国画会の第97回国展が、今年も六本木の国立新美術館で開催された。新型コロナ・パンデミックの社会への影響は下火になりつつあるが、昨年2月のウクライナの戦争開始から1年以上になる。芸術家たちの心にも重石が乗っかっていることと思われる。
絵画部 伊東啓一「既視感の情景'23A・B」
まず絵画部から。伊東啓一「既視感の情景'23A・B」は難民の行列と地中に埋められた白骨死体(クマのぬいぐるみ人形まである)、バックに小麦畑とひまわり畑というわかりやすい作品だった。
青木道夫「'12WATER HALL No3」は爆撃機が滝に墜落していく情景、高層ビル群と人と、なぜか花とネコがいた。茂木桂子「Roter23 E.Lから形代」は不気味な黒い軍用ヘリ、半田強「ウクライナ哀歌(平和へ!)」はまるでピカソのゲルニカのような作品だった。
そうした直截的な表現でなくても、北原勝史「花咲く予感2023」には、朝顔畑に埋もれるように横たわる少女、その口から「STOP WAR」という文字が吹き出している。指原いく子「光と影のスケッチ」は、焼き尽くされた村(あるいは原)の背景に、どす黒い戦火が空を真っ赤に染めている(ようにみえた)。一面の暗い赤が印象に残った。
彫刻部 三島樹一「平原の風」
彫刻部では、3つのモチーフに気づいた。ひとつはコロナで孤立生活が長かったからか「仲間」。こじまマオ「人の間」は、木製戸棚の上に頭がふたつあるような動物が乗りその顔はなぜか阿弥陀如来に似ている。土屋勝「仲間」は、頭部が抽象化された女性が2体並んでいる。
もうひとつは平和への祈りなのか、神と人のモチーフ。杉崎那朗「僕の神話」はとても大きい金属作品、吉原周「THE WATCHER」は羽のある男性天使像、黒沼令「魄」は預言者が両手を広げているような立像だった。3番目は寓話的な作品群。林宏「ひかりについて」は、うさぎの王に跪くねずみ、安井華「森の仲間達」は少女とリスと七星てんとう虫、永林香穂「おしりダケの丘」は土に人の尻がいくつもニョキニョキ生えている、
また例年より女性ヌードが多かった。やわらかく穏やかなものを時代が求めているのか。
わたしは三島樹一「平原の風」が好きだった。楕円形の黒石がつながった立体的なインスタレーションが中央に伸び上がり、左右に小さい石の小山が2つ。とても構図がよく、生きもののような動きも感じさせる。
版画部 木村哲也「スイカの名産地」
版画部では、ほのぼのした作品に惹かれた。たとえば木村哲也「スイカの名産地」はスイカ畑の端にある直売所で2匹のネコがスイカを売っている。よくみると、畑で収穫作業しているのもネコばかりだ。遠藤己喜雄「母のいばしょ」は田舎の家の座敷に炉が切ってあり、湯が沸いている。稲継豊毅「ゴーストエディター」は、巻物と文字の精細な版画表現に驚かされた。
写真部だけは作品撮影ができない。石堂孝司「私の時間」は女性ヌードのバストの量感がリアルだった。わたしは今年1月に亡くなられた加賀乙彦さんのポートレート(相澤實)が、死刑廃止フォーラムのシンポジウムでお話をお聞きしたこともあり、心に響いた。
川口淳平「銹籐花結組籠・春暁」と太田潤「白モール栓付瓶」「緑モール首巻き栓付瓶」
工芸部は、毎回好きな作品が多い。今年はガラスと木工に目がいった。
木工では牧野弘樹「錫帯手筥」がとても完成度が高いとに思った。谷進一郎「栃円厨子」は無垢の丸椅子のような形で横開きの蓋が付いているがミステリアスで謎が隠れているような不思議な形、鈴木甲一郎「栗拭漆文几」は机の天板の木目が美しい。松永慎一郎「イージーチェア」は焦茶のとても心地よく座れそうな椅子に見えた。川口淳平「銹籐花結組籠・春暁」は側面の花結だけでなく底面の格子結もきれいな、素朴な籠だった。
ガラスは、太田潤「緑モール首巻き栓付瓶」、三宅義一「あさぎ緑のピッチャー」の緑と青に惹き付けられた。陶では、今年も布川穣「青の陽炎」の不思議なフォルムとデザインに思わず注目した。
織では、藤野あさぎ「Fleur」「Fluttering」の可愛いらしい絵柄、関史子「未来に希望を持って」の緑から黄色、ふたたび緑に戻る田植えの稲のような着物が好きだった。
工芸部 藤野あさぎ「Fleur」「Fluttering」 中央は小俣かよ「海の輝き」
運よく今年もトークインの抽選に当たり、各部門1人の作家の言葉を直接聴くことができた。
まず工芸部・陶の山下清志さんの「瑠璃釉(るりゆう)盛絵壺」、鳥取県全体と東部の岩美町の地図が配布されたのでなんだろう、と思った。これには意味がある。器の材料は、泥岩と凝灰岩をすり潰し、水を加えてこねた粘土と、釉薬に混ぜる黒石だ。これらは山下さんの地元で調達できる。とくに黒石は川の底にあり、夏の水かさが少ない時期、しかも大雨が降り川底が洗われた直後でないと採取しにくいそうだ。陶芸も地産地消が重要な要素のひとつのようだ。釉薬はコバルトに黒石の粉を混ぜてつくるが、黒石で落ち着くとのこと。形は李朝の満月を使い、3か所の模様は、粘土でしめ縄と紙垂(しで)をつくり壺に貼り付けてある。魔除けの意味だそうだ。
2番目は版画部の田中康さん「五輪-2」、五輪は仏教で万物を構成するとされる「地・水・火・風・空」の五つの要素のこと。鶏を使い「火」なら夜明けの時をつげるエネルギー、「地」なら卵(=地球)を抱く鶏、「水」なら背に円形の「光背」を負う鶏というように5つの要素のイメージで構成された作品だった。
田中さんは、山梨が郷里で、土偶と恐竜を祖先とする鶏の嘴、目、鶏冠に魅力を感じ、それと土偶の生命力を合体させたとのこと。五輪は中高で剣道部に属し、そこで知った宮本武蔵の「五輪の書」に出会い啓発された。また大学では電子工学を学び、ずっとカラーテレビの設計の仕事に従事し、その経験も版画作品のデザイン、色の深み、重なり、陰影に関係しているとのことで、お話をお聞きしはじめて作品と人生の関わりを知ることができた。
次は写真部・秋田好恵さん「あやなす」、女性の長い黒髪を作品にした。秋田さんは、ずっとアマチュアの女性をモデルにし、女性のヌードの作品が多い。妊婦さん、赤ちゃん、60代のダンサーなどを撮り続けた。ただ、もともとは報道写真家で、杵島隆さんに師事し、日本写真家協会に50年以上在籍したそうだ。
次は、絵画部・中村宗男さん「風の刻」。中村さんは鳥取出身で、長く砂丘に人が立つシリーズを描き続けた。その後、敦煌・莫高窟の壁画の前に人が立つシリーズに変わり、いまはバックは抽象で人が立つシリーズを描いている。
まず黒バックと白バックをキャンバスに塗る。黒は備長炭の粉とボンド、白は珪藻土とボンドを混ぜてつくる。それを上から引っ掻くと黒の線が現れる。またところどころ竹紙を上から貼り付けコラージュする様式だそうだ。
変わったエピソードとして、昔から吉田拓郎のファンで、絵を描くときは、大音響というわけではないがBGMとして流しているとのことだった。
大好きな道具を手に説明する彫刻部・池田秀俊さん
最後は、彫刻部・池田秀俊さん「鳥の歌が聞こえる―ツクヨミ」、木彫の作品だった。
昨年近しい人が亡くなり、またウクライナの戦争も続いているので、穏やかな日を望みつくった作品だそうだ。ツクヨミは太陽神アマテラスの弟、月を神格化し、夜を統べる神である。
素材は木曽ヒノキ、ヒノキは最高の素材だが非常に高価で、もしこの大きさの木を買えば2000万円するそうだ。そこで小さい素材を集めてつくる。また池田さんは「道具」が大好きで、用途・大小さまざまなカンナ、ノミ、ノコギリなどをたくさん集め、あるとき数えると108もあったという。
作者の思い、素材・技法、経歴・出身などお聞きし、はじめて納得がいき、作品を深くみられることを実感した1時間半ほどの有意義なツアーだった。
トークインに参加させていただくのも3回目になる。それで思うのは、順繰りに別グループが行き来することもあり、時間厳守するあまり、お話やせっかく質問タイムを取っていただいても時折中途半端で終わってしまうのが残念だ。観客の立場からすると、全部門回るツアーはもちろんそれもよいのだが、1作品をゆっくりながめ先生方のお話をじっくり聞ける場もあるとよい。せっかくこんなぜいたくで貴重な体験をさせていただいているのに、文句を付けているようで申し訳ないとも思うが・・・。
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