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ポラポラ

続・・・オイラの独り言 ヽ( ̄(エ) ̄)ノ

頭の痛い話

2013-04-27 16:13:40 | Weblog
ここ数日頭を抱えていた項目を書いてみようと思う
書きたかったけど、なかなかそのものズバリを文字化するのにためらいがあった
自分の本音が『人としてどうなの?』って自分で思うからだ

正直”仕事すること”とか
今は考えたくない自分が
持ってはいけない怠け心が芽生えた自分のような気になってる

正直、元の条件で仕事に戻れるわけでもないし
アベノミクスだなんだって言っても
一般の就職も、まだまだ難しい

私自身に、就職難にライバルを蹴落とし勝ち抜く程のスキルなど全く無い
お店するって言うのも、「生活のためにお店でもやって稼ぐ」って言うほど
経営そのもの
生き残るのが甘くないのも知ってる


母さんが大阪に越して来れば、子供の世話は母さんに頼めるだろう
私がすぐに仕事をするなら、託児所不足の折、すごく助かるだろう

だけど私が仕事してないなら、子供の世話に2人もいらない
2人でやればいいって言う選択肢は、私には持てない
そこはメンヘラ的な部分で、他人とは長い時間一緒にすごせない
まして生活など出来ない

・・・母さんに仕事は無理だし、彼女も積極的に働く気が無く
「孫の面倒を見ることで、あんたの仕事の手助けをしたい」と言っている
隠居宣言と言うか
孫の世話をするために上京してくるような物だから
その役割を彼女に与えなくてはいけないと思ってしまっている

同時にそれは、早急に私が仕事を開始し
彼女の生活も支えなければならないってプレッシャーになって
頭の痛い問題になっている

私は今すぐ仕事ってモチベーションでも体調でもない

それ以前に、母親としての私の権利?
子供のそばでべったり成長を見守り世話を焼くことを、母さんに譲るのが嫌だ

この子が路頭に迷わないように
そして何より母親である私が、幸せそうに暮らしていることをこの子に
見せながら育てるために整えた環境がある


確かに「大阪に来ればいいじゃない?」とは言った
むしろ父さんと一緒に居て、しんどそうな母さんを気の毒に思って
「そんなに辛いなら、父さんと別れて、いっそのこと大阪に来ればいいのに」と言った

子育てが辛くて、手を貸して欲しくて
助けに来て欲しいと頼んではいないのだ

母さんが着てくれて助かることは沢山あると思うけど
同時に解決すべき面倒も沢山発生する
母さんが来ることのメリットとデメリット
当然その細かい事柄すべての、決定業務と全責任が
私の肩にのしかかり、とても息苦しい思いを強いられている感じだ


解決法は簡単である
「来てくれなくていい、大丈夫。旦那さんと自分で頑張りたい」と断ればいい

・・・でもそんな事言えないw

これは我が家の独特の歴史というか
同性同士の親子としての密接な想いが絡んでいて
なんとも複雑なんだけども・・・

大前提として
私は母さんに残りの人生、自分のために生きて欲しい
そして私も母に遠慮することなく、自分の好きに自由に生きたいのだが
大阪に来ることを断てしまうと
しんどいままの状況から、逃れることをする切っ掛けが無いと思う

辛そうな母さんを放って置いて、厄介事や父さんを押し付けて
切り捨てるようなことをする気持ちになる
厄介者扱いをする親不孝者と、攻め立てる自分も居る
でも最後まで面倒を見る自信が無いとか
正直自分だけで手一杯とか
もしくは快く受け入れられないならば、結果的に断るのが得策で誠意という気持ちもある

我が家(実家やうちの両親)を新しい生活を守るために
「自分たちで何とかしろ、こっちだけで手一杯だ。面倒は見切れない!」と声たからかに宣言し
切り捨てた兄貴と一緒の自分に嫌気がさしてしまう

今回の私の妊娠騒動で、渡りに船♪とばかり
両親の協力がないと大変だろうだから、親に協力してもらえ
俺からも頼んでやる♪その分その後の面倒もお前が見ろよという
長男の責任から逃れたいのが見え見えの最悪の反応だった
あんな兄貴と同じ人種になるのが嫌だ

私たち親子は変なところがそっくり
誰かのために自分が我慢する、犠牲になる
自己犠牲のゆがんだ美徳
一見美しい美談のようだけどこれは、誰も幸せにはしないのだ
自分がいなくても、この人は放っておいても自力で幸せになれると信じる気持ちが
そもそも欠落している

どう乗り切ればいいんだろう・・・

辛そうな母親を見ると子供は心を痛めるものだ
母さんを見るのが辛かった
見ない振りを何度もした

私は娘のために、何よりも自分が幸せに生きていける環境を
獲得しなければならないと思っている
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天才

2013-04-27 14:16:31 | Weblog
私の周囲にも、何人かちらほらその業界の天才がいる

真似したいけど出来ない
自分の才能に気が着いてもいないようなタイプの
私が思うに、天然の天才


そういう人たちと交流すると
数日自分が悩んでいたことがとても小さくて嫌になる

その悩みを、誰かに打ち明けることもまして解決も出来ない
煮え切らない自分にもイライラしていた

両親の嫌なところばかり似てしまってる気がして
自分がすごく嫌だった
子供に負の連鎖させないように頑張らなくちゃ、ちゃんとしなくちゃっ(ノд・。)

気ばかり焦ってるんだとおもう
でも焦っても何も変わらないし
そんな自分に追い詰められて更に疲れて
あほらしい悪循環に陥ってるのを早く止めなくちゃね

ぜんぜん違う次元で目の当たりにした天才の圧巻に
肩の力が抜けた気がした

出産から半年~1年は
産後の疲労や変化から日常の状態に戻るまで
ゆっくり心身が回復するのに時間が掛かるんだ

しかも高齢で望んだ初産の後だ
この時期までに、健常な肉体や精神状態でいるほうが難しいのかもしれない
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不調

2013-04-24 17:26:24 | Weblog
最近調子が悪い
身体もだけど、精神的にしんどいようだ

「・・・ようだ」って言うのは実感が無いと言うか

いつも楽しんでたことが楽しく感じられず義務感に感じたり
なんでもなくこなせてたことが、やたらと消耗したり
やるべきことが、とうとうゴールにたどり着けなかったりしてしまう

一見ただの怠慢な意識の行動にも感じられて
今までの私ならそんなこと無かったのに
私はどうしてしまったんだろうって情けなくなる

『ちゃんとしたがり』な私が
母親になることで
『ちゃんとした母親であることが当たり前』に
自分を追いやってるのかもしれない


ちゃんとすることを求める世間に抗議したい気持ちになるときもあるけど
厳しい周囲の視線や期待は
実は自分自身を客観視した自分だから厄介だ

自分自身に軽蔑されている
こうあるべき母親像と本来の自分の差にうな垂れる



異常に甘いものが食べたくて
チョコレートなんてホント狂ったみたいに食べたい

セロトニンだかなんだか
快楽の成分の代わりになるとかで中毒性があるとは言うよね
寂しい人の媚薬なんだそうだ
単純に不安要素が多くて、考え込みすぎると脳内の等分不足になり
イライラするから必要とも考えられるけど

落ち込むくらい暇なのかしら

ほっとかれるのも嫌
干渉されるのも嫌
これでは手の掛かるお子ちゃまではないかw


ノンストップの子供中心の時間軸で動くのは確かなんだけど
生まれて実感しているのは
新生児の世話は体力勝負ではあるが
激務ではないってことだ

仕事をしていた時を思い返すと
もっと忙しく走り回り、身体がいくつあっても足りないと感じたことのほうが多い

ある一定の
例えば、同じ1時間を切り取って比べれば仕事のほうがよっぽどきついって事になるが
歩行に例えると
全力疾走ではないが、休み無く一日中歩き続ける疲労

運転に例えると
スタントの技術はいらないが、パーキングに寄らず高速道路を疾走
・・・みたいなもんかな

肩を脱臼はしないけど、慢性筋肉痛や腰痛
ゆるいストレス
蓄積していることにも気が着きにくい類のものだろう

育児をしているということは
そもそも根本の気持ちや身体の余力の余裕が
常に少ない、もしくはほとんど無い状態の連続ってことになる



ここ数日の原因は実ははっきりしている
育児そのもので鬱になっているわけではない

子供の誕生に付随した、周囲の大人たちの変化や事情のほうが
頭がイタイ要因だと思う

ペースを乱す大人にイライラさせられる
NOと言えない自分に、更にイライラする


みんな勝手に自分で自分の事決めて
勝手に自力で幸せになってくれないかしら・・・

期待に応えようとするのを止めよう

だってそもそも
私が期待されていると
思い込んでいるだけなんだろうから
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転ばぬ先の・・・

2013-04-13 15:51:50 | Weblog
結婚して出産した

人生、この上ないくらい”保険の加入”を検討し時!
と言えるタイミングと思われる今日この頃

そんな時に偶然、クレジッドカードの特典サービスで
傷害保険のお知らせが届いたのがきっかけだった

そんな類のもの、今まで提案受けたこと無いと記憶しているけども
もしかしたら類似の案内は着ていて
興味の無さから、気にも留めずに処分していただけなのかも知れない・・・とも思う

商品に興味を持ちアンテナに引っかかったので、業者の思う壺なのであるけど
取り合えず少し資料を取り寄せるなりネットで他社と調べてみたりし始めて
旦那さんと相談しようと思っていた

保険会社、そして特に保険会社を紹介する保険プランナーに良い印象が無い
全く信用していないと言ってもいい

このブログの熱心な読者さんなら
過去にそういう記載があったものを読んでいる人も居るかもしれないけど
おそらくプランナー都合の勝手な営業成績や売り上げ目的に利用され
おりもしない保険加入をそそのかされた事がある
知り合いを介しての紹介などと言う事情もあり
無知な払いの良い私は、彼の恰好のカモだったのだろう
結局プランナーを通して契約した大手保険会社の担当社員からは
まるで、最初から騙し取るつもりの保険金詐欺の容疑者のような失礼な扱いだった
腹立たしい経験を一度している


しかしそもそも保険という理念や起源
商品そのものの存在に非があるわけじゃない
保険のおかげで命拾いをしている人も沢山居るのも事実だろう

実際過去に2回
急な体調不良→手術入院(開腹手術)を受けた私の経験からも

「あ~人は健康と思っていても予期せず
  病気や怪我するか分からないのだ!保険に入ってりゃ良かったなぁ」そう思ったものだ

震災や事故、いつどうなるなんて分からないのも確かだ
リスクを上げればキリが無い

いまや癌は2人に1人が発病、3人に1人は癌が原因で死亡する
しかも先進医療は保険適応治療が効かなくなると、保険適応外の新薬へと移行しがちで
結果、癌の医療費が高額になるそうだ

薬は使わない!
延命知慮は要らない!
入院をそもそもしない!

・・・そんなの健康な人間の寝言だ。渦中で無い間は何とでも理想を言える

人は激痛の前では無力
ポリシーもプライドも何もかも投げ出して
「先生痛みを消して、助けて」と医者に泣きつくのだ
あれは経験者しか分からないだろう

意識があればまだ良い
最初の手術の時は、貧血で数分おきに意識が飛んで倒れつつ
入院の申し込みをもうろうとしながら記入した
無ければそれこそ、意思なんて関係ない


毛嫌いせずに
転ばぬ先のってやつ?
そのときは良い保険にご縁が悪かっただけだ

利害関係の無い窓口から顧客として商品に加入することが望ましい

『子供が生まれたらきちんと考えてあげなくては』と
子供が生まれることを空想している頃はずっと思ったものだ


・・・良い機会だ少し勉強しよう
この子のために、私たち家族のために必要かそうじゃないのか
納得いく商品かどうかきちんと検討しなくちゃね
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行動範囲

2013-04-05 15:16:01 | Weblog
引きこもってしまいがちの私ら親子
ベビーカーというマシンを手に入れ、ぐっと出かけやすくなりそうだ

ベビーカーをほとんど触ったことも無く
何をポイントに選んでいいのか分からないまま、悩んで悩んでやっと購入

いざやってみると抱っこ紐もベビーカーも
得意不得意というか
機能に特徴があることが分かった

抱っこ紐のほうが、動きはスムーズで
一人でお買い物をするときと、ほぼ同じ動きが出来る
重さに耐えれる疲労耐久時間の制限が入るので
のんびりウィンドーショッピングなんていう楽しみ方は皆無
手軽だけど満足な買い物は難しい

ベビーカーは体が何しか楽である
出かけるときの準備も楽チン
おんぶ紐に子供をセッティングする作業に慣れてないと骨が折れるので
その点ベビーカーは小さなベッドのようで
ベビーベッドからホイっと移動すれば手軽に出かけられる利点がある
買い物の荷物も、かごに乗っけたりも出来るし
購入して持ち帰るというお買い物の本分を果たしやすくなる

ただ、買い物に行く場所やシーンをやはり選ぶ
まず狭いお店は入ることも難しい
細い通路、階段を通らないとたどり着けないお店は無理
買い物する時間帯も、ラッシュや込み合う時間をはずさないと非常にやりにくい
移動までの道のりに、エレベーターやスロープなどがあるかも考慮しなければならない


とは言え、1歩も外に出ず
ずっと家で生活ってわけにも行かないので
赤ちゃんを連れてのお出かけに私も慣れて行かなくてはいけない
少しづつ外気浴やお散歩、この子自身もお出かけと言うものに慣れというものは大事

天気もいいし、取り合えず今日は
支払いをしにコンビにまで二人でお出かけしてみた


気楽に行けていたコンビニも、娘と出かけると大冒険
赤ちゃんを連れての移動は大ごとなのだなぁって思えてしまう
なんでもない歩道や段も、ベビーカーに乗っている娘にとってはすごい振動のようだ

さりげなく道を譲ってくださったり
ドアを開けたまま少し待っていてアシストしてくれる
通りすがりの人なんかが沢山居る
ちょっとお買い物に出かけただけで「ありがとうございます」を沢山言うことになる

混んでない時間であることと
スロープもあり入り口の前の歩道も広めの
どちらかと言うと贅沢な広い構造のコンビニを選んだので
気兼ねなくベビーカーごとお店に入り、お店をぐるり
支払いは簡単だった

天気も良かったので
近所の川原を少し散歩して帰ってきた

聞いてはいたが
本当に見ず知らずの人に声をかけられることが増えた
ちょっとした順番待ちや、エレベータで居合わせた人など
「かわいいですね~」と言ってもらったり
「何ヶ月ですか?」とか尋ねられたりする

純粋にうれしいと経験者の友人は言っていたけど
私は少し複雑かもしれない

子供好きな人が思わず声をかけてしまった・・・って感じのときもあるけど
そんなに好きでもないんだけど、乗り合わせちゃったから間が持たずに・・・みたいな
言わなくちゃいけないかな、かわいいですねって言って欲しいんだろうな~って
思われいて、致し方なく絡んできてくれている気がしてならない
この子が何ヶ月なのかに、そんなに興味がありそうには見えないサラリーマンとか

こっちから
「さて、何ヶ月でしょう?」って一度言ってみようかしら

ちょっと疲れているときとか
子供に合わせた少し高い目のテンションに
正直しんどいときもしばしば


書きながら自分のこの反応
心が乾いているな~・・・疲れているのかもな (-_-;)


うん。子育ては体力だな

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