池袋西口の東京芸術劇場地下・シアターイーストで、二兎社の「ザ・空気 ver.3 そして彼は去った」(作・演出 永井愛)をみた。「彼」とは第1作(2017)で故人となっていたアンカー・桜木を指し「メディアをめぐる空気」シリーズ完結編とのキャッチフレーズが付いている。
舞台は、桜木が自ら死を選んだ9階会議室である。ただ、なぜか3台エレベータがあり、エレベータ前ホールのようにもみえる。わたくしは第1作はみていないので、桜木がどんな人物だったかわからないが、正義感あふれるジャーナリストだったようだ。
第3作の登場人物は5人。政治ジャーナリスト・横松輝夫(佐藤B作)は桜木の前職場・新聞社社会部の先輩と後輩(横松が先輩)、新聞社時代は桜木と同じく正義感の強いジャーナリストで「裏は取ったか」が口癖で、桜木が慕っていた。しかし評論家になったころから権力にすり寄り、桜木は「裏切者」「権力の犬」と嫌っていた。星野礼子(神野三鈴)は、BSニュース番組「報道9」のチーフ・プロデューサーで桜木とは同じ報道局の仲間だった。
立花さつき(韓英恵)は、サブキャスターで、横松のお気に入りの女性社員。新島利明(和田正人)はチーフディレクターでADを10年も続けた苦労人の外部スタッフ、袋川昇平(金子大地)はアシスタント・ディレクターの若者である。
以下、ネタバレの記載が多い。観劇予定のある方は、観終えてからお読みになることをお勧めする。なおストーリー解説部分は、本当は台本の単行本が発売され、それを見てからにしたいところなのだが、前2作の経緯をみると1年以上先になりそうなので、記憶と少しのメモをたよりに書いている(逆にいうと、聞き違いや勘違いもありそうなので、そのおつもりで)。
ガンの手術後2か月ぶりにテレビ局に現れた横松は、入口で検温すると37.4度だったため9階会議室に「隔離」されたが、部屋や扱いが気にいらない。この日の「報道9」の特集は「新政権の4か月を振り返る」で、政権批判派のゲストコメンテーター・ハギタカ子(フェミニスト)とバランスをとるため政権擁護派の横松が招かれたのだった。そしてこの日は星野チーフにとって最後の放送になるはずだった。星野の次の職場はアーカイブ室、異動の理由は星野が政権に批判的なので、(横松と昵懇の)会長や報道局長が「星野を切る」ことにしたらしい。
幕開き10分ほどで、検温、マスク、フィジカル・ディスタンスなどの新型コロナ対応社会現象、菅首相の口癖「その指摘は当たらない」「まったく問題ない」「人事に関することなので、お答えを差し控えさせていただく」が連発され、いままさに進行中の「現実」をネタにするドタバタ風刺劇になっていた。
9階会議室の持つ意味が解説される。桜木は「公平公正な報道を放送局に求める」市民団体が全国紙に意見広告を出し、それが原因でこの部屋で自死したようだ。しかし死の直前、数年ぶりに横松に1本の携帯電話を入れていた。「オレはあんたのようにはならない」とつぶやいたのだ。
星野は横松に「松さんは落とし穴にはまってしまった、といっていた」「桜木は本当は横松を慕っていた」という(後半は星野のウソ)。
横松も19年前の2002年ごろは、巨額の「官房機密費」が議員の高級スーツ代や会食費や野党を懐柔する工作費につかわれていたことを調べ、テレビで政権を激しく批判するコメンテーターだった。
星野はアーカイブ室に行ったら「日本のジャーナリズムはなぜ権力に弱いのか」を調べようと目論んでいる。そのケーススタディとして横松輝夫に目をつけていた。
横松は2回会議室を脱走したあと、「回心」し星野への最後の餞(はなむけ)として、政権側有識者たちがつくった「日本学術アカデミー」の新会員の採点簿をプレゼントしようと申し出る。もちろん排除された6人の点数は低くなっている。公表すれば、首相の国会答弁のウソを証明する確たる証拠だ。今年の新聞協会賞もののスクープである。
これに対するテレビ局側スタッフの反応は複雑だ。袋川昇平ADが打ち合わせ段階で、横松宛のメールを報道9メンバーへのグループメールに誤送信してしまったため、スタッフは大騒ぎになる。当然、報道局長や政治部長に情報を入れる人物もいるので、星野の携帯には直接「これから行く」と連絡が入ってくる。
袋川は「あのメールは全部自分のいたずらで、フィクションです。削除してください」とみんなの前で釈明するが、そんなことでは収束できない。外部スタッフである新島と袋川は、先にクビを切られることが明白なので「終わったなあ、オレは」とつぶやく。
はじめはスクープする気が満々だった立花や星野も「政権のクビをとる? そんなことウチの局には・・・」「まず週刊誌にリークし、その後ならこの局でも・・・」と後退していき結局、星野は「(こういう突発的なやり方が)いいのかどうか。機をみて出直そう」と最終決断する。星野に土下座してまで「いま、この場で発表しよう」と頼み込んだ横松も、最後には「お騒がせしました」と急に体調が悪くなったことにしてひっそり帰宅していく。
公演パンフに出ている荻上チキとの対談のなかで、作者の永井は「第1作は上層部の圧力で報道が変えられていく話、第2作は日本独特の記者クラブがもらたす政権との癒着、この第3作はどこからも具体的な圧力がないのに忖度が自動的に再生産されていく、メディア内部の自己規制の風景を描こうとした」と述べている。
ドラマとしては、横松はどうして変節したのか、落とし穴とはいったい何か、がひとつの山場だが、この芝居では下記のように説明する。日本人の少数派は多数派の空気に合わせようとする。知識人は本来気が弱い。大衆への絶望、孤独への恐怖から、ギャップを埋めるため自分の側から意に沿わない「現実」に歩み寄ろうとする。そのとき知識人なので、合理化し正当化する理屈を考えるが、もはやそれは屁理屈でしかない。自分が「現実」に屈服しているという自覚があるうちはまだいい。自覚がなくなってくると落とし穴にはまる。パンフの参考文献に丸山眞男「『現実』主義の陥穽」(増補版「現代政治の思想と行動」未来社1964所収)があったが、そこから取られているので、やや抽象的だ。
永井さんは、メディア内部の自己規制の空気を打開するキーワードは「編集権」だと問題提起する。2019年6月望月衣塑子(いそこ 東京新聞)さんとの講演でも、編集権の話をしていた
日本では、日本新聞協会が1948年3月16日GHQの指導の下「新聞編集権の確保に関する声明」を発表した。編集権は「新聞編集に必要な一切の管理を行う権能」と定義され、行使するものは「経営管理者及びその委託を受けた編集管理者に限られる」とし、いまに至るまで経営者が編集権を握ることになった。これに対し海外ではどうなのか。記者集団のもつ拒否権、編集者の権利を定めた編集綱領、投票による編集局長選出、などさまざまな方法で現場の記者の権利を担保するシステムがある。
舞台では、それ以上詳しく説明されないので、パンフに出ていた参考文献のひとつ、「編集権問題から見た朝日新聞の70年」(藤森研 2015 朝日新聞出版およびWeb論座)をみてみた。
フランスのル・モンドは1944年株の28%を記者集団に割り当て(68年の増資時に40%に拡大)記者集団に拒否権を与えるようにした。ドイツでは記者の職業人としての権利を定めた「編集綱領」が経営者との間でつくられた。韓国の忠清日報やハンギョレ新聞は編集局長を記者や労組が選挙で選出するようになった。
これは藤森論文でなくパンフの記述だが、アメリカでは新聞・放送各社がガイドラインを策定しており、たとえばNYタイムズは「恐れや好意なしに」できるだけ公平にニュースを報道するための規律を定め、適用する権限は部門長と編集者に与えらている。
このように記者の編集上の権利を担保する制度がある。日本のジャーナリズムもおおいに参考にすべきだ。
なおこのドラマに出てくるエピソードのいくつかは実話である。7年8カ月の安倍政権と後継の菅政権の下、市民に真実を報道すべきジャーナリズムはどんどん後退させられた。
2015年11月、小川榮太郎を事務局長とする「放送法遵守を求める視聴者の会」が読売と産経に意見広告を出し、「NEWS23」(TBSテレビ)の岸井成格らを攻撃した。16年2月8日には衆議院予算委員会で高市早苗総務大臣の電波停止発言が飛び出した。そして1月から3月にかけ、岸井だけでなく「報道ステーション」(テレビ朝日)キャスターの古舘伊知郎、「クローズアップ現代」(NHK)の国谷裕子が次々に降板していった。
2002年の官房機密費の話も実話である。与野党政治家主催のパーティー券購入、高級背広の購入費、マスコミ懐柔のための一部有名言論人への現金供与が明るみに出た。
通信社の幹部が、真逆の立場の総理補佐官になったことも事実だ。共同通信社前論説副委員長・柿崎明二(20代のころは毎日新聞勤務)は2020年10月1日、菅義偉内閣の内閣総理大臣補佐官(政策評価、検証担当)に就任した。
総理とメディア各社幹部や田崎史郎などのジャーナリストの会食も2015年頃話題になっ
。ただもう5年も前だがあるシンポジウムで、琉球新報の記者が会場からの質問に答え、「首相との会食について、記者としては取材先の真意を知りたいので、直接相手と接する機会があるのなら喜んで行く」と発言したのを覚えている。そのシンポはどちらかというと権力と距離を取るような趣旨だったので、すこしショッキングだったが、なるほどそういうものかと納得した体験がある。経営者や編集局長が総理と面談するのと、記者が面談するのでは意味が違うということもありそうだ。
コロナ感染対策が掲示された会場内
役者では佐藤B作の熱演が光っていた。40年以上前だが、劇団東京ヴォードヴィルショーの芝居をVAN99ホールで何度か見た。たぶん「ギャングと踊り子」や「ちんぴらブルース」だったかと思うが記憶が薄い。佐藤B作のほか三木まうす(現在の佐渡稔)、魁三太郎、花王おさむという変わった芸名を覚えている。横松と桜木は同じ福島出身という設定だったが、佐藤は福島市出身なのでたしかに福島なまりは本格的だった。
神野三鈴(かんの みすず)は、こまつ座の「組曲虐殺」(09.10)のほか「太鼓たたいて笛吹いて」(02.8)「兄おとうと」(03.5)「円生と志ん生」(05.2)などで観ているのでもう20年近くなる。その当時と比べての話だが、堂々たるおばちゃんになったと思った。カーテンコールでは涙ぐんでいるようにみえた。会社の「空気」に流された自分の役柄が歯がゆかったのか、佐藤の熱演に感極まったのか、あるいは別の理由か。
ほかの3人の演技ははじめて観たが、韓さんはひたむきさ、和田さんは忍耐強さ、金子さんは純朴さ、といずれも持ち味を十分表現していた。永井さんの演出の成果なのかもしれない。
新型コロナの緊急事態宣言下なので、体温を自動測定し、チケットの半券は自分で切りとりボックスに入れ、緊急連絡先を登録するようになっていた。終演後の退席は、密を避けるため、アナウンスに従い数列ごとにグループ退席した。飲食禁止や会場内での会話を減らすという注意も掲示されていた。体調の問題などでのキャンセルは全額返還だったが、8割がた席は埋まっていた。中止にならなかっただけ客も役者も幸運だった。
☆帰りに、コロナ禍の池袋西口を少し歩いた。西武池袋線沿線に長く住んだので主として東口に行ったが、たまには芳林堂のある西口にきたこともあった。北側の飲食街は歌舞伎町と同じように、大都会の猥雑を絵にしたような地区だった。コロナのため、平日午後とはいえ人の流れは少なかったが、多少猥雑さは残っていた。大型立飲み酒場の桝本屋酒店の跡地はわたしにはもうわからなくなっていた。一方、入店はしなかったが、いまも三兵酒店が営業していたのがうれしかった。
●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。
舞台は、桜木が自ら死を選んだ9階会議室である。ただ、なぜか3台エレベータがあり、エレベータ前ホールのようにもみえる。わたくしは第1作はみていないので、桜木がどんな人物だったかわからないが、正義感あふれるジャーナリストだったようだ。
第3作の登場人物は5人。政治ジャーナリスト・横松輝夫(佐藤B作)は桜木の前職場・新聞社社会部の先輩と後輩(横松が先輩)、新聞社時代は桜木と同じく正義感の強いジャーナリストで「裏は取ったか」が口癖で、桜木が慕っていた。しかし評論家になったころから権力にすり寄り、桜木は「裏切者」「権力の犬」と嫌っていた。星野礼子(神野三鈴)は、BSニュース番組「報道9」のチーフ・プロデューサーで桜木とは同じ報道局の仲間だった。
立花さつき(韓英恵)は、サブキャスターで、横松のお気に入りの女性社員。新島利明(和田正人)はチーフディレクターでADを10年も続けた苦労人の外部スタッフ、袋川昇平(金子大地)はアシスタント・ディレクターの若者である。
以下、ネタバレの記載が多い。観劇予定のある方は、観終えてからお読みになることをお勧めする。なおストーリー解説部分は、本当は台本の単行本が発売され、それを見てからにしたいところなのだが、前2作の経緯をみると1年以上先になりそうなので、記憶と少しのメモをたよりに書いている(逆にいうと、聞き違いや勘違いもありそうなので、そのおつもりで)。
ガンの手術後2か月ぶりにテレビ局に現れた横松は、入口で検温すると37.4度だったため9階会議室に「隔離」されたが、部屋や扱いが気にいらない。この日の「報道9」の特集は「新政権の4か月を振り返る」で、政権批判派のゲストコメンテーター・ハギタカ子(フェミニスト)とバランスをとるため政権擁護派の横松が招かれたのだった。そしてこの日は星野チーフにとって最後の放送になるはずだった。星野の次の職場はアーカイブ室、異動の理由は星野が政権に批判的なので、(横松と昵懇の)会長や報道局長が「星野を切る」ことにしたらしい。
幕開き10分ほどで、検温、マスク、フィジカル・ディスタンスなどの新型コロナ対応社会現象、菅首相の口癖「その指摘は当たらない」「まったく問題ない」「人事に関することなので、お答えを差し控えさせていただく」が連発され、いままさに進行中の「現実」をネタにするドタバタ風刺劇になっていた。
9階会議室の持つ意味が解説される。桜木は「公平公正な報道を放送局に求める」市民団体が全国紙に意見広告を出し、それが原因でこの部屋で自死したようだ。しかし死の直前、数年ぶりに横松に1本の携帯電話を入れていた。「オレはあんたのようにはならない」とつぶやいたのだ。
星野は横松に「松さんは落とし穴にはまってしまった、といっていた」「桜木は本当は横松を慕っていた」という(後半は星野のウソ)。
横松も19年前の2002年ごろは、巨額の「官房機密費」が議員の高級スーツ代や会食費や野党を懐柔する工作費につかわれていたことを調べ、テレビで政権を激しく批判するコメンテーターだった。
星野はアーカイブ室に行ったら「日本のジャーナリズムはなぜ権力に弱いのか」を調べようと目論んでいる。そのケーススタディとして横松輝夫に目をつけていた。
横松は2回会議室を脱走したあと、「回心」し星野への最後の餞(はなむけ)として、政権側有識者たちがつくった「日本学術アカデミー」の新会員の採点簿をプレゼントしようと申し出る。もちろん排除された6人の点数は低くなっている。公表すれば、首相の国会答弁のウソを証明する確たる証拠だ。今年の新聞協会賞もののスクープである。
これに対するテレビ局側スタッフの反応は複雑だ。袋川昇平ADが打ち合わせ段階で、横松宛のメールを報道9メンバーへのグループメールに誤送信してしまったため、スタッフは大騒ぎになる。当然、報道局長や政治部長に情報を入れる人物もいるので、星野の携帯には直接「これから行く」と連絡が入ってくる。
袋川は「あのメールは全部自分のいたずらで、フィクションです。削除してください」とみんなの前で釈明するが、そんなことでは収束できない。外部スタッフである新島と袋川は、先にクビを切られることが明白なので「終わったなあ、オレは」とつぶやく。
はじめはスクープする気が満々だった立花や星野も「政権のクビをとる? そんなことウチの局には・・・」「まず週刊誌にリークし、その後ならこの局でも・・・」と後退していき結局、星野は「(こういう突発的なやり方が)いいのかどうか。機をみて出直そう」と最終決断する。星野に土下座してまで「いま、この場で発表しよう」と頼み込んだ横松も、最後には「お騒がせしました」と急に体調が悪くなったことにしてひっそり帰宅していく。
公演パンフに出ている荻上チキとの対談のなかで、作者の永井は「第1作は上層部の圧力で報道が変えられていく話、第2作は日本独特の記者クラブがもらたす政権との癒着、この第3作はどこからも具体的な圧力がないのに忖度が自動的に再生産されていく、メディア内部の自己規制の風景を描こうとした」と述べている。
ドラマとしては、横松はどうして変節したのか、落とし穴とはいったい何か、がひとつの山場だが、この芝居では下記のように説明する。日本人の少数派は多数派の空気に合わせようとする。知識人は本来気が弱い。大衆への絶望、孤独への恐怖から、ギャップを埋めるため自分の側から意に沿わない「現実」に歩み寄ろうとする。そのとき知識人なので、合理化し正当化する理屈を考えるが、もはやそれは屁理屈でしかない。自分が「現実」に屈服しているという自覚があるうちはまだいい。自覚がなくなってくると落とし穴にはまる。パンフの参考文献に丸山眞男「『現実』主義の陥穽」(増補版「現代政治の思想と行動」未来社1964所収)があったが、そこから取られているので、やや抽象的だ。
永井さんは、メディア内部の自己規制の空気を打開するキーワードは「編集権」だと問題提起する。2019年6月望月衣塑子(いそこ 東京新聞)さんとの講演でも、編集権の話をしていた
日本では、日本新聞協会が1948年3月16日GHQの指導の下「新聞編集権の確保に関する声明」を発表した。編集権は「新聞編集に必要な一切の管理を行う権能」と定義され、行使するものは「経営管理者及びその委託を受けた編集管理者に限られる」とし、いまに至るまで経営者が編集権を握ることになった。これに対し海外ではどうなのか。記者集団のもつ拒否権、編集者の権利を定めた編集綱領、投票による編集局長選出、などさまざまな方法で現場の記者の権利を担保するシステムがある。
舞台では、それ以上詳しく説明されないので、パンフに出ていた参考文献のひとつ、「編集権問題から見た朝日新聞の70年」(藤森研 2015 朝日新聞出版およびWeb論座)をみてみた。
フランスのル・モンドは1944年株の28%を記者集団に割り当て(68年の増資時に40%に拡大)記者集団に拒否権を与えるようにした。ドイツでは記者の職業人としての権利を定めた「編集綱領」が経営者との間でつくられた。韓国の忠清日報やハンギョレ新聞は編集局長を記者や労組が選挙で選出するようになった。
これは藤森論文でなくパンフの記述だが、アメリカでは新聞・放送各社がガイドラインを策定しており、たとえばNYタイムズは「恐れや好意なしに」できるだけ公平にニュースを報道するための規律を定め、適用する権限は部門長と編集者に与えらている。
このように記者の編集上の権利を担保する制度がある。日本のジャーナリズムもおおいに参考にすべきだ。
なおこのドラマに出てくるエピソードのいくつかは実話である。7年8カ月の安倍政権と後継の菅政権の下、市民に真実を報道すべきジャーナリズムはどんどん後退させられた。
2015年11月、小川榮太郎を事務局長とする「放送法遵守を求める視聴者の会」が読売と産経に意見広告を出し、「NEWS23」(TBSテレビ)の岸井成格らを攻撃した。16年2月8日には衆議院予算委員会で高市早苗総務大臣の電波停止発言が飛び出した。そして1月から3月にかけ、岸井だけでなく「報道ステーション」(テレビ朝日)キャスターの古舘伊知郎、「クローズアップ現代」(NHK)の国谷裕子が次々に降板していった。
2002年の官房機密費の話も実話である。与野党政治家主催のパーティー券購入、高級背広の購入費、マスコミ懐柔のための一部有名言論人への現金供与が明るみに出た。
通信社の幹部が、真逆の立場の総理補佐官になったことも事実だ。共同通信社前論説副委員長・柿崎明二(20代のころは毎日新聞勤務)は2020年10月1日、菅義偉内閣の内閣総理大臣補佐官(政策評価、検証担当)に就任した。
総理とメディア各社幹部や田崎史郎などのジャーナリストの会食も2015年頃話題になっ
。ただもう5年も前だがあるシンポジウムで、琉球新報の記者が会場からの質問に答え、「首相との会食について、記者としては取材先の真意を知りたいので、直接相手と接する機会があるのなら喜んで行く」と発言したのを覚えている。そのシンポはどちらかというと権力と距離を取るような趣旨だったので、すこしショッキングだったが、なるほどそういうものかと納得した体験がある。経営者や編集局長が総理と面談するのと、記者が面談するのでは意味が違うということもありそうだ。
コロナ感染対策が掲示された会場内
役者では佐藤B作の熱演が光っていた。40年以上前だが、劇団東京ヴォードヴィルショーの芝居をVAN99ホールで何度か見た。たぶん「ギャングと踊り子」や「ちんぴらブルース」だったかと思うが記憶が薄い。佐藤B作のほか三木まうす(現在の佐渡稔)、魁三太郎、花王おさむという変わった芸名を覚えている。横松と桜木は同じ福島出身という設定だったが、佐藤は福島市出身なのでたしかに福島なまりは本格的だった。
神野三鈴(かんの みすず)は、こまつ座の「組曲虐殺」(09.10)のほか「太鼓たたいて笛吹いて」(02.8)「兄おとうと」(03.5)「円生と志ん生」(05.2)などで観ているのでもう20年近くなる。その当時と比べての話だが、堂々たるおばちゃんになったと思った。カーテンコールでは涙ぐんでいるようにみえた。会社の「空気」に流された自分の役柄が歯がゆかったのか、佐藤の熱演に感極まったのか、あるいは別の理由か。
ほかの3人の演技ははじめて観たが、韓さんはひたむきさ、和田さんは忍耐強さ、金子さんは純朴さ、といずれも持ち味を十分表現していた。永井さんの演出の成果なのかもしれない。
新型コロナの緊急事態宣言下なので、体温を自動測定し、チケットの半券は自分で切りとりボックスに入れ、緊急連絡先を登録するようになっていた。終演後の退席は、密を避けるため、アナウンスに従い数列ごとにグループ退席した。飲食禁止や会場内での会話を減らすという注意も掲示されていた。体調の問題などでのキャンセルは全額返還だったが、8割がた席は埋まっていた。中止にならなかっただけ客も役者も幸運だった。
☆帰りに、コロナ禍の池袋西口を少し歩いた。西武池袋線沿線に長く住んだので主として東口に行ったが、たまには芳林堂のある西口にきたこともあった。北側の飲食街は歌舞伎町と同じように、大都会の猥雑を絵にしたような地区だった。コロナのため、平日午後とはいえ人の流れは少なかったが、多少猥雑さは残っていた。大型立飲み酒場の桝本屋酒店の跡地はわたしにはもうわからなくなっていた。一方、入店はしなかったが、いまも三兵酒店が営業していたのがうれしかった。
●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。