいと思います。ケルテスのモーツァルトは、レガートで演奏するので他の後期交響曲ではメリハリというか深みに欠ける印象はあります。それ故に瑞々しいモーツァルトになっていてこれが第29番ではぴたっとはまります。

 そこに新たに登場したのが、ベームとウィーンフィルのライブ演奏です。
 海賊盤を取り上げるのは何となく後ろめたい気もするのですが、単なる愛好家の個人的ブログですのでこの世に存在する最も好きなディスクをご紹介したいと思います。
 1973年6月のウィーンでのライブです。ゆったりとしたテンポですが気迫のこもった充実した音楽です。絶妙なバランスで勢いもあり音楽の単調な魅力を損なっていません。テンポが遅い分、モーツァルト音楽の香りが優雅に花開いています。
 それにしても、このウィーンフィルの響きです。とろけるような優しくて美しい音。ライブだけあってそこまで歌うんですかというくらい弦がゆったりと伸び伸びと歌います。弦だけでなく、ファゴットやホルンが伴奏する音楽での絶妙な絡みも格別です。

 このディスクは、秋葉原の石丸電気で見つけたものです。GNPとクレジットがあるのでそういう名称の海賊盤業者でしょうか。このシリーズは石丸電気でしか見たことないものです。このディスクには、第29番の他、第34番、第35番、第36番(いずれも1974年のライブ)が収録されていますがこちらも素晴らしい演奏です。

 なお、ベームとウィーンフィルの第29番は1977年3月の来日時のライブ演奏がTDKから発売されています。こちらは第1楽章ではテンポがさらに遅くなっていて弦の響きは相変わらず魅力的ですが、音が若干途切れがちです。一方で第4楽章ではまだまだ若さを感じさせる高速の演奏になっています(併録のドン・ファンもさすがと思わせる極上の演奏です)。79歳のべームも83歳のべームも素晴らしいと思いますが、1973年盤のほうが若々しい艶があって好きです(1968年録音のベルリンフィルとの正規盤はよくありません)。


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