カズオ・イシグロ「浮世の画家」

              

 カズオ・イシグロの長編2作目。今回も舞台は日本、戦後3~5年の東京です。

 それなりの名を成した画家の小野はもう引退して、嫁ぎ先の決まらぬ次女の心配をしたり、孫と遊んだりの日々。好々爺として幸せな老後を送っているのかと思いきや、周囲に小野のことをよく思わない人々がいることが少しずつ明らかになってきます。何故、何が起こっているのか。ここでも謎がすぐ隣にあるようです。

 小野が一人称でこれまでの人生を振り返ります。優しい印象の小野ですが、師匠に仕える弟子として、成功後は絵画の師として優等生のようですが周りとしっくりこないところ、掛け違いがあります。「よくも抜け抜けと顔を出せますね」「え、どうして?意味が分からないんだけど」。第一作同様に純文学でありミステリーです。

 前作とは異なりここでは謎は少しずつ明らかにされて、小野が疎まれる理由がはっきりしてきます。以前は常識であったものが時代が変わり忌み嫌われるようになる。そういった人の感情の揺れ動きが巧みな会話で綴られていきます。

 この小説のテーマが何なのかはすぐにはよく分かりにくいのですが、読んでいてとにかく面白いです。小野の周辺で恨み、軽蔑、優越感、利己心といった激しい感情が見え隠れしてハラハラします。小野は鈍感な所があり自分と世間の感情のズレを理解できないのか、それとも十分承知のうえで必死に納得しようと努力しているのか。生き生きとしたリアルな会話、効果的な記憶の配置で読ませます。

 戦後の混乱期の日本、作家にとっては異国、微かな記憶の国である日本ですが、しっとりと日本の情緒が描かれています。これ程、日本を感じる小説も稀です。巻末の解説には日本でもどこでもない場所の物語とありましたが、私は濃厚に日本を感じました。谷崎潤一郎の「細雪」、「陰翳礼讃」が重なって見えた。
 でもこのような繊細な心情のやり取りは実は万国共通なのかもしれません。アイザック・ディネーセンの「アフリカの日々」を読んだ時、偏見を反省したのですが、アフリカの現地の貧しい黒人の感情が繊細で豊かと自認していた日本人の心情とまるで違わないことに驚きました。
 小野や周辺の人々の心の動きに共感できる、でもこれは日本人にしか分からない感情ではなくて、世界の人間全てに共通している感情なのかもしれません。

 カズオ・イシグロ、魅力的です。それにしてもこれだけ情感溢れるしっとりした小説を書いているのに、作家を目指す前はロックバンドでギターを掻き鳴らしてミュージシャンを目指していたとか、ヒッピーのようにアメリカ中を旅行して回っていたなど、ちょっと想像し難いです(これも偏見なんでしょうね。私みたいに楽しみでどっちも好きな人はいるでしょうが、表現者として両方やる人がいることの驚きです)。


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佐渡裕/ベルリンフィル「ショスタコーヴィチ交響曲第5番」(NHKBS)

          

 佐渡裕氏のベルリンフィル・デビュー、新聞評でかなり高い評価がされていました。先週、テレビ朝日の「題名の無い音楽会」でそのドキュメンタリーと当日演奏の一部が放送されたのに引き続き、NHK・BSでも更に本格的なドキュメンタリー番組と演奏会の完全版が放送されました。

 新聞評では初日は若干力んだ、最終日(3日目)の演奏が特に良かったとあったのですが、これは初日、2011年5月20日の演奏会です。コンサートマスターは昨年12月に正式就任した我らが樫本大進です。

 第一楽章冒頭の圧倒的な分厚さとその後のヴァイオリンが大きく奏でる高音域の旋律、いやぁさすがにベルリンフィルです。佐渡裕の指揮は師事したバーンスタインのような躍動感溢れて、パワー漲るものです。曲に感情移入して汗を滴らせた熱演です。

 このショスタコーヴィッチの5番は名曲ですが、バーンスタインの決定盤(NYフィルとの東京ライブ、ウィーンフィルとの海賊盤)があるので有名曲の割にはおそらく4~5枚しか持っていなくて、バーンスタインの印象しかないくらいです。そういう意味ではこれまで聴いてきた演奏に近いもので私には佐渡指揮の特徴点ははっきりとは認識できません。力演であることに間違いないのですが、これが佐渡指揮によるものなのか、ベルリンフィルによるものなのか素人の私にはよく分かりません。小澤指揮ウィーンフィルのドボルザーク8番のディスクの印象に似ています。

 第4楽章のフィナーレ、オケがクライマックスに向けて盛り上がっていき、ティンパニがドンドンドンドン、ジャーーーーン。熱いとてもいい演奏です。録音があるのかどうか分かりませんが、シノーポリやアーノンクールであればソ連の時代背景も考慮して、不気味な何だこれはという解釈、演奏をしそうですが、これは師匠のバーンスタイン風の美しく感動的な演奏です。

 佐渡裕の得意曲が何なのか承知していないのですが、再登板、このコンビの演奏を今後もいろいろと聴いてみたいと思いました。

 この演奏は6月にディスクも発売されるようです。


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「元祖ニュータンタンメン本舗」(日吉仲の谷店)

          

 蒸し暑くて、辛いものを食べたいなあという気分で、蒙古タンメン中本の北極とか味噌卵とか試してみるかと考えていたのですが、時間がなく遠出できなかったので、替わりに川崎、横浜のソウルフードである「ニュータンタンメン本舗」にしました。確かいろいろと辛さが選べるはずです。

 日吉駅から綱島街道を元住吉方面に下ったところにある日吉仲の谷店です。焼肉屋でもあるのでテーブルはベタベタ。「坦々麺」(700円)です。辛さは6段階、ノーマル/中辛/大辛/メチャ辛/メチャメチャ辛/スーパーメチャ辛の中からメチャメチャ辛を選んでしましました。おそらく痛いような、むせる辛さ、後悔するだろうと想像しましたが、今日は激辛モードなのでチャレンジです。

 出てきたドンブリの端に唐辛子が塗りたくってあります。これはやってしまったかもしれない。心してスープを啜ると・・・旨い!コクがあって旨みたっぷり、そして辛さが・・・あれ?いつまでたっても来ない。辛いけど美味しい。メチャメチャ全然大丈夫です。むしろ旨みと辛味が相俟って最高です。麺もいつもの表面つるつるのストレート太麺、最高です。ひき肉に紛れてニンニクがゴロゴロ入っていてこれがアクセントになっています(自分では分かりませんが翌日かなり臭ったらしいので注意が必要です)。ペロリといただけました。

 ちょっと意外でした。明日が怖いのかもしれませんが今のところ大丈夫です。これは美味いです。


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