ここ数日頭を抱えていた項目を書いてみようと思う
書きたかったけど、なかなかそのものズバリを文字化するのにためらいがあった
自分の本音が『人としてどうなの?』って自分で思うからだ
正直”仕事すること”とか
今は考えたくない自分が
持ってはいけない怠け心が芽生えた自分のような気になってる
正直、元の条件で仕事に戻れるわけでもないし
アベノミクスだなんだって言っても
一般の就職も、まだまだ難しい
私自身に、就職難にライバルを蹴落とし勝ち抜く程のスキルなど全く無い
お店するって言うのも、「生活のためにお店でもやって稼ぐ」って言うほど
経営そのもの
生き残るのが甘くないのも知ってる
母さんが大阪に越して来れば、子供の世話は母さんに頼めるだろう
私がすぐに仕事をするなら、託児所不足の折、すごく助かるだろう
だけど私が仕事してないなら、子供の世話に2人もいらない
2人でやればいいって言う選択肢は、私には持てない
そこはメンヘラ的な部分で、他人とは長い時間一緒にすごせない
まして生活など出来ない
・・・母さんに仕事は無理だし、彼女も積極的に働く気が無く
「孫の面倒を見ることで、あんたの仕事の手助けをしたい」と言っている
隠居宣言と言うか
孫の世話をするために上京してくるような物だから
その役割を彼女に与えなくてはいけないと思ってしまっている
同時にそれは、早急に私が仕事を開始し
彼女の生活も支えなければならないってプレッシャーになって
頭の痛い問題になっている
私は今すぐ仕事ってモチベーションでも体調でもない
それ以前に、母親としての私の権利?
子供のそばでべったり成長を見守り世話を焼くことを、母さんに譲るのが嫌だ
この子が路頭に迷わないように
そして何より母親である私が、幸せそうに暮らしていることをこの子に
見せながら育てるために整えた環境がある
確かに「大阪に来ればいいじゃない?」とは言った
むしろ父さんと一緒に居て、しんどそうな母さんを気の毒に思って
「そんなに辛いなら、父さんと別れて、いっそのこと大阪に来ればいいのに」と言った
子育てが辛くて、手を貸して欲しくて
助けに来て欲しいと頼んではいないのだ
母さんが着てくれて助かることは沢山あると思うけど
同時に解決すべき面倒も沢山発生する
母さんが来ることのメリットとデメリット
当然その細かい事柄すべての、決定業務と全責任が
私の肩にのしかかり、とても息苦しい思いを強いられている感じだ
解決法は簡単である
「来てくれなくていい、大丈夫。旦那さんと自分で頑張りたい」と断ればいい
・・・でもそんな事言えないw
これは我が家の独特の歴史というか
同性同士の親子としての密接な想いが絡んでいて
なんとも複雑なんだけども・・・
大前提として
私は母さんに残りの人生、自分のために生きて欲しい
そして私も母に遠慮することなく、自分の好きに自由に生きたいのだが
大阪に来ることを断てしまうと
しんどいままの状況から、逃れることをする切っ掛けが無いと思う
辛そうな母さんを放って置いて、厄介事や父さんを押し付けて
切り捨てるようなことをする気持ちになる
厄介者扱いをする親不孝者と、攻め立てる自分も居る
でも最後まで面倒を見る自信が無いとか
正直自分だけで手一杯とか
もしくは快く受け入れられないならば、結果的に断るのが得策で誠意という気持ちもある
我が家(実家やうちの両親)を新しい生活を守るために
「自分たちで何とかしろ、こっちだけで手一杯だ。面倒は見切れない!」と声たからかに宣言し
切り捨てた兄貴と一緒の自分に嫌気がさしてしまう
今回の私の妊娠騒動で、渡りに船♪とばかり
両親の協力がないと大変だろうだから、親に協力してもらえ
俺からも頼んでやる♪その分その後の面倒もお前が見ろよという
長男の責任から逃れたいのが見え見えの最悪の反応だった
あんな兄貴と同じ人種になるのが嫌だ
私たち親子は変なところがそっくり
誰かのために自分が我慢する、犠牲になる
自己犠牲のゆがんだ美徳
一見美しい美談のようだけどこれは、誰も幸せにはしないのだ
自分がいなくても、この人は放っておいても自力で幸せになれると信じる気持ちが
そもそも欠落している
どう乗り切ればいいんだろう・・・
辛そうな母親を見ると子供は心を痛めるものだ
母さんを見るのが辛かった
見ない振りを何度もした
私は娘のために、何よりも自分が幸せに生きていける環境を
獲得しなければならないと思っている
書きたかったけど、なかなかそのものズバリを文字化するのにためらいがあった
自分の本音が『人としてどうなの?』って自分で思うからだ
正直”仕事すること”とか
今は考えたくない自分が
持ってはいけない怠け心が芽生えた自分のような気になってる
正直、元の条件で仕事に戻れるわけでもないし
アベノミクスだなんだって言っても
一般の就職も、まだまだ難しい
私自身に、就職難にライバルを蹴落とし勝ち抜く程のスキルなど全く無い
お店するって言うのも、「生活のためにお店でもやって稼ぐ」って言うほど
経営そのもの
生き残るのが甘くないのも知ってる
母さんが大阪に越して来れば、子供の世話は母さんに頼めるだろう
私がすぐに仕事をするなら、託児所不足の折、すごく助かるだろう
だけど私が仕事してないなら、子供の世話に2人もいらない
2人でやればいいって言う選択肢は、私には持てない
そこはメンヘラ的な部分で、他人とは長い時間一緒にすごせない
まして生活など出来ない
・・・母さんに仕事は無理だし、彼女も積極的に働く気が無く
「孫の面倒を見ることで、あんたの仕事の手助けをしたい」と言っている
隠居宣言と言うか
孫の世話をするために上京してくるような物だから
その役割を彼女に与えなくてはいけないと思ってしまっている
同時にそれは、早急に私が仕事を開始し
彼女の生活も支えなければならないってプレッシャーになって
頭の痛い問題になっている
私は今すぐ仕事ってモチベーションでも体調でもない
それ以前に、母親としての私の権利?
子供のそばでべったり成長を見守り世話を焼くことを、母さんに譲るのが嫌だ
この子が路頭に迷わないように
そして何より母親である私が、幸せそうに暮らしていることをこの子に
見せながら育てるために整えた環境がある
確かに「大阪に来ればいいじゃない?」とは言った
むしろ父さんと一緒に居て、しんどそうな母さんを気の毒に思って
「そんなに辛いなら、父さんと別れて、いっそのこと大阪に来ればいいのに」と言った
子育てが辛くて、手を貸して欲しくて
助けに来て欲しいと頼んではいないのだ
母さんが着てくれて助かることは沢山あると思うけど
同時に解決すべき面倒も沢山発生する
母さんが来ることのメリットとデメリット
当然その細かい事柄すべての、決定業務と全責任が
私の肩にのしかかり、とても息苦しい思いを強いられている感じだ
解決法は簡単である
「来てくれなくていい、大丈夫。旦那さんと自分で頑張りたい」と断ればいい
・・・でもそんな事言えないw
これは我が家の独特の歴史というか
同性同士の親子としての密接な想いが絡んでいて
なんとも複雑なんだけども・・・
大前提として
私は母さんに残りの人生、自分のために生きて欲しい
そして私も母に遠慮することなく、自分の好きに自由に生きたいのだが
大阪に来ることを断てしまうと
しんどいままの状況から、逃れることをする切っ掛けが無いと思う
辛そうな母さんを放って置いて、厄介事や父さんを押し付けて
切り捨てるようなことをする気持ちになる
厄介者扱いをする親不孝者と、攻め立てる自分も居る
でも最後まで面倒を見る自信が無いとか
正直自分だけで手一杯とか
もしくは快く受け入れられないならば、結果的に断るのが得策で誠意という気持ちもある
我が家(実家やうちの両親)を新しい生活を守るために
「自分たちで何とかしろ、こっちだけで手一杯だ。面倒は見切れない!」と声たからかに宣言し
切り捨てた兄貴と一緒の自分に嫌気がさしてしまう
今回の私の妊娠騒動で、渡りに船♪とばかり
両親の協力がないと大変だろうだから、親に協力してもらえ
俺からも頼んでやる♪その分その後の面倒もお前が見ろよという
長男の責任から逃れたいのが見え見えの最悪の反応だった
あんな兄貴と同じ人種になるのが嫌だ
私たち親子は変なところがそっくり
誰かのために自分が我慢する、犠牲になる
自己犠牲のゆがんだ美徳
一見美しい美談のようだけどこれは、誰も幸せにはしないのだ
自分がいなくても、この人は放っておいても自力で幸せになれると信じる気持ちが
そもそも欠落している
どう乗り切ればいいんだろう・・・
辛そうな母親を見ると子供は心を痛めるものだ
母さんを見るのが辛かった
見ない振りを何度もした
私は娘のために、何よりも自分が幸せに生きていける環境を
獲得しなければならないと思っている